鼎談:「DXレポート2」が示唆する企業変革の成功条件(後編)

キーワードは「変化への対応力」「固定観念の打破」「企業文化の変革」

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DX実現のカギは、「事業環境の変化に迅速に対応することはもちろん、ITシステムのみならず企業文化(固定観念)を変革することにある」と青山幹雄氏(南山大学理工学部ソフトウェア工学科教授)は強調する。「DXレポート2(中間取りまとめ)」(経済産業省)で中心的な役割を担った青山氏を招いた鼎談の後編では、リスクを覚悟して固定観念や企業文化の変革などに自らも取り組む日本ユニシス代表取締役社長の平岡昭良、ジャーナリストの福島敦子氏がDXを実装するにはどうしたらよいか、そして企業がDXを実装し、新たな価値創出を実現するための要点を語り合った。(以下、敬称略)
>> 前編はこちら

*1 本記事は2021年3月4日に取材したものです。
*2 青山幹雄教授は2021年5月13日にご逝去されました。謹んでお悔やみ申し上げます。

恐れずに「一歩を踏み出す勇気」が
自らを革新しDXを実装するカギに

福島 DXレポート2には「一歩を踏み出そうとする企業を後押ししたい」との狙いがあるというお話を、青山先生から伺いました。このレポートでは、企業の組織文化や経営者のマインドといった部分に大きな比重が置かれています。「変化対応力」や「固定観念の打破」「企業文化の変革」といった言葉も出てきますが、こうしたキーワードに込めた思いについてお聞かせください。

写真:青山幹雄氏
南山大学理工学部 ソフトウェア工学科
教授 青山幹雄氏

青山 確かに、DXレポート2では経営や企業文化の側面を強調しました。先ほどUberについて言及しましたが、Uberは新しい技術によって生まれたわけではありません。ビジネスモデルを見ても、顧客と運転手をつなげる仲介機能をデジタルで実装しただけです。乗客とドライバーの相互評価についても、オークションの世界で以前から行われているような利用者による評価付けによるものです。より重要なのは、Uberが「他社に先駆けて一歩踏み出した」ことでしょう。それがDX実装のカギです。「恐れずに一歩を踏み出す」ことと「変化に対応する力」は、本質的には同じだと考えています。なぜなら、変化に対応しようという意思と能力がなければ、踏み出すことはないからです。また踏み出した過程の中で培われる力や経験値もあります。同時に、DXの実現には、一歩を踏み出そうとする誰かに対して、「それはウチのやり方じゃない」などと反応してしまう固定観念や企業文化を変える必要もあるでしょう。

写真:平岡昭良
日本ユニシス株式会社
代表取締役社長 平岡昭良

平岡 重要なご指摘だと思います。道半ばではありますが、日本ユニシスグループもそうした方向に変わろうと努力を続けてきました。社内ではよく「成功のKPIは失敗の数」「最も多くの失敗をしてきたのが社長の私だ」と言っています。また、最近は「トライ・ファースト、フェイル・ファースト、ラーン・クイックリー」と繰り返し発信しています。変化対応力を高めるためには、変化を当然とする意識が重要です。そこで、頻繁に組織を改編し、社内に「変わるのが当たり前」という感覚を浸透させています。こうした感覚は、少しずつ定着しつつあるのではないかと思っています。

福島敦子氏
ジャーナリスト
福島敦子氏

福島 固定観念の打破、企業文化の変革といった観点では、どのような取り組みがありますか。

平岡 特に意識しているのは、あえて矛盾するコンセプトを示すことです。例えば、「プランを前提とする活動」と「そもそもプランを立てられない活動」を1つの組織の中に入れる。両利きの経営も同じです。矛盾したコンセプトによって「こうあるべき」という固定観念を揺さぶろうとしているのです。企業文化の変革の例を挙げると、「Foresight in sight」というコーポレートメッセージです。「先見性」や「洞察力」を強調するメッセージを掲げた当時は、「自分たちに似合わない」と思っていた社員も多いはずです。遠い目標を掲げることで、企業文化を変えようという狙いでした。徐々にではありますが、効果は着実に表れています。

福島 将来を見据えて変革を進めつつ、足元の業績も確保しなければならない――。ここにもある種の「矛盾」があるように思います。これらの両立に向けて経営者としてどのようなかじ取りを心がけているのですか。

平岡 一般にイノベーションを推進する組織づくりでは「出島方式」が採用されるケースがあります。つまり、インキュベーション部門を既存事業とは別に立ち上げるやり方です。起こりがちなのは、他部門の社員が「お手並み拝見」という姿勢になってしまうこと。これでは、DXの推進力が上がりにくい。そこで「やらなければいけないこと」と「やりたいこと」の両方をそれぞれの部門が担う形にし、さらには、個々の社員が両方の活動を行き来する方向を目指してきました。その流れの中で、以前は社長1人で矛盾を引き受けていましたが、ある時期から権限委譲して社員一人ひとりに矛盾を引き受けてもらうことにしたのです。結果として、最も利益に貢献している部門が最も積極的にDXを推進するという状況が生まれました。こうしたDXのやり方は、多くの日本企業に適しているのではないかと感じています。

福島 「やらなければいけないこと」と「やりたいこと」を各部門、さらには社員1人1人が担うことで成果につなげる。面白いアプローチですね。

平岡 もちろん業績は大前提で、そのための「must」の活動は疎かにできません。しかし、社会課題解決のためにはそれだけでは不十分です。ワクワク感につながる「want to」や「hope to」も欠かせません。これら両方の要素を組織の中に埋め込みたいと考えています。

青山 実践的な組織論を興味深くお聞きしました。DXレポート2では、組織戦略として経営者とIT部門、業務部門の三位一体の対話を通じた共通認識づくりが重要と指摘しています。とりわけ、トップの役割は重要です。チャレンジには失敗がつきもの。失敗したときに、次のチャレンジができるかどうかはトップの態度やメッセージ次第です。愛知県のある中小企業の社長は、普段から「ケガ以外なら、何をやってもいい」と言い続けているそうです。そんな日々のメッセージが、仮に失敗したとしても「もう1回やってみよう」と思える雰囲気づくりにつながります。

DX成功に向けた戦略の立案と展開

図:DX成功に向けた戦略の立案と展開
(出典)「DXレポート2中間取りまとめ(概要)」(2020年12月)P24より作成

福島 確かに、DXレポート2はDXで何を目指すかという目的を明らかにすることが、CEOの役割の一丁目一番地だと指摘していますね。リーダーと戦略について、もう少しお聞かせください。

青山 企業の在り方は、経営者の能力で決まるといっても過言ではありません。例えば、経営危機に直面して経営者自らリーダーシップを発揮し、衰退すると思われていた企業が生まれ変わったように成長し始めることもあります。それほど大きな影響力と責任を持っていることを経営者は強く自覚してもらいたいと思っています。最近の講演においては、より実感を持って経営層に捉えてもらうためにDXの成功事例を多く紹介するようにしています。DXの具体的な取り組みの中から、優れたリーダーの姿が浮かび上がってくるからです。

共感と志に基づく変革には
強靭さと持続力がある

青山 例えば、京都のある企業は伝統的な鉄工所でしたが、DXによって工場は見違えるほど美しくなり、生産性も向上しました。工場ではソフトウェア制御の各種機械が無人で生産活動を行い、社員はオフィスで行うプログラミングに専念できる。働き方改革も進んでいるので採用市場での人気も高く、若手社員がとても増えているそうです。業績や利益率なども申し分ない水準です。この経営者には、「どんな会社になりたいのか」という明確なビジョンと実現のための戦略がありました。デジタルはそのための手段に過ぎません。

平岡 VUCAの時代に、リーダーが細かく指示するようなマネジメントスタイルは適合しないと思います。社員も疲弊するでしょう。リーダーの役割は大きな方向性を示すこと。「自分たちがいることでどのような社会をつくれるのか、つくりたいのか」というメッセージを発信することだと思います。世の中の変化はドミノ倒しに似ています。ドミノの倒れ方は予想しがたいのですが、自分たちが関わることで倒れ方が変わることがあります。そのようなドミノを見つけ、ビジネスチャンスとすることによって、社会的な意義と経済的な持続可能性を両立することができるのではないかと考えています。最近書いた論文ではそんな議論を展開していますが、これも社員の会話の材料にしてもらえればと思っています。

福島 最後に、さまざまな課題を乗り越えてDXを実現し、さらなる成長を目指す上で重要なものは何か。考え方やマインドの観点でお話をいただけますでしょうか。

青山 2つのDXレポートを取りまとめる上で特に留意したポイントがあります。DXの課題などを議論する際に、ユーザーとベンダーの責任の押し付け合いになることがあるためです。そうではなく、「多くの人の共感を得られるようなレポートにしよう」と考えました。研究会のメンバーにも理解していただき、実際にそのような書きぶりになったと思います。経営者はもちろん、さまざまな企業で働く社員がレポートを読んで「私たちもDXでより良い会社になろう」「これが自分たちの目指す方向だ」と共感してくれれば大成功です。変革の途上には困難や痛みもあると思いますが、一方では新しい価値を生み出す楽しさがあります。そんなワクワクした気持ちや価値づくりのパートナーとの共感を大事にしながら、多くの日本企業が積極的に社会課題解決に取り組んでもらいたい。そうした経験がやがて、企業と個人の成長につながるはずです。

平岡 同感です。仕組みによって企業を変革することは可能ですが、おそらく長続きはしないでしょう。これに対して「共感や志による変革」には強靭さや持続力があります。変わり続ける組織づくりには、メンバーやステークホルダーをつなぐ共感と志が欠かせません。私たちも変化し続けることを楽しみながら、それを社会課題解決と企業価値向上につなげられるよう、多様で果敢な挑戦を続けたいと思っています。

福島 経営とDXをめぐって掘り下げたお話を伺うことができました。本日は、どうもありがとうございました。

写真:Web取材の一幕(2021年3月)
Web取材の一幕(2021年3月)

Profile

青山 幹雄(あおやま・みきお)
南山大学理工学部 ソフトウェア工学科 教授、工学博士
1980年、岡山大学大学院工学研究科修士課程修了後、富士通株式会社入社。分散処理通信ソフトウェアシステムの開発などに従事。この間1986~88年、米国イリノイ大学客員研究員も務める。1995年より新潟工科大学情報電子工学科教授、2001年より南山大学数理情報学部情報通信学科教授。2009年より現職。経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」(2018年)、「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会」(2020年)座長を務める。
平岡 昭良(ひらおか・あきよし)
日本ユニシス株式会社 代表取締役社長
1980年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。2002年に執行役員に就任、2005年から3年間CIO(Chief Information Officer)を務めた後、事業部門責任者として最前線の営業・SEの指揮を執る。2011年に代表取締役専務執行役員に就任。2012年よりCMO(Chief Marketing Officer)としてマーケティング機能の強化を図る。2016年4月、代表取締役社長CEO(Chief Executive Officer)/CHO(Chief Health Officer)に就任。
福島 敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト
中部日本放送を経て、1988年独立。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や、週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに700人を超える経営者を取材。複数の上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。農林水産省林政審議会、文部科学省の有識者会議の委員など、公職も務める。著書に『愛が企業を繁栄させる』『それでもあきらめない経営』など。

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