「AIホスピタル」が引き起こす医療革命(後編)

“志つなぐ共感の輪”が世界を変える

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AIホスピタルのゴール設定は極めて高い。目指す山の頂は高く、そこへの道のりは決して平坦ではない。それでも、多くのプロジェクトメンバーが実現を信じて日々前進している。多様な専門家たちをまとめているのがリーダー・中村祐輔氏の志や熱意であり、メンバーをつなぐ共感の輪である。社会課題解決を目指す日本ユニシスが標榜するビジネスエコシステムの形成と同じメカニズムだろう。AIホスピタルがデジタルコモンズとして社会に溶け込む未来は、遠からず到来するに違いない。
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多種多様なデータを収集し
複数AIで診断・治療を支援

公益財団法人がん研究会
がんプレシジョン医療研究センター所長
中村祐輔氏

中村 AIホスピタルのプロジェクト期間は5年間ですが、これはあくまでも予算措置の期間です。高く設定したゴールに到達するには、もっと時間が必要だと思います。ただ、一定の成果を示し、世の中から必要性や重要性を認めてもらえれば、その後はゴールに向かって自走できるはずです。その先には、質の高いオーダーメイド医療が確立され、そして日本が医療先進国として世界の人たちに貢献する姿を思い描いています。

八田 これがどれほどのチャレンジか、AI診断・治療支援システムの全体像を説明すればイメージしやすいかもしれません。AIホスピタルがカバーするのは「健診・検診→外来→入院→外来(通院治療)」に至る全プロセスです。プロセスを通じ収集されるデータは、患者の主訴や既往歴、身体所見、各種検査値に始まり、CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像装置)の画像データ、遺伝子パネル検査のデータ(ゲノム情報)などを含め、数十種類に及びます。そして、これらデータを解析するAIも多様です。支援領域は問診や鑑別診断、画像診断、ゲノム診断、血液によるがん診断、手術、看護など多岐にわたり、これらが全体として、個々の患者に対する診療をサポートします。

中村 その際、大きな役割を担うのが「医療辞書」と呼ばれる用語集です。疾患やその原因と考えられる要素などを辞書化して、複数要素の関係性を示すのです。例えば、AとBという言葉を辞書で調べると、2要素を結ぶ線の距離と太さによって関係性の強弱を知ることができます。入力される症例情報が増えるにつれて、辞書はより高精度なものへと成長します。このような医療辞書と連携するAIにより、診断支援の質も向上します。

八田 これからの時代、診断や治療にAIのサポートは不可欠だと思います。(前編の)冒頭で中村先生は「医療の高度化」を指摘されましたが、高度化に伴い毎年多くの論文・症例が発表されています。そして、新たに発表されるその数は、検査技術の飛躍的進化を背景に毎年増え続けています。医師が知識を常にアップデートすることは人間の能力を超えていくというべきでしょう。AIホスピタルにおいては、膨大な臨床情報から各種論文、症例を読み込み、適切な診断支援につなげるAIの開発が欠かせません。

外科医として経験した悔しさ
「患者に希望を届けたい」

中村 オーダーメイド医療は“希望”だと、私は考えています。世の中には医師から「治療法がない」と告げられた、いわゆる「がん難民」をはじめ病気に苦しむ多くの患者がいます。AIホスピタルを通じて、そうした人たちに希望を届けたい。それが私の切なる願いであり、今も研究を続けている理由でもあります。

日本ユニシス株式会社
代表取締役社長
平岡昭良

平岡 中村先生の持続する意志の力、その情熱に圧倒されますし、ビジネスに携わる者として学ばされることが多々あります。

中村 私もプロジェクトを通じて、日々学ばせてもらっています。医療分野についてはともかく、AIやIoTなど先端技術については知らないことが多いですからね。医療とテクノロジーの融合プロセスをわくわくしながら見ています。

平岡 先生がその情熱を何十年にもわたって持ち続けることができた理由は、どのあたりにあるのでしょうか。

中村 1人の外科医として、患者に対して何もできなかったという悔しさが私の原点です。それに加え、20年ほど前に母親をがんで亡くしたときの経験があります。「このままではいけない、今の医療を変えたい」という思いを心に刻みました。さらに、主治医として看取ったがん患者の日記を、家族から届けてもらったときの衝撃も忘れられません。その患者との信頼関係はできていたと思います。がん告知は珍しい時代でしたが、私は余命を伝え、どのように生きるかについて時間をかけて話し合いました。私には心の内を見せてくれているとばかり思っていたのですが、日記には絶望や死に対する恐怖、やり場のない感情、私の想像を超える言葉が並んでいました。自分の未熟さを痛感すると同時に、患者にとっての希望の意味を深く考えるようにもなりました。

リーダーの強固な志が
多様なメンバーを束ねる

平岡 中村先生との幸運な出会い、そして今回のプロジェクトを通じて、私だけでなく日本ユニシスグループの社員全員がポジティブな影響、刺激を受けていると感じます。以前、中村先生の活動とAIホスピタルについて全社員に説明したことがあります。その上で、私は一度や二度の挫折で諦めるのではなく続ける勇気を持とう、目標からバックキャストしてチャレンジしよう、逆風に打ち勝つ志を持とうと呼びかけました。また、「志をつなぐ共感の輪で、世界を変えることができる」というメッセージには、とても多くの社員から賛同を示すフィードバックがありました。

中村 それはまさに、私たちのプロジェクトが目指していることです。AIホスピタルのプロジェクトメンバーは「医療を変えたい」という思いを共有し、互いに協力し合いながら世界最先端に向かって前進しています。医療とITをはじめ多様な分野の専門家が一緒に仕事をすることで、相乗効果も生まれていると実感しています。

日本ユニシス株式会社
執行役員
八田泰秀

八田 大規模で難易度の高いプロジェクトになるほど、参加メンバーの気持ちがすれ違い、別々の方向に進んでしまうリスクが高まります。多くの参画機関によるコンソーシアムであれば空中分解する可能性さえあるでしょう。しかし、このプロジェクトは違います。自分の知識や技術に自信を持つ専門家たちが知恵や見解をぶつけ合いながら、同じゴールに向かって進めるのは、その中心に中村先生というリーダーの強固な志があるからだと思っています。

平岡 多様性をいかにつなぐかは、私たちの本業においても中核となるテーマです。日本ユニシスグループの存在意義は「社会課題を解決する企業」というもの。1社だけの力では、大きな社会課題に立ち向かうことはできません。さまざまなステークホルダーを巻き込み、互いに刺激し合いながら新たな価値創造、そして社会課題の解決を目指しています。その考え方を示すキーワードとして、ビジネスエコシステムを標榜してきました。医療に限らず、さまざまな社会課題を解決するためのビジネスエコシステムを社会の共有財(デジタルコモンズ)として提供する。中村先生と同じ思いを共有し一緒にチャレンジする経験を通じて、より大きな社会貢献のできる企業グループへと成長していきたいと考えています。中村先生、本日は本当にありがとうございました。

Profile

中村 祐輔(なかむら・ゆうすけ)
シカゴ大学医学部内科・外科 教授/個別化医療センター・副センター長を経て、2018年より公益財団法人がん研究会・がんプレシジョン医療研究センター所長(現職)に就任。1952年、大阪府生まれ。1977年、大阪大学医学部卒業。市立堺病院などを経て渡米。1987年、ユタ大学人類遺伝学教室助教授に就任。帰国後、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター、理化学研究所ゲノム医科学研究センター、独立行政法人国立がん研究センター研究所等の所長を歴任し、2012年よりシカゴ大学へ。2018年に帰国し、現職。武田医学賞、慶應医学賞ほか、紫綬褒章などを受章。
平岡 昭良(ひらおか・あきよし)
日本ユニシス株式会社 代表取締役社長 1980年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。2002年に執行役員に就任、2005年から3年間CIO(Chief Information Officer)を務めた後、事業部門責任者として最前線の営業・SEの指揮を執る。2011年に代表取締役専務執行役員に就任。2012年よりCMO(Chief Marketing Officer)としてマーケティング機能の強化を図る。2016年4月、代表取締役社長CEO(Chief Executive Officer)/CHO(Chief Health Officer)に就任。
八田 泰秀(はった・やすひで)
日本ユニシス株式会社 執行役員
1984年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。2004年に人材育成プロジェクト部長に就任、2005年にビジネスマネジメント部長、2009年にサービスインダストリ事業部 事業部長を経て、2014年より執行役員に就任し、現在はストラテジックアライアンスを担当。

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