「行動科学マネジメント」で分かる! 自発的行動を促すコミュニケーションのヒント

石田淳氏×社員が語る「志を結び、組織の前進力を高める処方箋」

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一人ひとりの多様性を育み、行動変容・意識改革を促す「ROLES(ロールズ)」の実践や「ナラティブ(物語性)」をキーワードに思いを発信し、共感の輪を広げることで社会課題の解決に挑むBIPROGY。これらを実りあるものとし、多様性を力に変えるにはどのような視点が必要なのか。この疑問をひもとくべく、「行動科学マネジメント」の第一人者・石田淳氏を招き、BIPROGYの中堅マネージャーの佐藤亮平と渡邉未央がマネジメント面で抱える課題などを軸に議論した。石田氏との対話を通じて見えた、効果的なコミュニケーションの秘訣をご紹介したい。(以下、敬称略)

ヘッドライン

行動変容のカギは「具体性」と「再現性」

石田「行動科学マネジメント」が一般的なマネジメントと大きく違う部分は、やる気や意識といった個人のモチベーションや資質・能力に左右されず、かつ再現性がある点です。実は、行動変容の原理原則は、組織であれ、個人であれ共通しています。人は自分自身のメリットに従って行動します。この点を踏まえ、1つ1つの行動にフォーカスしたマネジメントの実践によって、ビジネスはもちろん、リカレント教育やセルフマネジメント、子どもの教育など分野を問わずに多くの人の行動を再現性のある形で変容できます。

写真:石田淳氏
株式会社ウィルPMインターナショナル
代表取締役 兼 最高経営責任者
石田淳氏

その確立にあたっては、米国で行動科学を学び、日本人の特徴や文化なども踏まえながら体系化しています。組織における行動変容を促す場合であれば、優秀なプレーヤー個人の経験や勘、度胸といった抽象的な概念・暗黙知を行動観察と分析を通じて言語化し、同様の行動を他のメンバーも実践・習慣化する仕組みを提案しています。この点が評価され、国内外で5000社以上が導入しています。

例えば、世界規模で展開する日系大手海運企業では、大半の従業員が外国人です。このため日本的なマネジメント手法は一切通用しません。特に船舶は足場が不安定です。安全行動を確立し、事故を減らす試みが必須です。タイやフィリピンなど多様な文化的背景を持つ方々をいかに行動変容させるか、といった課題解決の場面でも広く活用されています。

1つ、具体的に「きちんと挨拶をする」というケースを考えてみましょう。一般的な会話レベルで判断すると「行動」と感じられるかもしれません。しかし、行動科学マネジメントのMORSの法則に沿って考えると、これは行動とは呼べません。何をもって「きちんと」なのかが、明確な判断基準のない主観的なものだからです。ここを段階的にかみ砕き、実践すべきステップとして捉えます。「笑顔をつくり」「数メートル先の相手にも聞こえるような声で」「『おはようございます』と頭を下げながら言い」「頭を上げて再度相手の顔を見る」といったイメージです。

行動変容を促す「MORSの法則」

図:行動変容を促す「MORSの法則」
行動科学マネジメントにおける「MORSの法則」。一人ひとりで異なる暗黙知などを言語化し、具体的な行動として捉えることを可能にする。この法則を基礎として「楽器を上達させる」場合を考えると、「週3日、毎日1時間練習する」と具体的な行動として認識・実行に移すことができ、行動の再現性も確保できる

佐藤なるほど、イメージが湧きました。MORSの法則に加えて、人の行動を変えるためには、何が必要だとお考えですか。

写真:佐藤亮平
BIPROGY株式会社
金融ソリューション本部
市場系ソリューション部 システム二室 室長
佐藤亮平

石田人が何かを成し遂げたい、行動を変えたいと思っても、できないときには理由が2つあります。1つは「やり方が分からない」、もう1つは「継続できない」こと。1つ目の対応は、MORSの法則などに従って行動に対する具体的な指示をすることです。2つ目の継続については、行動を言語化して分割した「ベイビーステップ」で課題に対処していく方法があります。この点は、後ほどお話ししますね。

渡邉行動科学マネジメントでは、実践者が取り組みやすい行動の在り方を具体的に示すことで成長を促すのですね。

石田ええ。例えば営業部門で、「訪問件数が多い」「提案件数が多い」ことが成果につながるのだとしたら、それらを増やす行動を自発的に行える環境づくりも大きなポイントです。自発的な行動促進は、組織のミスや事故防止に向けて注目される「BBS(Behavior Based Safety)」の観点からも重要です。これは事故やミスの原因となる危険行動を安全な行動に変容させ、それらを習慣として組織に定着させる営みです。ここでも重要なポイントとなるのは、行動の具体性と再現性です。

自発的な行動を促すコミュニケーションのポイント

渡邉私のキャリアは営業から始まり、「新規サービス・ビジネスの企画をやりたい」という思いから社内留学生として企画部門に移り、今は営業部門に戻って引き続き新規サービス・ビジネスの企画に携わっています。また営業部門に戻った直後、コロナ禍となったことから、改めて「自分にとって大切な価値観は何か?」を見つめ直した結果、「自分らしさを発揮できること」や「自身と周りの幸せのために働くこと」、また「自分のペースを大切に、心も体も健康であること」を重視していることに気づきました。自分の大切にしている価値観を理解すると、自身の力が発揮できる仕事に従事する機会が増え、“やらされ感”なく主体的に働くことができています。部下や職場の中には、「自分がどんなことにやりがいを感じるのか分からない」と悩む方もいらっしゃるのですが、先ほどお話しいただいた「自発的な行動を促す」ためのコミュニケーションのポイントやコツはありますか。

写真:渡邉未央
BIPROGY株式会社
サービスイノベーション事業部
ビジネス四部第一営業所第三グループ グループマネージャー
渡邉未央

石田コロナ禍を通じて、自分の時間を大切にしたいという価値観を持つ人が増えています。一方、自分が大切にしたいことを見つけることが難しい人もいます。このケースでは、やりたくないことを明らかにするとよいでしょう。やりたくないことなら、「満員電車には乗りたくない」「出社は週3回ぐらいにしたい」など簡単に出てきます。ここから、やりたいことを明確にします。加えて、部下のモチベーションを高めたいと考える方の場合は、部下それぞれの「動機付け条件」に合致するように行動を促すことが大切です。

人は、自分が好きなことに対しては自発的に行動します。自分が欲しい物を手に入れるためには、すごく頑張れますよね。ただ、出世する、給料が上がるといった、上司の「自分が好きだったこと」を皆が好きだと思ってはいけません。自発的に動いてほしいと考えるなら、それぞれの人の動機付け条件を理解することが重要です。

行動科学の「ABCモデル」

図:行動科学の「ABCモデル」
人が行動を起こす上では、何らかの目的があり(先行条件)、その実現のために動き(行動)、行動の結果として何かを得る(結果)の3ステップを経る。この点を踏まえ、「相手にとってのメリット(動機付け条件)を考えることが重要」と石田氏は指摘する

渡邉なるほど。動機付け条件を理解しようとすることは非常に重要ですね。私は先ほどお伝えした自分の大切にしている価値観に気づいてから、個人的な活動として、心身共に健康で輝く女性を増やしたいとの思いから、ピラティスや食事指導を学び、休日や終業後のレッスンを通じて伝える活動をしています。始めて2年ほどたち、活動しているうちにさまざまな人に出会うことができました。思いに共感してくれる人に囲まれていると、自信につながります。こうした活動を通じて、社内の人だけではなく、会社の外で新しい仲間を見つけたり、親密な関係を築けたりすることはとても有意義ですし、自分の中の多様性が高まったと感じています。

写真:石田氏と渡邉

石田大切な視点ですね。日本の社会もここ数年で変わってきました。昔は仕事が終わっても上司や同僚と飲みに行くようにコミュニティが社内に閉じていました。ところが今は企業も従業員の社外の付き合いを推奨するようになりました。これは、イノベーションを起こしてほしいという気持ちの表れだと思います。同質な中からではなく、外から新しい考えを見つけてきてほしいのですね。外部の人とは利害関係がないので良い意見交換ができます。ただし、そうした社外から得られた知見を社内展開する際に、どんな意見を言っても批判されない心理的安全性のある環境をつくる必要があります。実際には、仕事に直接生かされなくても、社会人になって社外に友だちがいると豊かになれますし、精神面での健康度を増すためにも意図的に社外のつながりを広めていく営みは重要です。

行動を言語化してベイビーステップで継続を図る

渡邉レッスンを通じて課題に感じている点は、運動も食事も習慣化が難しいと感じる方が一定数いらっしゃることです。何か良い方法はありますか。

写真:石田氏と渡邉

石田冒頭で触れましたが、行動変容に至らない2つの理由のうち、継続できないことに関わる論点です。三日坊主にならずに習慣化する観点で大切なのは、「3カ月たつと行動は習慣化する」点です。特に大事なのは、最初の1カ月をどう乗り越えさせるか。いきなり頑張っても習慣化しません。最初はベイビーステップから習慣化を図ります。目標までを細分化したスモールステップから始める、という考えです。重要なのは、簡単にできるハードルの低い行動を計画すること。1つ1つをクリアすることで、達成感や自己高揚感も高まります。これらが次のステップへの後押しとなり、3カ月を経て習慣化に成功していきます。最初の1カ月は自分に毎週小さなご褒美をあげるのも良い方法です。

佐藤私は入社以来、システムエンジニアとして地方の金融機関さまを対象にしたソリューションの提供に従事しています。苦しんだ経験もありましたが、ある時からふと意識のスイッチが変わりました。自分自身の中の多様な経験が蓄積し、十全に結び付くことで課題を克服する力に変わったのだと思います。自信も生まれ、社内表彰を受賞することや社内外の取り組みへの参画などが積極的にできるようになりました。こうした日々の中で、後輩から悩み相談を受ける機会も増えました。しかし、「佐藤さんだからできるんですよ。私にはできないなあ……」と“特別な人”を見るように言われた経験もあります。後輩や若手にどのように思いを伝えたら、日々の行動を前向きに変えられるでしょうか。

写真:佐藤と石田氏

石田実は私、3年前に登山を始めたばかりなんです。去年も今年もエベレストに行く計画がありましたが、コロナ禍で残念ながら実現できていません。ここでは、「そんなにすぐにエベレストに登れるのか?」というお話をします。登山を始めて、著名な登山家にエベレストに登りたいと話をしたら、1年半でできると言うのです。「僕が言った通りにやればできます」と。登山経験のない人からすればエベレストはとても遠い存在です。しかし、彼と会話を重ねる中で、できる人の行動をベイビーステップに分け、1つずつクリアしていけば短期間で実現可能と気づけました。佐藤さんも後輩や若手からは憧れの人として見えているはず。ご自身の行動を小さなステップに分けて、彼らが行動として実践すべきことを提示すれば、行動変容につながります。その上で、目指すべき最終的なゴールとベイビーステップを提示し、実践者が達成感を得られればその後は自然に成長していきます。

佐藤行動を言語化し、目指すビジョンを示すということですね。

石田そうです。私たちは「ハイパフォーマー」と呼ばれる人材の行動研究もしています。実は、コロナ禍になってからハイパフォーマーの属性が変わっています。そこには彼らの持つ無意識の行動も含まれています。コロナ以前はリアルな場で人との関係づくりが上手な人がハイパフォーマーとして活躍していました。ところが、コロナ禍を経た現在は、オンラインで関係づくりが上手な人がハイパフォーマーにシフトしています。彼らはオンライン上で「雑談」や「アイスブレイク」がうまい。このように、ハイパフォーマーが具体的に何をやっているかを分析し、チェックリストをつくり、具体的な行動として共有していくと、オンライン時代でも全員のパフォーマンスを上げることが可能です。

佐藤リアルな場でのコミュニケーションが前提だった以前は、事前の情報共有から事後の振り返りなどで意思疎通が図れていました。しかし、オンライン中心の現在は1つの会議が終わるとすぐに次の会議や打ち合わせが始まり、十分な雑談の時間が取れないことも悩みの種です。

渡邉雑談の時間が減った点は私も実感しています。共有によって良い循環が生まれるきっかけになる暗黙知がその人の中にとどまってしまっている、そんな印象です。オンラインでも雑談時間をつくったり、オンラインランチをしたりと、工夫しないといけないですね。

「行動の相互承認」が心理的安全性を確保する

佐藤少し話はずれますが、行動科学マネジメントで、個々人の行動の変容ができることは分かりました。しかし、会社では同じ給料であれば、最小限の仕事をして最短で仕事を終えることも個々人のメリットです。全員が「個人にとっての最適解」で行動したら、組織の力が落ちると思います。できれば、組織のパフォーマンスも上がり、みんなの負荷も下がるバランスを構築したいのですが、個人と組織の関係はどう考えたらいいでしょうか。利他的に「火中の栗を拾う」といったことを、自律的にできる組織にしたいのです。

石田行動変容を促したい方がどういった行動を取ってほしいか、を考える必要があります。例えば、「自分の仕事が終わったら、他の人がやってほしい仕事を聞くために声を掛ける」など、増やしていきたい行動を2~3つ示して、実行してくれたら認めるとよいでしょう。

佐藤行動としては、「困っている人や課題に気づいたときに、見て見ぬふりをしない」を挙げたいです。困っている人に対して見て見ぬふりをしないためには、雑談などをして相手に親近感を持つことも大事ですね。

石田そうです。雑談では、仕事以外の内容を話すことが大切です。「自分がどういう人間なのかを知ってもらう」「どういう家族がいて」「どんなことに興味があるのか」など、“らしさ”のある部分を知ってもらうわけです。信頼関係構築と心理的安全性の担保にもつながります。

渡邉「どういった行動を取ってほしいかを具体的に示す」「その人“らしさ”を認める」といったお話がありました。今、私が携わっているサービス企画では、職場コミュニティ活性化支援アプリサービス「PRAISE CARD」を開発しています。企業・組織において大切にしている価値観(クレドやバリュー等)に即した行動をとった時に、社員同士がデジタルカードを通じて称賛・感謝を贈り合うものです。自分が称賛される(カードを貰う)ことで、自身の提供価値に気づくことができ、また相手を称賛する(カードを贈る)ことで、自身の大切にしている価値観を再認識することができます。個々人の行動変容を促すことで、組織の活性化を後押しする試みです。

石田例えば、ある企業ではセンサーを用いて組織内の意思疎通を可視化しています。業績の良い部門とそうでない部門の大きな違いはコミュニケーションの質と総量です。業績の悪い部門は、一方通行のコミュニケーションが多く、機会も少ない。これまでも各社で感謝を伝える「サンクスカード」の取り組みはありましたが定着しませんでした。カードをもらう側は称賛されても、送った人が称賛されないと意思疎通が一方通行になり、習慣化できないのです。デジタル技術を応用して渡した人も称賛される仕組みをつくると、定着率は上がるはずです。あとは手を替え、品を替え、ベイビーステップを使って称賛行動を習慣化するのがいいでしょう。

写真:石田氏と佐藤と渡邉

佐藤過去の成功体験を持つベテラン社員の知見を共有できないか、その方策はないかと考え続けています。 後進育成の面からも、私自身は彼らが持つ素晴らしい思いや経験を残したいと考えています。

石田行動科学マネジメントからは、動機付け条件をうまく使うことをお勧めします。男性ベテラン社員には、飲むことが動機付け条件になっている人が少なくありません。「こういうところで困っているんです、助けてください」と飲む場で声を掛けると、アドバイスをくれる可能性が高いです。相手の動機付け条件に合わせて、自分自身の行動も変えるわけです。また、行動承認も重要です。こちらが望む行動をしてくれたら、少し大げさに承認していけば、徐々に人は変わっていきます。「ありがとうございました!」「助かりました!」と思いを真っすぐに伝えます。やがて良い循環となって組織全体のコミュニケーション活性化にもつながります。

渡邉自分と同僚・部下の動機付け条件はイコールではない。コミュニケーションを密に図りながらこの前提を理解し、相手の行動をよく見て、具体的に褒めることが心理的安全性の確保にもつながると感じました。今後に生かすことができそうです。

佐藤自分の行動で暗黙知になっているものを言語化していくプロセスは、すぐに実践したいです。組織としては、雑談の機会を増やして、人となりや思いを知る会話の場をつくっていきたいです。

石田動機付け条件をつかむことと、小さな行動に着目してもらって変容することが分かると、人は変わっていきます。行動科学では、「人は言葉と行動でできている」と考えます。言葉と行動を変えると、人格を変えられるのです。雑談で言葉を換え、小さな行動に着目して行動を変えていくと、指導している側にも達成感が得られます。こうしたマネジメントを、ベイビーステップから始めていってほしいと思います。

Profile

石田淳(いしだ・じゅん)
ウィルPMインターナショナル代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)。社団法人組織行動セーフティマネジメント協会代表理事。日経BP主催「課長塾」講師。米国のビジネス界で大きな成果を上げる行動分析を基にしたマネジメント手法を、日本人に適したものに独自の手法でアレンジして「行動科学マネジメント」として確立。これまでに指導した企業は1000社以上、ビジネスパーソンは延べ3万人以上。シリーズ累計40万部超のロングセラー『教える技術』(かんき出版)や『無くならないミスの無くし方』(日本経済新聞出版)など書籍執筆多数。
佐藤亮平(さとう・りょうへい)
2009年度の入社以降、一貫して地方金融機関向けの市場系(有価証券・デリバティブ取引)管理ソリューションに従事。数十の地方金融機関を相手に基盤リーダー、プロジェクトマネージャー、企画を経験。地方金融機関のDX実現を目指し、2019年度に地方金融機関向けの有価証券管理ソリューションのSaaS企画を立ち上げ。2021年度にサービスイン。2021年度からD&I(Diversity & Inclusion)推進の社内タスクフォースに参加。所属組織内のみならず、組織横断での風土醸成の活動を推進中。
渡邉未央(わたなべ・みお)
2008年度入社。営業職を経験後、2017年度からグループマーケティング部に社内留学し、新規サービス・ビジネスの企画支援に従事。社内での留学経験を生かし、2020年度以降、サービスイノベーション事業部への復帰後も、社内のさまざまな部署と連携の上、主に教育・HR分野の新規サービス・ビジネスの立ち上げ・推進を行っている。新規サービス・ビジネスの業務に従事する際に重要な、“個人としての多様性(イントラパーソナル・ダイバーシティ)”を高めるべく、社内外の多様なコミュニティ活動にも参画。

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