激論!「デジタルコモンズ」の意義

誰もが幸せに暮らせる社会を目指し、持続可能な社会を実現する

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スタンフォード大学のマイケル・シャンクス教授らのチームととも日本ユニシスは1年以上にわたってデジタルコモンズについて議論を重ね、実証実験なども行ってきた。こうした活動を通じて、デジタルコモンズというコンセプトはより明確になり、克服すべき課題も明らかになった。2021年6月に開催された「BITS2021」では、このコラボレーションを通じて得られた知見も交えつつ、シャンクス教授と日本ユニシス代表取締役社長の平岡昭良、ジャーナリストの福島敦子氏が日米をオンラインでつなぎ「デジタルコモンズとは何か」をテーマに語り合った。(以下、敬称略)

「デジタルコモンズ」とは
公共の利益を共有する“コモンズの進化系”

福島 日本ユニシスはビジョンとして「デジタルコモンズ」を掲げています。コモンズは「公共の利益のための共有財」といった意味で使われますが、その現代版とも言えるのがデジタルコモンズです。その具体的な概念を結実させるために、スタンフォード大学教授のマイケル・シャンクス先生をはじめとした多様なステークホルダーと議論を重ねてきました。シャンクス先生ご自身も世界中の識者と対話を重ね、思索を深めておられます。「デジタルコモンズとは何か」。まずは、この点を考える上で重要となるヒントについてお聞かせください。

写真:マイケル・シャンクス氏
スタンフォード大学教授
マイケル・シャンクス氏

シャンクス デジタルコモンズとは、「公共の利益を共有する『コモンズ』の進化系」と捉えることが可能です。コモンズは古来より存在し、多くの実績を生み出しています。その目的は、公共の利益を実現するためのコラボレーションや共に学ぶといったことにあります。例えば、税金や会費で賄われる公共図書館や土地、牧草地、水などの資源を持つ村などがコモンズであり、これらの資源はコミュニティー全体で共有されます。公共の利益のために知識を蓄積する大学や宗教関係の学校もコモンズと言えるでしょう。

この観点に立つとき、未成熟ながらデジタルコモンズはすでに社会の中に存在しています。その中心はインターネットであり、多くの知識やデータ、情報、ノウハウが存在します。Facebookではニュースを共有できますし、Googleを使えばさまざまな情報を入手できます。ビジネス面では、プロジェクトの助けとなる公開データにアクセスでき、コンピテンシーやスキル向上のためにも活用可能でしょう。ただ、現状としては十分に統合されておらず、ガバナンスもうまく規制されていません。見つけ出した知識やデータ、情報などが信頼できるのかという懸念もあります。

しかし、ここに大きな可能性があります。「デジタルコモンズを発展させる」という機会です。デジタルコモンズがスマートなエコシステムとして、あなたに新しい道を素早く安全に信頼感を持って進むことを後押ししてくれたらどうでしょうか。

1つのシナリオを考えてみましょう。あなたの企業で支援が必要だとします。オンラインで情報を見つけてもその理解が難しく、同僚に聞いてみますが彼らも経験がありません。有名コンサルティング企業に相談したくても高価ですし、彼らはあなたの目標などを十分に理解してくれないかもしれません。そこで、デジタルコモンズに参加できたとします。自分のノウハウを他者と共有でき、必要なものを手に入れることができる場所です。オンライン会議や討議を通して自分自身のニーズが満たされることを実感できます。そこでは質問ができ、課題や悩みを共有可能なだけでなく、助けとなるデータや情報、ケーススタディーを見つけることが可能です。さらに参加者同士の提携や協業といった広がりも生み出します。

デジタルコモンズは基本的に人間中心です。公共の利益のためにお互いに会い、信頼し合い、共創し、共有するのです。この実現に向けては、各種機能の統合や特定用途への応用、コモンズと同様に公共の利益の追求といった視点が必要です。専門的な内容を参加者の個別ニーズに合った形で提供することや容易かつ安全にアクセス可能な円滑に管理されたエコシステムを有するなどもデジタルコモンズの特徴となるでしょう。不確実性がさらに高まりつつある時代の中で、責任と先見性を持ってグローバルなエコシステムを育み、文化的価値のダイバーシティー進化と社会のイノベーションを推し進める。その達成に向けて、私たちの人間としての潜在能力を引き出してくれる「デジタルで拡張された知識と共有のコモンズ」。それがデジタルコモンズなのです。

デジタルが実現する
「見える化/見せる化」と「マッチング」

福島 シャンクス先生、ありがとうございました。ここからは、デジタルコモンズの実現がどのような価値を私たちにもたらし、社会にどうインパクトを与えるのかを考えてまいります。まず前提として、平岡社長にデジタルコモンズの定義について伺えればと思います。

写真:平岡昭良
日本ユニシス株式会社
代表取締役社長 平岡昭良

平岡 デジタルには、大きく2つの力があると思います。「見える化/見せる化」と「マッチング」です。世の中の資源や課題を見える化/見せる化することで、人々は「ここに無駄がある」とか「何かしなければいけない」と気付きます。それにより、行動変容を促すことも可能ですし、未稼働または低稼働の資産があると分かれば、それを必要とする人とのマッチングも実現します。既存の資産なので、低価格のサービスも展望できる。つまり、見える化/見せる化とマッチングにより、新たな価値創出につながります。低稼働資産の所有者、利用者ともにメリットを得られますし、社会全体の効率も高まります。これがデジタルコモンズの代表的な例です。社会のさまざまな領域で同様のアプローチが可能だと考えています。

シャンクス 人間は数千年もの間、コモンズを運用してきました。コミュニティーのメンバーが協働しながら、共通の利益を実現してきたのです。現代においては、こうした活動をデジタル技術で補完できるようになった。それがデジタルコモンズです。平岡社長のご指摘のように、デジタルによって可視化が進み、コラボレーションも容易になります。多様な分野において、これまでよく見えなかった課題、1人では解決が難しいとされた課題にも対処できるようになるでしょう。

福島 具体的には、どのような例が考えられるのでしょうか。

平岡 小売店を例に考えてみましょう。食品などの廃棄ロスは社会的な課題ですが、その解決は容易ではありません。機会損失を減らすために多くの商品を陳列したい小売店、豊富な品ぞろえの店で買いたい消費者、双方にとって現状の仕組みにメリットがあるからです。ここにデジタルコモンズを適用すると、何ができるでしょうか。もしも、消費者が必要な物だけを予約して購入する仕組みができれば、廃棄ロスは最小化され社会の持続可能性を高めることができるかもしれません。

福島 これまで日本ユニシスはさまざまなパートナーと連携し、社会課題解決を目指す「ビジネスエコシステム」の構築に取り組んできました。ビジネスエコシステムとデジタルコモンズ。両者の違いについて、解説していただけますか。

平岡 私たちがビジネスエコシステムで目指したのは、1社ではつくれない競争優位性を多様なパートナーと一緒に構築することです。特定のパートナーが参加するため、そこにはどうしても排他性がありました。一方、デジタルコモンズはオープンな形でナレッジを共有するコミュニティーです。より詳述すると、「事業成長や競争優位性の獲得を目指して形成されるビジネスエコシステム」に対して、「競争優位よりもまず『社会課題の解決』という共通目的のために財を共有し、価値創出することで経済的価値の創出と利益を得ていこうとするデジタルコモンズ」と表現できるでしょう。

福島敦子氏
ジャーナリスト
福島敦子氏

福島 なるほど。ビジネスエコシステムは、参加企業の事業成長や競争優位形成を主眼に置いていたけれども、デジタルコモンズはさらに一歩進んだ「公共の利益を追求するためのより広いコミュニティー」を目指すものなのですね。

平岡 はい。今、社会課題の解決をはじめとした「公共の利益を追求する」という部分に大きなマーケットが生まれています。例えば、日本でもCO2排出削減といったテーマに社会的な関心が高まっています。そこにポジショニングすることで社会課題を解決しつつ、企業にとっても経済的価値を手に入れやすくなります。つまり、デジタルコモンズとは「デジタルの力を使って社会的価値と経済的な価値を両立することで持続的な社会づくりに貢献する良い循環が生まれる」という考え方なのです。

消費者が公共の利益を増進する企業を選ぶ時代

福島 企業にとって、なぜデジタルコモンズが重要となっていくのでしょうか。

シャンクス 消費者の意識は大きく変わりつつあります。消費者はその企業が尊敬できるか、信頼できるかを注意深く見るようになりました。そして、公共の利益に資するよう行動する企業を選ぶのです。

平岡 企業は、消費者に選ばれなければ存続することができません。逆に、公共の利益を増進するところには結果としてマーケットが立ち上がるでしょう。社会的価値を追求すれば、後から経済的価値がついてくるでしょう。ビジネスエコシステムはどちらかというと、経済的価値への意識がやや先に立っていたような気がします。

福島 では、消費者または個人にとって、デジタルコモンズはどのような意義があるのでしょうか。

平岡 「社会課題を解決したい」「何か社会のために貢献したい」との思いを持つ人や企業が、具体的な一歩を踏み出すための後押しができる点に大きな意義があります。例えば、クーポンを使った販促は一般的です。同様に「商品価格の一部が子ども食堂に寄付されます」というデジタルクーポンがあればどうでしょう。従来型クーポンを好む人もいると思いますが、社会貢献につながる買い物をしたい人もいるでしょう。社会貢献の感覚は、消費者の満足度を高めるはずです。また、メーカーや小売店の従業員も、子ども食堂への支援を喜んでくれるのではないでしょうか。こうした一人ひとりの行動変容を後押しする仕組みづくりも可能です。実は、私たちはすでにこうしたデジタルコモンズを、メーカーや小売店と協力して提供しています。企業にとっても、世の中の変化を素早くキャッチし、次の一手を見いだす、あるいは予期せぬナレッジの組み合わせの中からイノベーションが生まれていく場になるのではないかと捉えています。

シャンクス 私は、学びという観点からお話ししましょう。自ら発見したり、他のメンバーと一緒に学んだりすることによる学習効果の高さは、これまでの研究からも明らかです。こうした環境を提供するデジタルコモンズを、「ラーニングコモンズ」と呼ぶことができるでしょう。ラーニングコモンズには、一緒に学ぶ仲間がいて、各人が何らかの知見を有しています。また、外部の知見にもアクセスしつつ、新たな発見やイノベーションを目指すのです。実は、これらはスタンフォード大学でも行われており、しばしば予期しない成果が生まれています。デジタルコモンズは、ビジネスエコシステムを含むエコシステムの進化形です。自然の生態系と同様、生物が少なければレジリエンスも低い。エコシステムやデジタルコモンズを健康で強固なものにする上で、多様性も重要な要素となるでしょう。

社会貢献の満足感と実利の両方を提供できる

福島 デジタルコモンズにより、公共的な価値をさまざまな形で実現できるというお話を伺いました。次に、デジタルコモンズを社会実装するためのアプローチについて伺います。

シャンクス 先にも触れましたが、デジタルコモンズはすでに存在します。その中心はインターネットです。インターネットには多種多様な情報や知見、ノウハウがあり、人々は学習やビジネスのために活用しています。ただし、デジタルコモンズとしては未成熟な部分もあります。十分に統合されていないこと、そして一定のルールによる適切なガバナンスが不足していることです。例えば、スキルを高めるために見つけた情報、動画などが本当に正しいのか。誰を、何を信じればいいのか、不安を感じながらインターネットを使っているユーザーは少なくないでしょう。そのような課題を克服すれば、デジタルコモンズの大きな可能性が花開くと思います。

写真:BITS2021の一幕(2021年6月)
BITS2021の一幕(2021年6月)

平岡 私たちはシャンクス教授らと一緒に、カリフォルニア州でデジタルコモンズのコンセプトに基づくエネルギーマネジメントの実証実験を行いました。さまざまな試みを続ける中で、新しいアイデアや知恵が生まれました。既存の電力システムにおいては、需給バランスの維持が課題としてよく指摘されます。それは、大規模な発電と送電ネットワークを前提として考えるからです。マイクログリッド化、つまり地産地消により、需給コントロールははるかに容易になります。発電量が不足したときに、デマンドのコントロールもしやすい。ただし、そのためには消費者の理解と共感が必要です。

シャンクス 消費者の受ける直接的なメリットと社会参加の感覚をうまくつなぐことができれば、より効果的です。例えば、デジタルコモンズ上で時間帯ごとの電力使用量を可視化して節電の判断を後押しすれば、消費者は社会貢献の満足感と、家計のメリットを共に得ることができるでしょう。

福島 利用者のメリットが大きければ、デジタルコモンズの社会実装も進むと思います。先ほどラーニングコモンズの話を伺いましたが、これは学生などの個人だけでなく、企業にとっても有益ですね。

シャンクス 企業は従業員のスキルアップのための教材、新サービスのために必要なデータなど、さまざまな情報を必要としています。デジタルコモンズで欲しい情報、しかも体系的に整理された信頼度の高い情報をすぐに取得できれば、企業にとっては時間とコストを節約することができるでしょう。

平岡 シャンクス教授、ありがとうございます。ここで、「コモンズの悲劇」という言葉にも触れておきたいと思います。これは「共有資産だからといって誰かが抜け駆けして独り占めしようとすると、資産そのものの持続性が損なわれてしまう」ことを意味します。こうした状態はデジタルコモンズでも起こり得る。それを防ぐには、公共の利益への意識とともに、シャンクス教授が言及する「ルール」も重要です。私たちは多様な知恵を集め、悲劇ではなく、「コモンズの奇跡」の実現を目指したいと考えています。

シャンクス コモンズの悲劇を避けるには、自分が参加しているという当事者意識がとても大切です。参加者の1人として価値を共有していれば、「大事なコモンズを守りたい」と思うはずです。一方で、あらゆるコミュニティーがそうであるように、コモンズにはルールが必要です。例えば、国連はさまざまなSDGs関連活動を通じて、中長期的な目標を提示し、ルールづくりや合意形成のための努力を続けています。こうした取り組みは、デジタルコモンズの発展にも密接に関係しているように思います。

ナラティブが人々に気付きを与え
行動変容を促す

福島 お二人ともありがとうございます。さて、ここまでの中でシャンクス先生からは、統合されたデジタルコモンズとのキーワードも示されました。それを実現するためには、何が必要でしょうか。

シャンクス 大きな課題ですが、いくつかのポイントがあると思います。まず成功事例を「ナラティブ(物語)」として広く紹介すること。それが、人々のマインドセットを変えるでしょう。また、小さく始めて改良を繰り返すアプローチも重要です。そして、ビジョンとリーダーシップ。デジタルコモンズには多くの参加者の協力が欠かせませんが、誰かがその全体をまとめビジョンに向かって導かなければなりません。

平岡 ナラティブは非常に重要ですね。例えば、プラスチック製ストローを巡る動きが分かりやすいでしょう。現在、「海洋プラスチック問題」が世界的にクローズアップされ、プラスチック製のストローは多くの国で姿を消しつつあります。このムーブメントのポイントは、「生活に身近なプラスチック製ストローが環境に負荷を与えている」ことを多くの人に気付かせ、それが「プラスチックごみ全体の問題」として広く認識され、海洋ごみ問題にまで人々の意識が及ぶようになった点にあります。これまで「プラスチックごみ」という課題には、利害関係者が多く、クリアすべき障壁も大き過ぎて解決に向けた取り組みは必ずしも前進していませんでした。しかし、日常に近接するプラスチックストローに焦点を当てる形でアプローチすることで、多くの人が自分事として捉え、行動変容につながりました。このように、ナラティブは人々に気付きをもたらし、意識や行動を変えるきっかけになります。私たちも多様なパートナーとともにデジタルコモンズの成功事例を生み出し、それをナラティブとして発信しながら仲間をつくり、多くの皆さんに共感を広げていきたいと思っています。そうした取り組みを通じてデジタルコモンズを「誰もが幸せに暮らせる社会づくりを推進するしくみ」に育ててまいります。

福島 平岡社長とシャンクス先生のお話を通じて、デジタルコモンズの姿がくっきり浮かび上がったように思います。今、私たちが数多くの複雑で困難な社会課題、地球規模の課題に直面している中で、デジタルコモンズが、人々が真に求める課題解決への信頼あるナビゲーターのような存在として形成され、発展することを期待したいと思います。本日は、どうもありがとうございました。

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