医療の未来を技術革新で切り拓く(1)――医療AIプラットフォーム構築という挑戦

「医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP)」設立の舞台裏

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内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」として、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」の社会実装に向けた取り組みが進められている。その主要な一部を構成するのが、「医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP)」だ。HAIPにはそれぞれが強みを持つ多くの企業、組織が参加。日本ユニシス(2022年4月よりBIPROGYに社名変更)は、以前からSIPのAIホスピタルの構築に向けて尽力し、HAIP設立の要となった。今回は、HAIPにおいて重要な役割を担う設立メンバー5社、それぞれのリーダーが一堂に会して、HAIPにかける思いやプロジェクトの成果、将来ビジョンなどを語り合った。

高度化する医療課題の解決に向け
医療用AIプラットフォームの社会実装を目指す「HAIP」

現在、内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の一環として、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」(以下、AIホスピタル)の社会実装に向けた取り組みが進められている。背景にあるのは、高齢化社会における医療の質の確保、増加する医療費の抑制、医療従事者の負担の軽減など、医療を巡るさまざまな課題への意識の高まりである。同プログラムの研究開発テーマは複数の領域に分かれている。例えば、医療情報データベースやAIプラットフォーム、超精密検査などの研究課題が設定され、それぞれが連携し整合性を持って推進される体制が生まれた。全体を統括するプログラムディレクターは、中村祐輔氏(公益財団法人がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター所長)である(参考記事:「AIホスピタル」が引き起こす医療革命(前編)(後編))。

この中の1つとして日本ユニシスなどが参画するのが、AIホスピタルを実装するためのAIプラットフォームの構築だ。そこには、サービス事業基盤やAI開発基盤なども含まれる。その推進事業主体として、2021年4月、厚生労働大臣と経済産業大臣の認可を得て、「医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP)」が設立された。

写真:八田泰秀
日本ユニシス株式会社
常務執行役員/HAIP理事長
八田泰秀

「HAIPは2023年度以降、『株式会社化』による社会実装を視野に入れています。前段階として、2021~22年度に試行運用と社会実装準備を行います。また、HAIP運営上の内部統制については、日本医師会内部に設立された『日本医師会AIホスピタル推進センター(JMAC-AI)』に担っていただきます。HAIPとJMAC-AIが補完し合いながら、プロジェクトを推進する体制です」と語るのは、HAIP理事長を務める八田泰秀(日本ユニシス常務執行役員)である。

HAIPは当初、日本ユニシスと日立製作所、日本IBM、ソフトバンク、三井物産の5社により設立された。活動の広がりとともにエコシステムが拡大し、その後、大樹生命保険、徳洲会インフォメーションシステム(TIS)、日本マイクロソフト、国立成育医療研究センター、インターシステムズジャパンの5法人が参加して、構成メンバーは計10法人となった(2022年1月現在)。

「HAIP」が目指す医療AIプラットフォームの姿

画像:「HAIP」が目指す医療AIプラットフォームの姿
HAIPでは医療AIサービスの普及・発展に資する業界共通の基盤技術の研究開発を行っている。例えば、画像診断補助や治療方針補助などを一元的に提供する「医療AIポータルシステム(サイト)」提供やポータルシステムと医療用AIサービスを連携させるAPI開発、これらプラットフォームを医療関係者が円滑に活用するための5G環境の整備・セキュリティの確保など、将来的な社会実装を見据え、取り組みが進められている

それぞれが独自の強みを持つ5社
設立メンバーとして参加した「思い」

HAIPを構成する各社は、それぞれがAIホスピタルに高い志を抱いている。HAIP専務理事の宇賀神敦氏(日立製作所)は、その思いをこう説明する。

写真:宇賀神敦氏
株式会社日立製作所
シニアストラテジスト/HAIP専務理事
宇賀神敦氏

「個々のソリューションがサイロ化した形になれば、医療イノベーションには限界があるでしょう。高度かつ高品質の医療を効率的に届けるためには、各ソリューションが連携するプラットフォームが必要。メンバー各社とは、こうした課題認識を共有しています。私たちは、タブレット型ロボットAI問診を活用した取り組みなども以前から進めてきました。こうした点からも、ぜひHAIPに参画したいと考えました」

同社はAIやIoTなどの知見を活用しつつ、主に2つのテーマでHAIPに貢献する考えだ。「1つは、AIスタートアップのリクルーティングをはじめ、HAIPの事業化を推進するためのプロセスづくりや医療機関との関係構築など活動の全体に関わる部分。もう1つは、HAIPのプラットフォームを通じた医療現場に提供する個々のソリューション開発です。ソリューションそのものの研究開発も行っていますが、それらをいかに有効な形で届けるか。この点に注力しています」と語る。

日本IBMは、電子カルテ市場で大きな存在感を持ち、医療機関のシステムを支えてきた。そうした経験やノウハウを生かして、HAIPの推進力を高めている。宇賀神氏の言葉を受け、HAIP理事の金子達哉氏(日本IBM執行役員)は、「1社では限りがあります。多様な強みを持つ各社が一緒に取り組むことで、これまでできなかったことができる。そんな思いで、HAIPに参加しました」と話す。金子氏は、大きく3つの点でHAIPでの役割を担いたいという。

写真:金子達哉氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員/HAIP理事
金子達哉氏

「まず、音声自動入力など個別技術の開発です。また、デジタル化した診断書を電子カルテにつなぐための仕組みづくりも重要。日本IBMは、医療データをやりとりするための標準規格である『HL7 FHIR(ファイアー)』を活用する取り組みも進めており、こうした技術でもHAIPに貢献できると考えています。そして、社会実装に向けたビジネスケースづくりです」

一方、通信事業者の視点で語るのは、HAIP理事の藤長国浩氏(ソフトバンク常務執行役員)である。

写真:藤長国浩氏
ソフトバンク株式会社
常務執行役員/HAIP理事
藤長国浩氏

「5Gの普及により、さまざまな産業の再定義が進む可能性があります。医療も同様です。5Gによる大容量・低遅延のデータのやりとりが、遠隔地での医療なども含めた業界の発展を多様な形で後押しするでしょう。こうした動きに貢献するHAIPは、非常に有意義な取り組みだと思っています」

5Gを活用することで、多様な医療サービスを提供する。HAIPとは別に、同社はすでにさまざまな先進的な取り組みをスタートさせている。その経験やノウハウもHAIPに生かされるという。また、AIに関するグローバルな知見も同社の強みだ。「ソフトバンクグループが投資をしているAI企業の中には、優れた医療AIを持つ企業も多い。世界中の叡智を、HAIPに紹介したいと思っています」(藤長氏)

写真:橋村和広氏
三井物産株式会社
理事 兼 ウェルネス事業本部長補佐
兼 ニュートリション・アグリカルチャー本部長補佐
橋村和広氏

総合商社という立場からHAIPに参画する三井物産。同社において、ヘルスケア事業は成長戦略の柱と位置付けられているという。HAIPマネジメントボードのメンバーである橋村和広氏(三井物産理事 兼 ウェルネス事業本部長補佐 兼 ニュートリション・アグリカルチャー本部長補佐)は次のように語る。

「当社は10年ほど前から医療に本格的に取り組んできました。これまでは、主にアジアを中心とする海外市場が活動の中心でした。例えば、当社が出資したIHHヘルスケア(マレーシア)は、インドやシンガポールなど10カ国で約80の病院を運営しています。海外の経験を生かして、HAIPに貢献できればと考えています」

同社は、海外の規制に関する知見が豊富で、医療データの活用についても多くの実績を持つ。「『人』を中心とする医療を実現する上で、カギを握るのがデータです。データを上手に活用することで、高付加価値な医療が実現します。将来的には創薬などにも役立てることができるのではないかと期待しています」と橋村氏は続ける。

前の4人の思いを受け、八田は「HAIPのプラットフォームを含めた事業基盤に、多様なソリューションを展開していきます。AI開発の分野でも貢献しつつ、株式会社化した後も、しかるべき責任を担います」と日本ユニシスの姿勢を話す。

医療現場で試行運用が進む
先進的なソリューション

HAIPは10法人の協力をベースに、JMAC-AIと連携しつつその活動を加速している。「医療機関やアカデミアを含め、多種多様な分野の方々から『一緒にやりたい』と声をかけていただいています。今、私たちの取り組みが1つのムーブメントになりつつあると実感しています」と八田。関連する業界団体、医療イノベーションを目指すスタートアップなどからの問い合わせも増えているという。特に重要になるのが、やはり医療現場との連携だ。

「HAIP」と「JMAC-AI」の両輪でAIプラットフォームの構築を推進

画像:「HAIP」と「JMAC-AI」の両輪でAIプラットフォームの構築を推進
HAIPと日本医師会AIホスピタル推進センター(JMAC-AI)が連携して、医療技術研究開発に向けた取り組みを加速させていく

「先端的な取り組みにおいては、ともすればテクノロジー先行になってしまいます。そして、社会実装の入口に立ったとき、ギャップが生じるケースも存在します。円滑な社会実装には、HAIPの成果を実際に活用する医療現場との関係が重要。実際、多くの医療関係者との協力関係を強化しつつあり、さまざまなプレイヤーを含めた議論の中で、新たなアイデアが生まれています」(宇賀神氏)

試行運用中のソリューションも増えつつある。いくつかの事例を紹介しよう。

まず、画像診断補助サービス。医師が「DICOM(医療データの通信・保存などに関する国際標準規格)」のCT画像などをアップロードすると、AIによる解析画面が表示される。例えば、脳動脈瘤と思われる候補点をマーキングして医師の診断をサポートする。また、カルテ音声入力サービスは、カルテ入力を音声で行うというもの。カルテ作成のためにPCで入力する作業を軽減し、医師は患者の目を見て診療を続けることができる。

「医師の発話を基礎に、AIが『今話した内容は、どの項目に記載されるべきか』を判断して記載します。医師は患者さんの主訴や現病歴、身体所見、検査所見などの項目を指定する必要がありません」と八田。さらに、金子氏は「多くの医師からのコメント、フィードバックをいただきながら徐々に音声認識や分類などの精度を高めてきました。医療従事者の負担軽減に、ぜひ役立てていきたいと思っています」と補足する。

AIサービス事例「カルテ音声入力サービス」

画像:AIサービス事例「カルテ音声入力サービス」
カルテ入力を音声でサポートし、医療関係者がカルテ作成にかける負担を軽減。患者さんの目を見て診療できる医療環境の実現とともに、作成したカルテ情報から病名等を示すといった機能実装も視野に入っている

日立製作所では、公益財団法人がん研究会有明病院と共同でタブレット型ロボットを活用したAI問診により、がん薬物療法の治療支援について評価研究を行っている。がん研有明病院もAIホスピタルのプロジェクトに参加するメンバーだ。

「大腸がんの薬物療法を受けている患者さんに対しては、通常、診療待ち時間に薬剤師が副作用の状況確認を行っています。これをタブレット型のロボットがサポートします。病院のサーバーに送られた問診結果と血液検査結果をAIで解析し、副作用のレベルを5段階で表示。医療従事者はこれを参考にし、『従来の処方を維持するか』『抗がん剤の量を減らすか』あるいは『別の療法に切り替えるか』の判断材料にすることができます。今後に向けて、このプロセスを他の医療機関にも広げる予定です。さらに、HAIP経由で展開できれば、医療の均てん化(編注:医療技術格差などの是正を図ること)に貢献できるでしょう」(宇賀神氏)

そして、日本ユニシスにおいては、日本医師会と協力して、糖尿病モニタリング補助サービスの研究開発を進めている。「糖尿病患者の生活習慣データや食事内容などを取得し、AI解析した上で、課題点を抽出して医療機関に通知します。将来的には遠隔診療、処方薬配送への展開なども視野に入れています」と八田は語る。もう1例として、「Dr.アバター」によるインフォームドコンセント支援サービスがある。「インフォームドコンセントのプロセスを、主治医のアバターが事前に行うサービスです。分かりにくい内容でも、アバターによる説明で患者の理解が進む一方、医師は対面でのインフォームドコンセントの時間を大幅に短縮することができます」と期待を述べる。

必要に応じたセキュアなデータ連携で
「人」中心の医療サイクルを目指す

医療を取り巻く環境は、近年大きく変わりつつあるという。藤長氏は、ビジネスの最前線でそれを実感している。

「HAIPと直接の関係はありませんが、ソフトバンクはヘルスケアアプリケーションを展開しています。新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、遠隔地からのオンライン診断を活用する医療機関が急増し、そうしたサービスのニーズの高まりを肌で感じてきました。医療従事者の働き方改革も求められています。診療スタイルも様変わりしつつあります。こうした背景の中で、HAIPの意義はより大きくなっています」

医療にイノベーションを求める現場の声も高まっているようだ。「HAIPの活動に参加する中で、変革を求める多くの医療従事者の方に接しました。『新しい取り組みが必要』という切実な思いが伝わってきますし、HAIPへの期待も感じています」と橋村氏は分析する。今、日本は「Society 5.0」を掲げ、デジタル技術やデータを活用した新しい社会づくりを目指している。この文脈においても、患者だけでなく未病や予防の観点を含めた、「人」中心の医療への変革は重要なテーマだ。HAIPが目指すのも、そのような世界だ。

「予防→健診/検診→検査/診断→治療→予後、そして予防に戻るサイクルを『人』中心で回していく。医療や介護だけでなく、この循環には多様なステークホルダーが参加します。医療機器メーカーや生命保険会社、自治体なども関係してくるでしょう。これらが効果的に連携するために、データ活用が欠かせません。このようなサイクルを実現する上で、HAIPのプラットフォームは大きな役割を担います」と八田は意気込みを語る。

確かに、「人」中心のヘルスケアのサイクルを構築する上で、大きな課題の1つとなるのがシステムやデータの連携だ。しかし、全国の医療機関の既存システムと、HAIPのプラットフォームをどのように連携させるか――。

「オンプレミスに置かれた医療機関のデータを、必要に応じて安全な場所に移して活用する手法も考えられます。将来的には、患者さんが自分のデータにアクセスし、必要なものを取得できる未来を描いています」と金子氏。また、宇賀神氏は標準フォーマットについてのデータ連携への動きを、次のように説明する。

「現在、日本医師会といくつかの学会が協力して、検診データの標準フォーマット化に取り組んでいます。検査結果の記載方式がバラバラだと、そのデータをAIに取り込んでも有効な結果は期待できません。標準化を進めることで、課題解決への道が見えてくるはずです」

冒頭で述べたように、AIホスピタルは複数領域の統合体だ。HAIPと同じように、各領域で参加機関が努力を傾けており、医療機関やアカデミアなどがこれをサポートしている。標準フォーマットづくりも、こうした取り組みに密接に関わる重要なプロセスである。

2023年度以降に目指される、HAIPの株式会社化後の名称は、現段階では「Beyond(仮称)」と呼ばれている。事業継続の観点では利益が求められるが、八田は「利益以上に高い倫理観、公平・公正な姿勢が求められます。どのような会社を目指すべきか、すでに参加メンバーの間で毎週のように議論を重ねています」という。日本の医療を新しいステージに引き上げるべく、HAIPは将来を見据えつつ現在の課題に向き合っている。

HAIP起点のオープンイノベーションに向けた全体像

画像:HAIP起点のオープンイノベーションに向けた全体像
「人」中心の医療に資する全てのステークホルダーと連携し、持続可能な医療の明日を切り拓いていく
医療の未来を技術革新で切り拓く(2)――医療AIの進化をリードする「HAIP」に続く

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