「問題発見能力」が問われる時代のイノベーション(後編)

ビジネスエコシステム成功のカギはビジョンの共有にあり!

画像:TOP画像

多くのイノベーションの起源は、喜怒哀楽などの個人的な感情にある。これまでの日本企業は主観を軽視し、客観的なものを追いかけてきたようにも見える。その結果、組織としての活力を低下させてきたのではないか。いま一度、個人的な感情を見直す必要があるかもしれない。また、イノベーションを実現するためには、多様な関係者をまとめ、同じビジョンを共有することも重要だ――。こうした示唆に富んだ観点が語られた山口周氏と齊藤昇CMOとの対談の後編をお届けする。
>> 前編はこちら

個人的な感情や思いが
イノベーションを生み出す

齊藤 スタートアップにせよ大企業にせよ、技術の進歩などによって新しいビジネスを創出する際のハードルは格段に下がりました。例えば、ドローンもあれば、高性能センサーやAIも充実してきています。また、コンピューティングリソースも、格安のクラウドで借りることができ、イニシャルコストやリスクは、以前と比べて大幅に抑えることができます。こうした環境が整いつつある中、本質的な課題はどのようにしてチームをまとめ、勇気づけ、ドライブするかだと感じています。先ほど、ビジョンや価値観の重要性、これらのコンセプトと経営的な実践の整合という話をうかがいました。そのほかに、山口先生が重視する点があれば教えていただけますか。

山口 私は「人間の感情」や「喜怒哀楽」といった感性を大事にすべきではないかと考えています。主観と客観という言葉があります。どういうわけか、ビジネスの世界では客観は信用され、主観のほうは分が悪い。

齊藤 確かに、「これは客観的なデータに基づいています」といわれると、ミーティングの場にも何となく安心感が広がります。

山口 しかし、「主客転倒」という言葉があるように、本来の意味は逆です。主題はメインテーマであり、「主」は最優先すべきこと。「客」は二次的な存在に過ぎません。本来の意味通り、主観の重要性を再認識する必要があります。主観、感情、喜怒哀楽。こうしたものにフォーカスすることで、ビジネスの突破口が見えてくるように思います。

齊藤 新しいことに挑戦するとき、個人的な感情や思いといったものが人間を、チームを駆動する強い力を持つということですね。

山口 ええ。よくいわれることですが、頑張る人は夢中になれる人にはかないません。夢中になっている人は、頑張っているという意識すらなく、ときに頑張り以上の仕事をやり遂げてしまいます。

齊藤 その結果として、イノベーションが生まれる、と。

山口 その通りだと思います。「イノベーションを起こそうと思っていた」と話すイノベーターには、会ったことがありません。個人的に心を動かされる問題があり、その問題を解こうとして夢中になっているうちに画期的なものを生みだした。それを、周囲がイノベーションと呼んでいるだけ。もちろん、精緻な戦略と計算に基づいてたどり着くイノベーションもあるでしょう。しかし、個人的な感情で突っ走る人たちに比べると、既成概念からの跳躍度はやや落ちるのではないかと思います。

継続するか、撤退するか
トップに求められる決断

日本ユニシス株式会社
取締役常務執行役員 CMO 兼
キャナルベンチャーズ株式会社 代表取締役 CEO
齊藤 昇

齊藤 イノベーションを目指す上で難しいのが、「熱い思い」と「冷静な判断」のバランスです。当社もこれまで、数多くの実証実験やパイロットプロジェクトを手掛けてきました。思わしい結果が出ないこともありますが、プロジェクトのメンバーたちは「もう少しやらせてくれ」といいます。マネジメントとしてもやらせたい気持ちは山々ですが、しかし、経営判断としてどこかでやめる意思決定をしなければならないこともある。その判断にはいつも悩んでいます。

山口 例えば、3年後の会計年度で黒字化を達成し、5年後に累積損失を解消するという「3年単黒、5年で累損一掃」などのルールを決めて、それをクリアしなければ撤退と決めている企業もあります。一方、10年以上辛抱して大きな花を咲かせたケースも少なくありません。一概にはいえない難しい問題です。

齊藤 苦渋の思いで撤退を決めた後に、ライバルが類似のサービスを成功させたとの話を聞くこともあります。そのときは、「もう少しやらせればよかった」と後悔します。「続けるか、やめるか」の判断精度をどうすれば高めることができるか。いまも、試行錯誤しています。

山口 株式会社リクルートを創業した江副浩正さんが社長をしていたころのエピソードです。成果が見えない新規事業プロジェクトのメンバーに聞くと、口々に「もう少しやらせてくれ」といいます。やがて、江副さんはしびれを切らせて、とうとう撤退を言い渡しました。ネガティブな雰囲気が広がるのはよくないので、派手なパーティーを開いてプロジェクトの幕引きをしました。そのとき、関係者の多くが「ほっとした」といって江副さんに感謝したそうです。当事者はなかなか「やめます」「諦めます」とはいえないものでもあるからです。撤退の決断はトップの重要な役割です。成果が出ていなくても希望があるのか、それとも明らかな負けゲームなのか。その見極めは、最終的には「経営者の直観」というほかないように思います。

独立研究者・著作者・パブリックスピーカー
山口周氏

齊藤 今後チャレンジを続けるためにも、私たちは時代や技術の動きを見極める力、そして直観力を磨かなくてはなりませんね。日本ユニシスグループは長い間、お客さまのシステムを構築し、それをしっかりと守ることを事業の主軸としてきました。しかし、クラウド時代が本格化する中で、システム構築や保守は当たり前になり、何にICTを使うかの提案力が求められているため、大きな事業変革を求められています。多角的な議論を重ねた上で、たどり着いたのが「ビジネスエコシステム」というコンセプトです。自前主義にこだわるのではなく、各分野のプレイヤーと一緒にビジネスプラットフォームを創出してさまざまな社会課題の解決に貢献したいという思いからです。そのために、CVC(※)などを通じてスタートアップへの投資も行っています。いまでは、グループ全体で直接投資しているスタートアップだけでも約30社に達します。

(※)CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)とは、外部のスタートアップ企業に直接投資する企業ファンドのこと。

多様なステークホルダーが
ビジョンを共有することの重要性

齊藤 さまざまなお話をうかがってきましたが、最後にビジネスエコシステムを成功させるカギはどこにあるのか、ヒントのようなものをいただければと思います。

山口 個人的な感情が大事という話にもつながりますが、参加する人たちがやる気を高め、前向きに仕事ができるような環境をいかにつくるかが大きなポイントでしょう。多様なリソースが簡単に手に入るようになった時代、最も希少な資源は「人間のモチベーション」ではないかと思います。モチベーションを高めるためには、「誰かの喜ぶ顔を直接見る」ことや「誰かの役に立てた」という実感を持てる機会が重要です。「自分の仕事の社会的な意味を再確認する機会」といってもいい。エコシステムのバリューチェーンが長くなると、そのような実感を持てなくなる人が出てくるかもしれません。

齊藤 注意すべきポイントですね。それぞれのプレイヤーが誇りを持ち、モチベーション高く仕事ができるような仕組みや環境をいかに構築するか。簡単ではありませんが、試行錯誤しながら工夫を重ねたいと思います。

山口 以前、ある広告制作会社の社長から、こんな話を聞きました。長くCM制作を手掛けてきた会社ですが、最近は企業ビジョンを映像化する仕事が急増しているそうです。それは「自分たちはこのように人々や社会の役に立っている」、「こんな未来を目指している」というイメージを共有するための動画です。主として社内やパートナーに向けたメッセージでしょう。一般に、ステークホルダーが増えるほどビジョンの共有は難しくなります。だからこそ共有可能な、人の感情にまで届く、芯になるイメージやメッセージが重要だと思います。

齊藤 新ビジネスを生み出す際、ビジョンや価値観といったものをいかにチーム全体で共有するかということですね。確かに、しっかりした芯ができれば、少々の失敗があってもブレないし、全員でカバーしあって前に進むことができるはずです。

山口 最近、多くの企業が多様性を重視するメッセージを発信していますが、ときどき違和感を覚えることがあります。単に多様性を高めるだけでは、ともすれば“烏合の衆”にもなりかねません。多様な人たちをいかにつなぐかという視点も、同時に必要でしょう。さまざまなステークホルダーをつなぐためには、芯になる何か、つまり「強い思い」や「志」が欠かせません。

齊藤 思いの実現に向かって夢中になった結果としてイノベーションが生まれるとの話もありました。同じように、ビジョンに向かって進む中で、多様性が高まっていくものなのでしょう。私たちも芯になるコンセプトや価値観をさらに鍛えながら、ビジョンに向かって進みたいと思っています。日本ユニシスグループの今後に、ぜひご期待ください。本日はありがとうございました。

Profile

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策、組織開発等に従事。著書に『ニュータイプの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。株式会社中川政七商店社外取締役、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。
齊藤 昇(さいとう のぼる)
日本ユニシス株式会社 取締役常務執行役員 CMO
兼 キャナルベンチャーズ株式会社 代表取締役 CEO
1986年、バロース(現・日本ユニシス)入社。アパレル営業所長や流通事業部長、ビジネスサービス事業部長などを歴任し、異業種企業との協働により数々の新規事業を立ち上げ、2013年に執行役員に就任。2016年から取締役常務執行役員 CMOを務める。キャナルベンチャーズ設立に際し、2017年から同社代表取締役CEOを兼務。

関連リンク