一人ひとりが輝き「住みたい」「住み続けたい」と思うまちづくりを目指して

「社会DX」で紡ぐ人と価値のつながり

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BIPROGY FORUM 2024」の2日目は、地方行政トップとして多様な公民連携政策を推進し、現在は弁護士・起業家として、社会課題解決に取り組む越直美氏を迎えた講演が行われた。まず基調講演では、越氏が元大津市長としての経験などを踏まえて、少子高齢化が進む中での地方自治体の役割変化や公民連携の重要性について語った。その後のトークセッションでは、大津市のMaaSプロジェクトに携わったBIPROGY常務執行役員・CMOの永島直史を交えて公民連携のポイントやデジタル活用への期待、今後の社会DX実現に向けた展望などについて意見を交わした。

ヘッドライン

女性が自由に選択できる社会を目指して

私は、滋賀県大津市で育ち、弁護士として大手企業のM&Aなどを手掛けた後、米国留学を経験しました。2009年にハーバード大学ロースクールを修了し、同年からニューヨークの法律事務所に勤務していました。その折に、同僚の男性弁護士が育児休業を取得し、とても驚きました。一方、当時、日本では6割近い女性が第一子出産後に仕事を辞める状況でした。

写真:越直美氏
元大津市長
OnBoard株式会社CEO
三浦法律事務所 弁護士
越直美 氏

その後、「女性が仕事も子育てもできる世の中にしたい」と考えて市長選挙に立候補し、2012年から2期8年を務めました。その間、女性が仕事か子育ての二者択一を迫られることなく、自由に選択できる社会にしようと、保育園等54園、約3000人分の受け皿をつくり、待機児童数はゼロに。市内では、5歳までの子どもがいてフルタイムで働く女性は70%増え、30代の女性が仕事を離れることを示す「M字カーブ(※)」を解消できました。小さい子どもを持つ世帯の移住などが増え、大津市の人口は増加しました。

※M字カーブ:日本における女性の労働力率(15歳以上人口に占める労働力人口の割合)を年齢層別のグラフにすると、20代後半から30代にかけてくぼみ、アルファベットの「M」のように見えることから名付けられた

現在は弁護士だけでなく、スタートアップ企業(OnBoard)のCEOとして、女性の社外取締役、監査役の育成と紹介などに取り組んでいます。

財政難でも公民連携でまちづくりができる

現在、多くの自治体は人口減少、少子高齢化、施設老朽化の「三重苦」に陥っています。

日本の人口は、総務省の人口推計によると2023年に前年比で約60万人減り、13年連続で減少しています。一方、歳出(国や自治体の年間支出)は減りません。社会保障費はむしろ増加し、財政状況は厳しくなるばかりです。私が市長になったとき、大津市の一般会計約1000億円のうち、自由に使えるお金は2~3億円だけでした。

それなのに、公共施設は老朽化して維持・管理にお金がかかります。人口増加の時代、道路や施設をつくるという“美味しいパイ”を切り分けることが自治体の仕事でした。しかし、人口減少社会においては、「施設を減らす」「補助金を減らす」など、“マイナスのパイ”を切り分ける歳出の削減は避けては通れません。しかし、財政難の中で悪戦苦闘するうちに、「公民が連携すれば、市民の楽しいまちづくりができる」と気づきました。

その1つが、競輪場跡地の再生です。大津市はかつて競輪事業(大津びわこ競輪場)を営んでいましたが、赤字が常態化し事業を廃止しました。ただ、競輪場跡地の解体は財政も厳しく、費用もかかるので難しい状況でした。そこで、市民のための空間づくりに向けた公募を行うことで解決を図りました。具体的には、民間事業者が競輪場を解体し、跡地に公園を整備することを条件に、商業施設をつくることができるとして、公募を行ったのです。

この取り組みを通じて、かつてのように自治体主導で公共施設をつくるのではなく、手放して民間事業者にも活用してもらうことで、共に市民のための空間づくりを行うことができると気づきました。

競輪場跡地(写真上)と現在の姿(写真下)

資料:大津びわこ競輪場跡地 資料:大津びわこ競輪場の現在の姿
(資料:越直美氏)

市民のためのまちづくりの一環として、スマートシティの実現に向けた取り組みも行いました。例えば、BIPROGYとはMaaSの実証実験を行い、MaaSアプリ「ことことなび」で公共交通と観光スポットや飲食店などをアプリでつなぎ、自動運転バスの運行も行いました(参考:「日本版MaaS」への道のり――トライアルから見える未来)。

また、大津市ではいじめで中学生が自ら命を絶つという悲しい事件が起きた経験から、いじめを発見したら学校が報告書を作成し、24時間以内に教育委員会に報告する仕組みを構築しました。この結果、いじめの発見件数が大幅に増加し、迅速に対処すべき事案を見分ける必要が出てきました。そこで、AIを使って、過去の報告書のデータから、新しく起こった事案のうちどの事案が深刻化する可能性が高いのかを予測することを始めました。

その他、道路状況の判別にもテクノロジー活用を進めました。例えば、道路に凸凹があった際には、市道であれば市が事業として修繕します。これまでは、市が委託した事業者が、損傷箇所を見つけていました。これを目視ではなく、公用車にスマホを搭載して道路を撮影し、AIが自動で損傷箇所を検出します。AIで道路の凸凹を検知するシステム構築は元々千葉市等のコンソーシアムが始めたものですが、大津市も参加し、複数の自治体と共に取り組みました。一緒にやることでコストを下げることができ、データの蓄積が増え精度も上がるからです。

公民連携のカギは「空間と情報の開放」

最後に、公民連携の場づくりについてお話しします。空間の開放の例は先ほど触れた事例もありますが、その他にも市民と自治体職員が一緒に仕事をするための場もつくりました。その1つが「町屋(まちや)市役所」です。地域に古くからある町屋を市役所の一部として利用することにしたのです。

通常の役所であればカウンターがあって、カウンターの内に職員がいて、外にいる市民とはカウンターを隔てて対面して座り、対立関係のようになってしまいます。そこで町屋市役所では、カウンターをなくし、真ん中に大きなテーブルを置いて、市民と職員が肩を並べて仕事をするというスタイルにしました。すると、市民は要望する側、職員は聞く側という関係から、お互いの話す内容が変わり、まちづくりについて一緒に考える共創の場になったのです。

スマートシティの取り組みを進める上では、自治体の持っている情報を開放することも必要です。そして、失敗を許容することがとても重要になります。自治体はこれまで税金で公共事業を行ってきたので、失敗してはならないという無謬性が求められてきました。しかし、新しいテクノロジーは失敗してこそ、発展します。自治体が空間と情報を開放し、民間企業と共に失敗を乗り越え、共創関係を育んでいく。これが、これからのまちづくりの中で重要なポイントとなるでしょう。

女性が自由に選択できる社会を目指して 講演の様子

「持続可能な地域社会」をデジタルの力で実現していく

永島有意義な基調講演をありがとうございました。後半では、トークセッションの形でこれからのまちづくりのヒントを探っていければと考えています。私は、2016年から新規事業創出を担当するようになり、大津市のスマートシティ実現に向けたプロジェクトにも参画できました。この経験は、BIPROGYとしても、自身のキャリアとしても大きな転機になりました。

BIPROGY株式会社 常務執行役員 CMO 永島直史
BIPROGY株式会社
常務執行役員 CMO 永島直史

人口減少と高齢化は、交通弱者をはじめとしたモビリティの問題も引き起こします。免許を返納し車がないと、買い物や病院にも行けない地域があります。バスの運転手の高齢化が進み、運転士不足で廃止される路線が出てきています。こうした諸課題を解決し、「持続可能なまちづくり」の実現に向けた糸口を模索すべく、自動運転の実証実験などさまざまな試行錯誤を実践していきました。

永島大津市と京阪バス、そしてBIPROGYは2018年から2019年にかけて3者合意でMaaS推進協定を締結し、公民連携による地域課題解決に向けた取り組みを始めました。その出発点はどのような思いだったのでしょうか。

「市民の足を確保しなければならない」という危機感が強くありました。そこで、自動運転の実証実験をすると同時にMaaSで利便性を高めようと考えました。そこでは、失敗があっても乗り越えようという強い意志も必要でした。

永島当時京阪バスの社長でいらっしゃった鈴木一也 さんには、「何があっても次に進んでいく」という信念がありましたね。私たちはデジタルの切り口から地域交通の負の連鎖を緩やかにするために、地域のMaaSアプリ「ことことなび」を立ち上げ、モビリティサービスと市民生活の向上に取り組みました。

写真:越直美氏

観光客だけでなく、地元の人にとっても発見がありました。MaaSについては元々肯定的な意見が多く、「やってみて良かった」という声が聞かれました。自動運転では、利用前は「怖い」という声がありましたが、乗った後は「大丈夫だった」「これからも乗りたい」に変わりましたね。

永島プロジェクトでは、大津市の若い職員の方が先陣を切って取り組んでいた姿が印象的でした。

プロジェクトを進められたのは、国やBIPROGY、京阪バスのお力添えがあったからこそです。公民連携による素晴らしい形がつくれたと、とても感謝しています。もう1つのポイントは若くてやる気のある職員がプロジェクトをけん引していたことです。職員は楽しみながらこの新しいチャレンジに取り組んでいました。

永島これまで、自治体が推進するプロジェクトでは、若い職員の方が担当するケースが少なかったように感じています。大津市の場合は、前向きで積極的な方たちがいて、そこにBIPROGYが参画できたことは大きな財産と刺激になりました。

BIPROGYグループのPurposeは「先見性と洞察力でテクノロジーの持つ可能性を引き出し、持続可能な社会を創出します」です。今回のトークセッションは「地域」がテーマですが、将来に向け、生活者が住み続けたいと思うまちづくりに向けてデジタルに期待する価値とはどのようなものでしょうか。

「住み続けたいまちづくり」というのは、私自身の選挙マニフェストでした。今の地方自治体は持続可能な仕組みができていません。人口が減り、歳入が減り、できることが減るという「負の連鎖」に陥っています。これを解決できるのはデジタルの力、DXです。人口が減る日本にとってデジタルの力は大事な解決策だと思っています。

永島BIPROGYは、2024年度に発表した新たな経営方針の中で、コア事業と成長事業それぞれに5つの注力領域を設定していますが、特定領域だけでは社会課題の解決はできません。地域によって課題は違いますし、深さも異なります。まちづくりにおいては、地域の実情にあった課題をどう捉えるかが重要になりますね。

日本全体で人口減少が進む中で、「住みたい」と感じてもらう自治体になるためには、働きやすく子育てしやすい環境を整え、移住などを促して人口増加を図ることも大きなポイントになります。大津市では、保育園を整備するなど子育て環境を充実し、人口減少から増加に転じました。

テクノロジーという面では、データを活用した生活者の行動変容に期待を寄せています。大津市では、車の渋滞が大きな地域課題の1つとなっていました。これまでの解決方法は道路をつくることでしたが、これからは交通の動きを可視化するだけでなくAIを加えることで、行動予測や行動変容などもできるようになるのではないかと思います。

永島大津市でご一緒させていただいた取り組みは、今新たなアプローチの段階に入っています。地域創生の一環として提供している地域活性化DXサービス「L-PASS」の一部として、データによって住民と観光客の行動変容を促す役割を担うべくトライアルが続いています。将来的には、これまでマイカーを使っていた人がバスを利用するなどの住民の行動変容が期待できるでしょう。また、一歩進んだ取り組みも推進しています。例えば、長野県の白馬村(参考「ヒトにも環境にも“最適化”した地域交通サービス。その目指す先は?」)では、L-PASSでデータ活用を推進すると共に、ふるさと納税や地域通貨というアセットを活用して課題解決に取り組んでいます。公民連携で収益を生んで課題を解決する形に進化しています。

写真:永島(左手前)と越直美氏(右奥)

自治体だけで社会課題が解決できる時代ではなくなっています。自分たちだけでデジタル化ができる自治体はほとんどないので、市民に利便性を提供しようとすれば民間事業者と共創を推進していく必要があります。

永島持続可能な社会の創出は簡単なことではありません。だからこそ、強い決意を持って臨みたいと考えています。越さんがお話しされた空間と情報の開放は「デジタルコモンズ」の考え方に近いものです。今後もBIPROGYは、社会課題の解決をデジタルの力で図る社会DXを実現しながら住み続けたいまちづくりの創造に取り組んでいきます。最後に、改めてデジタルに期待することをお聞きできますでしょうか。

デジタルの力で変えられること、便利にできることは多くあります。コロナ禍でリモートワークが広がり、場所に縛られない働き方が実現しました。デジタルが人の暮らしを変え、そこに住む一人ひとりにとっても便利な社会になっていくと信じています。少子高齢化が進む日本は、課題先進国でもあります。だからこそ挑戦できることも多いはずです。

永島持続可能なまちづくりを通じて、より良い社会づくりに取り組まれた越さんのお話から、デジタルを通じて持続可能な社会の創出を目指す当社としても勇気をいただきました。新たな決意でこれからも前に進んでいきたいと思います。

写真:講演の様子

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