古典コンピュータの限界を超える量子コンピュータの実用化に向けた歩み

連載「進化するBIPROGY総合技術研究所」第9回:東大やBIPROGYが参画し、サスティナブルなAIの実現を目指す「SQAI」の挑戦

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AIの高度化と持続可能性。この二律背反する課題に、量子技術で挑む産学連携プロジェクトが「SQAI」だ。2022年に始動した本プロジェクトは、量子技術というアプローチによって、より少ないデータや計算資源で高精度な結果を得られるサスティナブルなAIの実現を目指している。東京大学を中心にさまざまな研究機関や企業が参加する中、BIPROGYも名を連ね、先端技術への挑戦を通じて新たな知見の獲得に邁進している。SQAIのサブプロジェクトの1つ「量子埋め込み」に携わる東京大学の研究者2人と、BIPROGY総合技術研究所の研究員2人が、量子コンピューティングの現在と未来を語り合った。

量子計算の進展と社会実装を目指す上での課題

――SQAI(Center of Innovation for Sustainable Quantum AI)のプロジェクトリーダーである藤堂教授に、SQAIの目的と概要をお聞きします。

藤堂AIが急速な発展を見せる中、課題も浮上しています。膨大なデータを処理するために大量の電力や巨額の費用を要する現状は持続可能とはいえないでしょう。SQAIが目指すのは量子技術を用いることで、サスティナブルなAIをつくることです。「サスティナブル量子AI研究拠点」とも呼ばれるSQAIは、2022年に始まった10年間のプロジェクトで、5つのサブプロジェクトがあります。①量子を使った機械学習モデルの実現を目指す「量子機械学習」、②材料開発などにおけるミクロな物質のシミュレーションを量子コンピュータで実行する「量子シミュレーション」、③古典コンピュータが扱っているデータを量子コンピュータでも処理可能にする「量子埋め込み」、④最適化問題に適合するアルゴリズムを研究することで量子機械学習や量子シミュレーション、最適化技術の高度化を目指す「量子最適化」、⑤古典コンピュータやHPC(高性能計算:high performance computing)と量子コンピュータを接続するアーキテクチャを検討する「量子HPC」です。この中でも、「量子埋め込み」は、量子機械学習・量子シミュレーション・量子最適化を橋渡しし、それらを量子HPC上に実装するための共通基盤技術として、特に重要な役割を担っています。

写真: 藤堂眞治氏
東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻 教授 博士(理学)
藤堂眞治氏

川辺SQAIはコンソーシアム方式のプロジェクトです。東京大学をはじめとする大学や研究機関に加え、50社あまりの企業が参加しています。BIPROGYは2024年度から量子埋め込みの研究に参加し、藤堂先生や大久保先生をはじめ、他の参加企業などの方々とともに研究開発に取り組んでいます。BIPROGY総合技術研究所では量子コンピューティング技術に注力してきており、BIPROGYの技術戦略の中でもこれを注力テーマの1つに掲げています。

写真: 川辺治之
BIPROGY株式会社 総合技術研究所 数理エンジニアリング室 主席研究員
川辺治之

――量子コンピューティング技術の現状について解説をお願いします。

藤堂ここ数年で、大きな進展がありました。実際に動作するマシンがつくられ、国内でも東京大学、大阪大学、理化学研究所、産業技術総合研究所などに設置されています。ただ、社会実装を目指す上では、量子ビット数が全く足りていません。量子ビットの数を増やせば量子コンピュータはより複雑な問題を処理できるようになりますが、同時に量子ビット間の誤差や環境からの干渉などの制御もより複雑になるので、数を増やすだけでなく、多くの技術的な課題を克服する必要があるのです。量子コンピュータの制御は非常に難しく、エラーを排除しにくい。そのため誤りを訂正しながら計算する必要があるのですが、この誤り訂正技術についてもブレークスルーが求められています。

大久保2019年にグーグルは「量子超越性を実証した」という論文を発表しました。特定の計算について、グーグルの量子コンピュータが当時最速のスーパーコンピュータを使っても1万年もかかるような問題を数百秒で解いたとされています。以来、実機を用いて量子優越性を確認したとの報告がいくつか公表されています。とはいえ、社会実装までに乗り越えるべき課題は少なくありません。実用的な計算に使える量子ビット数はまだ数十~数百程度に限られています。これが数万~数十万のオーダーになれば、社会的な課題解決に使えるのではないかと見られていますが、それが何年先になるかは、誰にも分かりません。

写真: 大久保毅氏
東京大学 大学院理学系研究科知の物理学研究センター 特任准教授 博士(理学)
大久保毅氏

量子コンピュータの2つの方式と企業の期待

――量子コンピュータに対する企業の期待は高まっていますか。

川辺材料開発や創薬などの分野では、「量子コンピュータを使ってブレークスルーを実現したい」といった声をよく聞くようになりました。それ以外の分野における期待感の高まりは、まだこれからといえます。量子コンピュータの具体的なユースケースに踏み込んだ議論は、ビジネスの現場ではまだ多くありません。

長井量子コンピュータには主に2つのタイプがあります。汎用的な計算を可能にする「量子ゲート方式」と、最適化問題など特定の計算に強い「量子アニーリング方式」です。量子ゲート方式は将来の技術と考えられていて、実用化までに10年あるいはそれ以上かかるかもしれません。川辺と私はBIPROGY総合技術研究所で量子ゲート方式を研究しており、SQAIでの活動はその延長にあります。一方、量子アニーリング方式は、比較的早期の実用化が視野に入っています。BIPROGYはいくつかの企業と実証実験を行っており、近いうちにビジネスへの適用が始まるのではないかと期待されています。

写真: 長井稔
BIPROGY株式会社 総合技術研究所 数理エンジニアリング室長 博士(理学)
長井稔

川辺最適化問題を扱う代表的なケースとしては、店舗スタッフのシフトなどの要員配置、トラック配送経路などの計画策定があります。こうした複雑な計算を行う際、古典コンピュータでは相当の時間がかかりますが、量子アニーリング方式では、問題によっては短時間で良好な解を得られる可能性があります。特に短時間で解を求める必要がある場面では、大きな優位性があります。

藤堂量子ゲート方式は「汎用量子コンピュータ」と呼ばれることがあります。原理的には、古典コンピュータが苦手とする計算も含め、あらゆる種類の計算を実行できる可能性を持っています。一方、量子アニーリング方式は、今後、最適化問題のような適合する分野が徐々に増えていくと思います。

社会実装に向けた展望と産学連携の意義

――量子コンピュータの社会実装は、どのような分野が有望でしょうか。

藤堂メインは量子シミュレーションでしょう。川辺さんの挙げた材料開発や創薬などはここに含まれます。量子ビット数は着実に増えていますし、量子誤り訂正の研究も進んでいます。あとは時間の問題です。

大久保汎用的な量子コンピュータの実現に到達するまでには、かなりの時間がかかると思いますが、その前段階として、「量子コンピュータ+古典コンピュータ」のハイブリッド方式が実用化されるのではないかと見ています。SQAIのサブプロジェクトの1つである量子HPCは、こうした方向を目指した研究です。

――「持続可能なAIをつくる」とは、量子コンピュータを使うと省エネ化できるということでしょうか。

藤堂「持続可能なAIをつくる」というのは、AIにおける学習や推論などの既存プロセスを前提に省エネ化するという意味ではありません。量子コンピュータを活用することで、新しい学習モデルが生まれ、より良い推論ができるようになる。そういった方向性の研究を意味しています。例えば、学習データが少なくても高精度の答えを得るという方向では、すでに研究報告があります。

長井現実の量子コンピュータには、さまざまなエネルギー消費が伴います。例えば、量子ゲート方式の1つである超伝導回路方式の場合、超伝導状態を維持するためにハードウェアを極低温に冷やさなければならず、かなりの電力を消費します。ただし、量子計算そのものは理論的にはエネルギー消費なしに実行できるとされており、将来的な省エネの可能性は残されています。

――SQAIは先端分野における産学連携のコンソーシアムです。その意義についてどのようにお考えですか。

藤堂大学にいると、世の中で何が必要とされているのかが見えにくくなる場合があります。企業と一緒に研究することで、解決が求められている社会の課題を知ることができます。実践的な課題発見には、企業に蓄積されたデータも重要です。

大久保企業の研究者との交流は、新鮮な気づきや刺激を得られます。大学の研究者にとって、貴重な機会だと思っています。

――量子コンピュータの分野において、BIPROGYの強みはどのように生かせるでしょうか。

川辺BIPROGYは、65年以上にわたりベンダーフリーでさまざまな技術を組み合わせてシステムをつくってきた、ソフトウェアの会社です。量子コンピュータの分野でもマルチベンダーのシステム開発で培った経験やノウハウが生きる場面は数多くあると思います。

長井それは技術に対する目利き力といえます。客観的な立場でさまざまな技術を評価し、より良いものを選んで組み合わせる中で積み上げた力は、量子コンピュータの研究開発でも非常に重要です。

――SQAIは2032年まで続きます。その頃プロジェクトはどこまで進んでいるでしょうか。

藤堂2032年に「ここまでやる」と断言はできません。私たちにできることは、誤り訂正技術や量子アルゴリズムの検討など、実用レベルの実機がなくてもできる取り組みを地道に積み重ねることだけです。ただ、世界の研究者コミュニティの空気感としては、量子コンピュータの実用化までの想定時間が少し短くなっていると感じます。以前は「30年後かな」という声が多かったのですが、最近は「10年後にはできるのでは」と話す研究者も増えつつあるようです。量子コンピュータの実用化に向けた基盤形成に、SQAIとして貢献していきたいですね。

写真: 今回の話者4名
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