「R&D Meetup Days 2025」開催──共感と共創で社会課題に挑む(前編)
連載「進化するBIPROGY総合技術研究所」第6回
BIPROGYの豊洲本社にある「BIPROGY LOUNGE」にて、2025年9月12日に「R&D Meetup Days 2025」が開催された。イベントは、BIPROGY総合技術研究所(以下、総研)によるR&D成果の利活用推進を目的として継続的に開催され、社内だけでなく、社外に向けて広く一般公開されている。講演の他、会場の各ブースでは体験型展示やポスター展示などがあり、研究員たちと来場者との活発な意見交換が行われた。連載「進化するBIPROGY総合技術研究所」では、2回にわけてその模様をお伝えしたい。まず前編では、当日のイベントの様子と3つの研究をダイジェストとして交えつつ、注目の研究テーマである「共感や気づきを促す対人コミュニケーション支援」の研究者たちの思いにフォーカスして紹介していく(後編では、「共創の場のデザイン:世界シカケ化共創計画(セカシカ)」に焦点を当ててお伝えする)。
数理の力と人智が集う協働・共創で社会課題に挑み、未来を創造する
イベントは、総研センター長の香林愛子の講演からスタート。総研のPurposeである「超専門家集団×ワクワクする未来の創造」というテーマで総研の歩みと今後の展望について語った。
総合技術研究所 センター長 香林愛子
BIPROGYグループの研究開発拠点として2006年1月1日に誕生し、間もなく創立20周年を迎える総研の主な役割は、「中長期的な競争力の源泉となるグローバル視野での先端技術研究」と「人や企業・社会の課題を解決する、新技術の社会実装に向けた適用実証・実用化」の2つ。総研には39人が所属しており、そのうち12人が博士号を取得している。さらに、2024年度には11本の論文が国際会議等で採択されるなど、内外から高い評価を得ているという。
「先端技術の発展に向き合うことは、人や社会の課題解決につながるヒントに正面から向き合うことです」と香林は強調。そのうえで、「私たちは、研究活動を通じて数理の探究と多様な協働・共創の場の創出を推し進め、それらを原動力として社会課題の解決を目指しています。また、技術を育てるだけでなくアイデアを交わすことも新たな価値創造につながります。このR&D Meetup Days 2025の場がさまざまな意見交換の場になれば幸いです」と締めくくった。
「R&D Meetup Days 2025」講演の様子
ダイジェスト1:「共創デザイン研究」
本セッションでは、共創デザイン室 室長の高橋英治が、現在取り組みが進む「共創デザイン研究」の目的や目指す姿について解説した(写真①)。「共創」とは、「企業が、さまざまなステークホルダーと協働して共に新たな価値を創造する」概念だ。価値共創のためには、画一的ではない多様なステークホルダーと創造的対話を継続的に実施することが重要だ。そのために必要なのが、信頼や安心、尊重、共感などの「関係の質」を高める、誤解や対立のない「円滑なコミュニケーション」だという。この前提のもと、共創デザイン室では、その手段と持続可能な社会の実現に向けた価値共創の場をデザインする仕掛けや、それを社会実装するために必要なエコシステムの設計について研究を進めている。今後も、共創デザイン室では、信頼関係をかたちづくり、学びと協働、共創の起こる「場」の創出を目指していくという。
ダイジェスト2:「流線トポロジカルデータ解析」
2022年から京都大学らと共同研究を進めている「流線トポロジカルデータ解析(TFDA: Topological Flow Data Analysis)」。その現在地について数理エンジニアリング室 主任研究員の坂本啓法が解説した(写真②、参考「注目される「数理科学」 未知の世界を探究する研究者たち」)。TFDAとは、「流れのデータから特徴的なパターンを見つけ出す理論・技術」を指す。例えば、航空機の翼の揚力や心室内の血流の渦、海流における黒潮の蛇行の検出など、流体(一定の形を持たず、力を加えると容易に変形して流れる性質を持つ物質)であれば幅広く活用できる技術だ。共同研究において、BIPROGYは数学理論を計算機上で実現するためのアルゴリズムの考案と、ソフトウエア実装を担当している。これまで人の手で行っていた解析を自動化し、気象・海流の研究のほか、工業製品の性能向上など産業分野への応用が期待されている。
ダイジェスト3:「量子コンピューティング」
2024年度から東京大学と共同研究している「テンソルネットワークによる量子計算シミュレーション」について、数理エンジニアリング室 主席研究員の川辺治之が発表(写真③)。大きな特徴は、量子コンピューターのプログラムを従来型のコンピューター上でシミュレーションし、高精度な近似を行う手法をいかに構築するかというものだ(参考「研究員と会える! 話せる!「R&D Meetup Days 2024」開催」)。現時点では、さまざまな実装方式の量子コンピューターが提案・試作されているものの、実用的な規模の量子計算が実行できるようになるにはまだまだ時間がかかると考えられている。古典コンピューター上で高精度な近似を行うことで、量子コンピューターが完全に実用化されるまでの間に、新たな量子アルゴリズムを実装・評価し、検証することが可能になるというメリットが期待されているという。
「R&D Meetup Days 2025」会場の様子
では、続いて、注目の研究テーマである「共感や気づきを促す対人コミュニケーション支援」の研究者たちの思いに触れていこう。
信頼関係構築のポイントは、相手に「共感」すること
「共感や気づきを促す対人コミュニケーション支援」の研究を進めているのは、共創デザイン室の斉藤功樹、榎本真、そして銭尾春仁の3人で構成された研究チームだ(参考「BIPROGY総合技術研究所の取り組み」9頁)。
近年、企業では国籍や文化的背景(宗教、言語など)、多様な働き方(リモート勤務やキャリア採用の増加)などが影響し、異なる価値観や年齢層の人々が共に働く機会が増えている。その結果、コミュニケーションの難しさが一層高まっている。
総合技術研究所 共創デザイン室 上席研究員 斉藤功樹
そこで、信頼関係の構築のために研究チームが注目したのが「共感」だ。とはいえ、「相手に共感しよう」と言われたからといってすぐにできるものではない。では、人はどんなときに相手に共感できるのか――。この発想を起点に、研究チームでは、相手がうなずいたり笑ったりといった反応を示す「ポジティブなフィードバックがあった状況」と、「議論の内容が整理されて理解しやすい状況」がその好例であると分析。2024年に複数回行われた実証実験においてもその分析を後押しする結果が得られた。
これら2つの状況を作り出すために重要なのは、相手の状態や議論の流れを可視化し、自然な共感を促す支援を行うこと。そのアプローチと方法論の確立が本研究の目指すところだ。
現在、その実現に向けて、研究チームは、「非言語チーム」と「言語チーム」にわかれて、相手の発言や状況をリアルタイムに可視化し、共感や気づきを促進するインターフェース構築を進めている。具体的には、非言語チームは人の生体情報を基に共感度を可視化する役割を担い、言語チームは会話の内容をグラフィックレコーディングによって自動的に可視化する役割を担っているという。
「共感や気づきを促す対人コミュニケーション支援」研究のイメージ
――研究チームにおける皆さんの役割を教えてください。
斉藤私は研究チームのリーダーをしています。もともと「アイトラッキング」など、視線の研究に携わっており、博士号も取得しました。2024年度から本研究をスタートして、私は非言語チームとしてまばたきや視線の動きを記録、解析し円滑なコミュニケーションの実現に生かす研究を担当しています。
榎本斉藤さんと同じく非言語チームで、私は「体動」に着目して、うなずきなどの頭部の微細な振動から感情の変化を検知するような仕組みを研究しています。もともとは長くマーケティングデータ等の分析・活用業務に携わってきました。数年前に総研に移ってからは、加速度等のセンサーデータの解析などを通じて、電波環境が悪く、周囲の状況が把握しづらくなりがちな林業の現場での危険性低減などにも取り組んでいました。
銭尾私は言語チームの担当として、話している内容を可視化する仕組みを研究しています。この研究に参加する前は、音声認識技術を用いて会話内容を可視化する取り組みに注力していました。具体的には、アイデア創発を支援するシステムの研究に自然言語処理の観点から携わっていました。今回の研究開発における言語の可視化においては、従来の自然言語処理や生成AIなど幅広い技術を使っています。
総合技術研究所 共創デザイン室 主任研究員 榎本真
総合技術研究所 共創デザイン室 主任研究員 銭尾春仁
――対人コミュニケーション支援の研究に取り組むきっかけは何だったのでしょうか。
斉藤BIPROGYでは、ICTを活用して社会課題の解決に取り組んでいます。この課題解決を推進するためには、さまざまな業界や業種、文化的背景を持つ人々と連携することが不可欠です。また、コロナ禍以降、オンライン会議が浸透しました。オンラインでのやり取りでは、例えば、興奮したときのブレス(息)の強さや相手との距離感といった情報が欠如するため、対面よりもコミュニケーションが難しくなります。
このような状況下で、いかに信頼関係を築き、質の良いコミュニケーションを取っていくかが非常に重要だと考えました。信頼関係をうまく築くことができないと、機会主義的行動(自分だけの利益のために、情報を隠したり、抜け駆けしたりするなどの行動)につながり、良好なビジネスは展開できません。その他、「会議をしても何も得られなかった」という非効率的な時間をなくし、会議の場を創造性溢れるものにしたい。そんな思いもこの研究を始めるきっかけでした。
――改めて、非言語・言語チームがどのような研究に取り組んでいるのか教えてください。
斉藤非言語チームでは、相手が発言に共感しているのかどうか、生体情報をもとに心の状態を推測する研究をしています。具体的には、まばたきや体動をオンライン会議用のWebカメラで捉え、共感度を表示するような仕組みを構築しているところです。一般的に、日本人は感情が表情に出にくいとされますが、まばたきや体動は自然に起こるものです。言葉ではその気がないようなことをあえて言うことができますし、表情を取り繕うこともできますが、まばたきや体動は偽ることが難しいとされます。
本研究のアプローチ例
また、言語チームでは、会議の内容をグラフィックレコーディングにして可視化する仕組みを作っています。例えば、議論の結論が出たときに全員でその内容を共有できれば、共感値が上がり合意形成しやすくなります。また、それが会議の創造性にも寄与すると言われています。
――研究上のトピックをいくつか教えてください。
斉藤2024年度にBIPROGY社内で計4回、39人を対象に実証実験を行いました。その結果、まばたきや体動と共感度の関係は実証できました。例えば、共感度、理解度が高いほど、相手とまばたきや体動が同期します。また、相手を支援したいと思っている人ほど、自然発生的に生じる左右の体動も同期しやすいことがわかりました。2025年度はさらに研究を進めて、リアルタイムで共感度を表示できるシステムをつくり、社内で実証実験を行う予定です。カメラで顔を撮影することができれば、オンラインだけでなくリアルなコミュニケーションでも活用可能です。なお、実用化にあたっては、参加者の同意取得やプライバシー保護などの仕組みも整備していく予定です。
もちろん、共感度の表示には配慮が必要で、「共感されていない」と知ることで信頼関係が悪化してしまうこともあり得ます。ネガティブな方向に進まないように、フィードバックはポジティブな数値だけを伝える方法を考えています。実証実験で良い結果が得られれば、オンライン会議のシステムに組み込むなど、事業化につなげたいと考えています。
銭尾最初の実験では、グラフィックレコーディングの一部分を自動化したプログラムによって描画したグラフィックレコードは手書きのものよりも理解や共感が劣ることがわかりました。このため、今後はどのようにこの課題を克服していくかが重要なポイントとなります。また、システムから出力されたグラフィック上の文字が小さくなり、「読みづらい」という意見も多く寄せられました。特にノートPCでの表示ではこの問題が顕著でしたので、表示方法については今後検討を進めていく必要があります。
また、言語と非言語のインターフェースをどのように統合するかということも今後の大きな課題です。一旦、非言語と言語の仕組みは切り離したまま、2025年度は音声を認識してリアルタイムで議論の内容を表示できるところまで完成させる予定です。今は日本語にしか対応していませんが、音声認識の技術次第で多言語対応も可能だと思います。
――本研究の進展によってどのように社会課題の解決につながっていくのでしょうか。展望をお聞かせください。
斉藤信頼関係の醸成が容易にできるようになるのでは、と期待しています。例えば、営業現場やセミナーの場で、お客さまや聴衆の反応をリアルタイムで見ながら話の内容を調整することも可能です。また、体動の同期のしやすさは、関係性によって変わるとされます。家族や友達など、関係性が深いほど同期する度合いが高くなります。つまり、同期の度合いにより、関係性や相性の良し悪しも見えてくると考えています。長期的には企業におけるチーム形成や組織開発において役立て、組織のエンゲージメントを高めることにも貢献できるでしょう。
榎本フィジカルなデータを数多く集めることで、連携が進めば話者の健康状態の可視化なども可能になると考えています。データを多数蓄積して、組織の成長や課題解決に役立てられるような基盤を作っていけたらと思っています。
銭尾人が集まり、議論を通じてゼロからソリューションを生み出していく。そんなコミュニケーションを促進できる環境の構築を目指し、着実に研究を進めていきたいですね。今後の展開にぜひ期待していてください。
>> 次回は「共創の場のデザイン:世界シカケ化共創計画」についてご紹介します。






