さまざまな分野で意欲的に挑戦を続けるイノベーターたち。革新を起こし時代をリードする彼らを突き動かす、その原動力や原体験とは一体何なのだろうか――。その核心に迫る新企画「a storyteller~情熱の原点~」。第3回では、動物たちの姿をありのままかたどった原寸大の肖像彫刻を手掛ける、彫刻家のはしもとみお氏に話を聞く。北西を山々に囲まれた自然豊かな三重県の住居兼アトリエで、愛犬(黒柴犬)の月(つき)くんと暮らすはしもと氏。大きなクスノキから木材を切り出し、モチーフとなる犬や猫たちと会話をするように一体また一体と彫り進めていく。自然と触れたくなる不思議な魅力にあふれているはしもと氏の彫刻たち。創作の原点にあるのは、幼少期に動物の命と向き合った経験から、動物と一緒に過ごす空間そのものを残したいという想い。はしもと氏が「運命のように導かれた」と話す彫刻との出合いが生み出した肖像彫刻の軌跡とは。そのストーリーのページをめくってみよう。
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“その子”をモチーフにする世界でただ1つの肖像彫刻
――はしもとさんがつくる「肖像彫刻」について教えてください。
はしもとはるか昔から動物の彫刻はたくさんつくられています。古代エジプトの猫やライオンなどの動物彫刻は有名ですよね。私がつくる肖像彫刻は「犬」や「猫」といった種族のくくりではなく、名前のある「個」をテーマにしています。例えば、「犬」ではなく「ハチ公」をモチーフにするのが肖像彫刻です。「飼っている動物の肖像彫刻をつくってほしい」などのご依頼を受けて、世界に一体の“その子”を彫っています。私以外に動物の肖像彫刻を専門につくっている人というのは聞いたことがないので、珍しいかもしれません。
――彫刻家としての道を歩まれる中で、影響を受けた人はいらっしゃいますか。
はしもと主に二人います。まず一人目はアルベルト・ジャコメッティというスイスの彫刻家です。19歳の時に『ジャコメッティとともに』という本に出会い、彫刻という世界の深さに感銘を受けました。この本は、矢内原伊作という哲学者が肖像デッサンのモデルをしながら、ジャコメッティと話した内容を書き留めた手記です。読み進めるうちに、一人の「個」という存在と向き合うことで対象の本質を表現するための答えが見えてくる、そういった深さを感じたんです。「私もこんな仕事がしたい」と思い、後に彫刻の道に進むきっかけになりました。
二人目はバラエティ番組の司会など多彩な活躍をされているタモリさん。昔からタモリさんが出ているテレビ番組は欠かさず観ています。今は終わってしまった番組ですが、『笑っていいとも!』で日替わりゲストが登場する「テレフォンショッキング」を観る度に、「タモリさんって本当にすごい人だな」と感じていました。ゲストが話す内容に「そうだね~」と相づちを打っているだけなのに、来る人来る人の魅力を引き出していて、観ている側もすごく面白い。
個性を引き出すプロですよね。まさにそれは、肖像彫刻をつくるうえで大切なこと。来る犬、来る猫には、その子らしさが必ずあります。私が気を張ることなく、動物たちにとってテレフォンショッキングのタモリさんのような存在になれれば、その子たちの個性がにじみ出る良い彫刻づくりにつながるのだと思っています。
失われゆく命に向き合い、その経験が動物への愛を表現する生き方へとつながる
――彫刻のモチーフはすべて動物ですが、子どもの頃から動物がお好きだったのでしょうか。
はしもと子どもの頃、動物のテレビ番組を見たことがきっかけで動物に興味を持ちました。小学3年生の時には近所で生まれた子犬を飼わせてもらえることになったんです。生後1カ月でお迎えした子犬は本当にかわいくて、名前を呼ぶと私の元に来るぐらい仲良くなれたのですが、残念ながら病気ですぐに亡くなってしまいました。この経験が真正面から動物の命と向き合うきっかけの1つになったと思います。
それから、15歳の時に起こった阪神・淡路大震災も、動物に対する思いが強まる経験になりました。私が住んでいた兵庫県尼崎市は揺れが大きく、被害も甚大でした。地震直後に外に出るとシーンと静まり返って、いつも聞こえていた犬や猫の鳴き声や鳥のさえずりが一切聞こえない。動物たちはどこに行ってしまったのでしょう。
昨日までそこにあったはずの、たくさんの命の動きも音もなくなってしまった。大きな喪失感の中で、私の「動物が好き」という気持ちは、その子が存在していた空間そのものが好きなんだと気が付きました。視界に入らなくても、同じ空間を共有しているだけで存在がいとおしくて、触れたり撫でたりするともっといとおしくなる。そんな愛の塊のようなものを表現する生き方がしたい、という思いが芽生えました。
――動物たちへの愛を表現する方法として、美術の道に進まれたきっかけを教えてください。
はしもと理数科を専攻していた高校2年生の時、生物の授業でレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた解剖図を目にしたんです。当時の匂いや音、息遣いまで聞こえてきそうな絵を前に、こんなに美しい研究があるのかと衝撃を受けました。それから美大を志し、放課後は大阪にある夜間の美術予備校に通ってデッサンなどの美術の基礎を学びました。
ハードな毎日でしたが、絵を描くことが楽しすぎて大変さよりも情熱が勝っていたのを覚えています。その分、高校では大好きな理科以外の成績はボロボロ。同じクラスの子はみんな真剣に理数系の大学受験を目指している中で、一人だけ絵にのめり込んでいるという異色の存在だったと思います。初めは親や先生も心配していましたが、「美術の道に進むのなら仕方ない」と思ったようで温かく見守ってもらいました。
――絵画や版画などさまざまな表現方法がある中で、彫刻の道に進まれたきっかけは何だったのでしょう。
はしもと美大を受験する前に、美術予備校で科を決めておく必要があるのですが、私が通っていた学校はデザイン工芸科と油絵科しかありませんでした。私はデザイン工芸科を勧められ、デザイン科、工芸科の両方を受験する方向で学び始めました。デザイン科ではデッサンの大切さを学び、工芸科では立体造形を学びました。東京藝術大学を目指していましたが、3浪して合格をしなかったので「自分には何が合っているのだろう?」と考えて、たくさんの本を読みました。
その時に、彫刻家に関連する本がとても心に響くことに気が付いたんです。子どもの頃から『高村光太郎全集』を好んで読んでいたのですが、高村光太郎が彫刻家だと知ったのもちょうどその頃。『ジャコメッティとともに』を読んで抱いた彫刻の世界への憧れもあって、4度目の美大受験の願書を提出する直前に、「彫刻をやってみたい」と自分の意思が明確になりました。3年も別の科の勉強をしたのに、別の科を志望するという突拍子のなさに、親も予備校の先生も心底驚いていましたね。でも、私としては気づいてしまったのだから、この情熱は止められません。
そして、彫刻の世界から呼ばれるかのように、東京造形大学の彫刻科に良い成績で合格できました。素晴らしい彫刻家でもある先生方のもとで、4年間彫刻を伸び伸びとつくらせてもらうことができ、今でもこの大学に通えて良かったと思っています。
――美大時代に初めて動物の肖像彫刻をつくられたそうですね。
はしもと私は大学2年生の時に、学生ながら生後6カ月の犬を飼い始めました。今ではあり得ないと思いますが、大学にも許可をもらって一緒に通学もしていました。それが、初代の月くんです。この子と過ごす喜びを残したくて、そして月くんにも喜んでほしくて、大きさも見た目も月くんそのままの肖像彫刻をつくりました。冬休みの課題として提出したら、先生は「絵画が飛び出してきたような彫刻だね」と仰ってとても驚いていましたね。
一般的に木彫の彫刻では彩色をしないので、彫刻科でも色の授業はありません。そのため、彩色した彫刻というのも珍しかったようです。私は美術予備校で絵画、デザイン、工芸を3年間マルチに勉強していたので彩色ができたんです。加えて、動物をモチーフにするのも、一頭の個体を彫るのも面白いということで、学内での評判は上々でした。
すると、先生から「僕の犬も彫ってくれない?」なんて言われ、アルバイト先でも「うちの犬を彫ってほしい」と言われるようになりました。ご依頼を受けて丁寧に彫刻をつくっていたら、その彫刻を見た別の飼い主さんから「ぜひうちの子も」と人づてに依頼が舞い込むようになり、それが途切れることなく今の私の「仕事」になっています。「動物と暮らす」という私の純粋な喜びが周りにも連鎖していくようで、本当にうれしいことですよね。そこに、「自分を表現しよう」「技を見せよう」という私の「我」が入っていたら、ここまで続かなかったと思います。飼い主さんが望んでいる彫刻はその子そのもの。ですから、自分が空っぽの器になって受け入れるような感覚で彫り進めていくんです。無理に個性を引き出そうとせず、自然ににじみ立たせるように。まさしくタモリさんになったつもりで、モチーフになる子たちと接しています。
「個」に寄り添い、その子らしい自然な瞬間に耳を傾ける
――肖像彫刻の制作過程を教えてください。
はしもとまずはモチーフになる子に直接会って、30分ぐらい動きなどをよく観察してからササっとスケッチを1枚起こし、そのスケッチと頭の中のイメージを元にアトリエで彫り進めていきます。亡くなってしまった子の場合は、写真などの資料を見せてもらいながら、「どういう性格の子だったか」「何をしているときにその子が一番喜んだか」といったヒアリングをしっかり時間をかけて行います。
ポーズはその子が喜んでいる時に取る姿をつくってあげるようにしています。喜びを感じてスヤスヤ寝ている姿など、私はその子らしい自然な動きが一番美しい瞬間だと思うんです。たまに、その子が取らないポーズを指定されることもあるのですが、それだけはお断りさせてもらっています。「こう動かしたい」という人間の思いに従わせたいのなら、ロボットやAIで事足りますよね。思った通りにはならない動物だからこそ、かわいいし面白い。それを踏まえて彫刻として表現し、感じ取ってもらう。そうでなければ、あらゆる楽しみがなくなってしまうような気がします。
――制作過程で最もこだわっているのはどんなポイントですか。
はしもとこだわりとは言えませんが、私の場合は「できないことを無理にやらない」ですね。実は、私は木彫の基礎を全く知らず、刃物の難しい研ぎ方もわからないんです。大学1年生の時、木彫の最初の授業で誤って彫刻刀で手首を切って大けがを負ってしまいました。その期間は木彫りの授業を受けることができませんでした。だから、私が使える道具は、けがの前に使い方を教わったチェーンソーと刃が真っすぐで研ぐのが簡単な平刀だけ。それでも木彫が好きなので、限られた道具を駆使して彫刻をつくってみたら、「動物の生き生きした感じが出ているね」と先生が褒めてくださったんです。技術としては未熟でも、そこが彫刻の味わいや遊びになる。大学生の時の経験は、きっと神様が「できないことはムリにやらなくてもよいよ」、と教えてくれるための大切な機会だったのかなと感じています。
――制作の途中で行き詰まってしまうこともあるのでしょうか。
はしもと制作を始めてから20数年、行き詰まるということはありません。1000年くらい続けたら行き詰まるかもしれないですが、私の生涯では足りないでしょうね。彫刻は地球に存在するあらゆる物の模倣をするようなもので、とにかく深い。行き詰まるどころか彫刻をつくるたびに新しい発見があります。最近つくった猫の場合は、お父さんとお母さんがその子にかけた愛情を遡って考えてからつくり始めてみたんです。まるで私が親猫になったような気持ちになりました。それから木を彫っているので、木の命について考えることもあります。木自身がなりたい形があり、それに逆らいすぎると木目が割れてしまって良いものができない、これも発見です。木が「刃向かってくる」、こうした表現も刃物から来ているのかなと考えるのも、日本語の発見。小さな発見から、宇宙のようにインスピレーションが広がるような感覚がずっと続いています。自分の心が高揚していないと、良い彫刻はつくれません。こうした子どものような感覚を持ち続けるのも、大事だと思っています。
――完成した肖像彫刻を見たお客さまの反応はいかがですか。
はしもと「うちの子」がこの世にもう一体現れたように感じるようで、皆さん見た瞬間に撫でていますね。それから、彫刻を自分たちの隣に置いて、楽しそうに写真をたくさん撮られています。一方で、すでに亡くなられた子の彫刻を依頼されたお客さまの場合は、「おかえり」という思いで涙が止まらない。私自身、動物たちはかけがえのない家族だとよく分かるので、その瞬間は何度立ち会っても感動します。天国にいるような不思議な感覚ですね。
人間と動物が共生する社会を実現したい
――生成AIなどの新たな技術が誕生し、社会を大きく変化させています。はしもとさんの中で、「変わらないもの」は何でしょうか。
はしもと私はデジタルが大好きで、VRや3DCGを活用した制作もしています。このアトリエにはロボット掃除機やスマートスピーカーもありますし、生成AIと会話をすることも。とても便利で私たちを楽しませてくれるものですが、マシーンは無感情で笑ってはくれないですよね。でも人間は、日常で面白いことがあれば笑うし、星を見上げて「きれいだな」と喜ぶ。そこは、人間だけが赤ちゃんの頃から持ち続けているもので、社会が変わっても決して変わることはありません。私がずっと肖像彫刻をつくり続けてきて思うのは、楽しくなければ続かないということ。人間は楽しむ力を持っているからこそ、あらゆる新しいことを考えて創造できる神様みたいな存在だと思っています。
――今後はどんなことを目標に取り組んでいきたいですか。
はしもとまずは、できる限り多くの肖像彫刻をつくっていくこと。いずれは愛犬・愛猫も一緒に入れる美術館をつくりたいと考えています。展示するのが私の彫刻であれば、犬や猫に粗相をされても問題ありません。理想は、美術館のほかに温泉、本屋、カフェ、ライブができる音楽ホールなども備えた1日中楽しめる総合施設。日本では動物たちを連れて入れない施設が多く、そのお留守番が心配で美術館の展示を急いで見て帰ったという残念な話も耳にします。時間を気にせず飼い主も動物たちと共に過ごせる場所があれば、双方が幸せですよね。
私が叶えたいのは、人間も動物もフラットに共生できる社会。大学時代に先代の月くんを飼い始めた時、奇跡的に「犬もどうぞ」と学校に入れてもらえて、バスにも乗せてもらえた。その経験があったからこそ、肖像彫刻は生まれました。やはりものづくりの原点にあるのは、喜びや幸せといった感情です。そうして生まれた何かが次の誰かの喜びや幸せにつながっていけば、日本のものづくりももっと発展していくと思います。
Profile
- はしもとみお(はしもと・みお) 彫刻家
- 1980年兵庫県生まれ。東京造形大学美術学部彫刻専攻、愛知県立芸術大学美術研究科彫刻専攻卒業。世界各地から依頼を受け、この世に生を受けた動物たちのありのままの姿を木彫りにする「肖像彫刻」を制作する。その他、ミニチュア彫刻、動物のカプセルトイの原型制作なども手掛け、絵本作家としても活躍する。著書に『はじめての木彫りどうぶつ手習い帖』(雷鳥社)、『はしもとみお 猫を彫る』(辰巳出版)などがある。