a storyteller ~情熱の原点~ 第7回 光工学研究者 兼 SPACECOOL代表 末光真大氏
社会課題の解決にスピード感を持って取り組むために起業を決意。ゼロエネルギーの冷却素材で地球温暖化対策に挑む
さまざまな分野で意欲的に挑戦を続けるイノベーターたち。革新を起こし時代をリードする彼らを突き動かす、その原動力や原体験とは一体何なのだろうか――。その核心に迫る「a storyteller~情熱の原点~」。第7回は、暑熱課題を解決する放射冷却素材「SPACECOOL」を開発した末光真大氏に話を聞く。末光氏は大阪大学大学院修了後、大阪ガスで研究に励むが、社会課題の解決にスピード感を持って取り組むために起業を決意。SPACECOOLは話題を集め、2025年大阪・関西万博のガスパビリオンの外装素材にも採用された。末光氏の活動の道のりと社会課題解決への思いを聞いた。
ゼロエネルギーで冷やす放射冷却フィルム
――2025年に開催された大阪・関西万博のガスパビリオンの外装にSPACECOOLが採用されました。SPACECOOLの性能や効果を教えてください。
末光SPACECOOLは直射日光下において、太陽光と大気からの熱をブロックして熱吸収を抑えるとともに、放射冷却技術の原理を用いて宇宙に熱を逃がす冷却素材です。例えば建物の壁・屋根をSPACECOOLのシートで覆ったり、貼り付けたりすることで、外気温よりも建物内部の温度を下げられます。電力などを使わず、ゼロエネルギーで運用できるため、地球温暖化対策の観点からも効果的な素材です。
光工学研究者 末光真大氏
具体的にどのくらい温度を下げられるのか、2017年に大阪ガスエネルギー技術研究所で実証実験を行いました。鋼板にSPACECOOLを貼り、温度を測定します。周囲の外気温は約35度でしたが、SPACECOOLの表面温度は外気温に比べて最大約6度低くなりました。テントの素材に用いた場合、一般的な素材のテントと比べて、テント内の体感温度を約10度下げられることが実証されています。
――社会課題解決のために知財を有効活用し、より良い未来社会をデザインする企業を表彰する「EXPO2025 JPO-WIPO AWARD」の気候変動部門を受賞されました。
末光これまで取り組んできたことが間違いではなかったと証明された気がして、うれしかったです。Forbes JAPAN「日本の起業家ランキング2026」では「日本の起業家BEST10」にもランクインしました。財務諸表なども選考の基準に含まれるので、ほかのスタートアップと比較して財務の点からも悪くないという裏付けになり、事業継続性の観点からも大きな自信になりました。
――冷却のメカニズムを教えてください。一般的な反射素材とSPACECOOLは何が違うのでしょうか。
末光SPACECOOLは反射と放射を両立できます。SPACECOOLの基本的なメカニズムを説明すると、素材内部の熱を分子振動によって光エネルギーに変換し、宇宙へ向けて放出することで冷却します。そのため、反射機能だけの素材よりも大きな冷却効果が得られるのです。
温暖化対策に貢献するアイデアを発見
――SPACECOOLの開発経緯を聞かせてください。
末光大阪大学大学院工学研究科を修了後、2012年に大阪ガスに入社しました。当初は赤外線をコントロールする研究開発に取り組み、そこから5つくらいの研究テーマを同時並行で進めていく中で、放射冷却を利用して熱を地球上から発散すれば、温暖化対策になるのではないかという、SPACECOOLにつながる種を思いつきました。私は光工学を専門にしており、光を自在にコントロールする技術開発の蓄積があったからこそ、ひらめいたアイデアだと思います。放射冷却素材の研究開発は2017年にスタートしました。放射冷却素材は2014年にスタンフォード大学が科学誌『nature』で報告したばかりの新しい技術で、実証や測定はどうするのか、物性をどう評価するのかも世の中にまだ存在しない状態でした。これを追究し、社会課題解決に貢献する技術開発を自分が推進していきたいと考えたのです。
製品化するにはまず「どのくらい冷却できるか」を測定する機器を作らなければなりません。自分で測定器を作り、続いて放射冷却素材を形にする作業を進めていきました。最初にできたものはセラミックが素材で、今のSPACECOOLのようなフィルム状ではなく、力を加えると簡単に割れてしまうようなもろいものでした。そこから研究を進めて、最終的には多層構造のフィルムという仕様になりました。
光工学のベースがあるので、物理の観点から計算を用いて設計するのはそれほど難しいことではありません。そこまでは比較的スムーズに進められたのですが、産業に応用しようとすると、耐久性、量産性、低コストを考えなければいけません。この3つの実現に苦労しました。
――3つの課題をどのように解決したのですか。
末光解決すべき課題を特定した上で目標を設定し、業務委託などで外部の力も借りました。自分で手を動かしてやるだけでは、できる範囲が限られてしまいますからね。例えば、放射冷却素材をフィルムにしようとした時。私自身にフィルムを作る技術はないし、大阪ガスもフィルム製造の事業はやっていません。そこでフィルム製造のプロの力を借りました。外部のプロと連携することが最も効率的な課題解決の方法だと考えています。日本の中小企業が持つものづくりの技術は、世界的にも高い水準にありますからね。その知見の深さやリスクを予測する洞察力にも助けられました。私の役割はアイデアとコンセプトと課題を出すこと。そして大阪ガスから開発のための資金を調達することでした。
社会課題の早期解決を目指して起業を決意
――2021年に独立してSPACECOOL株式会社を立ち上げます。起業された理由を教えてください。
末光私は研究者としての道にこだわっていたわけではなく、研究で得た知見を社会に生かし、ビジネスとして形にしていきたいと考えていました。技術について自分なりに理解を深めてきたことを、事業の中で役立てたいと思っていたのです。一方で、大きな組織では意思決定のプロセスに時間がかかり、スピーディに動くことが難しい場面もあります。「放射冷却素材という新技術を一日でも早く市場に届け、世界中の暑熱課題の解決につなげたい」という思いがあり、スタートアップという選択肢も視野に入れて検討を進めていました。そんな折、ある席で大阪ガスの役員から「この事業はスタートアップ向きだね」という言葉をかけてもらったのです。その一言が後押しになり、2021年にWiLと大阪ガスの出資を受けてSPACECOOL株式会社を設立しました。
会社を設立して、まずは営業を増員しました。ディープテックのスタートアップは技術開発者を増やすのが一般的ですが、SPACECOOLでは逆張りを試みたのです。営業を増やせばマーケットの情報やニーズをダイレクトに拾えます。現場が欲しがっているものを把握し、どの程度の価格であれば受け入れられるのかを見極め、その情報に合わせて技術開発を進めていく。自分のシーズから生まれた製品ですが、技術開発が先に立ってしまうと、頭でっかちになって事業が停滞してしまう危機感があると考えていました。
――すぐに売れ始めましたか。
末光大型商業施設での導入が最初に決まりました。屋上の分電盤が直射日光による内部の温度上昇で故障するケースがあり、それを防ぐためにSPACECOOLが採用されたのです。会社設立から2年後の2023年のことで、順調とも時間がかかったとも言えます。ただ、誰もが知るショッピングモールに採用されたことが良いPR材料になり、その後の展開は一気に加速しました。工場内の労働環境向上のために導入され、その後大阪・関西万博ガスパビリオンでの導入が決まり、2025年に万博での設置が実現しました。
――酷暑から人やモノを救う中で、喜びを感じる瞬間を教えてください。
末光東京2025世界陸上のサブトラックに張られたテントは、すべてSPACECOOLでした。熱中症予防の効果が認められ、選手が実力を発揮するのに貢献できたので、とてもうれしく思っています。私の子どもが通う学校では、夏は体育の授業を屋外でやらないことに決めていたため、スポーツにおける酷暑対策の重要性を肌身に感じていたところでした。印象的だったのは、大阪・関西万博でSPACECOOLを知った神戸の小学生が、学校の自由研究でSPACECOOLを使った冷却装置を作ってくれたことです。その作品は学校の代表に選ばれて、公共の場で展示されたそうで、私も感激しました。SPACECOOLをきっかけに、子どもたちが地球温暖化や暑熱課題に関心を持って、解決に挑んでくれる。日本の未来は明るいと感じます。
プロフィール
- 末光真大(すえみつ・まさひろ)
- 2012年大阪大学大学院工学研究科を修了後、大阪ガスに入社。2013年より大阪ガスにとって新領域であったフォトニクス(光工学)分野の研究開発の立ち上げを行い、熱光発電(TPV)の研究ではフォトニック結晶を用いた光制御によって当時MITが保有していた発電効率の世界記録を大きく超える効率を記録する。その後、社会人博士として京都大学大学院に進学し、2019年に博士(工学)を取得。放射冷却素材の研究開発は2017年にスタート。2021年4月に事業化のため、WiLと大阪ガスの出資を受けてスタートアップSPACECOOLを設立する。主な受賞歴に、SPIE Green Photonics Award(2016年)、応用物理学会奨励賞(2019年)、近畿化学協会環境技術賞(2021年)、気候変動アクション大賞(2023年)、Japan Venture Awards 『経済産業大臣賞』(2025年)、省エネ大賞(2025年)など。





