a storyteller ~情熱の原点~ 第8回 ベンチャーキャピタリスト 山本実侑氏

研究の知が社会で生かされ、子どもたちが研究者に憧れる日本をつくる 

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さまざまな分野で意欲的に挑戦を続けるイノベーターたち。革新を起こし時代をリードする彼らを突き動かす、その原動力や原体験とは一体何なのだろうか。この核心に迫るシリーズ「a storyteller~情熱の原点~」。第8回は、研究成果の社会実装に挑む、ディープテックに特化したベンチャーキャピタル「Beyond Next Ventures」で、研究の事業化を支援する山本実侑氏に話を聞く。小学生のときに深海に魅せられ、大学時代には日本の大学生として初めて有人潜水調査船に乗った山本氏。将来は深海微生物を専門とする研究者を夢見ていたが、大学卒業後は研究者ではなく「研究者を支える道」を選び、走り続けてきた。山本氏の活動の原点と、現在の仕事を選択した思いに迫った。

「海洋生物学者」を夢見た小学生時代

――山本さんは「深海」に強い関心を持ち、研究者になることを夢見ていたそうですね。研究者を志すようになったきっかけを聞かせてください。

山本小学5年生のときに、母と一緒にJAMSTEC(海洋研究開発機構)の研究所見学に参加したんです。そこで、海の中に「深海」というフィールドがあることを知り、太陽光が全く届かない深海に生息する生物に興味を抱きました。思いはどんどん膨らんで、“地球上の生命の起源”ともいわれる深海の微生物を研究してみたいと考えるようになりました。小学校の卒業アルバムには「将来は海洋生物学者になりたい」と書いたほど、当時から研究への憧れは強かったです。

写真:山本実侑氏
Beyond Next Ventures株式会社
投資部 山本実侑氏

高校は、横浜の「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」の指定校に進学しました。理科室が20室もあるような学校で、生徒全員が課題研究に夢中になって取り組んでいました。私も、研究に没頭できることが本当に楽しく、研究成果を学会やコンテストで発表して、いくつかの賞をいただくこともできました。さらに幸運なことに、私の大学受験の年から東京大学が推薦入試をスタートしたこともあって、高校時代の研究が評価される形で東京大学に進学しました。

  • スーパーサイエンスハイスクール(SSH)…文部科学省が指定するSSHでは、先進的な科学技術、理科・数学教育を通じて、生徒の科学的な探究能力等を培うことで、将来社会をけん引する科学技術人材を育成するための取り組みが行われている(参考 国立研究開発法人 科学技術振興機構「SSH概要」)

――東京大学の在学中に忘れられない経験をしたそうですね。

山本そうなんです。大学4年生のときに、JAMSTECが運用する「しんかい6500」に乗船しました。しんかい6500は、世界トップレベルの潜水深度を誇る有人の潜水調査船です(参考 JAMSTEC「有人潜水調査船『しんかい6500』」)。世界中の海で海底地形や深海生物の探査を行っており、日本の大学生がしんかい6500に乗船するのは史上初のことでした。

写真:青い作業服を着た山本実侑氏が、潜水艇「しんかい6500」の潜航内容が書かれた掲示板の前に立っている様子
2019年、日本の大学生として初めてJAMSTECが誇る有人潜水調査船「しんかい6500」に山本氏が乗船した際の様子(資料:山本実侑氏/写真提供:海洋研究開発機構/Chong Chen)

2019年に乗船し、1387mの深さまで潜りました。深海は光がなく、すごく静かです。でも、海底から熱水が吹き上がっている場所を調査すると、そこに生物が集まっていて、生命の動きや地球の躍動を感じました。「深海は真っ暗で、恐ろしさを感じたのでは」とよく聞かれますが、私は夢見た世界に実際に行けたという喜びで、約6時間の乗船中、ずっとワクワクしていたのを覚えています。

写真:潜水艇の上部に乗り込む山本実侑氏 写真:海上に浮かぶ「しんかい6500」。白い船体と黄色い上部ハッチが特徴的
(資料:山本実侑氏)

――ご自身に大きな影響を与えた研究者はいらっしゃいますか?

山本はい。数多くいますが、特にJAMSTECの高井研先生ですね。私が深海に潜った時も、高井先生が推薦してくださり、しんかい6500の潜航もご一緒させていただきました。高井先生は、深海微生物の研究の第一人者として世界的に知られている方です。幼少期に、とても楽しそうに研究の話をされる姿を目にして、「深海って面白そう!」という興味を持つきっかけを与えてくださった方でもあります。

――その経験から、研究に対する熱意がさらに高まったのでしょうか?

山本もちろん、しんかい6500の乗船やその後の研究活動を通じて、深海の研究はやっぱりすごく面白いと実感し、研究がますます好きになりました。しかし、大学3、4年の頃から、「研究者になりたい」という思いと並行して、「このまま研究者になってよいのだろうか」という疑問も感じていたんです……。

私は、高校、大学を通してたくさんの研究者の方々にお世話になり、熱い思いを持って世の中にあるさまざまな「不思議」の解明に挑む姿に刺激を受けてきました。しかし一方で、実は多くの研究者が、研究環境の構造的な課題に当たって苦労している姿も目の当たりにしました。例えば、十分な研究費を得られず思うように研究が進まない、あるいは任期付きのポストであるためキャリアが不安定、資金獲得や次のキャリアを模索しながら研究を続けているため研究に集中できない、という状況です。「このままでは優秀な研究者がアカデミアを離れていき、日本の科学技術は衰退していくのではないか」という危機感すら覚えました。こうした状況で自分が研究者になって、充実した研究生活を送り続けられるのだろうか。そんな思いも抱くようになる中で、研究者を支える仕事の存在を知り、その重要性を強く意識するようになりました。

大学院進学を前に、「このまま研究者の道を進むか」、それとも「研究者が思うように研究できる環境づくりを支える方向へ進むか」。この2つの思いの間で、本当に悩みました。しかし、最終的には、「視野を広げることや若いうちに多くの経験を積むためにも、一度社会に出よう!」と決心しました。そして、研究の場を離れ、社会に出て、今は研究者を支える道を歩んでいます。

研究者ではなく、「研究者を支える仕事」を選んだ

――社会人としての第一歩は、どのような仕事を選んだのでしょう?

山本大手シンクタンクに入社し、コンサルタントになりました。この職種を選んだ理由は、私自身の経験を生かしつつ「アカデミアと民間企業をつなぎ、アカデミアの知を社会に還元する」仕事ができるのではないかと考えたからです。

例えば、中央省庁に対して政策提言して産学連携を促したり、民間企業に対してアカデミアとの連携を後押ししたり──そうした立場であれば、官・民の双方にアプローチして産学連携を深めることが可能だと思いました。そして、研究者の方々と接しながらさまざまな仕事を進める過程で、「アカデミアの知を社会に還元する方法」は産学連携だけではないことにも気づきました。1つの選択肢が「研究者による起業」です。研究者が起業するという手法も視野に入れれば、共同研究やライセンシング(知財の使用許諾)などの従来の方法だけにとらわれず、研究の社会実装を進められます。そうすることで、より大きな社会的インパクトを生み出せるのではないか──という発想です。

こうした考えを深める中で、ちょうど当時は政府が「スタートアップ育成5か年計画」を策定し、スタートアップに対する注目度が高まっていた時期でもありました。時流にも乗り、起業に挑もうとする研究者への支援を通じて、私も自分自身のスキルを磨き、視野を広げていけるのではと考えたのです。

研究者と共に事業を育てる投資担当へ

――その思いを実現するため、山本さんは大手シンクタンクからの転職を決意されました。2023年11月にディープテックに特化した「Beyond Next Ventures」に参画したのはなぜですか。

写真:山本実侑氏

山本ベンチャーキャピタルの情報を集める中で、Beyond Next Venturesは「ディープテックのスタートアップ」にこだわりを持って投資活動を行っていることを知りました。その姿勢は、私自身の「研究者が思う存分研究でき、その成果がしっかりと社会に浸透する、そんな社会をつくりたい」という思いと重なる部分があり、そこに大きな魅力を感じました。

入社後は、エコシステム部インキュベーションチームに所属し、研究シーズの事業化促進を目的として、研究者の方々を対象にしたアクセラレーションプログラムを中心に、研究者のスタートアップ創業を支援するプロジェクトを担当しました。

また、Beyond Next Venturesでは創業初期のバイオスタートアップの研究開発を支援する、シェア型ウェットラボ「Beyond BioLAB TOKYO」を運営しています。創業間もないスタートアップにとって研究環境の整備はコスト面だけではなく、オペレーションの負担も大きいです。そこで私たちのチームでは、研究に集中していただくための管理・運営面でのサポートにも力を注ぎました。

――どの研究者に対して支援を行うのか、または行わないのか。判断の決め手はどんなところなのでしょう。

山本研究にはさまざまな形がありますので、一言では言い表せない部分です。しかし、たとえ事業化の構想が固まっていなくとも「(自分の研究を)社会課題の解決につなげたい」という研究者の熱意は、非常に大切な要素です。私は以前からスタートアップの世界は「人が大事」だと思っています。

熱意を持った研究者の周りには、その思いを一緒に実現したいと願う人が集まり、手を差し伸べ、強力なチームが形成されていきます。多様性を持ったメンバーが強みを発揮し合う強力なチームは、ビジネスにおいて直面するさまざまな課題への対応に不可欠と考えます。そのため、チームづくりの起点となることが多い研究者が熱い思いを持ち、抱き続けることは、非常に大きな強みだといえます。

写真:3名の乗組員が潜水艇内部に座っている様子 写真:潜水艇「しんかい6500」が引き上げられる様子。乗組員に水をかけるクルーたち。白いヘルメットと救命胴衣を着用
潜航直前のしんかい6500船内の様子を写した1枚(写真上)。潜航後には、初潜航者への恒例行事である「冷水かけ」も行われた(写真下)。深海というフロンティアを開拓する研究者たちの思いや飽くなき探究心に触れた体験が山本氏の原点にもなっている(資料:山本実侑氏/写真提供:海洋研究開発機構/Chong Chen)

私自身、研究が大好きで、研究者になることを本気で目指してきました。この当事者としての経験から研究者の方が「研究成果を何とか社会に実装したい」と願う気持ちにはとても共感しています。そうした研究者の思いに真摯に寄り添いながら、最善の道を選択していくことが大切だと考えています。

――2025年、山本さんはエコシステム部インキュベーションチームから投資部に異動し、キャピタリストとして新たなキャリアを築くことになりました。

山本当社の投資担当は研究者の方々と創業前から伴走することが多いため、その点はインキュベーションの活動と共通しています。大きな違いとしては、インキュベーションチームでは複数の研究者を広くサポートしてきたのに対し、投資部では出資を検討している方々と接するため、1つ1つの創業プロジェクトにより深く入り込む点です。会社や事業を一緒につくり上げていくという感覚ですね。

つまり、単なる資金提供だけでなく、起業の準備段階から事業化まで長期で支援する——いわば「インキュベーションできる投資担当」として活動していくということです。

――最後に、聞かせてください。ご自身の原点となった「深海」への思いをどのように今後につなげていこうと考えていますか。

山本私個人としては、アカデミアと連携して、日本に眠る技術をスタートアップの事業につなげる支援をしていきたいです。特に、海に関連した事業に携わってみたいですね。やはり、深海に対する思いが原動力になっていると感じますし、実際に今、海に関係する投資先の候補を探し始めています。そして将来的には、海というフィールドを、もっと産業活動や研究開発が活発に行われる場にしていきたいです。

研究者の真摯な熱意に寄り添いながら、自分自身の思いも大切にして、インキュベーションに取り組む投資担当として力を尽くしていきたいと考えています。その一歩一歩は、きっと世の中を変えるようなワクワクする研究の社会実装につながっていくはずです。そして将来的には、私自身が幼いころに心を動かされたように、子どもたちが未知の世界やそこに挑む研究者たちに憧れる──そんな日本をつくっていきたいと考えています。

写真:山本実侑氏

プロフィール

山本実侑(やまもと・みゆ)
高校生のころから微生物の環境応答等をテーマとした研究を始め、大学では深海熱水噴出孔に生息する超好熱菌の生態と系統関係から、初期的な生命の生息域拡大過程を推測する研究を行う。2020年4月に野村総合研究所コンサルティング事業本部に入社。中央省庁の産学官連携推進・スタートアップ支援事業や、医療・エネルギー分野における新規事業開発の支援等に従事。2022年8月からは研究開発型スタートアップBIOTAにて副業を開始し、研究開発、助成金の獲得・運用、人材採用などに携わる。2023年11月にBeyond Next Venturesへ参画し、研究シーズの事業化支援やスタートアップへの投資を担当。アカデミアに適切な資金がもたらされ、日本の研究者が豊かな研究生活を送れる社会作りを目指している。東京大学理学部地球惑星環境学科卒業。
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