超長寿社会をいかに生き抜くか テクノロジーの可能性と社会の課題(後編)

超長寿社会を前に、企業と教育機関に求められる変化とは?

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介護分野においてロボットの活用は徐々に拡大しつつある。一方で、高齢者が介護を必要としない状態をできるだけ維持するという観点でも、テクノロジーが貢献できることはありそうだ。また、「人生100年時代」に備えるためには、個々人の意識改革も求められるだろう。企業や大学を含めて、超長寿社会への準備はまだまだ整っていないように見える。私たちは、どのような日本社会を目指すべきだろうか。
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高齢者の行動を促す
モビリティ支援ロボット

津田 現在、介護人材不足が深刻ですが、こうした分野でのロボットの可能性をどのように見ておられますか。

慶應義塾大学
環境情報学部教授
高汐一紀氏

高汐 大きな可能性があると思います。人の抱き上げを支援するパワードスーツなど作業系ロボットは、医療や介護の現場で使われ始めています。実は、私自身も何年か前にパワードスーツを装着して試したことがあります。ただこの時は、あまり身体にフィットせずに筋肉を傷めてしまいました。人とロボットの動きがうまくシンクロしてなかったからです。現在では筋電センサーなどを用いて人の動作をロボットにフィードバックして制御する技術も進んでいます。いまでは私がかつて経験したようなことはないと思いますし、将来に向けてシンクロのレベルはさらに向上します。

石原 介護施設の方からは、「手伝いの有無によらず自力で用を足せる人におむつをつけると、日常生活自立度のランクが一気に下がってしまう」という事例をよく聞きます。ケアやトラブル防止のために介護用品を使うことで、入所者の自発的な行動の機会が少なくなってしまうためだと思います。日常生活の中で一定の負荷を意識的に残すような介護のあり方、ロボットの活用法を考える必要もあるかもしれません。

高汐 研究室の中では、そうした議論もしています。まずは、高齢者に外出してもらうことが大事なので、モビリティ支援に注目しています。身体が弱ってくると、どうしても引きこもりがちで、筋肉を使う機会がますます減ってしまいます。ちょっとした買物に出かけることができれば、筋肉が衰えるスピードを遅くすることができるはずです。

早稲田大学
文学部准教授
津田好美氏

津田 個々人が手軽にパーソナルモビリティを手に入れることができれば理想的ですが、価格が一定以下にまで下がるには時間がかかるでしょう。購入できる人、そうでない人のフィジカルデバイドに伴う課題が、ここにもありますね。

高汐 十分に価格が下がるまでは、公共交通などとの組み合わせを考える必要があるかもしれません。高齢者などの行動範囲を狭めないために、さまざまな工夫が求められます。

長期化する老後に
雇用制度は対応できるか

高汐 テクノロジーがさらに進化し、身体機能を代替する技術によって平均寿命と健康寿命のギャップを埋めることができれば、活動的に動くことが可能な老後は長くなります。こうした中で、定年を延ばそうという動きもありますが、雇用形態に関して社会全体での議論も必要になるでしょう。

日本ユニシス株式会社
総合技術研究所 生命科学室長
石原英里

石原 私は北海道生まれで、1次産業で働く人たちが多い中で育ちましたが、彼らには決まった年齢に退職するという考えに馴染みが薄いように思います。身体が動けば現場での仕事がありますし、現場から離れてもそれまでの経験を後世に伝えたり、現場に出る人を別の形で支えたりするという役割があるからです。今後、農業や漁業の現場で機械化が進めば、年齢や身体の状態によらず活躍できる場が増えるでしょう。一方、企業で働く人が多い都市部では定年後の過ごし方が大きな問題になっています。1次産業で働く人の中には、それがなぜ問題なのかピンと来ない人もいるのではないでしょうか。ある日を境に役割がなくなってしまう定年という制度をあらためて捉え直すことも必要だと感じます。

津田 米国では1967年に成立した「雇用における年齢差別禁止法(The Age Discrimination in Employment Act of 1967)」により、定年制は禁じられています。しかしEUはそうではありません。高度成長期の男性の平均寿命は65歳くらいで、大企業では55歳定年が一般的でした。つまり、老後は10年程度。定年はその後延長されましたが、平均寿命の延びのほうが大きいので定年後の期間が長期化しています。このような環境変化に、雇用制度が追いついていないのです。

高汐 終身雇用制度がこれからも維持できるのか、私には分かりません。ただ、若い人たちが「終身雇用制度は維持される」という前提で将来を考えるのは危険です。これからは30代、40代のころから、自分の数十年後の働き方を考える必要があると思います。そうした意識改革も重要です。

石原 ある程度の時間がないと、将来のことを考える気持ちも起こりにくい。日本企業ではまとまった休みをとりにくいので、休暇制度を工夫すべきでしょう。日本を訪問する外国人の中には、「2カ月かけて日本を見て回る」という観光客もかなりいます。そのくらいの時間があれば、これまでの仕事を振り返るとともに、将来をゆっくり考えようという気持ちにもなるのではないかと思います。

学びの機会をいかにつくるか
企業と大学に求められること

高汐 私自身の経験ですが、7年ほど前に、大学の制度でもあるサバティカル休暇(※)を1年間利用してドイツの大学で研究をしました。それまではコンピュータサイエンス一筋だったのですが、このときに研究の方向を変えることにしました。ドイツでは自分のキャリアを考える時間がありました。企業が同じ仕組みを導入するのは難しいにせよ、5年か10年に1度くらいは数カ月くらいの休暇があってもいいように思います。

※「サバティカル休暇」とは、一定の勤続年数を経た者に付与される使途に制限のないの長期休暇(1カ月~1年程度)のこと。

津田 意識改革という言葉がありましたが、これは本当に難しい。例えば学生の話ですが、企業の方からは「面接する学生たちが、みんな同じようなことを話す」とよく言われます。

高汐 テンプレートに合わせているのでしょう。就職という大きな人生の岐路でそういうやり方を選択しているとすれば、意識改革への道のりは遠そうですね。

石原 また北海道の話で恐縮ですが、明治時代に移住したのが私の曽祖父母の世代です。祖父母も開拓時代の生活を経験しているのですが、テンプレートなどない状況の中で「あの土地は誰が開拓した」とか「こんな工夫をしてこの作物を育てた」といった試行錯誤を繰り返した経験談をよく聞きました。北海道は自営業者、よくいえば起業家の集合体といえるかもしれません。定年後の時間が長くなる時代、そうしたマインドの重要性は高まっているように感じます。

高汐 ジェロントロジーの観点では、大学の役割も問われているように思います。20代前半に卒業した後、もう一度学び直そうという人が日本では非常に少ない。健康寿命と働く期間が延びることを考えれば、30代や40代のころに、新しい知識や専門性を身に着けようという人が増えて欲しいですね。ただ、現状では大学側の仕組みも十分整っていないような気がします。

津田 大学院では、5~6年かけて修士号を取得する学生もいます。仕事が忙しくなると一度やめて、再入学する人もいます。学部でも休学は可能ですが、その間にも費用がかかったりします。定年後を含めて、キャリアの選択肢を増やすという意味でも、社会人が学ぶための仕組みづくり、大学の制度を工夫する必要がありそうですね。定年制については世代交代の問題も含めて幅広い議論が必要でしょう。

石原 テクノロジーや社会制度、教育などさまざまな視点から示唆のある指摘、面白いアイデアなどをお聞きすることができました。本日は、どうもありがとうございました。

ジェロントロジー研究協議会について

幸福で豊かな日本社会のあり方を再構築するためのアプローチとして一般財団法人日本総合研究所会長/多摩大学学長の寺島実郎氏が提唱する「ジェロントロジー」という視座から、高齢者のみならず若者を含む全世代の視界から体系的研究を行い、その成果を制度設計等に反映することを通じて、サステイナブルな「新たな社会システム」の構築を行うことを目的に、「ジェロントロジー研究協議会(会長:寺島実郎氏)」が2019年1月に設立されました。

日本ユニシスは、研究全体の支援、制度設計(資格認定制度含む)の検討等を実施する同協議会に、代表取締役社長の平岡昭良がコアメンバーとして参加し、また高齢者に関わる各分野における、高齢者向け参画のプラットフォームの検討等を実施する「ジェロントロジーに係る体系的研究会」(座長:寺島実郎氏)に、総合技術研究所生命科学室長の石原が参加しています。

次回ジェロントロジー企画は、「心の在り方」をテーマに有識者を交えた鼎談を行う予定です。ご期待ください。

*なお、本記事はジェロントロジー研究協議会の議論とは関係なく、超長寿社会の将来像を語り合ったものです。

Profile

高汐一紀(たかしお・かずのり)
慶應義塾大学 環境情報学部 教授
1995年、慶應義塾大学大学院工学研究科にて博士(工学)を取得。電気通信大学助手、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教授、同大学環境情報学部准教授を経て現職。主に、分散実時間システム、ユビキタスコンピューティング、ソーシャルロボティクス、共発達ロボティクス、ヒューマンロボットインタラクションなどの研究に従事。IEEE、ACM、情報処理学会、電子情報通信学会各会員。電子情報通信学会では、クラウドネットワークロボット研究会研究専門委員会委員長を務める。
津田好美(つだ・よしみ)
早稲田大学 文学学術院 准教授
1996年、奈良女子大学文学部修了後(教育学修士)、2000年、大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、九州大学助手、大阪市立大学文学研究科社会学専修専任講師を経て現職。主に、社会階層論、社会意識論、老年学、ライフスタイルと格差をめぐる研究に従事。地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所が実施する「全国高齢者の健康と生活に関する長期縦断研究(JAHEAD)」にも参加している。
石原 英里(いしはら・えり)
日本ユニシス株式会社 総合技術研究所生命科学室長
2007年、日本ユニシスに入社。病院向け情報システムや地域医療連携システムの提案・開発に従事したのち、医療・ヘルスケア分野を中心とした新たな社会基盤の構築に取り組む。2016年に総合技術研究所に異動、生命科学室長に就任。

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