Break Through! 第二章 挑み続ける心が未来を拓く:BIPROGYバドミントンチーム/第2回 渡邉航貴選手
原点は「あきらめない心」。ひたむきに、前向きに。未来へと歩む
世界の頂点を目指すBIPROGYバドミントンチームの選手たちの「挑戦」と「成長」の軌跡をつづる本企画「Break Through! 第二章」。第2回に登場するのは、身長167cmという小柄な体格ながら、世界のトップ選手たちと互角に渡り合う渡邉航貴(わたなべこうき)選手です。BIPROGYバドミントンチームのムードメーカーとして、常に明るく練習を盛り上げる渡邉選手ですが、コートに入るとまなざしが一変。繊細なタッチと精緻な プレーで相手を翻弄し、最後の最後までシャトルに食らいつきます。そんな姿から付いたキャッチフレーズは「小さな巨人」。幾多の挫折を乗り越えた渡邉選手の強さの秘密、そして今後の活躍に向けた意気込みを伺いました(2025年10月取材)。
「明るく楽しく」練習することが勝負に結びつく
――まずは、今シーズンの目標を教えてください。
渡邉2028年に向けた代表選考レースまで2年を切っているので、今は特定の大会を目標にするというよりも、1つ1つの大会でどれだけ自分のパフォーマンスを上げられるかにチャレンジしています。大会が迫った時のモチベーションの上げ方、どうすればコンスタントに勝てるか、ということを意識しています。
渡邉航貴選手
――渡邉選手には「小さな巨人」というキャッチフレーズがあるそうですね。プレーの強みを教えてください。
渡邉バドミントンは身長が高い方が有利といわれていますが、僕は身長が167cmで、世界の男子シングルスの選手と比べると小柄です。その中で、スピードは持ち味の1つですし、相手が嫌がるプレーをとことん仕掛けられるところも大きな強みだと思います。バドミントンは相手が苦手な所を狙って打ったり、相手の足を止めるフェイントを仕掛けたり、いかに自分が有利な展開に持っていけるかが大事なんです。
――練習の質を高めるため、普段どんなことを意識して練習していますか。
渡邉得意なプレーよりも苦手なプレーの練習をすることですね。アタック力があってレシーブが苦手なら、アタック力を磨くよりもレシーブの練習に力を入れる、というイメージです。ダブルスの場合は自分の苦手なところをパートナーが補ってくれますが、シングルスの場合は自分でやるしかない。苦手なプレーの練習は気が進まないこともありますが、嫌なことをどれだけ継続してできるかが重要だと思います。
強い選手の動画も常にチェックしていますね。注目するのは「足」。レシーブの待ち方も足の位置を見ると、「こう動いているからここが速いのか」とすごく勉強になります。動画を見たら次の日の練習ですぐに試して、自分に合うものをどんどん取り入れています。
後輩には積極的にアドバイスをしています。そうすると「自分もちゃんとできてたかな?」って自分のプレーを見直すきっかけになるんです。後輩がライバルの場合もありますが、伝えることが自分の糧になるので、そこは惜しみなくアドバイスをするようにしています。
――渡邉選手はチームの練習を盛り上げるムードメーカーだと伺いました。
渡邉自分でもその通りだと思います(笑)。練習の時は、「きついけどいける! いけるよ!」と率先して声を出していますね。周りを巻き込んで明るく楽しくやるのが好きですし、後輩のモチベーションも上がると思うんです。僕の姿勢を見て後輩が感化されて、その後輩の頑張りに僕が背中を押される。そんな相乗効果が良いプレーに結びつくと考えています。それに普段の練習から「きつい」を「楽しい」に変換できていれば、試合の時にきつい場面が来ても、乗り越えられる可能性が高くなるはずなので、練習の時から自分を鼓舞する癖をつけるようにしています。
試合前は対戦相手の動画を見て心構えをつくる
――大会前の準備で大切にしていることは何ですか。
渡邉やっぱり、対戦相手の動画を見ることですね。自分は身長が低いこともあって、何の情報もないまま試合で相手と対峙すると「でかっ!」って引いちゃうんです。昔は、相手が怖くて自分のプレーを出せないこともありました。今は必ず動画を見て、相手の体格やプレーの傾向を頭に入れて、頭を整理してから試合に臨んでいます。
フィジカル面では、試合前までしっかりウエイトトレーニングして、試合日に軽い筋肉痛があるくらいがベストコンディションです。体が軽過ぎると、力みや動き過ぎにつながり、かえって無駄な動きが増えて視野が狭くなってしまうんです。シングルスでは、やみくもに動くのではなく、一回一回の動作をしっかり区切って、無駄な動きを減らし、視野を広く保つことが大切。後ろから前方に走る際も、スピードが早過ぎると視点が追いつかなくなるので、「動けばいい」というものではないんです。でもその難しさがバドミントンの楽しさでもあります。
――大会でパフォーマンスを発揮するためのコンディション調整はどのように行っていますか。
渡邉基本的に、大会に向けての特別な最終調整は行わないようにしています。 気負い過ぎて失敗した経験が何度もあるので(笑)。僕は大きな大会に照準を合わせようとすると、ギュッと硬くなって、視野が狭くなってしまうんです。結局のところ、試合で発揮できる力は、普段の練習でできていることなので、試合で視野を広く持ってプレーができるようにするために、日々の1つ1つの練習の中で、周囲の状況にもきちんと目を向けるようにしています。その練習の時の視野が試合のパフォーマンスにもつながると考えています。
勝っても負けても、何が要因だったのかを明確にすることが大事
――9、10月と国際大会が続きましたが、ここまでの試合を通して感じた課題や収穫を、今後どのように生かしていきたいですか。
渡邉9月のアジアツアーでは早くに 敗退してしまったのですが、この大会を通して「僕が世界で勝つにはこのプレーをするべき」という自分のプレーが明確になりました。今シーズンは自分のプレーが全く定まらず、試合に勝っても、なぜ勝てたのかが分からなかったんです。勢いで勝てる年齢ではないので、自分がなぜ勝てたのかをちゃんと言語化できて、理解できなければ、「勝ち続ける」ことはすごく難しい。今はその「なぜ」を言語化できるし、やるべきことが明確になっています。徐々にパフォーマンスも上がっているので、12月の全日本総合選手権大会には自信を持って臨みたいと考えています。
――9月のアジアツアーから、新しい取り組みを始めたそうですが。
渡邉自分が負けた試合の動画を見始めました。「あの高さのロブ(※)がなんで打たれるの?」って疑問に思うプレーがあって動画を見返したら、思っていたよりもかなり低いロブだったんです。「こんなに低かったら、そりゃ打たれるよね」と納得しながら反省できて、次の練習ではすぐに改善に取り組みました。
僕が知る限り、シングルスの選手は一人でプレーしていることもあって、勝った試合は見ても、負けた試合は見ないという人が多い印象です。でも、僕はもう負けた動画しか見ません。自分が勝った時の良いプレーは試合で勝手に出るものなので、負けにつながったマイナスの部分を練習でどんどん削る方が効率的だと気付きました。9月の3大会中にこれを繰り返していたら、試合に負けてはいるんですけど、次の試合に向けた自信につながって、結果的に前向きになれました。
- ※ネット際や低い打点から相手のコート後方へ 打ち上げるショット
小柄でも男子シングルスで戦えることを証明したい
――チームメートから、渡邉選手のイメージは「あきらめない心」だと聞きました。
渡邉「あきらめない心」はまさに僕の原点。社会人1年目の苦しい時期に周りに支えてもらったからこそ、生まれたものです。当時は試合に負けてばかりで、「辞めたい」が口癖でした。でも僕の周りのスタッフや選手たちは、親身になって「あきらめるのはもったいないよ」って言い続けてくれて、「こんなに支えてくれる人たちがいるのに、彼らの期待に応えずにここで辞めてしまうのは違うな」と思い直して、バドミントンを続けることを決めました。
そこからまた試合で結果が出ない時期もあって、何度も何度も心が折れそうになってはいるのですが、そのたびに「なぜ自分がバドミントンをしているのか?」を自分に問いかけてきました。答えは1つしかなくて、「バドミントンが好きだから」。だからあきらめることなく、心が折れそうになっては前を向いて、今もバドミントンを続けています。
――勝つためにはやはりメンタル面も重要ですよね。
渡邉自分を理解することの重要性は強く感じています。自分のことが分かっていれば、自分で自分の機嫌が取れて、自ずと前向きになれますから。ただ、一人ではどうにもできない時もあります。そんな時に頼りになるのはチームメートですね。落ち込んでいる時にチームメートがご飯に誘ってくれて、話して気持ちが楽になったことは何度もあります。周りの助けは本当に大事。だからこそ誰かが落ち込んでいたら、僕も積極的に声を掛けにいくようにしています。
――最後に、今後の活躍に向けて意気込みをお願いします。
渡邉僕が目指しているのは、体が小さくても世界の男子シングルスで戦えることをプレーで証明すること。小さい人はダブルスに行くという固定観念がある中で、167cmの僕が「小さな巨人」としてもっと活躍できれば、シングルスを選ぶ人ももっと出てくると思うんです。ただ、道のりが甘くないことは断言できます。人の何倍も努力しないといけないし、物理的に小さい人が不利なのは変わることはないので、逆境に負けないメンタルも持たなければやっていけない。心が折れそうになっても、そこであきらめないで前向きになる力も必要。逆境にいる一人として、僕がその先陣を切っていきたいと思います。
Profile
- 渡邉 航貴(わたなべ こうき)
- 1999年1月29日生まれ。埼玉県越谷市出身。姉の影響で4歳からバドミントンを始める。
埼玉栄高校卒。2017年4月日本ユニシス(現BIPROGY)入社。2024年カナダオープン(Super500)優勝。2024年デンマークオープン(Super750)準優勝。
日本ランキング2位(2025年11月2日時点)、世界ランキング26位(11月25日時点)
2020年-2025年日本代表






