鼎談:「超人スポーツ」が創出する“変身型”のコミュニケーション社会(後編)

スポーツの追究が「人間理解」の鍵になる

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「超人スポーツ」は狭義のスポーツとは異なり、観る人も「プレーヤー」に変え、選手と一緒になってプレーを楽しむことが可能になるという。さらにこの手法は、自分の苦手を克服する教育やトレーニングにも応用できそうだ。前編に引き続き、東京大学教授の稲見昌彦氏と、日本ユニシス総合技術研究所所長の羽田昭裕、日本ユニシス実業団バドミントン部女子チームコーチの平山優が、超人スポーツが切り開いていく新たなコミュニケーション社会の将来を展望した。

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超人スポーツは「観る人」もプレーヤーに変える

東京大学先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授
稲見昌彦氏

羽田 2046年には、ENIACがつくられて100年になります。超人スポーツの未来を見据えたとき、社会はこんなふうに変わっていくだろう、あるいは変えていきたいというイメージはありますか。

稲見 技術も飛躍的に発展し、社会も大きく変わっているでしょう。そして、その頃には超人スポーツを含めたスポーツ全体の重要度は、現在よりもさらに高まっていると思います。なぜならスポーツは、社会的な大変革が起こったときに、失われた生きがいある活動を復元するために生まれてくるからです。産業革命後、一気に世界に広がった近代スポーツがまさにそうでした。

日本ユニシス株式会社
総合技術研究所
所長
羽田昭裕

羽田 すると、今はITなどによって人々の生活や生きがいそのものが多様化しているので、次の大変革後に生まれるスポーツも多様化していくと考えられます。そうした中ではスポーツを「する人」だけでなく、「観る人」も超人化していくのでしょうか。

稲見 ある意味で「観る人」もプレーヤーになれる時代が来るかもしれません。例えば、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)准教授の南澤孝太先生は、触覚を活用して身体的経験を伝える触覚メディア・身体性メディアの研究を行っています。こうした技術を応用すれば、バドミントンのラケットが受けた振動を観客が手に握ったデバイスにリアルタイムに伝えて再現することが可能となります。これまでのような応援とは違い、触覚を通じて選手のスーパープレーを体験できるのです。

平山 すごいですね! 観客が今以上の一体感を持って試合に参加してくれるようになれば、選手にとっても大きな励みになります。選手はその競技の楽しさ、素晴らしさを知ってほしいという思いも強いので、自分と一緒に観客も試合を体感しているとなれば、より多くの人を感動させられるようなプレーをしようとモチベーションも上がります。

VRやMRのテクノロジーで全ての人を「一人称化」する

羽田 超人スポーツを支えるVR(仮想現実)やMR(複合現実)のテクノロジーは、「観る人」も「一人称化」していくのですね。

稲見 もしかするとこのテクノロジーは、人類が初めて手に入れた変身型のコミュニケーションになるかもしれないと考えています。

日本ユニシス株式会社
日本ユニシス実業団バドミントン部
女子チーム コーチ
平山優

平山 技術面の詳しいことは分かりませんが、これは各種スポーツのコーチングにも応用できそうです。例えばバドミントンでラケットを扱う際に「シャトルを指先に引っ掛けるようなつもりで」と教えることがありますが、その感覚をすぐに理解できる人もいれば、なかなかピンとこない人もいます。そうした自分と道具が一体化した微妙な感覚を言葉で表現するのではなく、実際の触覚で伝えることができたら、さまざまなテクニックを習得するスピードはずいぶん変わってくるように思います。

稲見 なるほど。改めて考えてみれば、スポーツに限らずあらゆる分野で、自分の「苦手」を克服することにつながっていくかもしれません。小学生が最初に国語につまずくのは、「この場面で主人公はどう考えたか」といった相手の視点への変換が求められる問題が出てきたときともいわれますが、変身型のコミュニケーションを使えば頭で考えなくても簡単に相手の立場に自分の身を置き換えることができます。

羽田 算数の「分数」、理科の「月の満ち欠け」、体育の「逆上がり」など、子どもたちが最初につまずく全ての学習に共通していますね。他人や対象物と自分との相対的な関係性を“体感”によってイメージできるようにすることで、子どもたちの理解は格段に進むのではないでしょうか。もちろん大人も同じで、企業研修でよく行われているロールプレーイングなども、もっと洗練された形になっていくかもしれません。

このように考えると超人スポーツは、狭義のスポーツだけにとどまらず、「人間理解」を深めることで、多様化する人々の生活の価値そのものを高めていく可能性があります。

稲見 私としても超人スポーツの意義はそこにあると考えており、2020年東京オリンピックを1つの契機として、世界に向けて問題提起を行っていきたいと思います。

Profile

稲見 昌彦(いなみ・まさひこ)
東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野 教授、JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト 研究総括、超人スポーツ協会発起人・共同代表
1972年、東京都生まれ。1996年、東京工業大学大学院生命理工学研究科修士課程修了。1999年、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。電気通信大学教授、米マサチューセッツ工科大学客員科学者、慶應義塾大学教授などを歴任。専門は人間拡張工学、エンターテインメント工学。現在までに光学迷彩、触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚・知覚に関わるデバイスを各種開発。米TIME誌「Coolest Invention of the Year」、文部科学大臣表彰 若手科学者賞などを受賞。
羽田 昭裕(はだ・あきひろ)
日本ユニシス総合技術研究所 所長
1984年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。研究開発部門に所属し、経営科学、情報検索、ニューロコンピューティング、シミュレーション技術、統計学などに基づく、新たな需要予測技術などの研究やシステムの実用化に従事。その後、Web関連や新たなソフトウェア工学に基づく開発技法の理論やアーキテクチャの構築、製造業や金融機関を中心とする企業システムのITコンサルティングなどを担当する。2007年、日本ユニシス総合技術研究所 先端技術部長に就任。2011年から現職に。
平山 優(ひらやま・ゆう)
日本ユニシス実業団バドミントン部 女子チーム コーチ
1985年、宮城県生まれ。聖ウルスラ学院英智中学校・高等学校、早稲田大学卒業。2002年、インターハイ(高校総体)女子シングルス優勝。高校在学中にバドミントン日本ランキング1位になる。早稲田大学進学後も日本代表選手(ナショナルチーム)として活躍。2005年と2006年、インカレ(全日本学生選手権大会)女子シングルスで2連覇を達成。2008年4月、日本ユニシス入社。2012年3月に現役引退、現職に至る。

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