AIと人の協働で進化する、鉄道の安全

JR東日本とBIPROGYが挑む、生成AIによる設備指令業務の変革

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モビリティ領域におけるAI活用は、自動運転をはじめとする自動車分野から、鉄道など他の移動手段へも広がりつつある。人手に頼ってきたオペレーションをAIとの協働に切り替え、担い手不足に直面するこの領域の持続可能性を高めようという取り組みだ。こうした挑戦に取り組む企業の一つが、国内最大級の鉄道事業者であるJR東日本である。約10万人のグループ社員が、毎日のべ3,500万人に多様な商品・サービスを提供している同社は、AIをどのように活用しようとしているのか。「BIPROGY FORUM 2026」の講演「JR東日本とBIPROGYが語る! 鉄道AI革新~AIで実現するモビリティのさらなる安定性向上~」には、東日本旅客鉄道の市川斉氏とBIPROGY執行役員の松本裕志が登壇。株式会社フィンチジャパンの石川萌子氏がモデレーターを務め、モビリティ産業が抱える課題をテクノロジーと協創の力でいかに解決していくのか、そのビジョンを語り合った。

機械学習型AIから生成AIへ。鉄道の設備指令業務が変わる

松本BIPROGYグループでは、先端技術を保有する北米スタートアップに対し、CVCを通じた投資・協業を積極的に推進中であり、また2026年4月には、準天頂衛星「みちびき」を活用した位置証明サービスを展開する新会社Spacid(スペイシド)を設立するなど、モビリティ領域を支える事業活動を強化しています。デジタルツインなどの技術も活用し、さらなる貢献を目指しているところです。JR東日本さまとも、さまざまな場面で協創を進めてきました。

市川鉄道業界は人口減少、自然災害の激甚化、エネルギー問題など、持続可能な鉄道システムの実現を阻む多くの課題に直面しています。オペレーションやメンテナンスの変革、生産性向上など取り組むべきテーマは山積しており、電気部門でもこうした業務変革に取り組んでいます。

写真:市川斉氏
東日本旅客鉄道株式会社
モビリティ本部 電気ネットワーク部 企画ユニット
ユニット長 市川斉氏

具体的には、地上設備のモニタリングを人の巡回による点検から、カメラやセンサーを搭載した車両による点検へと切り替えてきました。また、輸送障害時の早期点検にドローンを活用したり、伐採や架線支持物の塗装にロボットを導入したりしています。

石川AIの活用も進んでいるのでしょうか。

市川これまで安全・安定輸送の実現に向けて、信号通信設備の故障時に現地係員への指示や復旧方針の検討を担う信号通信指令で、AIの活用ができないか検討してきました。信号通信指令は対象となる設備が多く、業務も複雑です。管理には高い技術力と多大な労力が必要になります。トラブルが発生すると、技術者のノウハウやマニュアルを基に復旧方針を検討し、現地係員へ指示を出しています。

その信号通信指令を対象に、2019年頃から機械学習型AIについて検討を始め、2023年3月から2026年3月まで活用してきました。ただ、信号通信指令は業界用語が多い上、原因推定や対応方針の検討が複雑なため、機械学習型は学習データベースの作成・更新に時間と人手がかかり、一部の機器や業務のみを対象とするだけでも、多くの期間とコストが必要になっていました。そこでBIPROGYと相談して、生成AIの活用にかじを切りました。

生成AI版では通話の音声データを文字起こしして要約し、生成AIがその内容を解析した上で、過去の事例やマニュアルを参照しながらトラブルの原因を推定し、複数の対応策を指令員に提示します。指令員がそれらを確認・判断し、その判断に基づいて現地に指示します。この仕組みを本日ご紹介のAI指令※1として開発してきました。

図版:生成AI版AI指令の概要図。指令員と現地社員の通話データをクラウド上でシステムが取り込み、①生成AIが音声データから作業経過を自動作成、②生成AIによる
  解析、③解析結果を画面表示、というフローとなる。③の結果を踏まえて、指令員から現地社員に指示を実施。
  • ※1ここでいう「AI指令」とは、生成AIが最終判断を下すものではなく、指令員の判断を支援する復旧支援システムを指す

機械学習型AI版では作業経過をその都度手入力していたため、取り込めた過去事例は約3000件でした。作業経過を音声から自動で取り込める生成AI版では、これが約21万件まで増え、手順書やマニュアルも追加学習なしで参照できるようになりました。

対象範囲も変わりました。機械学習型AI版では一部の信号通信設備に限られていましたが、生成AI版では信号通信領域内で対象設備を広げやすくなっています。今後は電力設備など他領域への拡張も視野に入れています。

AIと人、それぞれの役割を切り分ける

松本BIPROGYはData & AI事業を積極的に展開し、データを通して人や事業を理解することを支援してきました。Data & AI事業ではコンサルティングから運用保守まで幅広く対応しています。

鉄道事業者向けには、JR東日本さまをはじめ20社以上に、踏切監視サービスやコールセンター、決済サービス、MaaSなどさまざまなサービスを提供しています。

写真:松本裕志
BIPROGY株式会社
執行役員 松本裕志

石川指令業務にAIを活用しようと考えた背景には、何があったのでしょうか。

市川これまではベテランの経験に依存する部分が多かったのですが、AIでサポートできれば、経験の浅い社員でも早期に業務を担えるようになると考えました。

石川どんな導入効果があったのでしょうか。

市川時系列の記録を自動で作成できるようになり、人は確認と微修正をするだけになりました。原因を推定して対応策も提案してくれますし、状況を共有するためのメールも自動で作成してくれます。

特に大きいのは、状況共有がタイムリーになり、お客さまへの運転再開見込時刻などの情報提供を早められる点です。原因の特定が難しい複雑な事象では、復旧までの時間を従来の約半分に短縮できると見込んでいます。

石川導入に当たっての課題はどんなところにあり、どう解決したのでしょうか。

写真:石川萌子氏
株式会社フィンチジャパン
コンサルタント 石川萌子氏

市川最大の課題は、生成AIと人の役割をどう切り分けるかでした。時系列の作成や連絡、関連システムへの登録など、これまで人が事務的に担ってきた作業は生成AIに置き換え、人は確認と修正に回るようにしました。

一方、障害復旧方針の検討や現地係員への連絡など、高度な判断や技能が必要とされる業務では、生成AIが対応案や検討材料を示し、人は判断と指示に集中する形にしました。

松本BIPROGY総合技術研究所がまとめている「Technology Foresight 2026」では、AIと人の協働モデルを類型化しており、AIが論点を提示し、人が最終判断をしてその責任を担う形を「ガイド型」と定義しています。

今回JR東日本さまが構築したAI指令は、まさにこのガイド型に当たります。AIが人を支援するだけでなく、提示された論点を人が評価し、選び取る力を高めていくことも期待できます。

鉄道用語をどう聞き取るか。音声認識の作り込み

市川役割分担と並んで大きかった課題が、音声の要約と専門用語の認識精度です。鉄道業界やJR東日本独特の表現や固有名詞が多いことに加え、指令通話には特有の事情があります。確認のための復唱など安全確保上必要なやり取りを含むため通話が長くなりやすく、原因推定や対策検討の観点では冗長な部分が多い。しかも対応終了まで通話が断続的に続き、関わる関係者の数も多いのです。

音声をそのままテキストにすると、用語の精度が低く、冗長で可読性も下がり、本質がつかみづらくなります。そこで鉄道用語に対応した音声認識エンジンを実装するとともに、適切な要約を自動生成できるように工夫しました。

松本一般的な音声認識AIだけでは精度確保が難しかったため、BIPROGYの「BRaVS Platform」を活用し、専門用語に対応する音声認識技術のチューニングを行うことで、鉄道用語を含む通話内容の認識精度向上を図りました。現場のリアルな情報を、システムが扱えるデジタルデータに変え、課題解決に結びつけていく。そのスピードと精度を高めることができました。

市川この音声認識と自動要約の技術は、障害復旧に伴うメールでの情報展開やシステム登録、報告書作成などのバックグラウンド業務にも適用しています。

デジタルコモンズへ。鉄道業界全体の持続可能性を目指す

石川今後はどのような展開をお考えでしょうか。

市川AI指令の適用範囲を、現在の信号通信領域から電力設備など他領域へ拡張していきます。また、他の鉄道事業者とも連携を図り、鉄道業界全体の安全・安定輸送のレベルアップに貢献し、持続可能な鉄道運営につなげていくことを目指します。

松本BIPROGYも同じ方向を目指しています。まずJR東日本さまで活用していただき、その先は、業界や企業の枠を超えて共有される社会基盤──デジタルコモンズとして世の中に広く提供し、社会的価値と経済的価値の向上につなげていきたいと考えています。

図版:鉄道業界でBIPROGYが目指す姿を示す図。JR東日本での取組みを他鉄道事業者様に展開するとともに、事業者間の知財・ノウハウ共有化・共通知財化を図り、鉄道保全の業界最適化を目指す。ステップは「JR東日本様AI指令システム稼働」(生成AI技術の業務適用)から「AI指令を他鉄道事業者も利用可能」(生成AI技術の業務適用・同業他社への基盤提供)、「他社の過去事象をもとにレコメンドが可能」(情報・経験・知財の共有)、「各社での個別運用フロー、マニュアル共通化」(業界共通対応の統一化)を経て、「メンテナンス業務を各社個別から業界共有へ」(業界最適化)という流れで進む。

BIPROGYグループでは「AI CoE(AI Center of Excellence)」という新しい組織を中心に、組織横断的なAI活用の浸透を推進しています。その一環としてモビリティ領域での取り組みも強化し、グループの持続的成長につなげようとしています。

具体的な取り組みも動き出しています。物流領域では株式会社ダイアログと協業し、データに基づく経営判断を支援する物流OS構想を推進中です。また、完全自動運転の実現を目指すチューリング株式会社と資本業務提携し、E2E自動運転の社会実装に向けた取り組みを進めています。E2E自動運転とは、認識・判断・車両制御をAIが一気通貫で担う方式です。

市川JR東日本グループは、グループ経営ビジョン「勇翔2034」の下、信頼をベースにモビリティと生活ソリューションの二軸経営に取り組んでいます。そのモビリティ事業の中長期成長戦略として掲げているのが「PRIDE & INTEGRITY」です。20年後の世界を展望し、10年後のありたい姿からバックキャストすることで、「当たり前」を超えた成長を目指しています。

さまざまなモビリティにAIが活用され、安全性が高まり、働き方改革も進んでいく。そうした変化の中でも、人の判断を介在させ、必要な安全対策を講じるというAIポリシーを貫きながら、お客さまに安心と感動を届けていきます。

  • BIPROGYグループ各社社員以外による発言内容は各登壇者または所属組織の見解であり、BIPROGYグループ各社の見解を示すものではありません
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