
アクティブシニアと地域の事業者をつなぐライフデザインサービス「Pocket」
ふじのくに物産×BIPROGY:静岡市の実証実験から読み解く地域連携の未来

「人生100年時代」を迎え、よりアクティブにいきいきと生活を楽しみ、豊かな人生を送りたいと考えるシニア世代が増えている。この思いを実現するため、地域の事業者とアクティブシニアを結んで新たな価値を創出するライフデザインサービス「Pocket」の実証実験が静岡県で進んでいる。本プロジェクトは静岡経済同友会の静岡創生アクセラレータ・プログラム「テイクオフ静岡」に採択され、2022年から第1フェーズでコンセプトを検証、2024年9月からはビジネスモデルの検証や認知拡大に向けた第2フェーズが進行している。BIPROGYはプロジェクトの立ち上げ当初から参画し、地域商社であるふじのくに物産と共に実証実験に取り組んできた。実証実験を経て、Pocketはどのように地域から期待され、どんな展望が見えてきたのだろうか。
アクティブシニアのニーズに地元の事業者との連携で応えたい
――「Pocket」に取り組むきっかけはどんなことだったのでしょうか。
西村ふじのくに物産は、地域を面白くしていこうと2017年に立ち上げた地域商社です。地元のものを集めて付加価値をつけて売り出そうとトライアルを続ける中で、地域にある多様なサービスを共創の形でつなぎ、付加価値をつけてもっと面白くしてご提供できないかと考えました。その1つとして焦点を当てたのが、年齢を重ねても仕事や趣味などに意欲的に取り組み、健康意識や自立意識が高い「アクティブシニア」向けのサービスです。

代表取締役 西村やす子氏
現代は、お金や健康の管理、生きがいづくり(趣味や遊び)などアクティブシニアのさまざまなニーズに対応したサービスが数多く提供されています。しかし、必ずしもアクセスしやすいとは限りません。自分が求めるサービスにたどり着けなかったり、信頼できるサービスかどうか確信が持てなかったりするケースが多々あります。そこで、アクティブシニアが地元の信頼できる事業者と接点を持ち、コミュニケーションを図りながら自分に合ったサービスを納得して選べる仕組みをつくりました。それがライフデザインサービス「Pocket」です。このプラットフォームを利用して事業者同士が連携することで、アクティブシニア一人ひとりのライフプランに寄り添ったサービスを提供できると考えました。
私は、もともと司法書士として多くのシニアの方々の相談に乗ってきました。その中で、相続や遺言だけでなく「もっと楽しみながら人生を送りたい」といったご相談も多くいただきました。しかし、一事業者だけではそのようなご要望のすべてには対応しきれないと感じていました。アクティブシニアの多くもスマートフォンやパソコンを使ってさまざまなサービスを探すことが一般的になってきましたし、親の問題(例:生活支援や介護、経済的な問題)を考える子ども世代にとっても関連情報が気軽に入手できるデジタルプラットフォームは必要です。
Pocketという名称には「洋服のポケットのように必要なときに必要なものが“入っている”存在であり、困ったときに身近で気軽に使える便利なサービスでありたい」という思いが込められています。
地域共創型プラットフォーム「Pocket」のコンセプトと特長

――BIPROGYはどのように関わってきたのでしょうか。
高木当社は、ICTサービスの提供にとどまることなく、社会課題の解決の取り組みを加速させ、社会的価値創出企業に変革しつつあります。その軸の1つが地域創生です。静岡エリアにおけるふじのくに物産さまの活動は、まさにそこに貢献するものだったので、当初からディスカッションに参加させていただきました。

(所属は2025年3月取材当時のもの、取材はWeb参加)
篠塚当時、私は地方銀行向けに各種のシステムやサービスを提供する部署に所属していました。地方銀行の顧客の多くは地域の事業者であり、その方たちの役に立つ支援方法を模索していました。その際、当社の静岡支店長(当時)からPocketの話を聞き、皆さんの気持ちに共感して、参加させていただくことになりました。

イノベーション推進部サービス企画一室 篠塚和子
試行錯誤しながら形を変え、求められるプラットフォームに
――2021年11月に「テイクオフ静岡」のプロジェクトに採択されました。その後、2022年8月からスタートする実証実験の第1フェーズではどんな取り組みをしたのでしょうか。
西村以前から地域の同業者の集まりはありましたが、異業種が広く集まる仕組みはありませんでした。そこで、市場調査も兼ねて、お金や相続、健康、美容といった切り口でアクティブシニアのニーズを検証する実証実験を行ってきました。テイクオフ静岡への応募は、PRの一環としての意味合いもありました。
知久私が以前勤めていた静岡新聞社でも、メディアとして団塊世代を対象にした企画を試みましたが、ニーズを掴みきれませんでした。団塊世代は人口が多く、マーケットとして重要です。しかし、価値観やライフスタイルがとても多様であり、一括りにしたアプローチが難しい世代でもあります。だからこそ、地域の事業者が連携して一人ひとりに寄り添ったサービスを提供することが必要だと考えています。

取締役 知久昌樹氏
いわゆる「タンス預金」としてお金を眠らせるのではなく、自分の趣味や生きがいの実現にお金を使うことは、生き生きと余生を過ごすための1つの選択肢です。その実現に向けて、Pocketは地域の事業者が連携し、アクティブシニア一人ひとりのライフスタイルにフィットしたサービスを提案するための仕組みづくりを進めています。
篠塚実証実験に参画する地域の事業者が展開するサービスをPocketから提供できるようにするほか、イベントで認知を広げる活動にも、ふじのくに物産さまと一緒に取り組んでいます。準備から実行の各フェーズにおいて役割分担しながら進めてきました。また、PRに活用するコンテンツを掲載するWebサイトの構築・運営や、Pocketをアクティブシニアにわかりやすく伝えるためのロゴ作成などの業務を、BIPROGYが担当しています。近年、アクティブシニアによるSNSの利用が広がっていることから、Pocket公式LINEやInstagramの活用を、ふじのくに物産さまが担当されています。
西村BIPROGYは、これまでも数多くのプラットフォーム構築を手がけており、豊富な経験を持っているので、その力を今回も大いに発揮してくれています。プラットフォーム事業はすごく難しいと感じます。「共創」という言葉は素敵ですが、「一緒に価値をつくる」感覚はまだまだ地域経済に浸透していないと感じます。たとえ共感してくれる方がいても、その方が所属する組織に協業や共創の文化がないために参加できないこともありました。この状況を打破するにはある程度の時間も必要です。第1フェーズは、地域の事業者にまず共創を経験してもらう、利用者にもサービスを認知してもらう段階として捉え、第2フェーズではさらなる利用者の拡大と地域事業者の理解促進を図るためのトライアルを重ねています。
「Pocket」が提供する価値(地域事業者向け)のイメージ


「Pocket」が提供する価値(アクティブシニア向け)のイメージ


生活者目線のイベントと並行して知識を提供する「大人の学校」を開設
篠塚当初、静岡市の伊勢丹にブースを開設してPocketに参加された地域の事業者のサービスを紹介したのですが、アクティブシニアの方々にあまり来てもらえませんでした。紹介したサービスが終活に偏っていたため、利用者側もなかなか自分事として捉えにくい面があったためと考えています。
そこで、次に松坂屋静岡店で開設した「Pocket! Salon」というブースでは、人生を楽しむためのイベントを企画しました。その後、Pocketに関心を持つ層も確実に増加し、事業者が提供するイベントへの参加者も増えてきました。今は、ミニセミナーの形でいろいろな体験ができる機会を提供し、アクティブシニアの具体的なニーズが見えてきたと感じます。
西村当初、広くシニアという想定でサービス提供を考えていました。ただ、60代でも70代でも“自分は若い”と感じる人は自分のことをシニアだと思っていないんです。だから、「シニア向け」として捉えると、その時点でサービスの提供側と受け手側に壁が生まれます。この点は、第1フェーズの初期に感じました。
もう1つわかったのは、健康に関する情報や、生活・住まいに関連するさまざまな法律を知らない人が意外に多い、ということです。情報がないことで人生は損をするケースがあります。これは司法書士としての経験則からも言えることです。そこで実証実験のメニューの1つとして、「大人の学校」を開始しました。これは、定年直後でこれからのことを考える人たち向けに、さまざまな知識を提供する場です。BIPROGYやPocketに参画する地域の事業者とディスカッションしながら試行錯誤をしてきた成果だと感じます。
――2024年9月からの第2フェーズでは、どのような取り組みをしているのでしょうか。
西村アクティブシニア向けにわかりやすいセミナーを開催してPocketのファンを増やしています。例えば、食の専門家に毎日の健康をテーマに話をしてもらったり、美容の専門家に手の美しさを維持する方法を教えてもらったり。セミナーは、参加者がすぐにメリットを感じられる内容です。
並行して、事業者に積極的に関わってもらうために「昼間開催の親睦会」のようなイベントを企画し、事業者との接点づくりも行っています。さらに、イベントの場だけでなく、Pocketを通じた個別相談も入ってきているので、アクティブシニアと事業者をつなぐ試みが奏功しつつあると感じます。現在のところ、主に集客を目的とした体験型のイベント企画に力を入れていますが、今後は事業者主体によるセミナーの実施など積極的に参加・関与できる仕組みを整備していく予定です。また、松坂屋のブースは婦人服売り場にあるので、ふらりと立ち寄った方が資料を読まれたり、イベントのチラシを見てくれたりして、問い合わせも増加してきました。
篠塚松坂屋では、空き家周りに詳しい不動産業者と司法書士が連携し、空き家問題に関する個別相談会を開催しました。多くの方にご参加いただき、ご好評をいただいたことから、その経験を生かし、現在はミニセミナーと個別相談の2本立てでイベントを継続しています。
西村例えば、保険の選び方や家のリフォームの相談先がわからないために、知り合いに頼るしかなかったり、費用の仕組みを知らないまま依頼してしまったりするケースもあります。Pocketのさらなる展開には、「利用者が必要とする情報により容易にアクセスできるか」という視点でのプラットフォームづくりが大きなポイントになると感じます。
地域で高まる期待に応える共感プラットフォームに
――今後の展開についてお聞かせください。
高木私は部署異動の関係から2025年3月に静岡を離れることになります。このため、お世話になった地域の企業さまに挨拶回りをしています(編注:取材時点)。その中で、「Pocketはどうなっているの」とよく尋ねられます。「認知度の向上段階」というお話がありましたが、Pocketは地域に確かに浸透しつつあると感じます。今後もサービス内容をさらに充実させていく必要はありますが、本格稼働前からすでに地域から高い期待が寄せられています。
知久Pocketを、アクティブシニアの生活をワンランクアップさせることや、その子どもたちが親に関することを気軽に相談できるプラットフォームにしていきたいと考えています。そのために、一般的なシニア向けサービスにありがちな“よろず屋”的なサービスではないと広く発信することが重要です。つまり、シニアが日常生活で直面する困り事や要望に幅広く対応する「何でも屋」ではなく、Pocketは「人生をより豊かに過ごす」という視点から質の高いサービスを提供しているというメッセージを発信していきたいと考えています。私自身、昼間に楽しく過ごせる場所が欲しいと感じます。Pocketを基点に仲間と情報交換し合い、交流の場を持つことで、アクティブシニア層が増えると思います。全国的な傾向ですが、静岡県も人口が減少しています。しかし、Pocketを通じて、多くのシニアが生き生きと暮らせる街として若年層から注目されれば、その魅力が活気を生み出す原動力になっていくと考えています。
西村人口減少が加速する中、かつてのような大きな市場成長は期待できず、最近ではユーザーが商品やサービスを選ぶ際に口コミや実際の体験を参考にするケースが増えているとされます。しかし、企業側のマーケティングは、こうした消費者行動の変化に十分な対応ができていないと感じます。今、社会に求められているのは「共感」を軸に、人々がより深くつながるサービスです。Pocketは、この“共感によるつながり”を具体的な形にするためのプラットフォームでもあります。アクティブシニアをはじめとした生活者と地域の事業者が互いに共感し合い、支え合う関係を築くことで、人と人、人と地域をつなぐ新しい価値を創出していくはずです。その実現に向けて今、BIPROGYをはじめとして、多くの方々に支えられながら、一歩一歩前へ進み続けています。