「BANK4.0」提唱の米国Fintech企業ムーブンが描く金融の未来(後編)

顧客に寄り添う「コンテキストベース」サービスが次世代金融の要

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「BANK4.0」の時代には金融と多様な新技術が融合し、より便利で快適なサービスが実現していくだろう。特に注目されるのが、利用者の意図や状況などを反映した「コンテキストベース」のサービスデザインだ。金融デジタルトランスフォーメーション(DX)をリードする米国Fintech企業であるムーブン (Moven)創業者のブレット・キング氏は、こうした動きが「2025年までに進化する」と考え、さらなる顧客体験の提供を図ろうとしている。日本においても利用者が経済的に健全な生活を送れるよう支援する「Financial Health」が重要なキーワードになりつつある中、金融DXを実現するヒントはどこにあるのだろうか。本稿は、キング氏と日本ユニシス業務執行役員の竹内裕司が金融サービスの未来像を展望した対談企画。その後編を、以下紹介していきたい。

*本記事は2020年10月にWeb会議ツールにより日米間で取材したものです。

>> 前編はこちら

手のひらに「自分だけのCFO」
適切なアドバイスでエンゲージメントを強化

写真: 竹内裕司
日本ユニシス株式会社
業務執行役員 竹内裕司

竹内 ムーブンの目指す方向性にとても共感します。とりわけ、利用者の背景に寄り添った「コンテキストベース」という考え方です。例えるなら、「自分の手のひらに自分だけのCFO(最高財務責任者)がいる」ようなものでしょうか。

キング氏 まさにその通りです。私たちは「パーソナルなお金のコーチ」という言い方をしていますが、CFOという表現も的を射ていますね。

竹内 顧客個人は豊かで健全な生活を送るための適切なアドバイスを得られますが、一方の金融機関にとってのメリットはどのようなものでしょうか。

キング氏 顧客と長いお付き合いができますし、金融機関にとって顧客の貯蓄増は預金量の増加を意味します。デイリーダイジェスト機能などを通じて日々のリレーションを維持・強化することで、金融機関はさまざまな提案ができるようになるでしょう。顧客のお金に関する目標達成を支援できれば、信頼関係は強固になり、より顧客単価の高いサービスを提案するアップセルや別のサービスを併せて提案するクロスセルも容易になると思います。

竹内 日本の金融機関も、資産や家計管理機能を提供する「PFM(Personal Financial Management)」のサービスを提供していますが、これはいわば「見える化」だと思います。一方、コンテキストベースの情報提供は「見せる化」がポイントだと考えます。欲しいタイミングで必要な情報を「見せる化」することで、顧客に行動変容を促し、新たな気づきを与える。それがエンゲージメントの向上につながるということですね。

キング氏 ユーザーが困っているとき、それを必要とするタイミングで提案やアドバイスを行うことが大事です。金融機関が顧客の状況を把握・分析できれば、提案やアドバイスの質は高まります。こうした循環の中でユーザー自身の貯蓄が増え、お金をよりよく管理できると感じてもらえれば、金融機関への信頼感はさらに強化されるでしょう。

金融機関に求められる組織変革と
他産業の金融サービスの方向性

竹内 金融機関がDXを進めるためには、行動科学やデータサイエンスなどの知見も必要です。金融機関の組織や人材には、どのような変革が求められるでしょうか。

写真: ブレット・キング氏
ムーブン創業者
ブレット・キング氏

キング氏 従来のようなプロダクト中心ではなく、「顧客体験」を中心に考える方向にシフトする必要があります。そのためにはデータサイエンスなどをはじめとしたスキルを持つ人材活用が重要です。米国の大手金融機関の中には、DX専門部門を立ち上げ、スキルフルな人材を集めている例もあります。現場レベルだけでなく、役員などでもデジタルに関する知見の必要性は高まっています。これまで金融機関においては、アウトソーシング形式で専門的な知識を外部に依存するケースもありました。しかし、DXを推進する上では、こうした手法を踏襲するのではなく、内部人材のスキル拡充をいままで以上に重視すべきだと思います。

竹内 伝統的な金融機関やFintech企業だけでなく、小売業や製造業を営む企業グループが金融サービスを手掛けるケースも増えてきました。そうした企業がサービスを向上するためのアプローチとしては、どのようなものが考えられるでしょうか。

キング氏 例えば、米国のある石油会社は、車内でガソリン代支払いが可能なサービスを検討しています。また、自動車会社系の金融サービス企業であれば、貯蓄アドバイスやリアルタイム分析などによってクルマを購入しやすくするための財務状況構築に向けた支援ができるでしょう。車内で購入決済可能な環境を提供すれば、ユーザーにとってもシームレスなクルマ体験の向上にもつながります。それは親会社のビジネスにも役立つはずです。

竹内 Movenの活用を検討している日本の金融機関もあると思います。最後に改めてその強みをお聞かせください。

キング氏 Movenは、ユーザー側のリアルタイム分析など先進的な機能を多く備えています。また、金融機関だけでなく、自動車会社など多様な企業とのコラボレーションを通じて豊富な知見を蓄積しています。私たちが提供する価値は、金融機関の優位性構築に向けて今も着実に進化し続けています。

竹内 今回のディスカッションを通じて、Movenの先進性のベースにある考え方がよく分かりました。言及のあったコンテキストベース、あるいは手のひらの中のCFOといった世界観を金融機関だけでなく、金融機関と一般事業会社とのエコシステムといった観点でも広げていきたいと思っています。ところで、キングさんは間もなく新著を発表されると聞いていますが、その内容について教えていただけますでしょうか。

キング氏 『The Rise of Technosocialism: How Inequality, AI and Climate Will Usher in a New World Order(テクノソーシャリズムの台頭:不平等、AI、気候はどのようにして新しい世界秩序をもたらすか)』という書籍です。私はまず過去50~60年にわたる世界の潮流を分析しました。その中で、例えば多くの国々で人びとの格差は拡大し、抗議活動は大幅に増加していることが読み取れます。こうしたトレンドを踏まえた上で、私たちが目指すべき将来像を考えました。世界の政治や経済に対して気候変動やパンデミック、AI、不平等といった諸要素がどのような影響を与えるのか。そして、責任ある資本主義とはどのようなものなのか。一連の考察結果をまとめつつ、未来社会の姿を展望したのがこの書籍です。

竹内 興味深いテーマです。もう少し内容に踏み込んでお聞きしたいですね。

写真: 日米間をオンラインで結んだWeb取材の一幕
日米間をオンラインで結んだWeb取材の一幕(2)

キング氏 現在の社会的傾向が将来に向けて続く場合、人類はどのような未来を迎えるのか。この観点から、「包摂⇔排他」という縦軸、「未計画に進む未来⇔計画に基づいて進む未来」という横軸を敷くと、この2軸で示される四象限に4つの社会像が浮かび上がります。「包摂的・計画的」「包摂的・未計画」「排他的・計画的」「排他的・未計画」の4つです。人類社会の理想は、「包摂的・計画的」な未来だと考えています。私はこれを、「テクノソーシャリズム」と表現しています。人びとがいつでもどこからでもテクノロジーにアクセスでき、高度に自動化された社会の姿です。それは多様性と包摂性を両立させた社会でもあります。このような社会が掲げる目標は2つです。広範な平等性の確保と人類全体の繁栄維持です。こうした目標を実現するために、私たちはテクノロジーの有益な使い方を真剣に考える必要があります。

竹内 素晴らしいですね。日本ユニシスは「デジタルコモンズ」というコンセプトを掲げ、テクノロジーを活用して持続可能な社会づくりに貢献したいと考えています。キングさんの考えるテクノソーシャリズムという方向性とは共通する部分が多いと感じます。とても感銘を受けました。今後も、社会課題を解決するための新たな価値創造を共に実現していきたいと考えています。本日は、どうもありがとうございました。

写真: 日米間をオンラインで結んだWeb取材の一幕
2019年12月に米国Movenで開かれたミーティングの様子

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