AI時代こそ「称賛」を──贈り合いが人を動かす
人が自ら動きたくなる組織をつくるには
AIの急速な浸透により、今後の組織では知識やスキルよりも、人が主体的に行動する力や、他者と個として向き合うコミュニケーションが重要になるといわれます。BIPROGYが博報堂・博報堂コンサルティングと共同開発した「PRAISE CARD(プレイズカード)」は、組織内で称賛を贈り合うことで、コミュニケーションを活性化し、自発的な行動につながる前向きな環境を構築するツールです。多くの企業が今、「自ら考え、行動する社員が増えない」という課題を抱えている中、サービス立ち上げからの4年でどのような効果が見えてきたのか、PRAISE CARDの企画を担当する小谷野圭司と営業を担当する金木彩音に聞きました。
称賛する側にも変化。AI時代に問われる「つながり」の力
──2022年にPRAISE CARDを本格展開して4年がたちました。どのような変化がありましたか。
小谷野PRAISE CARDは称賛を贈り合うことでチーム力を強化したり、前向きな行動を後押ししたりするコミュニケーションツールです。導入企業は延べ40社超に広がっています。当初はカードを贈られた側に前向きな行動変容が起こることを企図していましたが、贈った側から「人を称賛するって楽しい」「相手が喜んでくれるのがうれしい」という声が聞かれるようになりました。贈る側にもこのような価値が生まれるとは、新たな発見でした。
室長 小谷野圭司
金木機能面では、新たにリアクションボタンを追加しました。称賛を受け取った側も何かリアクションを返せるように、「いいね!」や「ハート」など4種のボタンを押せるようにアップデートしています。
公益財団法人日本デザイン振興会主催の「2026年度 グッドデザイン賞」を受賞している
──AIが急速に浸透していく中で、組織や人財における課題は今どのようなものになっていますか。
小谷野知識やスキルはAIに代替されやすくなり、従来型の知識保有だけでは競争優位を保ちにくくなります。今後は新しいことに挑戦する力やチーム内で協力する姿勢、変化を起こせる意志が組織の差になると考えられます。主体的に考えて動く人財が求められますが、多くの企業がそうした社員がまだまだ少ないという課題を抱えています。AIとの対話が増えることで、人と人とのリアルなコミュニケーションが希薄になっているのも課題です。
そのため、人が挑戦したくなるような仕組みをつくる必要があります。「自分はできるはずだ」と自信を持って一歩を踏み出せるように、自己効力感を高めていくことが重要です。チームとしては、個人の成果を上げることだけではなく、チームで目標を達成するために、この人と一緒なら頑張れると思える関係性が大事になります。テレワークでAIを活用して仕事をする時代だからこそ、温かい気持ちのつながりの価値が注目されていると思います。
Giverが、人が動きたくなる状態を生む
──株式会社圓窓 代表取締役の澤円氏が著書『The Giver 人を動かす方程式』で提唱している考え方にPRAISE CARDのコンセプトは重なります。
小谷野澤さんの本でも紹介されている、アダム・グラント著『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』の調査によると、世の中には与える人であるGiver(ギバー)が25%、様子見をするMatcher(マッチャー)が56%、搾取するTaker(テイカー)が19%存在するそうです。PRAISE CARDを贈って称賛する人はまさにGiverです。澤さんからGiverのお話を伺ったとき、見ている方向感が同じであることを、大変うれしく思いました。
澤さんは、「これからのマネジメントは、人を動かすことから、人が動きたくなる状態をつくることへと変わっていく必要がある」と指摘しています。これはPRAISE CARDの考えに共通しています。トップダウンではなく、意志を持った人がボトムアップで動き、そこから良い連鎖が生まれて組織が成長すると考えています。
──Giverによって組織に良い連鎖を生み出すために、PRAISE CARDはどのように機能するのでしょうか。
小谷野PRAISE CARDはマサチューセッツ工科大学(MIT)組織学習センターの共同創設者ダニエル・キム氏の「成功循環モデル」をベースに設計しています。組織やチームが成果を出し続けるために、関係の質、思考の質、行動の質、結果の質という4つの質がどのように循環するかを示したフレームワークです。
循環がうまくいっていない組織は、結果の質だけに注目し、結果が出ないと「あなたはダメだ」と決めつけてチームの関係性を悪くし、思考停止になり、誰も行動しなくなるといった状況になります。成功循環モデルでは、まず関係の質を高めることで好循環が起こると考えられています。人と人がつながり、多様な考え方や価値観に触れるようになると、思考の質が高まります。自分を内省し、他者理解や自己理解が進むと、やらされ感ではなく「自分ゴト化」が進み、自ら行動したくなります。この好循環がPRAISE CARDの考えのベースにあります。
相手をしっかり観察しなければ、人を称賛することはできません。相手を知ることで自分と他者の違いに気づき、思考が深まっていくのです。「褒めると良い」というと精神論のように思われがちですが、称賛の価値については科学的な研究も進んでいます。社会心理学、組織行動論をご専門とされる東京女子大学の正木郁太郎先生にも力を借りながら詳細な分析を重ねているところです。
「隠れGiver」の存在が、組織風土を変えていく
──導入企業における活用事例について教えてください。
小谷野大手アパレルのグループ企業では、パーパス・バリューを再定義したものの、社員への浸透に課題を感じていました。そこで、PRAISE CARDの考え方に共感した役員の後押しと、推進責任者の強い想いを背景に、パーパス・バリューを体現する行動をPRAISE CARDで称賛する取り組みを開始。アンバサダー制度(PRAISE CARD推進者を数珠つなぎで広げる仕組み)や社内表彰制度などの施策を次々と展開したことで、全社員への浸透が進んだと伺っています。
金木新入社員の職場への定着や、同期同士のつながりづくりを目的として、新入社員研修にPRAISE CARDを取り入れている企業もあります。「褒める」という言葉には、上の立場の人が下の立場の人を評価するような印象を持つ方もいます。そこでPRAISE CARDでは、年次や役職にかかわらず、お互いの行動や強みを認め合うという意味で「称賛」という言葉を使っています。また、カードのメッセージを英語で表現するなど、誰もが気軽に贈りやすいデザインにしています。実際、新人のうちからPRAISE CARDを使っていると、先輩にカードを贈ることにも抵抗がなくなるようで、研修後も先輩と後輩の双方で活発にカードのやりとりが行われているという話も聞いています。贈られたカードから個人の強みを可視化する機能もあるので、本人の同意を得て強みのデータを配属先と共有しておけば、どんな新人が自分の部署に来るのか、理解を深めた上で迎えられます。
ある企業では、PRAISE CARDのやりとりを通じて、普段は目立たないところで周囲を支えている人の貢献が見えるようになりました。業務上の大きな成果だけでなく、日々の気配りやチームを支える行動にも光を当てられることが、PRAISE CARDの魅力の1つだと思います。
営業グループ 金木彩音
──これまでのデータ分析を踏まえ、見えてきた成果について教えてください。
小谷野PRAISE CARDを使っている組織は主体性や越境行動への意欲が高まることが分かってきました。BIPROGYのデータでは、最初に関係の質が高まり、導入後2年を過ぎたあたりから、思考の質が高まっていったという調査結果が出ています。具体的には、導入から2年を境に、贈られる称賛カードの内容に変化が見られました。「あなたのことをリスペクトしています」といった漠然とした称賛が半減する一方で、「常に変化する姿勢に勇気づけられます」のように、相手の具体的な行動を称賛するカードが増加したのです。漠然とした称賛には、組織やチーム内にポジティブな雰囲気を醸成する効果があります。一方、具体的な称賛は、相手の行動をよく見て言葉にすることで他者理解を深めるだけでなく、称賛された側にとっても自己理解や内省を促し、自身が大切にする価値観への気づきや、思考の質の向上につながります。
PRAISE CARDによって自分がGiverであると初めて気づく人もいます。私自身、実は、カードをもらう数より贈る数の方が圧倒的に多いのです。自分はGiverだったのかと気づいたとき、自分の行動が周りの人に良い影響を与えていると思えてうれしかったですね。そうすると、もっとGiverになろう、もっと周りの人を応援しようという気持ちが芽生えます。カードを贈るほどPRAISE CARDアプリに表示されるランクが上がりますが、インセンティブが動機となってしまうポイント制度は採用していません。「贈りたい」と思う気持ちに主眼を置く設計にしています。
カードのやりとりによってメンバーのネットワーク図を表示する機能もあり、カードをたくさん贈っている人が中央に表示されるのですが、ある企業では普段あまり目立たない人がネットワークの中心に表示され、マネジメントが驚いていました。このような隠れGiverは組織にたくさんいると思います。隠れGiverを可視化して、組織風土づくりに巻き込んでいけば、組織はもっと良くなっていくはずです。
金木PRAISE CARDをきっかけに、あまり会話をしたことがなかった相手に話しかけたり、小さなことでもあえて口に出して伝えたりするなどの行動変化が実際に起こっています。組織の文化を変えるには時間がかかりますが、日々の小さな積み重ねによって徐々に良い状態が根付いていくのだと思います。
──今後の展望について聞かせてください。
小谷野PRAISE CARDが目指す「自分らしさで活躍できる世界へ」というコンセプトを、引き続き実現していきたいと考えています。加えて、澤さんが提唱する「人が動きたくなる状態」をつくることは、私たちが目指すゴールに向かうための重要なステップだと思っています。称賛やGiverをきっかけに、どうしたら人が動きたくなる状態をつくれるのか、多くの導入企業と一緒に深掘りしていきます。
そのほか、ビジネスマッチングの場でPRAISE CARDを活用する実験をしており、マッチングの成功率が上がる手応えを得ています。個々の企業だけでなく、地域やグローバル組織などでも価値を出していけるのではないかという仮説のもと、今後さらに検証を進めていく予定です。
金木AIが発達している時代だからこそ、人と人との関係性の価値が高まっていると思います。この人と一緒に仕事をしたい、誰かのために頑張りたい、期待に応えたいという感情が、人の動く原動力になります。これからもPRAISE CARDによって組織に良い循環を生む手助けをしていきたいと思います。
澤円氏からのメッセージ
澤 円(さわ・まどか)氏
株式会社圓窓 代表取締役。
元日本マイクロソフト業務執行役員
「人を動かす」というのは、命令や強制で動かすことではなく、その人が自ら動きたくなる状態をつくることだ──僕は著書『The Giver 人を動かす方程式』でそう書きました。その出発点にいるのが、見返りを求めずに相手がハッピーになるものを先に与える人、つまりGiverです。
Giveの中で元手がかからず、最も効くのが「褒める」ことだと僕は思っています。しかも一番うれしいのは、自分では気づいていなかった価値に光を当ててもらったときなのですよね。僕のゼミにも、無自覚だった資質を褒められたことをきっかけに、進路までガラッと変わった学生がいました。
PRAISE CARDで面白いのは、贈られたカードから本人の強みが見えてくるところです。しかもポイント制を採っていない。見返りを仕組みに組み込んだ瞬間、それはGiveではなく取引になってしまいます。その点、贈った人のランクが上がる設計は「与えた人が報われる」順番をきちんと守っていて、Giverの好循環と相性がいい。
もちろん、アプリを入れれば褒め合う文化ができあがる、という単純な話ではないでしょう。ただ、褒めるハードルを下げる装置がそばにあるだけで、動き出す人はきっといると思っています。


