小説『PULSE』 Chapter4ー走り出す夜
「この星で生き続けるために」——それは遠い未来の話ではなく、私たちが“今をどう生きるか”という問いでもあります。
地球環境や社会の持続可能性はもちろん、身近な誰かのいのちや暮らし、そして次の世代へ渡していく日々の選択も、その一部です。
私たちはこの深淵なテーマの一端にふれていただくために、物語を描きました。
これからお読みいただく短編小説『PULSE』は、2025年の大阪・関西万博を訪れた主人公がある体験をきっかけに55年前の万博と“つながる”物語です。
健康が「面倒な宿題」だった感覚が、世代を越えて受け取ってきた“想い”にふれることで、少しずつ意味を変えていきます。
読み終えたとき、もしあなたの中で何かが小さく動いたなら——それはきっと、あなた自身のPULSEです。
ひんやりした空気が、頬に触れた。
かすかにざわめきを感じる
じりじりした熱も、噴水の水音も、全部どこかに消えている。
ゆっくり目を開けると、見慣れた白い空間があった。
正面にスクリーン、足元には立ち位置のマーク。
左手首には、紙のリストバンド。
「……戻ってきた」
かすれた声で、独り言が漏れる。
ふとスクリーンに目をやると、さっきと同じ結果が表示されていた。
髪:A
肌:A
目:B
脳:A
歯:A
骨:A
血管:A
カラダ測定年齢:18
「変わってないじゃん」
思わず、いつもの調子でツッコむ。
でも、胸の中の感じだけが、さっきとはまるで違っていた。
ふと、画面の右下に小さな文字があるのに気づく。
※あなたのルーツにアクセスしました
「……なにそれ」
システム標準のメッセージなのか、さっきの出来事の証拠なのか。
そういうことを考えるのが、急にどうでもよくなる。
「測定を終了します。カーテンの外へお進みください」
優しい音声が流れる。
私はゆっくりと息を吐き、足形から一歩、前に出た。
カーテンを開けると、外のざわめきが戻ってくる。
「はるか!」
亜紀が、少し離れたところから手を振っていた。
駆け寄ってきて、私の顔をみて心配そうに問う。
「何かあったん? 具合悪かった?」
「……ううん」
私を心配する亜紀が、ふと結子と重なる。
ほんの一瞬だけ迷ってから、言葉を足した。
「大丈夫。なんでもないよ」
「そっか。なんか顔、ちょっと青いけど」
「あんたよりは日焼けしてないだけ」
そう返すと、亜紀が「それはそう」と笑う。
いつもと同じ、どうでもいいやりとり。
通路を抜けると、強い日差しがまた降り注いだ。
紙のリストバンドが、汗で少しだけふやけていた。
その日は他のパビリオンも回って、写真を撮って、ランチもスイーツも食べて、普通に笑って過ごした。
それでも、頭の中のどこかで、
千鶴の息切れと、病室の光だけは、ずっと消えなかった。
家に帰り着いたのは、夕方だった。
「ただいまー」
靴を脱ぎながら声をかけると、キッチンから母の声が返ってくる。
「おかえり! 暑くなかった? 水分ちゃんと取った?」
「取ったよ。昼ごはんもちゃんと食べたし」
そう言うと、母が「あらそう」と笑いながら顔を出した。
「どうだった? 万博。楽しかった?」
「……うん、まあ」
言いかけて、言葉を飲み込む。
どう説明したらいいのか、よくわからない。
代わりに、リビングのテーブルに目をやる。
写真は、朝のままテーブルに置いてあった。
「ねえ、これ」
私は写真を手に取る。
左に立つ、白いブラウスの子。
ガラスに映っていた顔と、噴水の水面と、全て重なる。
「おばあちゃん、本当にここ行ったんだよね」
「行ったよ。何回も話してくれたもん。楽しかったって。
倒れそうになったけど、すっごく素敵なパビリオンがあったんだって」
母は懐かしそうに言う。
「……そうなんだ」
私は写真を裏返してみる。
昨日は気づかなかったけれど、右下の角に、小さな字で何かが書き込んであった。
ここで見た未来を、
大切な人たちと見られますように
線はか細いが、丁寧に、気持ちがこめられていることがわかる字。
指先で、その文字をなぞる。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
「……見たんだね、本当に」
気づけば、小さな声が漏れていた。
「ん?」
母が首をかしげる。
私は写真をそっとテーブルに戻し、母のほうを振り向いた。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「おばあちゃんが、身体弱かったって話」
「うん」
母の表情が、少しだけ真面目になる。
「そんなに大変だったの?」
「……そうね」
母はキッチンカウンターに肘をついて、ゆっくりと思い出すような目をした。
「若いころから、少し無理をするとすぐ寝込んだりしてたみたい。心臓もあまり強くなくてね。走ってるところとか見たことないかな」
「ふうん……」
「でもね、おばあちゃんは、いつでもすごく前向きだった」
母は、テーブルの上の写真に視線を落とした。
「無理はできない人だったけど、その中で楽しみを見つけていた。今日はここまでできたとか、あれが見られてよかったとか、そういうことを大事にする人だったな」
母は小さく笑う。
「お母さんね、おばあちゃんからずっと言われてたわ」
母は少し照れたように笑う。
「身体を大事にしなさいって。今が元気で楽しくても、楽しいことを長く続けるために、自分の身体を雑に扱っちゃだめだよって」
「……それ、今のお母さんと同じじゃん」
「そう。完全に受け売り」
母は小さく笑った。
「だから、遥にもつい言っちゃうの。朝ごはん食べなさいとか、早く寝なさいとか。遥がうるさいと思ってるだろうけど」
「わかってるなら、ちょっと減らしてよ」
そう言うと、母は「それは無理ね」と笑いながら即答した。
母の言葉の向こうに、あの暑い会場で息を切らしながら、それでも笑っていた千鶴の姿が見えた気がした。
──生きているうちに、ありがとうって、言えたらよかったな。
なんて、できもしないことを、思ってしまう。
でも今、目の前にいる人には伝えられるかもしれない——。
「ねえ、お母さん」
もう一度、呼ぶ。
「ん?」
「……ありがと。産まれてきてくれて」
自分でも、何を言っているんだろうと思う。
けど、出てしまった言葉は戻らない。
母はぽかんと私を見たが、束の間、ふっと目元をゆるませる。
「なにそれ。急にどうしたの」
「別に。なんでもない」
顔が熱くなってきたので、ごまかすように背を向け、急ぎ足で去る。
視界の端で、母がそっと目元を指で押さえるのが見えた。
夜。
いつもなら、寝転んでスマホをいじり始める時間。
充電器のコードを手に取って、私はふと動きを止めた。
天井の白を見上げる。
ポッドの中の光と、病室の白と、噴水の水面と、いろんな白が重なってくる。
──健康って、めんどうな宿題みたいなやつだと思ってた。
早く寝ろ、ちゃんと食べろ、運動しろ、スマホやめろ。
全部、誰かから押しつけられるもの。
でも、あのベンチで息を切らしながら、「それでも」と未来を願っていた人がいた。
その先に、母がいて、私がいる。
「……よし」
自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。
私はスマホを机の上に置き、クローゼットからスニーカーを引っ張り出す。
リビングに顔を出すと、母がソファでテレビを見ていた。
「お母さん」
「ん?」
「ちょっとだけ、走ってくる」
「え?」
母が目を見開く。
「今日は疲れてるんじゃないの? もう遅いし──」
「大丈夫。ほんとにちょっとだけだから」
靴ひもを結びながら笑う。
「……なんか、奇跡で生まれたらしいからさ。
ちょっとは、長持ちさせなきゃなって」
母は一瞬黙ったあと、顔をほころばせて言った。
「そうだね」
玄関のドアを開けると、夜の空気がひやりと頬に触れた。
夏の夜の匂い。
街灯に照らされるアスファルトが、私を優しく迎えてくれている。
ゆっくりと駆け出す。最初の数歩は、ぎこちない。
数歩、数歩、進むうちに、足元がだんだん自分のものになってくる。
心臓が、少し速く打ち始める。
あのベンチで暴れていた鼓動よりは、ずっと穏やかで、安定している。
息が上がるたびに、千鶴の息切れを思い出す。
「大丈夫、大丈夫」と笑っていた口癖ごと、胸の中で抱きしめる。
──おばあちゃん。
心の中で、そっと呼ぶ。
──奇跡でつないでくれた命、私も、先まで運んでみるね。
風が、少しだけ背中を押した気がした。
走り慣れない足取りは、まだ心もとない。
けれど、一歩一歩、地面を蹴るたびに、
それがちゃんと「これからの私」へ続いていることを、胸のどこかで感じていた。
あとがき
- 『PULSE』北池 素介 (Sosuke KitAIke) 2026
-
この物語は、執筆の一部でAIを活用し
最終的な表現の選択と責任を、編集部が担っています。
私たちBIPROGYは、AIを「答えを出す機械」ではなく
人の問いや想像力を広げ、対話を深める“共創のパートナー”と捉えています。
過去の願いと、これからの選択をつなぐため——人の実感に寄り添いながら
AIの力で視野を広げ、アイデアを磨き、未来の可能性をひらいていく。
それが私たちの考える「AIとの共創」です。
- この物語を通して「時を超えて脈打つ"想い"」に、そっとふれていただければ幸いです。
-
Written by ・・・Sosuke KitAIke
Created by ・・・Keisuke Takimoto , Yutaka Kato
Art by ・・・ Gemini
◼︎【編集後記】『PULSE』制作秘話へ続く