ヘルスケアデータの利活用で「健康でいたい」という気持ちを支えたい

「パーソナライズドヘルスケア」実現に向けたPHROとBIPROGYの挑戦

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「人生100年時代」を迎え、個人のライフデザインを支えるヘルスケアのあり方も変わりつつある。こうした背景から、ヘルスケアデータを利活用し、一人ひとりの生活や健康状態に適した「パーソナライズドヘルスケア」の実現に社会的な関心が高まっている。今回取り上げる「一般社団法人プレシジョンヘルスケア研究機構(以下、PHRO)」は、健康寿命の延伸に貢献するために関西を中心に人々の健康状態の計測や健康ソリューション開発など幅広い事業を手掛けている。BIPROGYもまた、生活者本人の意思に基づくパーソナルデータ連携による社会課題解決に取り組んでいる。両者は2021年12月に業務提携し、ヘルスケアデータの利活用を通じてより深く生活者一人ひとりに適したサービス提供をすべく挑戦を続ける。共創の背景にはどのような思いがあり、未来をどのように描いているのか、双方のキーパーソンであるPHRO代表理事の浦田千昌氏とBIPROGYの高山美穂に話を聞いた。

ヘッドライン

認定NPO法人「健康ラボステーション」設立がPHRO誕生のきっかけに

――まず、PHROの特徴についてお聞かせください。

浦田健康寿命の延伸のためには、個別の健康を最大化することが必要です。健康になるためのアプローチは一人ひとり違います。それを知るためには健康診断の情報だけでは十分ではありません。心身の情報に加えて、その人を取り巻く環境情報や社会情報、つまりどのような働き方や暮らしをしているのかなどを知らなければなりません。

写真:浦田千昌氏
一般社団法人プレシジョンヘルスケア研究機構
代表理事 浦田千昌氏

PHROではこれらの情報を「点」ではなく「時間軸」を持って継続的に健康状態を計測し、データを収集・分析することで一人ひとりに寄り添った健康づくりの提案ができると考えています。これを実現するためにも、健康医療分野における研究開発や事業化を支援していこうとしています。

――どのようなきっかけからPHROが誕生したのでしょうか。

浦田10年前に立ち上げた、認定NPO法人の健康ラボステーションがきっかけでした。母体は調剤薬局の株式会社育星会です。私は以前、銀行員をしていてその時の最初のお客さまが育星会の先代の社長でした。その後、一度仕事を辞め再就職しようと考えていた時に、知人を通じて声をかけてもらい育星会へ入社しました。

経理として入社後、3カ月ほどたった時に先代社長から「処方箋に頼っていては事業が先細る。調剤薬局の未来像づくりをやらないか」と言われました。まず現場を知るために受付業務なども経験し新たに企画部署を立ち上げました。多様な事業プランを検討した上でたどり着いたのが、未病(※)対策や病気予防推進を目的とした健康ラボステーションの設立でした。

※未病…発病には至らないものの、健康な状態から離れつつある状態のこと

同じころ、私の父が肝臓がんでこの世を去りました。55歳の若さでした。お酒が好きで「病気は気合で治す!」と言っていた父でしたが、がん告知から25日目に亡くなってしまいました。悲しくて「病気になる前に、楽しく健康に向き合えたら良かったのに……」と、何度も何度も悔やみました。その気持ちも大きなきっかけです。

当時は、調剤薬局が主体となって未病対策や病気予防の活動を行うことは業界としてあまり前例がなく、育星会とは別の組織として健康ラボステーションを立ち上げる必要がありました。協力者を探す時に『医者は病院の外に出よ』という書籍を出された医療法人創夢会むさしドリーム眼科理事長 武蔵国弘先生のご講演を聴き、感銘を受けました。こちらのビジョンを先生にお伝えしたところ共感いただき、先生を健康ラボステーションの副理事にお迎えしたところ、この取り組みを知っていただくために、さまざまな医療関係者をご紹介いただきました。現在は、楽しみながらの健康づくりをモットーに、検診の受診勧奨とかかりつけ医をもつことの大切さを発信することをメインに大阪を中心に活動しています。スタッフに薬剤師や管理栄養士が多いのが特徴です。

――健康ラボステーションとPHROとはどういう関係なのでしょうか。

浦田活動を続けるうちに取り組みが認知され、国や大学、研究機関から計測依頼や共同研究のお話を頂くようになりました。手ごたえを感じる一方、扱う金額が大きくなってくるにつれてNPOとしての活動に違和感を覚えるようになりました。そこで、計測業務を健康ラボステーションから切り出す形で、2020年にPHROを立ち上げました。スタッフは今でも両方の仕事を担っています。

――PHROではどのような事業を手掛けているのでしょうか。

浦田医療機関や大学などの団体と連携して5つの事業を展開しています。メインは、カラダ計測イノベーションと各種健康ソリューションの開発支援。研究開発や実証試験を目的とした計測の企画や設計、実施から契約管理などの総合マネジメントを手掛けています。

また、新たな計測技術の検証と評価にも取り組んでいます。新たな計測デバイスの検証や評価を行うことで、ヘルスケア関連のものづくりを支援していければと思っています。

写真:ヘルスチェックアドバイザーが計測する様子
実際に、ヘルスチェックアドバイザーが計測する様子。
その人に寄り添った親しみやすい雰囲気の中で計測を実施するため
参加者は自分の健康に関する相談がしやすい

計測を行う中で私たちが大切にしているのが、測り手の存在。参加者のことを知りたい、役に立ちたいと思っている測り手がいる計測会場は、その思いが伝わるのか、参加者の方々も楽しそうで、ご自身の食習慣や運動習慣など健康に関連する情報を積極的に話してくださいます。たくさんお話を伺えることで、お一人おひとりに合った健康づくりを一緒に考えることができます。また、研究における計測でも測り手の存在は大きいです。決められたルール通りに計測することが確度の高いデータ収集につながり、そのデータを基に研究が行われることで、世の中に良いものを生み出すことができると思っています。そういった測り手を育てるためにヘルスチェックアドバイザーという認定制度を設け、養成にも取り組んでいます。

健康意識を高めるために必須となる「人とデジタルの融合」

――BIPROGYがPHROと業務提携することになったきっかけを教えてください。

高山2019年から神戸大学大学院医学研究科AI・デジタルヘルス科学分野の共同講座を担当させていただき、その時に教授から浦田さんの取り組みを聞きました。そのころ、「ヘルスケアデータをデジタルだけで扱っても継続性が弱く、人の健康に関する課題の全てを解決することはできないのではないか」と考えていたので、浦田さんの活動に興味を持ち、ご紹介いただきました。

写真:高山美穂
BIPROGY株式会社
戦略事業推進第二本部 事業推進三部
担当マネージャー 高山美穂

社会課題の解決につながるパーソナライズドヘルスケアを目指す中で、予防や早期発見は非常に大切です。ただ、健康に対する考えは人それぞれです。無理なく続けられるサービスを提供することも簡単ではありません。実は私自身は、がん罹患経験があり、それをきっかけに自分の健康に強い関心を持つようになりました。しかし、働く世代を中心に、自分の健康にあまり関心を向けられていない、自分の健康のために行動できていない人が多いのが現実だと思います。この中で、浦田さんの取り組みが多くの方にとって自分の健康を意識するきっかけになるのではと期待していました。また、BIPROGYとして各地で多様な取り組みを進めていることからもデジタルの力でサポートできることがあるはずだと考えました。

浦田初めて高山さんにお会いして話した時に、BIPROGYは人を大切にしていて、私たちと同じ想いを抱いていると直感しました。ポイントは皆でハッピーになろうと考えているかどうか。出会って最初の1~2年は、他の企業も交え事業検討のためのワークショップをしていました。「私たちが参加者の方々の計測データを蓄え、そのデータを活用してもらえれば社会の役に立つのではないか。それにはデジタル活用が必要なのでは」との思いは常々持っていたんです。ある人からは「宝の持ち腐れでは」とも。しかし、現実として、どのように整理すればよいのか、費用はどれほどかなど、分からないことばかりでした。

こうした状況下でPHROを立ち上げることになり、計測データをはじめとするヘルスケアデータをどのように預かるべきか真剣に考える必要が出てきました。そこで高山さんに相談したところ、デジタルで何ができるかというアドバイスと、ディスカッションの場を設けてくれたのです。

高山BIPROGYは、これまでBtoB領域を中心としてきており、BtoC領域はBtoBと比べると知見が多くはありません。そのため、利用者の課題やニーズを捉えるよりも、デジタルという手段の追求が先行してしまうことが課題でした。浦田さんとの議論からは多くの学びがありました。

写真:浦田氏と高山

――相互に補完関係にあったということでしょうか。

高山そう思います。一人ひとりに最適化されたパーソナライズドヘルスケアを提供する仕組みづくりには、複数のデータソース間の連携や、データの真正性担保、データの鮮度保持、継続して利用できることなどが重要です。PHROは、真正性を担保しながらデータを収集する仕組みづくりを進める。そして、BIPROGYが外部とのデータ連携や、人に寄り添うサービスを継続するための基盤を構築する、といった形でお手伝いができると考えました。そこで、改めて両社で業務提携を締結することにしました。

――業務提携によってどんなことを期待されているのでしょうか。

浦田1つは大阪以外の地域で同様の活動を展開することです。健康への意識を向上させるには、多くの拠点での活動が必要です。全国に同じ想いを持つ人はいるはずです。全国各地につながりがあるBIPROGYの協力を通じてデータを共有していく仕組みを広げていきたいと思っています。

高山先ほども少し触れましたが、BIPROGYは千葉県の柏の葉スマートシティ構想実現をきっかけに、パーソナルデータ連携基盤の「Dot to Dot」を提供したり、熊本県合志市での健康増進を起点とした地域住民のコミュニティづくりに産学官協同で取り組んだりしてきました。こうした生活者とデータをつなぐ経験を生かしてお役に立てると思います。

浦田「個人の同意を得た上であれば世の中のために利用してもよい」というデータが増え、蓄積されていけば、研究開発の品質がさらに向上し、効率化が実現されるはずです。その結果、より高品質な健康課題を解決する商品やサービスが開発され、生活者個々人に適したものが提供されるようになると考えます。それは生活者にとっても大きなメリットとなります。

高山浦田さんの取り組みを深く理解したいとの気持ちから、私自身もヘルスチェックアドバイザーの認定を受け計測現場を経験しました。この体験から、ヘルスケアの分野で新しい事業を生み出すには、デジタルだけでは解決できないことも多いと分かってきました。人の力とデジタルの組み合わせで、人々の健康に対する意識や行動を変容させることが重要だと思っています。

一人ひとりが安心してヘルスケアデータを利活用できる仕組みを構築したい

――最後に、今後の社会の展望についてお聞かせください。

浦田私たちが自分の健康に向き合う時、「病気が見つかったらどうしよう」とのネガティブな考えが先行しがちです。ですから、健康と向き合うことは「楽しい」と思ってもらえることがまず重要です。その点で、健康を考える際の選択肢は多い方が「楽しい」と感じやすいと思います。私たちの計測会場に訪れる人たちには、自分の健康に関心が高い人や、親身になってくれるヘルスチェックアドバイザーに会いたいと思われている人もいて、目的はさまざま。人それぞれの「目的」にかなう最適解を、多くの選択肢から見つけてもらえるようにしていきたいと考えています。

高山デジタルのアセットを生かして、ヘルスケアデータが安全に活用できる仕組みづくりを通じて健康を促進し、誰もがその人らしく暮らせる社会に貢献していきたいですね。PHROのように私たちの想いに共感してくださり、データから新しい価値を生み出したいと考える企業さまとの共創をさらに進めていきたいと思っています。

浦田今はまだ、私の父のような無関心層が多くいらっしゃいます。そうした方々までリーチできるよう、まずはヘルスケアチェックアドバイザーを育て、健康計測の裾野を広げ、アドバイスできる機会を増やしたい。健康寿命の延伸を「自分ごと」として捉えてもらえるようにして、ヘルスケアデータを提供してくれる方たちにメリットをお返しできる仕組みを確立していきたいと思います。その1つが、今年1月に立ち上げた「健康科学研究応援隊」です(※)。

※健康科学研究応援隊…年会費や登録料は無料で、自分が協力したいと思う分野で企業や研究機関が推進する各種の研究に参加できる。登録者は半年に一度、3つの計測(体成分分析測定、筋力測定、血流測定or糖化度測定)を無料で受けることができ、ヘルスチェックアドバイザーから計測結果を基に健康に関する助言を受けることができる

その創設にはきっかけがあります。私たちは企業からの依頼に基づき計測に協力しますが、企業の主な目的はデータを研究に生かすことで、私たちが計測結果を基にアドバイスをすることは求められません。このため、参加者がさまざまな計測を受けても健康増進の一助にならない点をもどかしく感じていました。参加者にとっても「健康のために必要」と言われても、人によってはその行動がおっくうだったり、時間が取れなかったりする場合もあります。ですが、主観ではなくエビデンスがあれば説得力が増します。一人ひとりが、自身のデータに基づいたアドバイスを受けることができ、さらに、計測という形で企業の研究に協力したことで自分たちにとって価値のあるサービスや商品が生み出されるなら、お互いに大きな利点があるはずです。健康科学研究応援隊は、健康ラボステーションに計測に訪れた人にも、こうした趣旨を伝えるなどでコツコツと登録者を増やしてきました。まだまだ草の根的な活動ではありますが、現在2000人以上の方が登録してくれています。この裾野が広がることが、企業と生活者の新しい関係づくりになればと考えています。

産学官連携と言われますが、主役は生活者であり、市民です。産学官に“民”が入るように、市民をもっと巻き込むことで、参加意識も高まります。健康科学研究応援隊の活動や高山さんをはじめとしたBIPROGYの皆さんとの共創を通じて、市民がワクワクする世界を実現していきます。

写真:浦田氏と高山

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