“創発の場”は長野にあり──「地域共創ラボ」が描くまちの新しい未来

「イノベーション」と「持続的な地域づくり」で目指す共創のまちづくり

画像:TOP画像

「信州ITバレー構想」を掲げる長野県は、テクノロジーを活用したイノベーションや新産業創出に積極的に取り組んでいる。そうした中、日本ユニシスは、長野県および長野県立大学と連携協定を締結し、2019年には長野市に「地域共創ラボ」を開設した。ラボでは「イノベーション創出プログラム」と「社会課題解決プログラム」を2本柱としながら地元企業などと連携し、持続的に稼げるビジネスの仕組みづくりや地域づくりに向けた活動を展開している。今回は、参加企業の声も交えつつ、プログラムを支える2人のキーパーソンと日本ユニシスの3人の中心メンバーが、地域共創ラボの挑戦と目指す姿を語った。

「信州ITバレー構想」と「地域共創ラボ」

長期的に人口減少傾向が続く日本において、地域社会の機能維持と活性化は解決したい切実なテーマである。全国の多くの自治体やコミュニティが、未来を見据えてそれぞれの特性や地域の実情を鑑みながら各種の取り組みを模索している。

そんな動きをリードする自治体の1つが長野県だろう。2019年2月、長野県と長野県立大学、日本ユニシスはソーシャル・イノベーションに関する連携協定を締結。同年9月には産官学連携によるIT人材育成やIT産業の集積などを目指す「信州ITバレー構想」がスタートした。時を同じくして同構想の実現を目指す一般社団法人「長野ITコラボレーションプラットフォーム(NICOLLAP)」が設立され、日本ユニシスは理事企業として参画した。

写真: 荒井雄彦氏
シソーラス株式会社
代表取締役/NICOLLAP理事
荒井雄彦氏

こうした中で、日本ユニシスは持続可能な地域づくり、イノベーション創出の拠点として「地域共創ラボ」を長野市に開設。日本ユニシスとともにNICOLLAPを立ち上げ、その理事を務めるシソーラス代表取締役の荒井雄彦(あらい たけひこ)氏は、2019年に大阪から長野市に移住し、信州ITバレー構想の実現に向けた動きに寄与している。

シソーラスは2019年に長野DXセンターを開業し、ここに本社を移転した。「(NICOLLAP理事でもある)長野県立大学の安藤国威(あんどう くにたけ)理事長との出会いもあって、長野でテクノロジーを生かした新産業をつくりたいと考えるようになりました。本社移転と移住に踏み切った大きな理由は、長野の魅力です。とりわけ、善光寺の存在は大きい。善光寺は多様性の象徴です」と荒井氏は言う。

7世紀に誕生した善光寺は無宗派の寺院として、多様な宗派を受け入れてきたことで知られる。また、創建当初から尼僧寺院が置かれ、女性が住職を務めている。1400年近い歴史を通じて、善光寺はダイバーシティを育んできたのである。

持続的なまちづくりの実現に向けて「地域共創ラボ」が始動

写真: 市原潤
日本ユニシス株式会社
戦略事業推進第二本部
事業推進二部
地域共創プロジェクト
地域共創ラボ発起人 市原潤

シソーラス長野DXセンターは善光寺の門前、表参道に面した場所にある。ここを会場として、2019年、地域共創ラボがスタートした。現在もその内容を進化させながら継続するのが「イノベーション創出プログラム」と「社会課題解決プログラム」である。2つのプログラムを通じて、日本ユニシスは持続的なまちづくり、地域社会づくりを目指している。

「当社単独でできることは限られています。地元の皆さんや産官学連携をベースにしたビジネスエコシステム、そしてデジタルコモンズを実現したい。官と学のサポートを得ながら、民間事業者が中心になって協働する取り組みを推進する必要があります。こうした思いから地域共創ラボの2つのプログラムを立ち上げました」と語るのは、地域共創ラボ発起人の日本ユニシスの市原潤(いちはら じゅん)である。

地域共創ラボの全体イメージ

イメージ図
行政、民間事業者、金融機関など多様なステークホルダーとの共創の中で「稼ぐまちづくり」と「社会共通価値の創出」を目指し、さまざまな事業領域で横断的な活動を展開していく。
写真: 石山扶巳
日本ユニシス株式会社
戦略事業推進第二本部
事業推進二部
地域共創プロジェクト
統括リーダー 石山扶巳

また、日本ユニシスの地域共創ラボの統括リーダーを務める石山扶巳(いしやま ふみ)は次のように言葉をつなぐ。

「SDGsへの注目などを背景に、社会課題の解決は企業にとって存在価値そのものと考えられるようになりました。私たちは多様なステークホルダーと手を携えながら、地域共創ラボを通じて、地元の社会課題解決に貢献したいと考えています」

石山の言う「多様なステークホルダー」の中で、キーパーソンとも言うべき存在が先述の荒井氏と、「デジタルビジネス・イノベーションセンター(DBIC)」ディレクターの渋谷健(しぶや たけし)氏である。

写真: 渋谷健氏
DBIC
ディレクター
渋谷健氏

渋谷氏の所属するDBICは特定非営利活動法人CeFILが運営するソーシャルイノベーションプラットフォームとして、社会課題を解決する組織やイノベーターの育成に力を入れ、その活動メンバーには各業界を代表する企業なども名を連ねる。渋谷氏はそんなDBICのディレクターとして多くのイノベーター育成事業などに携わっている。地域共創ラボへの期待について次のように語る。

「今求められているのは、東京などの大都市への依存度を減らし、地域の可能性に根差した自律的な循環型経済モデルと地域の人々の豊かな暮らしの両立を目指すことです。地域共創ラボはそのきっかけ。ラボの参加者同士による事業創出や所属する組織風土の変容、新規事業の創出、領域にとらわれない事業サービスのデザイン展開など大きな可能性を秘めています。さらには地元だけではなく、県外のさまざまな企業や生活者ともつながって、より良い地域づくりを実現するための起爆剤となっていくでしょう」

マインドセットが変わり、見える世界が変わる

地域共創ラボには、これまで長野県内外合わせて30社以上の企業や自治体が参加した。イノベーション創出プログラムでは、イノベーションを起こすために必要な基礎知識を学び自身の進化を促すための取り組みが行われる。一方の社会課題解決プログラムは、地域課題の解決に向けたチームを構成し、解決手法の立案という実践的な取り組みを通じて社会価値の創出を図ることを主眼としている。では、2つのプログラムの内容を具体的に見てみよう。

まず、渋谷氏がモデレーターを務めるイノベーション創出プログラムだ。イノベーション創出プログラムの参加者には、「具体的な経営課題を持ち込んでください」と伝えるという。1つの参加企業からは、戦略策定に関与する複数名がワークショップに参加する。そのポイントについて渋谷氏はこう説明する。

「プログラムの起点は、『VMV(ビジョン・ミッション・バリュー)』です。つまり、『あなたの会社は何のために存在しているのか』『あなたは何のために生きているのか』という核になる部分を問うことなしに、イノベーションは望めないということです。最初は戸惑う参加者もいて、エンジンがかかるまで時間がかかることもありますが、VMVが明確になると、目指すべき方向に向かって皆さんが自律的に動き始めていきます」

その後、ワークショップを通じて、参加者自身の手によって自社の抱える課題やリスクに向き合っていく。その中で、渋谷氏は「それは本当に世界に必要なことですか?」と問うと言う。「この問いでマインドセットが変わります。参加者にとって、見える世界も変わるからです。『こうすればできるのではないか』とか『こういう人とつながれば可能性が見えてくる』というように発想が広がります」と渋谷氏は続ける。新たなアイデアを得た参加者は必要な人を巻き込み、PoC(概念実証)のような形で実践に取り掛かる。その経験を基に知見を体系化・文書化し、自身が所属する社内でオーソライズを図りながら本格的な課題解決に取り組む流れだ。

イメージ図
「地域共創ラボ」のセッション風景(1)
イメージ図
「地域共創ラボ」のセッション風景(2)

「事業計画をつくってから始めるのではなく、何かを動かして、その経験を基に物事を進めていくというアプローチです」と渋谷氏。2020年からは参加者に対し、「地域共創ラボを通じた取り組みの実現に向けて、経営層のコミットメントを取ってきてもらうことにしている」という。これにより、プログラム内での実践がビジネスにインパクトを与える可能性はより高まっている。自律的な都市のモデルづくりの実現に向けては地域の主要企業への働きかけも強化している。その1社が、長野県で100年以上の歴史を持つアルピコグループである。同社の宮坂歩(みやさか あゆむ)氏はこう語る

2カ月で参加企業による新商品試食会の実施、販売協力にゴーサイン

宮坂歩氏
アルピコホールディングス株式会社
ICT推進室
宮坂歩氏

アルピコグループは、鉄道・バスなどの運輸事業やスーパーマーケットなどの小売事業、ホテルなどの観光事業を展開しています。2021年で創立101年目を迎え、約7000人の従業員が所属しています。コロナ禍で運輸、観光事業がダメージを受けたこともあり、次の柱となる事業創出が大きな課題です。このような背景もあり、私は2020年の秋頃にプログラムに参加しました。最初は「異業種交流会のようなものかな」と思っていたのですが、まったく違いました。かなりの量のe-ラーニング教材もあり、真剣に勉強しました。参加者がそれぞれビジネスプランを考え、みんなでブラッシュアップする。他の参加者との信頼関係ができていくにつれ、物事はスムーズに進むようになりました。こうして地域共創ラボで生まれた「食」に関するビジネスプランをグループ会社の社長に提案しました。以前の自分なら、考えられない行動でした。幸い、反応は上々。2カ月で商品開発に向けた試食会の実施、商品化後の販売協力にゴーサインが出ました。今回の経験を通じて、人の意識変革の重要性を学びました。やはり、ビジネスは「人」です。今後も大きな組織を良い方向に変えるために、少しずつでも仲間を増やしていこうと思っています。

次に、地域課題解決プログラムについて見ていこう。2019年度のプログラムを経て、2020年度は新たにより具体的な課題解決アプローチとして、「セイコーエプソンやサンクゼールのような地域経済を牽引する企業に声をかけ、経営上の課題を提供してもらうようにしました」とモデレーターを務める荒井氏は振り返る。

プログラムの中では、課題を前にして参加者がアイデアを出し合い、議論を重ねることでデザイン思考とシステム思考を組み合わせてアイデアの実現を目指す。参加者のマインドセット変革に加え、スキルセットの提供も意識したプログラムである。「社外の人たちと議論し、交流する中で新しい考え方や変化を受け入れる人たちが増えています。こうした活動の結果として、地域内や県外とのネットワークも広がっていくでしょう」と荒井氏は期待を語る。プログラムに参加するセイコーエプソンの井上将(いのうえ すすむ)氏はこう話す。

社外の参加者の斬新な発想に驚かされた

井上将氏
セイコーエプソン株式会社
デザイン開発グループシニアスタッフ
井上将氏

セイコーエプソンはプロダクトアウトを得意としてきましたが、サービスはどちらかというと苦手でした。自社の発想だけでは広がりが出せないという社内の雰囲気はありますが、何から手を付ければいいのか分からないところがありました。プログラムのテーマとして提示したのはインクジェットのノズルに使われている技術です。当社側からはワークショップ参加者が2名とオブザーバー3名が参加。ファシリテーターのリードの元、社外の参加者含め、総勢15名程が参加しました。インクジェットプリント技術の応用については、社内でも議論を重ね外販ヘッドの事業化などが進んでいますが、このプログラムの中ではまったく異なる見方に接することができました。インクジェットノズルの技術を「微細な穴を開ける技術」として抽象化してとらえるものです。穴そのものに注目することは社内でも初めての試みでした。その結果「匂いを通過させる」など斬新なアイデアも飛び出しました。このアイデアがものになるかどうかは分かりませんし、イノベーションはそう簡単に起こるものではありません。繰り返しチャレンジする必要があります。そんなマインドセットを醸成するためにも、こうした取り組みを続けていくことが重要です。2021年はぜひ複数回、プログラムに参加したいですね。テーマになりそうなネタは他にもたくさんあります。

競争ではなく、共創のまちづくりへ

イノベーション創出プログラムと社会課題解決プログラムは2020年の途中から、コロナ禍という予想外の難題に遭遇した。リアルの議論や意見交換は難しくなり、オンラインへの移行が求められた。

写真: 岡田浩二
日本ユニシス株式会社
戦略事業推進第二本部
事業推進二部
地域共創プロジェクト
地域共創ラボ 事務局担当
岡田浩二

「2020年はリアルでスタートし、すぐにオンラインに切り替えました。新型コロナの余波を受ける中で最初は苦労しましたが、リアルとオンラインの活動を再定義し、次第にうまく使い分けることができるようになりました。これもプログラムを通じて学んだことの1つです。双方の良い部分を活用しながら今後もプログラムを進化/深化させていきたいと考えています。これまでの取り組みの中で、地域の未来に向けた課題解決という目標に対して多様なステークホルダーがアイデアを出し合い、価値の連鎖を生み出すという協力・連携の可能性を感じています。社会がより複雑になっている現代において、『必要なのは競争ではなく、共創』というメッセージを、地域共創ラボの取り組みを通じて発信し続けていければと思います」と、日本ユニシスの岡田浩二(おかだ こうじ)は意欲を語る。地域共創ラボは試行錯誤を重ねながら、今も進化を続けている。

関連リンク