注目される「数理科学」 未知の世界を探究する研究者たち

連載「進化するBIPROGY総合技術研究所」 第2回

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AIやメタバースなどデジタル技術の進化を実感する中、数理科学への関心が世界的に高まっている。産業界においては、既存技術の組み合わせや先端技術の応用だけでは世界のフロントランナーでいることは難しい。また、さまざまな社会課題を解決へ導くには、物事の本質を浮き彫りにして新しいものを生み出す源泉となる「数学的思考」が欠かせないものになっている。このような危機感から2021年に経団連が立ち上げ、BIPROGYも参加している「数理活用産学連携イニシアティブ」では、最新の数学研究動向や産学連携の事例の紹介、学術界と産業界との意見交換などが活発に行われている。このイニシアティブを通じて産学共同プロジェクトも開始しているBIPROGY総合技術研究所で、数理科学とデジタル技術をつなぐ数理チームの研究者3人が語り合った。探究の内容とその面白さ、外部との共同研究を通じた学び、そして未来への思い。フロンティアを切り開こうとする研究者は、日々どのようなことを感じ、考えているのか。「共通言語」である数学を用いて日々切磋琢磨する3人の、静かな熱さを感じる“数理トーク”にスポットを当てていく。

ヘッドライン

今、熱い注目を浴びる「数理科学」

――まずは、これまでのキャリアと現在の研究テーマを教えてください。

星野大学院時代は小鳥の脳について研究しました。2000年にBIPROGY(当時日本ユニシス)に入社して「もう研究はできないかな」と思っていたのですが、入社4年目くらいに社内で博士養成プログラムがスタート。このプログラムに応募して採用され、ある大学の研究室に入りました。「考える、理解する」とはどういうことかを理解し、それを計算機上に作り上げることを自身のライフワークに置いていますが、自分にとって新しい方向からの視点を獲得したく、数理系の研究室を選び、機械学習※1の理論に近い分野で研究を始めました。現在は「BIPROGY総合技術研究所(以下、総研)」の数理チームで、機械学習をテーマに研究を続けています。

写真:星野力
BIPROGY株式会社
総合技術研究所技術探究室長 星野力

長井大学院での専攻は素粒子物理学です。2018年に当社に入社し、しばらくしてから研究テーマを何にするかを考えました。量子力学※2をもとにした計算に興味を持ち、現在まで量子アルゴリズム※3の研究をしています。

写真:長井稔
BIPROGY株式会社
総合技術研究所主任研究員 長井稔

坂本大学院の数理科学研究科で数学を学び、2005年に当社に入社しました。最初はソフトウェアアーキテクチャの仕事をしていたのですが、2013年に総研へ異動。ユーザーインターフェースなどプログラミングの応用に近い分野の研究開発からスタートしましたが、興味の対象が少しずつ変化し、今では位相幾何学※4(トポロジー)の応用という形でアルゴリズムを研究しています。徐々に研究対象の抽象度が上がっています。

写真:坂本啓法
BIPROGY株式会社
総合技術研究所主任研究員 坂本啓法

――幅広い産業分野で、数理科学への関心が高まっていますが、「数理科学」とはどのようなものなのでしょうか。

星野コンピュータの誕生によって、数式はその中で「動く」ようになり、私たちの生活の利便性を高めるようになりました。こうした前提の中で、近年注目されている高度なAIも成立しています。少し前まで、「コンピュータの中で動かす数式群は、任意に設定できる」と考えられていました。しかし、研究が進むにつれどうやらそうではないらしい、と気づくわけです。つまり、コンピュータを通して起こり得る事象は、自然科学的な数学的法則の上にしか成り立たない。では、何ができて何ができないのか。この部分を突き詰めるのに使われるのが数理科学です。こうした数学の根本的なテーマを解き明かしつつ、生まれた知を実用化するため、アルゴリズム化しソフトウェアとして実体化するのが私たちの活動、としてイメージしてもらえればと思います。

長井正直、「数理」と言われてもピンときていない部分もあるんですよね(笑)。研究者は「数学」と言う場合が多かったりもするので。さらには、「数理」や「数学」とひとくくりにされる中でも、研究分野は多岐にわたりますからね。

坂本ここにいる3人も全員分野は違うわけですが、根本的には「共通認識」を持っていて、その感覚をベースに日々ディスカッションしています。それが何かというと、「数理的素養」だろう、と。つまり、数学を共通言語として真理を追究することを、数理科学と呼ぶのではないか、と私は考えています。

――数理科学への関心の高まりについて、研究者として何か実感はありますか。

星野機械学習の分野では、2010年代に飛躍的な技術発展があり、現在も産業への実装が進んでいます。不可能と思われていたことが実現していると、ある時に気づく――。こうした事象は多くの人が経験をしたことがあるのではないでしょうか。機械学習の世界でそれが起きていて、最近ではインターネット上にある世界中の文字情報と画像情報を取り込む超巨大AIモデルが話題になっています。近い将来、計算機が人間と対等な知的存在として共創していく世界が出現する可能性も十分にあります。こうした文脈での関心も、数理が注目される一因と感じています。

長井私の専門である量子コンピュータ領域では、2019年にグーグルが量子超越性※5を実証したと発表しました。発表以降、デバイス開発はさらに加速したように見えます。古典コンピュータ※6が何日もかかる計算を、量子コンピュータは一瞬で解くことができると、よくいわれます。産業界からの期待も高まっていますが、課題は人財育成です。量子技術はかなり特殊なので、他分野の技術者が新たに参入するのは容易ではないですからね。

坂本最近は競技プログラミングが人気で、数学を専攻する大学生・大学院生が上位に入ることも多い。私の学生時代、数学科の学生がプログラミングに熱心に取り組むのは思いもよらなかったことです。そうした部分にも、時代の流れを感じています。有名進学校の教師をしている知人によれば、最近は医学部ではなく、情報系学科を志望する優秀な理系の高校生が増えているそうです。ITの盛り上がりをニュースなどから感じ取り、その発展に直接寄与する数理・情報分野の未来への関心や期待も高まっているのでしょう。

――注目される背景には、どのような社会の変化があるのでしょうか。

坂本企業競争が進む中で、新規性や独自性がこれまで以上に重視されるようになりました。従来は既存技術を組み合わせて使うことが中心でしたが、だんだん自分たちで技術を生み出すことに軸足が移ってきているように思えます。独自性を創出するためにも数理的なアプローチが重要で、近年はIT業界で活躍する数学人財が目立ってきました。これは、通常であれば見逃されるような些細なことにも気づく能力のおかげかもしれません。数学人財のこのような能力は、証明技術を磨く過程で培われていきます。

長井数理的なアプローチは、「根源的な理解に基づく研究開発」ともいえます。あるいは、「基礎的な法則にまでさかのぼって事象を理解しようとする態度」です。近年、データドリブンの考え方が広がりつつありますが、ビッグデータを扱うプロセスで利用者からはその詳細が見えないブラックボックスができる場合があり、そこに懸念を感じる人も多いでしょう。もっとも気持ち悪く感じているのが数理系の研究者だと思います。だからこそ別の方法を考えたり、ホワイトボックス化の工夫をしたりする。こうした取り組みの中から、新しいものが創造されるかもしれません。

星野急速に技術が進歩する中で、その保証に数理的アプローチが必要とされる身近な例として、自動運転が挙げられます。「過去何年にもわたって事故がないから、この自動運転車は安全です」とされても、技術が人の感覚的理解を追い越すほどのスピードで発達しているために、なかなか信頼を置けません。こうした保証の提示においても、数理科学へのニーズが高まっています。

また、総研では、現在国内外で盛り上がりを見せるDX(デジタルトランスフォーメーション)においても、キーポイントの1つが数理モデリングにあると捉えています。複雑な世界の対象をデジタルに変換し、計算機に載せるためには、適切な数学的表現を定めていく必要があると考えています。

幾何学、量子、機械学習――多岐にわたる数理の世界

――数理科学の面白さと、日々どのような研究をしているか具体的に教えてください。

坂本私の現在の研究内容は位相幾何学で、研究対象としては流体(空気や水などのように一定の形を持たず、力を加えると自由に変形して流れる物質)を扱っています。流体というと、流体力学に基づいて方程式を解いたり、数値シミュレーションを行ったりする方法が主流だと思いますが、私は流線トポロジーデータ解析のアプローチから研究をしています。細かい数値変化は無視して流体の特徴をつかみ、それをプログラムに落とし込む。この方法は例えば、飛行機の翼を設計するとき、揚力の検出などで用いられています。

この研究は、2つのポイントで面白いと思っています。1つは、昔に学んだ基礎的なアルゴリズムの知識が役に立っていること。「あのアルゴリズムがこの研究にも使えたのか」という驚きがありました。もう1つは、大学時代には理解できなかったトポロジーの概念が少しずつ理解できるようになってきていることですね。歳を重ねるごとに、認識の抽象度が上がっているのだと思います。

長井専門は量子機械学習※7です。その中で「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum device)」分野に注力し、近い将来に実現可能なノイズのある中規模の量子デバイス※8を用いた機械学習を研究しています。現在開発中の量子デバイスはエラーが多く、正しく作動しないこともあります。その状況下で有用な計算をするためのアルゴリズムを「NISQアルゴリズム」といい、私はこれを利用した量子機械学習を研究しています。広く研究され実用化もされている深層学習※9と似た手法なので、量子機械学習がオリジナリティを発揮できる得意分野の見極めが必要です。また、計算規模を大きくすると「学習が進みにくくなる」というNISQアルゴリズム特有の問題を解決する必要もあります。これらは、この分野のすべての研究者にとっての課題です。

人間が計算のために用意した深層学習とは異なり、量子力学の世界はもともと自然の中にあるものです。その上に成り立つ量子コンピュータが、古典コンピュータを超える力を持ち得る。それ自体、意外であり驚きだと感じています。量子機械学習にもそのような力があると思いますし、期待もしています。

星野私が専門とする機械学習には、3つの種類があります。第1に「教師なし学習」。生まれたときに白紙の状態だった子供が第一言語を習得するプロセスと同じです。第2に、正解の用意された問題を勉強するのと同様の「教師あり学習」。第3に「強化学習」です。人間が試行錯誤しながら自転車の乗り方を覚えるのと似ています。これまで3つは別々に発展してきましたが、人間の脳は同様の3種類の方法を上手に組み合わせて学習しています。もしコンピュータも同じように学ぶことができれば、より人間に近い存在になるでしょう。脳研究の分野で以前から議論されてきたテーマで、「自由エネルギー原理※10」と呼ばれる理論が3種類の学習をつなぐカギではないかとの仮説があります。「自由エネルギー」は、数学、物理学、情報学においても、基礎的な量となっているので、これを通じて、他の世界との深いつながりを模索できる可能性を感じて注目しています。私を含めて、多くの研究者がこの仮説を検証している段階です。

この仮説検証において、私は主に機械学習における強化学習と他の学習をつなぐ方法を研究しています。中でも、人間の学習とコンピュータの学習の比較がメインテーマです。例えば、人間の学習のきっかけにもなる好奇心は、数学的には定義されていません。人間における好奇心とは、数学における「不確実性を潰す」ことと同じではないかと思っています。そう考えると、曖昧に表現されてきた「好奇心」の数学的な定義に近づけるのではないか。そんな思考を巡らせるのがとても楽しいですね。

数学という共通言語を用いて、異分野研究者との対話から可能性を広げる

――総研の仲間や外部機関との共同研究はどのようなものがあるのでしょうか。

星野私が参加した研究の1つに、3次元形状処理のプロジェクトがあります。このプロジェクトは発展し、人が「美しい」と感じる形状を数学的に定義しようとチャレンジしています。美しさには、おおよそのパターンがあります。そのパターンから外れていれば、開発の初期段階で製品デザインにフィードバックをすることができるでしょう。この研究は論文として出版されています。

坂本異色のコラボレーションもあります。私は7~8年前、メディアアートの世界に足を踏み入れました。あいちトリエンナーレ2016で菅野創+やんツーが制作した「形骸化する言語」という作品に技術協力する形で、私は機械学習のプログラミングを担当しています。「文字のようなもの」を機械に書かせるこの作品は高く評価され、この分野で世界的に有名なアルス・エレクトロニカ・フェスティバル2017(オーストリア・リンツで開催)でも展示されました。

写真:Asemic Languages 形骸化する言語
坂本が技術協力した菅野創+やんツーによる作品
「Asemic Languages(形骸化する言語)」
撮影:菊山 義浩氏

長井今、テクノロジーを社会課題解決に活用するというテーマで企業や研究機関が参加するプロジェクトに加わる機会が増えています。その中には国家プロジェクトの共同研究もあります。社会実装を視野に入れた研究は意義深いですが、一方で研究者としては数学の原理に興味があるので、原理と応用のバランスの取り方に工夫が必要だと感じています。

また、共同研究ならではの楽しさもあります。このメンバーで話すときもそうですが、専門分野は違っていても、数学という共通言語があるので有益なコミュニケーションができるんです。外部機関の研究者とも同様です。ときどき音楽家が同じような話をしますが、世界共通言語で異分野の研究者とも対話ができるのは数理研究者の「特権」といえるかもしれません。

星野私たち3人は参加していませんが、研究所の他のメンバーが参加しているSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)についても紹介しましょう。「DIVP」と呼ばれる、自動運転車を対象とした安全性評価用環境プラットフォームの開発プロジェクトです。自動運転車を開発する企業は、安全性確認のために実機を長時間走行させていますが、そのテスト方法には限界があり、天候や路面状況などの全条件を試すことはできません。それならばシミュレーションを使ってあらゆる条件を試してみよう、というのがDIVPの狙いです。物理的に徹底したシミュレーションを行うには、方程式を組んで解き、さらに、その計算式をできる限り速く処理していく必要がある。そのブレイクスルーに数理科学が活用されています。

――最後に、今後どのような研究をしたいか、抱負や方向性を教えてください。

坂本実は、幼少期に書道をやっていたこともあり、文字に興味があります。それもあって研究所に移ってすぐ文字に関する応用研究に携わり、先述のメディアアート参加につながりました。書道、メディアアート、といった人生経験における「点」をつなげて、次はトポロジーの文字への応用に取り組みたいです。文字の形状を幾何学的に解析ができないか、考えているところです。

長井私は、基本的には量子計算の研究を続けていきたいですね。この分野は研究の進展が速く、次々に新しい情報が入ってきます。国内外の研究に注意を払いながら、新しい情報からヒントを得て自分の研究を進めたいと考えています。実用の面も頭の片隅に置いておかねば、とは常に意識しつつも、自分の関心である量子分野の原理的な部分を研究の中心に据えていきたいです。

星野先ほど、自由エネルギー原理の話をしましたが、脳の統合的な学習の機能についての研究はかなり進んできました。私としてはこのテーマをフォローし続け、見届けたい。それとは別に、研究者としての「野望」もあります。数理科学の急速な発展により、設定した目的関数の全体最適を主な指標とする世界に世の中が近づきつつあることは、テクノロジーに人間が支配されていく点で、個人的には好ましいとは思えません。数理科学が私たちを、機械に制御され人間性を失ったディストピアのような世界に導くことのないよう、「人間」を数理科学で正しく捉え、対抗する必要があるのではないか。若干妄想が含まれますが、そんなことを考えています。

BIPROGYとしては、さまざまな分野で深く探究されている数学的な知をソフトウェアとして実装し、広く一般的に利用可能なものとすることで、社会課題解決へ貢献していきたいです。高度な数学とデジタルテクノロジーの両方に精通するBIPROGYだからこそ、産学の強力な懸け橋になる使命があると信じています。

写真:星野、長井、坂本

【注釈一覧】

  • ※1^ 機械学習…データから、「機械」(コンピュータ)が自動で「学習」し、データの背景にあるルールやパターンを発見する方法。人工知能の一種
  • ※2^ 量子力学…原子レベル以下の極めて小さいエネルギーや物質の単位である「量子」の特殊な性質を解き明かす学問。アインシュタインの「相対性理論」とともに現代物理学の二大基本理論。量子の代表例には原子や電子、光子(光の粒)などがある
  • ※3^ 量子アルゴリズム…量子力学の原理を使って問題を解く方法
  • ※4^ 位相幾何学…図形を構成する点の連続的位置関係に着目する幾何学を研究する学問分野。何らかの形を連続変形しても保たれる性質に焦点を当てている
  • ※5^ 量子超越性…量子デバイスが従来のコンピュータでは実行不可能な、あるいは完了するのに極めて時間がかかるタスクを実行できる能力を持っていること
  • ※6^ 古典コンピュータ…私たちが日常的に利用しているコンピュータのこと。量子コンピュータとの対比でこのように呼ばれる
  • ※7^ 量子機械学習…量子コンピュータ(「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」といった量子力学の現象を利用して並列計算を実現するコンピュータ)を用いた機械学習
  • ※8^ 量子デバイス…量子コンピュータを含む、量子計算や量子通信などの量子技術アプリケーションを実現するために使用されるハードウェア装置のこと
  • ※9^ 深層学習…人間の神経細胞の仕組みを再現したニューラルネットワーク(脳の神経回路の一部を模した数理モデル)を用いた機械学習の手法の1つ
  • ※10^ 自由エネルギー原理…Karl J. Fristonが提唱している脳の情報理論。生物が従うとされる法則であり「生物は感覚入力の予測しにくさを最小化するように内部モデルおよび行動を最適化し続けている」と定めている

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