果てなき宇宙へ。「はやぶさ2」プロジェクトを成功に導いたマネジメントの秘訣

JAXA津田雄一氏×BIPROGY齊藤昇が語る「創造性を発揮する組織」のあり方とは?

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new EARTH この星と生き続けるために」をテーマに開催した「BIPROGY FORUM 2024」(2024年6月6~7日、約2400人が来場)。初日は、小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトを指揮した津田雄一氏(JAXA宇宙科学研究所教授・はやぶさ2プロジェクトマネージャ)が基調講演を行った。2014年に打ち上げられたはやぶさ2は、小惑星「リュウグウ」の探査を終えて2020年に地球に帰還。プロジェクトには国内外約600人のメンバーが参加した。太陽系が誕生した約46億年前の特徴を有する小惑星サンプルを持ち帰る偉業を成し遂げたはやぶさ2だが、舞台裏には予期せぬトラブルの数々があった。困難に際し、津田氏はどのようにチームを奮い立たせたのか――。基調講演に続くディスカッションパートでは、津田氏とBIPROGYの齊藤昇が対談し、組織がチャレンジ精神と創造性を持って前に進むためのポイントが語り合われた。今回はその模様をお届けしたい。(以下、敬称略)

ヘッドライン

太陽系誕生、46億年のカギが眠る小惑星「リュウグウ」

私が責任者を務めた小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトは、2014年12月H-ⅡAロケットによって打ち上げられ、2018年6月に小惑星「リュウグウ」に到着しました。約1年半、小惑星の周辺に滞在し、世界に先駆けてロボットによる地表探査や二度の天体着陸を実現させました。最大のミッションであったリュウグウのサンプル採取にも成功し、はやぶさ2は2020年12月に地球に帰還しました。

写真:津田氏
JAXA宇宙科学研究所教授・はやぶさ2プロジェクトマネージャ
津田雄一氏

実は、現在でも「地球の生命の材料がどこから来たのか」は宇宙研究における大きな謎です。この謎を解明するヒントがリュウグウには眠っているのです。例えば、望遠鏡を覗いて観察したリュウグウの色を「黒い」と表現します。これは太陽光反射率が低く、生命の起源となる炭素や水の存在を推定できるからです。サンプルを持ち帰ることができれば、太陽系46億年の歴史を知る上でも大きなステップになる。太陽系を取り巻く小惑星は、2023年時点で約127万個が発見されているものの、リュウグウがその中から選ばれたことにはこうした理由がありました。

はやぶさ2のチームには、JAXAはもちろん、大学や企業などさまざまな組織・団体からメンバーが集まり、国内外から約600人が参加していました。科学者と技術者がほぼ半々という構成です。

はやぶさ2プロジェクトのミッション概要

図版:はやぶさ2 ミッションの流れ 図版:小惑星探査機「はやぶさ2」
小惑星探査機「はやぶさ2」は、JAXAが運用する小惑星探査機。2010年6月に初めて小惑星のサンプルを持ち帰った「はやぶさ」の後継機として誕生。地球から52.4億km(総距離)の旅を経て、小惑星「リュウグウ」から小石や砂のサンプルを採取し、2020年12月に帰還。採取したサンプルからは20種類以上のアミノ酸が発見された(地球外から持ち帰った物質から確認されたのは世界初)。サンプルによって、地球外の天体にも有機物が存在する可能性が濃厚になり、生命の起源や太陽系の成り立ちを解明する手掛かりになることが期待されている(資料:JAXA)

気持ちを1つに。プロジェクトチームに“魔法がかかった”瞬間

チームが最初に直面した困難は、はやぶさ2の着陸の場面でした。それは、はやぶさ2から送られてきたリュウグウの地表面映像を確認したときから始まりました。振り返ると、私たちにとって最初の難問であり、プロジェクト最大の危機でした。

はやぶさ2が安全に着陸するには、100m四方の平地が必要です。しかし、映像のどこを見てもリュウグウの表面は岩だらけでデコボコ。着陸に適した場所は見つかりません。いわば「神さまが与えた試練ならば立ち向かおう」と、諦めずに突破口を探りました。まず、科学者たちが地表の岩石を1個ずつ定規で図りながら根気強く調べ、着陸するためのわずかな平地を探しました。

人海戦術で問題解決に挑み続けて、約2カ月。遂にメンバーから「……、ありましたっ!」と声があがりました。確認するとそこは直径6mほどの平地でした。はやぶさ2は、端から端までが約6m。地球上ならきわめて狭い場所にギリギリ車体を収めて縦列駐車するようなものです。それを、「約3億km彼方の地球からの遠隔操作で実行する」。きわめて難度の高いミッションでしたが、チームの可能性を信じました。

次は、技術者の出番です。着陸を誘導するためのカメラや装置類を物理的に取り換えることはできないので、着陸精度を高めるにはソフトウエアの改良に賭けるしかありません。しかし、与えられた時間は2カ月。通常の宇宙開発では許されない短期間でのアップデートです。着陸の可能性を少しでも上げるため、併せて着陸方法自体もゼロベースで見直しました。

そして、2019年2月――。第1回目の着陸を試みました。しかし、直前にソフトウエアのバグが発覚。その解消を経て5時間遅れではやぶさ2は降下を始めました。地球との通信には約20分のラグが発生するので、すべて先読みしながら降下に向けた機体操作をしなければなりません。あらゆる手段を考え抜き、やれることはすべてやり切り、あとは通信を待つのみ……。

はやぶさ2の着陸を確認したときは、管制室がどっと沸きました。バグへの対処は大変でしたが、不思議と焦りはありませんでした。チームへの信頼に加えて、トラブルに備えた徹底的な訓練をしてきたからです。この過程ではメンバーがアイデアを出し合い、すべての人たちが一体になって考え抜き、具体的な1つのアイデアに収斂していった。着陸成功は、まるで“魔法にかかったよう”に、チームが1つの意志を持つ有機体になった瞬間でした(参考:JAXA宇宙科学研究所 小惑星探査機「はやぶさ2」第1回目タッチダウン成功について)。

第1回目の着陸成功に際して(チーム「はやぶさ2」)

写真:第1回目の着陸成功に際して(チーム「はやぶさ2」)
(資料:JAXA)

「チャレンジできる場、失敗できる場」をつくる

私がよく言っていたのは、「答えを解けるチームではなく、問題をつくれるチームになろう」ということ。つまり、「未知の課題について想像力豊かに仮説を立てて解決に導く」ということです。私は答えを知っているからリーダーになったわけではありません。リュウグウには誰も行ったことがない。人類は答えを知りません。私たちができるのは、成功確率を少しでも100%に近づけること。チームには約600人のメンバーがいます。つまり600人分の頭脳がある。それをフルに生かせるチームはどうやれば作れるでしょうか。大事なことは、誰かがチームを前進させるアイデアを思い付いた際、みんながすぐにそれに気づき、課題解決に向けて具体化ができる環境や雰囲気です。

先に「徹底的な訓練」と言いましたが、その一例として「管制訓練」を紹介しましょう。訓練は、「神さま(管制上のトラブルを出題するチーム)」と「人間界(トラブルを乗り越える管制チーム)」の2つに分かれて行います。人間界のメンバーは管制室に入り、シミュレーターを使ってはやぶさ2のモデルを操作します。一方の神さまチームは、別の部屋(通称「神の間」)からあらゆるトラブルを発生させて人間界を混乱させます。神さまは通信を途絶させたり、ときには物理的にケーブルを引き抜いたりします。都度、人間界はトラブル原因を特定し、回復処置を迅速に行います。彼らが慣れてくると、神さまは“意地悪”のレベルを上げて、落とし穴を二重三重に用意していきます。そのうち、人間界はトラブルを事前に想定して、あらかじめ対策を打つようになりました。そんな形で48時間ぶっ通しの訓練を50回近く実施しました。

神さまvs人間界:失敗させるシカケ「管制訓練」

図版:Realtime Integrated Operation(実時間統合運用)訓練
(資料:JAXA)

この経験を通じて、人間界チームの意思疎通・連携が密になり、助け合いの雰囲気が深く醸成されました。メンバーも「俺たち、すごいチームになっている」と声を掛けあっていました。この空気感が生まれたのは、想定されるトラブルを考え抜いた神さまチームの試行錯誤のおかげでもあります。

管制訓練は「挑戦の場」であり、「失敗の場」でもあります。はやぶさ2には、約600人が長期にわたって参画します。貴重な時間をお借りする以上、結果によらず、すべてのメンバーに「やってよかった」と思ってもらいたい。それが、私がチームづくりで最も重視したポイントです。はやぶさ2は挑戦的な事業であり、成功の保証はありません。プロジェクトの失敗はもちろん避けなければなりませんが、それぞれのメンバーが意欲的にチャレンジできる場が重要です。失敗が許容される場があれば、仕事が面白くなり円滑なコミュニケーションと創造性の向上につながるからです。管制訓練は、そんな仕掛けの1つです。

「科学に徹し、仲間を信頼し、遊び心を忘れずに」

第1回目の着陸の1カ月半後には、はやぶさ2から衝突装置を分離し、リュウグウの表面に人工クレーターを生成するミッションに挑みました。小惑星の表面は太陽からの紫外線や宇宙放射線の影響で少なからず風化しています。このため、人工クレーターが生成できれば風化していない地下物質の観測・採取が可能になります。クレーターの生成は成功し、第2回目の着陸では、これを回収すべく準備を進めていました。

ただ、マネジメント上のハードルがありました。JAXA内には「第2回目はやらなくてもいい」との意見があり、上層部からも「プロジェクトは60点でいい。地球に帰ってこい」と言われました。不満に思う部分もありましたが、リスクを考慮せざるを得ないことも理解できます。もし第2回目の着陸に失敗すれば、初回のサンプルまでも失うからです。

本当に悩みました。NASAの友人に「どうすべきか」と聞くと、「(私なら)やらない」との返事。「そんなものかな」という暗い気持ちで、メンバーに同じように聞きました。すると技術者チームは「やりたい!」と答え、科学者チームも「技術チームと同じリスクを負う」と返してきました。科学者なら「初回のサンプルだけでも安全に持ち帰りたい」と考えても不思議はありません。しかし、チーム全員が、“未踏の領域に挑戦し続ける”という価値観でプロジェクトに参加している、そんな宣言を聞いたように感じ、心からうれしかったことを覚えています。最終的には、上層部からもGOサインが出ました。そして2019年7月。第1回目の着陸精度を上回る形で第2回目の着陸が成功しました(参考:JAXA宇宙科学研究所 小惑星探査機「はやぶさ2」第2回目タッチダウン成功について)。

はやぶさ2が地球に戻ったのは2020年12月。はやぶさ2が切り離したカプセルが、オーストラリアの砂漠に降りてきました。ここでも予想外の事態に見舞われました。コロナ禍です。日本とオーストラリアをつなぐ航空便はすべて欠航。しかし、両国政府の理解を得て、チャーター便で回収チームを送り込むことができました。砂漠で見つけたカプセルは、数日後に日本に到着。開封してみると、その中には黒々とした物質が入っていました。サンプルは当初の回収想定量(0.1g)を大きく上回る5.4g。JAXAだけでなく、世界中の研究機関に送られ太陽系の謎の解明が今も進められています。水や有機物、アミノ酸のような生命に近い物質も発見されました。

カプセルを分離したはやぶさ2は、現在「はやぶさ2拡張ミッション」として新たな旅に出ています。今後10年をかけて2つの小惑星を訪れます。プロジェクトの目的は達しましたが、我が子のようなはやぶさ2が元気なうちは、私も拡張ミッションの一員として向き合い続けるつもりです。

写真:津田氏

最後に、私がチームづくりで気をつけたことについてまとめましょう。第1に「科学に徹する」こと。年齢も違えば、専門性も異なる約600人のメンバーがフラットに議論すると、さまざまなアイデアが生まれます。こうした環境をつくるためには、冷静に課題を見つめて仮説を立て、その解決策を探っていく「科学に徹する」姿勢が重要です。第2に仲間を「信頼すること」。そして、第3に「遊び心を忘れずに」です。難しい仕事だからこそ、童心、遊び心といったものが必要です。

プロジェクトが終盤を迎えたあるとき、メンバーの1人が私にこう言ってくれました。「『自分がいなければ成功しなかった』と、みんなが思えるプロジェクトだったよなぁ」と。記憶に残る、本当にうれしい言葉でした。それこそが、私が目指したチームです。

互いの価値を認め合うことで信頼が生まれ、仲間になれる

写真:齊藤昇
BIPROGY株式会社 代表取締役社長 CEO
齊藤昇

齊藤素晴らしい基調講演をありがとうございました。ここでは、壮大なプロジェクトの舞台裏にある津田さんご自身の思いや、柔軟な組織づくりのポイントなどもお聞きしていきたいと思います。まず6年に及ぶプロジェクトで最も大変に感じたのは、どんなときでしたか。

津田やはり、第1回目の着陸ですね。ごつごつした岩だらけの映像を見て、「なんて運が悪いんだ」と思いました。そこは、はやぶさ2の性能では到底着陸できないような場所でした。半年ほど、失敗の恐怖を抱え続けました。

齊藤そんなときは、個々のメンバーもネガティブなことを考えがちですね。すると、チーム全体の雰囲気も沈んでしまう。そうならないよう、どのようにしてメンバーたちを奮い立たせたのでしょうか。

津田メンバーが後ろ向きにならないよう気をつけました。例えば、“どんなにくだらないアイデアでもいいから”まずは率先して口にしてみる。着陸場所を見つけようとみんなが必死になっているときには、「岩ばかりなんだから、平らな岩もあるはず。そこになら、着陸できるかもしれないね」と言って、メンバーにいぶかしんだ顔をされました。でも、それでいいんです。つまらないアイデアがきっかけになって、誰かがいいアイデアを思い付くかもしれません。みんなが前向きな気持ちになることが大事です。実際、着陸に際しての具体的なアイデアもこうした中から形になっていきました。

齊藤チームに「魔法がかかった」という言葉がありました。チームがどんな状態になったのか、もう少し詳しく教えてください。

写真:齊藤昇(左奥)、津田氏(右前)

津田講演の中で触れましたが、メンバーが意欲的にアイデアを出し合い、考え抜き、1つの解決に向かって収斂していく。そんな状態です。各々が挑戦し、前に進み続けなければ第1回目の着陸は成し得なかったでしょう。

その根幹には、メンバーそれぞれの“楽しむ”という気持ちがあったように感じます。長いプロジェクト期間を通じて、メンバーには「はやぶさ2を使って研究してください」と伝えていました。研究成果を学会発表するのも自由です、と。科学者や技術者にとっては、はやぶさ2を楽しんでいる感覚です。こうした活動を通じて、メンバーははやぶさ2の姿を熟知するようになります。困難に直面したときには、この知識や経験が生きてきます。例えば、「私ははやぶさ2で、こんなことをやった」とか「はやぶさ2には、こんな隠し機能があってね!」などと、メンバーが自由に発言し始めました。それが解決策につながったケースも少なくありません。

齊藤メンバーの創発性をいかに引き出すかという点で、楽しむ姿勢はとても重要ですね。それが困難を解決するカギともなりそうです。システム開発のプロジェクトも似たところがあると感じます。各々の強みを生かしてもらいながら、いかにモチベーションを維持するかという面でもプロジェクトリーダーは常に創意工夫しています。

津田そうですね。科学者にせよ技術者にせよ、メンバーは自分の知見に自信を持っています。専門分野については、「ここは、こうでなければならない」といったこだわりも強い。完全に自由な環境をつくってしまっては、やはりチームとしてまとまりません。メンバー個々の自由を尊重した上で、プロジェクトの成功という最終的なゴールはしっかりと共有することを心掛けていました。

齊藤ゴールの共有は非常に重要ですね。ところで、はやぶさ2は国の威信をかけた国家事業です。国家間の競争は激しいと思いますが、一方で、他国と協力する部分もある。競争しつつ共創することは、宇宙開発では一般的なのでしょうか。

津田ケース・バイ・ケースですね。ただ、「1つの国だけ」「1つの組織だけ」では十分な成果が期待できないケースは少なくありません。はやぶさ2のプロジェクトはドイツ、フランス、アメリカ、オーストラリアと一緒に進めました。

齊藤共創の方に価値を見出されたわけですね。多国籍のチームをまとめる上で注意した点などはありますか。

写真:齊藤昇(左前)、津田氏(右奥)

津田それぞれの国に強みがありますし、それは個々人も同様です。お互いの価値を認め合うことで信頼関係が生まれ、仲間にもなれる。1つのプロジェクトを共に経験することで世界中に仲間が広がります。何年か経って、別のプロジェクトに誘われたときには、「あの人と一緒ならチャレンジしたい!」という気持ちになるかもしれません。そうした人と人との関係は、科学者や技術者が活躍の場を広げるためにも非常に重要です。

齊藤真のパートナーとしての信頼関係が大きな礎となって、メンバーそれぞれの創造性が発揮されるのですね。私たちも共感の輪(=「デジタルコモンズ」)の拡がりを軸に、有形無形の財をデジタルの力で共有可能とし、あらゆるプレイヤーと共に社会的な価値を創出し続ける唯一無二の存在となるべく日々挑み続けています。一人ひとりのつながりや創発に向けた想いが力になっていくという点はとても共鳴する部分です。さて、今はやぶさ2は新たな旅に出ました。津田さんご自身は、今後どのようなことに挑戦したいとお考えでしょうか。

津田はやぶさ2では、思いがけないほどの成果を得ることができました。こうした経験を生かして、宇宙探査の技術者として次の探査を考えたいと思っています。太陽系はもっと広いですからね。

齊藤未踏の領域へチャレンジされている津田さまのお話からは、ビジネスを考える上でも数多くのヒントをいただきました。価値あるプロジェクトやチームを率いるリーダー、経営者の皆さまにとって、明日の一歩につながるギフトになったと思います。新しい経営体制のもと、ビジョン達成に向けてセカンドステージを歩み始めたBIPROGYグループにとっても多くの示唆をいただきました。本日は貴重な機会をいただき誠にありがとうございました。

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