鼎談:「超人スポーツ」が創出する“変身型”のコミュニケーション社会(前編)

人間拡張工学が拓く新たな世界

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人間の身体能力をテクノロジーによって補う人間拡張工学を応用し、老若男女、健常者・障がい者を問わず誰もが参加し、楽しむことができるスポーツを創造していく「超人スポーツ」が注目され始めた。この取り組みは、私たちの社会にどんな変革をもたらすのだろうか。人間拡張工学の第一人者である東京大学教授の稲見昌彦氏を迎え、日本ユニシス総合技術研究所所長の羽田昭裕と日本ユニシス実業団バドミントン部女子チームでコーチを務める平山優が語り合った。

自分が楽しめるスポーツがないならつくればよい

羽田 稲見先生はエンターテインメントの1つでもあるスポーツに人間拡張工学を取り入れて、その成果を社会に還元する「超人スポーツ」を提唱されています。この研究は、そもそもどんなところから始まったのですか。

東京大学先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授
稲見昌彦氏

稲見 もともと私自身が超人になりたいという思いがありましたが、頑張ってなれるものではありません。そこで普通の人でも超人になれるという夢を、テクノロジーで支援することをライフワークとしてきました。

そうした中で人間拡張工学とスポーツが結び付いたのは、「2020年に東京でオリンピックが開催される」というニュースが飛び込んできたのがきっかけです。正直なところ、最初は私には全く関係のない他人事と思っていました。でも、2020年もしくはその先の社会において、テクノロジーによってより多くの人が楽しめる全く新しいスポーツが生まれるとするならば、そこには私も関わっていけると思い始めました。

羽田 裏を返せば、それ以前はスポーツとテクノロジーを結び付ける考えはあまりなかったのですか。

稲見 スポーツに関わる研究に携わったことはありますが、超人スポーツというエンターテインメントにまで踏み込む考えは持っていませんでした。その意味でも東京オリンピックは私に大きなモチベーションを与えてくれました。オリンピックを機に芽生えた超人スポーツが日本発で世界に広がっていけば、とても素晴らしい取り組みになると。

日本ユニシス株式会社
総合技術研究所
所長
羽田昭裕

羽田 スポーツはつくってもいいのだと、気づいたわけですね。

稲見 そうです。私は常日ごろから学生たちに対して「世の中に必要なものがなければ、君たちはエンジニアなのだから自分自身の手でつくりなさい」と説いていたのですが、「自分が楽しめるスポーツがこの世に存在しなければつくればよい」ということに、私自身が気づいていなかったのです。

羽田 よくよく考えてみれば、誰でも子どもの頃は仲間内で遊びをつくったり、その時々でルールを変えたりしていたはずです。ところが中学・高校の部活になると既存の競技のルールに縛られて、いつの間にか自分たちでつくることの楽しさをすっかり忘れてしまいます。これは非常にもったいないことかもしれません。

稲見 現在の有名なプロスポーツにしても、昔誰かの手によってつくられたものが、歴史を重ねる中でルールをチューニングしながら世に広まってきたわけで、時代に合った新しいスポーツをつくり続けることも、両輪としてしっかりやっていくべきだと思います。

人が成長する鍵は「課題を設定する力」にある

羽田 平山さんは、高校生でバドミントン女子シングルス日本ランキング1位、インターハイ(高校総体)優勝、インカレ(全日本学生選手権大会)優勝、スウェーデン国際大会でも優勝した、まさに「超人」ですが、「超人スポーツ」という取り組みについてどう感じましたか?

日本ユニシス株式会社
日本ユニシス実業団バドミントン部
女子チーム コーチ
平山優

平山 お二人の話を伺っていて、私は全く逆の道を歩んできたのだなと、つくづく思います。私がバドミントンに出合ったのは小学生のときですが、それからずっと決められたルールの中で育ってきましたので。

稲見 スポーツに限らず、何事も同じですよね。例えば大学入試までの勉強は何か新しいことを生み出すわけではなく、全員が同じルールのもと、決まった出題範囲の中で、同期の人たちと比べていかによいパフォーマンスを出すかを競い合っています。まさにスポーツ的であり、これは教育全体について言えることかもしれません。

羽田 問題はその後の人生ですね。日本ユニシス総合技術研究所・生命科学チームは「人間理解」を軸としていて、私は人が成長する鍵は「課題を設定する力」にあると考えています。しかし、これはなかなか身に付くものではありません。当社内でもデザイン思考などの研修を行っていますが、スポーツをつくるという取り組みはそれ以上に効果的なテーマになるかもしれません。

稲見 実際、1つの競技を設計するとなれば、非常に多岐にわたる要素に思いを巡らせ、仕組みやルールを考えなくてはなりません。例えばバドミントンでも、コートの広さはシャトルの反発係数や速度と選手が動ける範囲の相関関係などから、絶妙なバランスで成り立っているのではありませんか。

平山 おっしゃるとおりです。今以上にコートが広がると試合にならず、狭くても難しいですし、本当にちょうどよい広さです。

稲見 加えてプレーヤーのモチベーションをいかに維持するかも、設計の重要なポイントとなります。ビデオゲームはとてもよい例で、デザイナーは初心者が脱落しないように直面するハードルの高さを調整しながら、時間をかけたぶんだけ上達を本人が自覚できる仕組みを工夫してつくり込んでいます。

羽田 上級者同士の試合では、勝敗を左右する競り合いや心理的な駆け引きが設計上の重要な要素となるでしょうが、一方で勝つことだけが楽しいとなると、プレーヤーのモチベーションは維持できません。大会で優勝できるのは1組だけで、他の全員が負けるのがスポーツの世界ですから。

稲見 負け続けても次は絶対に勝ってやると再挑戦する気持ちをどうやって育んでいくのか、バドミントンの世界ではどんな工夫を行っているのでしょうか。

平山 そこは私たちコーチが果たす役割も大きいと思います。ユニシスのような実業団チームの場合、選手を強くして勝つことが一番の目標なので、楽しさよりも結果が優先されるのが現実ですが、それでもバランスは大切です。もともと実力トップの選手をさらに伸ばすため、つらい練習が続く中でも、そこに選手が喜びや楽しさを見いだせるように、練習メニューを選手ごとに組み立てることを心掛けています。

羽田 考えれば考えるほど、新しいスポーツをつくる、1つの競技を設計するというのは非常に深淵なテーマであり、これからのビジネスや人々の生活、そして学校教育や企業教育のあり方にも大きな洞察を与えていく可能性がありますね。(後編に続く)

Profile

稲見 昌彦(いなみ・まさひこ)
東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野 教授、JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト 研究総括、超人スポーツ協会発起人・共同代表
1972年、東京都生まれ。1996年、東京工業大学大学院生命理工学研究科修士課程修了。1999年、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。電気通信大学教授、米マサチューセッツ工科大学客員科学者、慶應義塾大学教授などを歴任。専門は人間拡張工学、エンターテインメント工学。現在までに光学迷彩、触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚・知覚に関わるデバイスを各種開発。米TIME誌「Coolest Invention of the Year」、文部科学大臣表彰 若手科学者賞などを受賞。
羽田 昭裕(はだ・あきひろ)
日本ユニシス総合技術研究所 所長
1984年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。研究開発部門に所属し、経営科学、情報検索、ニューロコンピューティング、シミュレーション技術、統計学などに基づく、新たな需要予測技術などの研究やシステムの実用化に従事。その後、Web関連や新たなソフトウェア工学に基づく開発技法の理論やアーキテクチャの構築、製造業や金融機関を中心とする企業システムのITコンサルティングなどを担当する。2007年、日本ユニシス総合技術研究所 先端技術部長に就任。2011年から現職に。
平山 優(ひらやま・ゆう)
日本ユニシス実業団バドミントン部 女子チーム コーチ
1985年、宮城県生まれ。聖ウルスラ学院英智中学校・高等学校、早稲田大学卒業。2002年、インターハイ(高校総体)女子シングルス優勝。高校在学中にバドミントン日本ランキング1位になる。早稲田大学進学後も日本代表選手(ナショナルチーム)として活躍。2005年と2006年、インカレ(全日本学生選手権大会)女子シングルスで2連覇を達成。2008年4月、日本ユニシス入社。2012年3月に現役引退、現職に至る。

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