「ロボットフレンドリー」な未来へ――官民連携で促進する社会変革

「課題先進国」日本の未来創造に挑戦するタスクフォースの舞台裏

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少子高齢化や人口減少の進む課題先進国・日本。深刻化する人手不足や新型コロナ禍を背景とする非接触化の実現といった社会課題解決に向け、ロボット活用には高い期待が寄せられる。しかし、自動車や電機、エレクトロニクス分野と異なり、例えば、施設管理や小売・飲食、食品製造分野についてはロボット導入があまり進んでいない。これらは日常生活を支えるインフラであるが、3密のリスクとも向き合う機会も多い。こうした観点からもロボット活用への期待は高まっている。その解決アプローチの1つとして注目されるのが「ロボット実装モデル構築推進タスクフォース」だ。プロジェクトは2019年秋にスタート。経済産業省や民間企業などの数十社が参画する官民連携の体制で推進され、日本ユニシスも名を連ねている。本稿では、経済産業省の福澤秀典氏をゲストに迎え、タスクフォースの全体像やその舞台裏、ロボット活用の社会実装によって実現する未来像について日本ユニシスのプロジェクト担当者が語った。

ロボット普及が遅れる
「施設管理」「小売・飲食」「食品」分野にフォーカス

日本では長期にわたって少子高齢化傾向が続いている。足元の人手不足だけでなく、将来の労働力確保も重要な社会課題だ。昨今においては、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から非接触化に大きなニーズが生まれている。そこで改めて注目されているのがロボットの活用である。自動車や電機などの生産現場ではすでに多くのロボットが導入されている。ロボットが工場の自動化ラインで製品を組み上げる姿を想像してもらえれば分かりやすいだろう。日本には世界的な存在感を示すロボットメーカーも少なくない。

しかし、ロボット導入が進んでいない分野もある。例えば、小売などの店舗でロボットを見かけることはほとんどない。もし、ロボットが活躍すれば人手不足の解消や3密回避にも役立つはずだ。加えて、店舗スタッフは顧客に集中できるため、サービスの質を高められるかもしれない。ロボットの働き次第では、収益向上につながる可能性もあるだろう。

こうした未来像の実現に向けて、経済産業省と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が旗振り役となり、官民連携の取り組みが進められている。2019年11月にスタートした「ロボット実装モデル構築推進タスクフォース(以下、TF)」である。TFは、「施設管理」「小売」「食品」の3つに分かれ、それぞれの分野へのロボット導入・普及に向けた取り組みを進めている。

写真: 福澤秀典氏
経済産業省
ロボット政策室 室長補佐(総括)
福澤秀典氏

経済産業省 ロボット政策室 室長補佐の福澤秀典氏は、TFを立ち上げた狙いをこう説明する。

「3つの分野のようにロボット導入が進んでいない分野は、参照すべきロボット導入の『モデル』が少ない状況です。このため、ユーザーは多種多様なニーズをメーカーやシステムインテグレーター(SIer)に要望します。結果として、各ユーザー特定仕様のロボットシステムが構築されやすくなり、特定仕様なので量産が進まず、価格は高止まりします。これが現状です。この状況を打破するためには、『ユーザーごとの環境に合わせて後付けでロボットを導入していく』発想からの転換が必要です。具体的には、ユーザー側の店舗環境などを意識的に『ロボットが仕事をしやすい環境』に変えていく、ということです。この『ロボットフレンドリーな環境(ロボフレ環境)』が実現すれば、ロボットの仕様に関する予見可能性も高まり、量産化・低価格化への道筋が見えてくると考えています。この構造を作り出すことが狙いです」

サービスロボットの社会実装に向けた課題

現状「多種多様なユーザーの希望を反映した結果、ロボットシステムは特定ユーザー向けとなり高コストとなる。この状況のままだと社会実装は限界に」、今後「ユーザー側の業務フローや施設環境をロボットフレンドリーな環境へ改革。ロボットの「一品モノ」化を避けることで、市場の拡大化、ロボットの低コスト化を実現し、社会実装を加速。」

TFには、3分野に関係するユーザー企業、ロボットを開発するメーカーやITベンダーなど数十社が名を連ねている。日本ユニシスもその中の1社だ。ロボットの社会実装に向けてメンバー間では「ロボフレ」をキーワードに位置づけ、ユーザー企業がロボフレ環境の実現に当たって解決すべき現場課題についてSIerなどとも共有しながら推進されている。

「このTFは、参加各社が協調して取り組むべきテーマにフォーカスして検討しています。そのため、ロボットの社会実装に向け、メンバーが腹を割って知見を提供し合うなどの関係となっています。その中で確実に歩みを進めるコンソーシアムである点にも特色があります。将来的には、ロボフレ環境を各分野の業界内で広く普及させることを考えています。このため、TFには各業界を代表する企業が参画しています。例えば、日本ユニシスは小売分野におけるロボット導入に関して先進的な知見を有しています。この観点から、ロボフレ環境をつくり上げていく際に、ベンダー視点での実現性評価等や研究開発を担っていただきたいと思い、声をかけさせていただきました」と福澤氏は振り返る。

ロボット実装モデル構築推進タスクフォースが目指す姿

社会実装に向けたステージと想定スケジュールの概要:2019年度「ロボット実装モデルを設計」、2020・2021年度「実証と開発」、2022年度「当該業界・隣接業界に横展開」、2023年度以降「業界全体への波及、海外への売り込み」
(出典)「ロボット実装モデル構築推進タスクフォース活動成果報告書(2020年3月)」P9より作成

「ロボフレ」が目指す3分野の環境イノベーション

写真: 野口秀胤
日本ユニシス株式会社
インダストリサービス第二事業部 営業一部
シニア・スペシャリスト 野口秀胤

日本ユニシスが参画しているのは小売のTFである。インダストリサービス第二事業部 営業一部 シニア・スペシャリストの野口秀胤(ひでたね)は次のように語る。

「小売業界には多くの課題があります。例を挙げると、人手不足はもちろん、消費行動の変化へのキャッチアップや収益構造の見直しなどです。こうした中で、多くの企業が危機意識を高めています。ロボット導入やデジタルを活用した自動化の推進は、こうした課題を解決する上での突破口になるでしょう。私たちは、TFでの活動を通じて学びながら小売における一層の価値創造を目指したいと考えています」

写真: 児玉信人
日本ユニシス株式会社
デジタルアクセラレーション戦略本部
事業開発部長 児玉信人

また、デジタルアクセラレーション戦略本部 事業開発部長の児玉信人はロボフレについてこう言及する。

「メーカーなどの提供側はもちろん、小売などのユーザー側がロボフレを意識することで、結果として人にもフレンドリーな環境が生まれます。例えば、ロボットが動きやすい整理整頓された売場は、動線が分かりやすく、同じところを歩く顧客にとっても優しいはずです。加えて、ロボットが各売り場のお勧め商品のPOP情報などを認識しやすい状況になれば、顧客にとっても商品を見つけやすい。店員側も商品棚を案内しやすく、省力化にもつながります。ロボフレは、ヒューマンフレンドリーにつながる――。こうした思いは、TFに参加する各企業にも共有されているのではないかと思います」

施設管理、小売、食品の3分野で注力されているポイントは次のようなものだ。

まず、施設管理における重要テーマは、「エレベーターとロボットとの連携」。「すでに特定メーカー間の1対1での連携は可能です。しかし、標準インターフェイスがないために1対1での連携でも改造開発が必要となり、連携システムは高額になります。この点に加え、n対nの連携はできない状況です。TFが目指す標準インターフェイスが実現すれば、メーカーの異なるロボットやエレベーターであっても大きなカスタマイズを行うことなく連携が可能です。そのため、連携システムは安価になるとともに、ロボットが自律的に各フロアに乗り降りし、例えば、清掃、搬送、警備するなどが実現します」と福澤氏は説明する。

次に小売では、商品画像マスタデータの構築への取り組みが始まっている。「小売に関して言えば、陳列と在庫管理、決済について、労働負荷が高いとされています。これらを自動化するために、TFでは、商品画像のマスタデータ構築が必要であると整理・認識しています。マスタデータがあれば、ロボットがこれらを参照して商品を認識し、該当商品を掴むなどの動作が可能になります。さらに、在庫管理と決済の効率化にもつなげることができます。『どのようなデータがマスタデータを構成するか』などまだまだ多くの点を整理しなければなりませんが、日本ユニシスをはじめとした皆さんと一緒にさらに議論を重ねていきたいと思います」

そして、食品については「総菜盛り付けの自動化」などのテーマがあるという。食品産業の中でも大きな割合を占める総菜ビジネスは、約10兆円の市場規模を持つ。その盛り付けは、現在ほとんどが人手で行われており、自動化すれば社会的なインパクトは大きい。ロボフレで目指すイノベーションを、福澤氏は道路に例えてこう話す。

「自動車は、人や馬車、人力車などが混在する道路のままではその効用を十分に引き出すことはできずにノロノロ運転を強いられていました。路面状況の悪かった昭和初期を想像していただくと分かりやすいでしょう。自動車は歩道と車道の分離や必要なルールを定めることで、本来の能力を発揮することができます。ロボフレが目指すのはそのような環境づくりです。ロボットに効率よく働いてもらうためには、3つの分野を取り巻く環境要因にイノベーションを起こすことが必要です」

「ロボフレ環境」の実装を後押しする
店舗での業務を代行するロボット「RASFOR」

先に福澤氏が触れたように、日本ユニシスは小売業へのロボット導入をサポートしている。先行事例の1つが関東地域で展開するユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスの事業会社である「カスミ」での実績だ。同社の店舗に導入されたのが、AIを搭載した小売店舗向け業務代行ロボット「RASFOR(Robot as a Service for Retail)」である。

写真: 大熊義久
日本ユニシス株式会社
デジタルアクセラレーション戦略本部
事業開発部 第一グループリーダー 大熊義久

「ロボットには『動く(駆動系)』『感じる(センサー系)』『考える(知能系)』という3つの技術要素があります。個々の技術は既存のものですが、それらを最適に組み合わせるためには試行錯誤がありました。全体のオーケストレーションが、RASFORを開発する上でのカギでした」と語るのは、デジタルアクセラレーション戦略本部 事業開発部の大熊義久である。

小売店舗の閉店後、RASFORは自動起動してフロアを巡回する。そして、カメラで棚を撮影しながら、POPの期限チェックや売価チェック、品切れチェックなどを行う。こうして収集した情報は分かりやすく整理され、スタッフは翌朝タブレットで確認できる。品切れがあればすぐに商品補充などの対応もできる。店舗スタッフの負荷を軽減するとともに機会損失の低減など収益力向上にも寄与するロボットである。

「RASFORをさらにパワーアップするためのカギは、データにあります。その意味でも、TFで取り組んでいる商品画像のマスタデータは重要です。RASFORのカメラが撮影した画像を、マスタデータとマッチングさせれば、その商品を特定できるからです。膨大な数の商品について、マスタデータを整備するのは一企業の力では難しい。TFのような枠組みがあるからこそ実現できることだと思います。これがさらに実を結んでいけば、小売業界が抱える社会課題解決にもより積極的に寄与することが可能になるでしょう」と、大熊はTFへの期待を語る。

多くの思いを結集して
ロボットフレンドリーな未来を切り拓く

しかし、競合同士も協調して取り組む官民連携のTFを機能させる上では、苦労もあったようだ。福澤氏はこう述懐する。

「ロボフレ環境の実現には環境構築を図っていただくユーザー企業のコミットが不可欠です。しかし、ユーザー企業の方々の問題意識はさまざまです。このため、各社協調の中で課題を抽出し、取り組むべき課題について参加者間の合意を得ていくことは極めて困難な部分でした。ライバル企業もいるミーティングでは、なかなか本音を語ることは難しいと理解していました。そこで、堅苦しい雰囲気にならないように、僭越ですが『ざっくばらんに議論しましょう!』と笑顔でお声かけし、働きかけていました。その1つひとつの積み重ねがTFに参加してくださる皆さんの中で、本音で語ることへのきっかけになったのであれば大変うれしく思います」

TFがスタートして1年ほどになる。この取り組みは2023年度までを1つのロードマップとして描くが、福澤氏は23年度以降もロボットの普及への取り組みを継続・加速させたいと考えている。

「2020年3月付けの成果報告書には、2023年度までの時間軸しか記載されていません。ですが、今後TFを企業の皆さんと検討していく中で、そのスケジュールはどんどんブラッシュアップされていきます。報告書は、その前提でご覧いただければと思います。また、2020年6月から、TFを『ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)』に移行しています。経済産業省として引き続きこの活動にコミットしていくものの、ロボット導入の担い手である産業界が主役となって継続的に取り組んでいくことがロボットの社会実装への近道と考えたためです。今後、各種検討を深化させていくことを通じて、TFに参加した各分野のリーディングカンパニーが、ロボフレ環境の実現とともにロボット導入の有効性を示していくでしょう。その結果として、幅広い分野へのロボット導入が進んでいくと予測しています」

それを加速させるための1つのアイデアとして、福澤氏はこう続ける。

「例えば、『ロボフレ認証』の制度やそれを示すアイコンとして『ロボフレマーク』がつくれないかとも考えています。具体的には、施設がロボフレ空間であるというお墨付き、つまり、ロボフレ認証を得れば、ロボットを導入する際には安価にロボットを導入できるといった仕組みです。また、ロボフレマークが生活やビジネスの中に浸透していけば、ロボットを身近な存在として認識してもらうきっかけにもなります。さらに、ロボットとエレベーターの標準インターフェイスなどは世界的にも需要があるため、検討の中身によっては海外展開の可能性も視野に入れています。国内外動向を注視しながらTF参加企業をはじめさまざまな分野のみなさんに知恵をお借りしつつ、ロボット普及をさらに後押ししていきたいと思います」

日本ユニシスとしても、TFへの参画を起爆剤にロボットの価値のさらなる向上を目指している。その思いについて児玉と野口はそれぞれこう語る。

「RASFOR開発の上で大切にしたのは、労働人口の減少という悩みを抱えているお客さまの課題解決を図りたいとの思いでした。その実現に向けては、多様なパートナーの協力は欠かせませんでした。今回のTFへの参画を通じて得た経験やつながりを大切にしながら、今後もRASFORのビジネスエコシステムを成長させて参ります。将来的には社会課題解決や新たな価値創造に貢献するデジタルコモンズの実現に寄与し、人とロボットが共存する社会を目指していきたいと考えています」(児玉)

「日本ユニシスとしては、小売業全般に向けた課題解決支援を積極的に行っています。RASFORはもちろん、AIを活用した自動発注の取り組みなども展開しています。統合的にお客さまの価値創造に寄与し、デジタル化を支援するモデルとして提唱しているのが『New Retail Trinity Model』です。今回のTFで得られたロボット領域での知見や経験値を生かし、小売業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援していきたいと考えています」(野口)

今、工場などに限られていたロボットの用途は、多様な空間に広がろうとしている。それは、ロボット活用の新時代の始まりと言えるかもしれない。今後もTFの取り組みに注目していきたい。

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