BIPROGYは、内閣府が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」に2018年から参画し、自動運転技術の確立に向けて産学官連携の「オールジャパン体制」で共創を進めてきた。自動運転の社会実装に向けては、その安全性評価が大きな焦点だ。SIPの研究開発では、仮想空間上に多様な路面環境や走行に影響するさまざまな気象条件を高い精度で再現することに加え、いかに効果的なシミュレーションシナリオを作成し、評価するかがカギとなった。そして、2022年9月。一連の成果である「DIVP(Driving Intelligence Validation Platform)」のサービス提供を行う新会社「V-Drive Technologies株式会社(ブイドライブテクノロジーズ)」が誕生し、今、走り出している。これからどのような事業を展開し、何を目指すのか。その展望と思いを同社の宮地寿昌、今村康、猪股学に聞いた。
オールジャパンで取り組んだ仮想空間における安全性評価環境の構築
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は、内閣府が主導する研究開発プログラムだ。Society 5.0の実現を目指して基礎研究から実用化、事業化までを見据え、府省や分野の枠を超えた12課題で取り組みが行われている。
このSIPにおいて、BIPROGYは2018年から始まったSIP第2期「自動運転(システムとサービスの拡張)」(以下、「SIP自動運転」)に参画。SIP自動運転で設立された「DIVPコンソーシアム(大学や企業12社などで構成)」の一員として、交通事故の低減や渋滞削減、交通制約者のモビリティの確保などに向けて取り組むべき自動運転の共通課題解決のための研究開発に臨んできた。DIVPコンソーシアムの主眼は、産学官のオールジャパン体制で「DIVP(仮想空間上で自動運転の安全評価を行うことが可能なプラットフォーム)」を構築することにあった。
自動運転の安全性評価には、「センサで対象物や周辺が見えているか、見間違いや見落としがないか」という“目”の役割を持つセンサと「車両の制御ソフトウエアで安全に走れているか」という“脳”の役割を持つ車両制御ソフト両方の評価が必要となる。さらに使用されるセンサは複数あり、天候や気候、時間、路面状況などにより走行条件も多岐にわたる。複雑な組み合わせの実証実験を実地で行えば、途方もない手間や時間がかかる。この点、DIVPの画期性は、実地試験の一部をシミュレーションで行うことなどで安全性評価の効率化を図ることや実車再現が難しい多様な条件下での試験を仮想空間で可能にすることにある。
研究開発にあたっては、さまざまな実環境の物理現象を仮想空間に「デジタルツイン(※1)」として再現し、シミュレーションシナリオ生成から認識性能評価、車両制御検証などの安全性評価に必要な各種検証・評価を一気通貫で行うことを目指した。例えば、実走行では再現が難しい環境などを仮想空間上で再現しつつ、「カメラ」「LiDAR(ライダー※2)」「ミリ波レーダー」という3種類のセンサの認識性を同時に評価できる仕組みを構築するといった取り組みを通じて安全性評価への知見を深めていった。
- ※1インターネット接続した機器などを活用して現実空間の情報を取得し、サイバー空間内に現実空間の環境を再現することを指す
- ※2光を用いたリモートセンシング技術。レーザー照射などで遠距離にある対象までの距離や性質を分析する
BIPROGYは、この3つのセンサ向けにCGの技術などを用いて現実空間を仮想空間上に再現する空間描画を担当した。
当初からSIP参画に関わり、新会社の代表取締役社長に就任した宮地寿昌は「私たちは自動車メーカーと取引する中で、長くCAD/CAMやCGを手掛けてきました。そこで培った技術を空間描画で生かすことができると考えての参画でした。SIP自動運転におけるDIVPコンソーシアムメンバーのさまざまな挑戦を経た今、その1つの形として結実したのがDIVPです。そのサービス提供を行う新会社として『V-Drive Technologies(以下、VDT)』は設立されました」と振り返る。
「こうしたプラットフォームの構築は一社ではできません。それぞれの得意分野を持ち寄って協調領域における技術を確立する必要がありました」と執行役員の今村康はDIVPコンソーシアムとしての活動の意義を補足する。
DIVPコンソーシアムは、神奈川工科大学がイニシアチブをとり、そのもとでセンサの研究開発が進められた。技術責任者の猪股学は「研究開発におけるアプローチは大きく3つに分けられます。リアルに限りなく近い仮想空間を作ること、物性値を設定し測定すること、そして得られたデータを基に空間描画をすることです。私たちが担当したのはこの空間描画の領域です」と説明する。
SIPのプラットフォームを軸に新分野での事業を開始
これまでの多くのシミュレーションは、人間が見ている風景をCGに再現することを目指してきた。一方、DIVPでは現実空間と仮想空間の一致性を高めることで実際の環境と同じようにセンサを評価できるシミュレーションの構築を目指したという。宮地はこう解説する。
「基本的に、人間が見ている画像とカメラやセンサの画像は認識できる色や光の反射加減が異なるため別物です。例えば、運転中に西日が差し込んできた際に人間は肉眼で太陽光の変化を捉えることができますが、カメラやセンサではうまく認識できずに画像が飛んでしまうことがあります。シミュレーション上でこれらの一致性を高めるために、色の表現方法の1つであるRGB(赤・緑・青)の組み合わせで表現するのではなく、実際の電磁波をスペクトルとして扱い仮想空間上で精緻な結果が得られるようにし、いかに正確な安全性判断につなげていくのか。この課題解決がDIVPコンソーシアムメンバー共通の大きな焦点の1つでした」
今村は「認識と判断の機能はすでにいくつもの技術が確立されています。センサがどのように事象を知覚しているかが正確に分かれば、その知覚を受けて対象を認識し、判断するアルゴリズムの開発あるいは評価へ大きく貢献ができます。自動運転システムを開発あるいは評価する際、センサがどう見えているかは重要なテーマとなります。」と続ける。
「DIVPの大きなメリットは、今まで検証できなかったパターンまでシミュレーションできること」と宮地は強調する。日本での太陽の見え方が同時刻の米国ではどう見えるのか。さらに、人間と車が衝突するというシミュレーションなど実地では容易に検証しづらい状況を表現することができる。
「革新的だったのは、産学官の緊密な連携が実現したDIVPコンソーシアムが組まれ、特にセンサメーカーのノウハウが織り込まれた点です。このため自動運転全般を俯瞰した共通プラットフォーム上で、実際の環境と同じようにセンサを評価できるシミュレーションが実現できたと感じています。2021年11月からは、SIPで車両間通信の実験が実施されている東京臨海部副都心地域を再現した環境モデルを使ったシミュレーション実証実験を行いました。DIVPシミュレーションに対する関心は高く、国内外約60社に情報を提供し、一部の自動車会社、センササプライヤには、実際の実務を想定しDIVPシミュレーションを評価して頂いています。現在でもこの取り組みを継続しています」(今村)
世界市場で活用されるデジタルコモンズに
現在、VDTでは自動運転に関連する各種の製品群を連携させるツールチェーンを顧客需要に合わせて提供することで、自動運転の安全性評価のための基盤構築を図ろうとしている。背景には、50年超に及ぶCAD/CAM、CG分野での取り組みがある。積み上げてきた実績を礎に自動運転という新領域で構築されたノウハウがDIVPには凝縮されている。宮地はこう語る。
「新社名には、Virtual(仮想)、Validation(検証)、Verification(妥当性確認)の3つの意味を込めています。DIVPは日本のテクノロジーをけん引するDIVPコンソーシアムメンバーが集結したことで誕生しました。目指す姿は、日本だけでなく世界での展開。世界中で使われるプラットフォームとして提供し、世界標準を目指したい。新会社の設立発表後には、『今の技術はそこまでできるのか!』との反響がありました。今後、国内外を含めた自動運転分野のシステム連携が進展する中で、データの標準化も重要になります。この分野で、私たちのセンサ入出力規格が世界標準となれば協調領域における技術確立やセンサの活用が広がり、自動運転の実現へ向けた取り組みがより加速するでしょう」
今村は「技術的には今が出発点と考えています。だからこそ、大きな可能性を秘めていると感じます」と言葉を続ける。猪股も「DIVPの社会浸透を通じて、センサのテストパターンが広がれば運転時の危険性が下がり、安心安全な自動運転の早期実現に貢献できます。今後、さまざまなシミュレーションが実施されることで飛躍的にその安全性は高まるでしょう」と話す。
「シミュレーション技術の進化は自動運転だけでなく、Society5.0にもつながります。VDTの設立はその具体的な一歩」と今村は可能性の広がりを強調する。それを受け、宮地は「仮想空間での社会課題解決に向けた取り組みは、多くのステークホルダーとの連携を深め、BIPROGYが目指す『デジタルコモンズ』の実現にもつながります。アンテナを常に高く掲げ、広い視野を持って今後も自動運転の社会実装に取り組んでいきます」と未来への思いを語った。
- ※DIVP は、学校法人幾徳学園の登録商標です。