a storyteller ~情熱の原点~ 第5回 ヴァイオリニスト 川畠成道氏
逆境を乗り越え、音楽でさまざまな人を照らす、天才ヴァイオリニストの軌跡
さまざまな分野で意欲的に挑戦を続けるイノベーターたち。革新を起こし時代をリードする彼らを突き動かす、その原動力や原体験とは一体何なのだろうか――。その核心に迫る「a storyteller~情熱の原点~」。第5回では、ヴァイオリニストの川畠成道氏に話を聞く。川畠氏は、8歳のときに視覚障害を抱えるが、ヴァイオリンに触れ音楽の道を志し、英国王立音楽院を主席で卒業。現在は、さまざまな形で音楽活動を行い、BIPROGYともチャリティーコンサートを開催している。また、執筆活動や学校教材に文章が使用されるなど多方面に影響を与えている。聴覚を研ぎ澄ましヴァイオリンの道を究めるとともに、音楽を通じ社会へのメッセージも発信し続ける川畠氏の活動の原点とは。そのストーリーのページをめくってみよう。
視覚障害をきっかけにヴァイオリンと出会い、新しい人生が始まった
――川畠さんのヴァイオリニストとしての歩みが始まった幼少期について、教えてください。
川畠父は、ヴァイオリンを教える仕事をしていました。そのため、子どもの頃から家では父の練習する音やレッスンの音が日常の中にありましたが、私自身はヴァイオリンを手にすることはありませんでした。
8歳のとき、アメリカ旅行中に当時生存率5%といわれた病気にかかり、幸いにも回復したものの後遺症で視力が落ちてしまいました。そこから1年半は、将来を考えることすらできず、なぜこのような状況になってしまったのかと、私も両親も深く思い悩んでいました。
そのような中で、「いつまでもこれではいけない」と両親はさまざまな可能性を探してくれました。私が日々の生活の中で目標を持ち、希望を取り戻せるものはないか。そんな思いだったと聞いています。そして目に留まったのが、元々家にあったヴァイオリンだったのです。
こうして10歳の時にヴァイオリンを始め、私の新しい人生が始まりました。ヴァイオリンを弾くようになってからは、生活も家の中の雰囲気も明るくなり、希望を持って生きられるようになったことを、今でも覚えています。
――10歳までは、ヴァイオリンに触れる機会がなかったのですね。ヴァイオリンに実際に触れ、この道に進みたいと思った理由は何だったのでしょうか?
川畠ヴァイオリンは私が生まれた時からごく当たり前の風景として家にありましたが、両親は私にヴァイオリンを習わせようとは考えていなかったようです。
そして、ヴァイオリンという楽器は、初心者にとっては難しいものです。「正しく構え、弓を使って音を鳴らす」。それ自体がとても難しい。しかし、私の場合はヴァイオリンが身近にある環境だったからか、初めて手にしたときにスムーズに音を出すことができました。両親も、私が才能を持っているかもしれないと思い、続けさせてみようと考えたようです。
今振り返ると、私も両親も、ヴァイオリンが上達していく“小さな進歩”に確かな喜びを見出せたこともポイントだったかと思います。例えば、昨日まで弾けなかった曲がほんの少しだけ弾けるようになった。そんな瞬間です。長時間練習してもなかなか進歩しない中でも、継続の中で僅かに進むことができている。それはある日、花開くのです。その積み重ねによって、私の悶々とした思いが晴れたのだと思います。
「表現したい音楽は何か」。常に自分自身に問いかけ続ける
――ヴァイオリンを始められた時点でプロを目指していたのでしょうか。
川畠ヴァイオリンを始めた時点では、プロになろうとは思っていませんでした。しかし、毎日長時間の練習を続けていたので、漠然とプロへの意識はしていたように思います。その後、高校生になる頃には音楽以外の道は考えていませんでしたね。
高校・大学では音楽を学び、卒業後は英国王立音楽院へ留学しました。音楽観が変わる経験をし、その後イギリスに留まることになったのですが、1998年に日本フィルハーモニー交響楽団との共演でソリストを務めるという大変名誉な日本でのデビュー機会をいただきました。大きな重圧を感じながら演奏したことは、今でも鮮明に覚えています。そして、そのコンサートでBIPROGYの皆さんとの出会いがあり、今日までさまざまな経験をさせていただきながら、気がつけば約26年の月日が流れました。
――高校・大学で音楽の道に進まれましたが、その中で良かったことやつらかったことはありましたか?
川畠良かったことは、音楽学校に進んだことで、同じ目標を持った同世代の友人とたくさん出会うことができた点です。切磋琢磨できる環境は大きな刺激になりました。つらかったことは、やはり自分の思い描くような音が出せなかったり、演奏ができなかったりすることでした。先生からさまざまなアドバイスをいただいても、なかなか思うように応えられない。当時の私にとって、それはとてもつらく、悩んでいた部分でした。
「ヴァイオリンを始めて本当に良かったのだろうか」とまで思ったこともあります。簡単にその悩みから抜け出せたわけではありませんが、その後、経験を積み重ねる中で、過去を振り返ったときに「あの時、悩んでいたのはこういうことだった」と、気づかされることもありました。ヴァイオリンに関わったことで得られた素晴らしい経験もつらい経験も、どちらも私にとってかけがえのない財産です。
――イギリス留学で音楽観が変わるような経験をされたそうですね。その際のエピソードについて、詳しく伺えますか。
川畠楽器の練習というものは、一人で行う時間が圧倒的に長いものです。先生のレッスンは、大体週に1回。それは、日本でも海外でも変わりません。しかし、クラシック音楽が生まれたヨーロッパで、その国の言葉を話し、その土地の人たちと交流しながら音楽と向き合える環境が日本とは大きく異なり、私の音楽観を変える経験となりました。特に、私が在籍していた英国王立音楽院には、世界中からさまざまな環境で育ってきた学生が集まります。異なる音楽観を持った人たちと交流し、練習することで、違う角度で作品や音楽を捉えることができ、新たなアプローチが生まれました。それは、私にとって大きな変化でした。
また、先生の指導方法は、「自分がどのように音楽を表現したいのか」を重視するものでした。当時は、自分の表現が受け入れてもらえないこともありました。例えば、自分が良い演奏ができたと思ってもオーディションで評価されなかったり、逆に、自分では納得がいかなかった演奏が高く評価されたりすることもありました。「自分が本当に表現したいものは何か」を深く追求する時期だったのだと思います。また、自分の気持ちに対してさまざまな提案や示唆をいただくことで、自分自身の引き出しが増えていったので、留学は音楽家として生きていく上での原点となる出来事だったと思います。
――自分がどのように音楽を表現したいのか。答えを見つけることは、とても難しいように感じます。どのようにしてその答えを見つけていくのでしょうか。
川畠「自分に問いかけ続ける」。これしかありません。ただ、演奏の際は、冷静に自身を見つめることはなかなか難しいものです。ですから、昔も今もヴァイオリンを“手にしていない時間”も大切にしています。楽器を手にしていない時間も、頭のどこかに音楽があるような生活が当たり前になっていますし、この先もそれが変わることはないでしょう。例えば、私は音楽史や日本史などさまざまな歴史に興味があるのですが、過去の人々がどのように生きてきたのか、困難をどのように乗り越えてきたのかを学んだり解釈したりして、自分の音楽観や表現に取り入れられないかと気づけば考えています。
――常に問いかける中で、表現したい音楽は変化していくのでしょうか。
川畠もちろんです。それは、私自身の年齢や日々の経験、周囲からの影響、時代によっても変わっていくと思います。クラシック音楽の面白いところは、限られたレパートリーを多くの演奏家が演奏する中で、その個性によって細かな表現の違いが生まれるところです。もっと言えば、同じ演奏家であっても、時代によって演奏は変化します。例えば、私が次のコンサートで演奏する曲を、10~20年前に録音したCDと聞き比べてみると表現が違っていることに気づくことがあります。できれば、今の方が良い表現だと思える自分でいたいですけれども(笑)。このようにさまざまな影響を受けて表現が変わり、異なる演奏が生まれるのはクラシック音楽の魅力の1つだと思います。
目の前の作品、奏でる音、関わる人達を大切にしながら日々を積み重ねていく
――川畠さんは執筆活動もされていますが、活動のきっかけはなんだったのでしょうか。
川畠演奏会のプログラムに自分の言葉で曲の解説を書いていたことが執筆活動につながったと思います。クラシック音楽は、普段あまり触れる機会のない方にとって「敷居が高い」と感じられることがあります。そこで、演奏家が作品をどのように感じているかを知っていただくことで、リラックスして音楽を楽しんでいただけたらとの思いで、デビュー当初から続けています。また、音楽雑誌などに寄稿させていただくこともあり、最近ではある月刊誌での連載が100回を迎え、感慨深いものがありました。教科書に取り上げていただく機会もあり、責任を持って執筆に取り組んでいます。
――確かに、解説文章があるとクラシック音楽の世界に入っていきやすくなると思います。他にもお客さまに音楽を身近に感じてもらえるようなことは行っているのですか。
川畠ステージ上では、曲紹介や作品に対する思いを言葉で伝えることも意識しています。また、コロナ禍をきっかけにYouTubeも始めました。週に1回の更新を続け、今では200回を超えています。現在は主に演奏をアップしていますが、中にはヴァイオリンを演奏するに当たり必要な筋トレの動画も上げています。今後はレッスン動画など違う切り口の動画も上げてみたいと企画を練っている最中です。このようなツールも活用しながら、一人でも多くの方にクラシックの魅力を知っていただき、身近に感じていただけるようになればと思っています。
――クラシックを身近に感じてほしいという原動力はどこから湧いてくるのでしょうか。
川畠私は音楽と、ヴァイオリンと出会えたことで、視力を悪くした状況から救われ、音楽家として生きる中で豊かな経験を積むことができました。ヴァイオリンを続けることができて良かったと心から思っています。そして、お客さまにも音楽を通して何かを感じていただき、人生にプラスになる経験をしていただければ、音楽に携わる者としてこれほど嬉しいことはありません。
――BIPROGY主催のものを始め、定期的にチャリティーコンサートを開催していらっしゃいます。その情熱の原点をお聞かせください。
川畠私自身、子どもの頃から視覚に障害を持っていて、この生活に慣れている部分はありますが、誰かの助けを借りなければ演奏会に行くことはできません。また、演奏活動の中で、私と同じように身体的な理由でコンサートホールに行きたくても行けない方がいる現実も知りました。
そのような中で、BIPROGYさんとのご縁をいただき、目の不自由な方を毎年100名以上演奏会にお招きする活動をさせていただいています。この活動で、音楽家として自分の音楽を聴いていただく喜び、そして自分の音楽が社会貢献の一躍を担っているという2つの喜びを感じています。20年以上チャリティーコンサートは続けていますが、今後も社会の役に立てるような活動を広げていきたいと思っています。
――これまでとこれからの活動を通じ、未来へのメッセージをお聞かせください。
川畠一人の音楽家として、将来の目標は持ちつつ、目の前の作品に真摯に取り組むことや奏でる音の1つひとつや、支えてくれる方々との出会いなどを大切にして日々を精一杯生きてきました。そして、気がつけばここまで来ていたという感じです。振り返ると、本当に人と人との出会いに恵まれていたのだと、心から感謝しています。BIPROGYの皆さんとのお付き合いも、もう四半世紀近くになります。これからも、どんな出会いが待っているのかとても楽しみにしています。振り返った時に「こんな活動ができた」「こんなものを残せたんだ」と感じられるよう、1日1日を丁寧に生きながら音楽家としての道を歩み続けます。
直筆サイン入りCD、DVD、書籍を抽選でプレゼント!
~ヴァイオリニスト川畠成道氏の軌跡を辿る~
昨年川畠成道氏はデビュー25周年を迎えました。
その軌跡を辿ることができるCD、DVD、書籍を抽選で25名様にプレゼントいたします。
プレゼント内容
CD『歌の翼に On Wings of Songs』:2名様
CD『美しき夕暮れ Beau Soir』:3名様
CD『川畠成道 クライスラーを弾く』:15名様
DVD『川畠 成道 世界への軌跡2005』:2名様
書籍『耳を澄ませば世界は広がる』:3名様
応募規約
■応募方法
以下応募フォームより、必要事項をご入力いただきご応募ください。
https://forms.office.com/r/ZNX9HvezE5
応募締切:2025年1月31日(金)23:59まで
※当選の発表は賞品の発送をもって代えさせていただきます。賞品は、応募時にご入力いただいたご住所宛に発送させていただきます。
ご当選者様へは、応募時にご入力いただいた電話番号またはメールアドレスに事務局からご連絡する場合があります。
■個人情報の取扱いについて
ご応募された方の個人情報は、抽選(重複当選の確認を含む)、賞品の発送、賞品の発送ができなかった場合のお問い合わせ、および個人を特定しない統計資料作成の目的で利用させていただきます。ご応募された方の個人情報は、本キャンペーンの賞品発送業務などに必要な範囲で委託先に提供する場合、法令等により開示を求められた場合を除き、ご応募された方の承諾なく第三者に提供いたしません。
■お問い合わせ先
以下お問い合わせフォームより、必要事項をご入力ください。
https://forms.office.com/r/zDkUA4cCf4
抽選結果や発送に関するお問い合わせにはお答えできませんのでご了承ください。
BIPROGYプレゼンツ「川畠成道ニューイヤーコンサート2025」
BIPROGYプレゼンツ「川畠成道ニューイヤーコンサート2025」が、2025年1月25日(土)浜離宮朝日ホールで開催されます。
開催概要
日時
2025年1月25日(土) 12:45開場 13:30開演
場所
浜離宮朝日ホール(朝日新聞東京本社・新館2階)
出演
川畠成道(ヴァイオリン)、須関裕子(ピアノ)
チケット等詳細はこちらからご確認ください
https://www.kawabatanarimichi.jp/concert/2025/01/concert000272.html
プロフィール
- 川畠成道(かわばた・なりみち)
- 1971年、東京生まれ。視覚障害を抱えた幼少期にヴァイオリンと出会い、音楽の勉強を始める。桐朋学園大学卒業後、英国王立音楽院へ留学。1997年、同院を同院史上2人目となるスペシャル・アーティスト・ステイタスの称号を授与され首席卒業。1998年にデビュー。その後、英国と日本を拠点にソリストとして精力的な活動を展開している。2017年、文部科学省の「スペシャルサポート大使」に就任。
- 川畠成道オフィシャルサイト
https://www.kawabatanarimichi.jp/