山梨中央銀行は2023年5月、オンプレミス環境の勘定系システム「BankVision」を更改し、パブリッククラウドを活用した「BankVision on Azure」への移行を成功させた。同システムは、山梨中央銀行のDX推進の礎の1つとなっている。さまざまなシステム連携が容易で新たなサービス開発の促進が期待され、実績も増えている。背景には10年以上にわたるシステム開発の内製化の歴史がある。同行は時間をかけて人材を育成し、開発力を高めてきた。本稿では、山梨中央銀行執行役員である代永(よなが)茂樹氏を迎え、同行を支援し続けてきたBIPROGY藤吉祐介と近藤英昭に、挑戦の歩みと今後の展開について聞いた(写真:山梨中央銀行 金融資料館内 茶室「水月」前にて)。
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「山梨から豊かな未来をきりひらく」。その礎として、クラウドリフトを選択
山梨県を中心に100近い営業店網を展開する山梨中央銀行は、現在DXを加速している。その礎の1つが、2023年5月からクラウド基盤上で稼働し始めた勘定系システム「BankVision on Azure」だ。同行は2011年から勘定系システムとしてBIPROGYが提供するWindowsベースのフルバンキングシステム「BankVision」を活用してきた。
「当行では2019年ごろから、次世代の勘定系システムのあるべき姿について検討を始めました。ハードウェアなどの基盤は通常なら約10年で更改期を迎えます。2021年がちょうど10年目ですが、延長して行内で議論を重ね、2022年にクラウド基盤への移行を決定しました」。こう語るのは、山梨中央銀行執行役員の代永茂樹氏である。
議論を重ねる間も、パブリッククラウドは一層の発展を遂げていた。例えば、BIPROGYの「BankVision on Azure」を先行導入した北國銀行や、紀陽銀行の勘定系システムは安定稼働を実現し(参考:「銀行をこえる銀行へ」。紀陽銀行が描く未来の金融)、さらにデジタル庁が推進する「ガバメントクラウド」(※1)のように、政府もクラウド活用に積極的な姿勢を見せていた。こうした状況が、山梨中央銀行における勘定系システムのクラウドリフト(※2)を後押しした面がある。とはいえ、経営判断の主軸はクラウドリフトした場合のメリットとデメリットをどのように評価するかだ。代永氏はこう振り返る。
- ※1ガバメントクラウド:政府共通のクラウドサービスの利用環境。その利点を有効活用することでセキュアであることはもちろん、柔軟で迅速、そしてコスト効率の良いシステム構築を目指すもの
- ※2クラウドリフト:自社が所有するオンプレミス環境の業務システムをそのままクラウド環境に移行することを指す。短期間、低コストでクラウド化できる点に特徴がある
「まず、クラウドに移行した場合には、どのような未来が描けるのかを考えました。大きな利点は、システム更新・管理コストの削減です。そして、これらの費用を別の投資に活用できるようになることや、APIによる他サービスとの連携、データ活用の促進なども期待できます。一方、Microsoft AzureのSLA(※3)を考慮し、アプリケーション側での対応と、万が一に備えた事務運用の見直しを実施しました」。
- ※3SLA:Service Level Agreementの略。事業者と利用者間で締結されるサービスのレベルに関する水準や、品質保証のことなどを指す
代永氏は行内で、「止まらないシステムはない。システムが止まったときにどう対処するか、いかに迅速に回復させるかを考えましょう」ということを情宣してきたという。実際、こうした方向で議論が進み、2022年にBankVision on Azureの採用が決まった。
山梨中央銀行が描く将来像のイメージ
「2023年5月の稼働以降、BankVision on Azureは大きなトラブルもなく順調に動いています。クラウドリフトを決断してよかったと思っています。ただ、クラウド化はこれで終わりではなくまだ中間点です。現在は、新たな展開に向けてBIPROGYと各種の検討を進めています。この点については後程の話題で触れたいと思います」と代永氏は話す。
行内におけるクラウドへの理解促進と“万が一”に備えた訓練も実施
山梨中央銀行がクラウド移行プロジェクトに要した期間は、16カ月である(2022年3月に採用発表、翌年5月に安定稼働を発表)。勘定系システムにしては短いと感じられるかもしれないが、今回は基盤の更改のみで勘定系システムそのもの、言い換えればアプリケーションには手を加えていないという。
「もしシステムを刷新したとすれば、業務プロセスや現場のオペレーションなどのすべてを変える必要があり、その分時間がかかっていたはずです。今回は基盤のみクラウドへリフトしただけで、業務の変更は一切ありませんでした」と代永氏。
入念に準備したのは、代永氏が先に触れたトラブルへの備えだ。「Microsoft AzureのSLAの話題は先ほど触れましたが、それらを前提に行内の理解促進やレジリエンスを高める施策を実行しました。また、行内でクラウドのメリットや特性を周知するとともに、万が一のトラブル対応も見直しました。例えば、ATMが全面停止した場合のマニュアルの見直しなどです。『休日にATMが停止』との想定で、行内一丸となった訓練も複数回実施しています」と振り返る。
オンプレミス環境のBankVisionからBankVision on Azureへの移行が完了して、1年余り(2024年5月時点)。代永氏は「BankVision on Azureのサービスレベルはとても高く、かつ基盤にかかるコストの低減も図ることができました。これらが奏功して、開発パワーとシステム投資を新分野に傾注させることができました」と今回のプロジェクトのビジネス効果を説明する。
このプロジェクトをサポートしたBIPROGYファイナンシャルサービス第三事業部 営業一部 第二営業所長の藤吉祐介はこう話す。
「オンプレミスの場合、システムを拡張するには一定の時間がかかります。クラウドならすぐにさまざまなリソースを追加して拡張し、ビジネスのニーズに迅速かつ柔軟に対応することができます。また、クラウドに移行したことで、API連携による新サービスの展開や顧客ニーズに即したシステムの開発など新しい打ち手の選択肢も広がります。1年を経て、新たな価値創造に向けた取り組みが着実に進んでいると感じます」
山梨中央銀行におけるクラウドリフトの成功要因の1つとして、デジタルリテラシーの高さや、システム開発に関する経験値があると分析するのはBIPROGYファイナンシャルサービス第三本部 サービス第三部長の近藤英昭だ。「山梨中央銀行のデジタルリテラシーは非常に高いと感じています。例えば、勘定系だけでなく、顧客接点のシステムなどの開発においても、現場基点の発想があり、私たちが学ぶことは多いと感じます」と語る。
基礎にあるのは、山梨中央銀行が積み重ねてきた内製化の歴史だ。ITベンダーに任せ切りにするのではなく自分たちでシステムを開発し、委託するケースでも十分に関与して開発プロセスをコントロールする営みを続けてきた。内製化には戦略的な狙いもある。「内製化の目的は4つあります。それらは『開発コストの抑制』『開発のスピードアップ』『ユーザー満足度の向上』『新たな収益モデルの構築』です」と代永氏。実は、内製化シフトのきっかけは、2011年に導入されたオンプレミス版のBankVisionだった。
「当時、地銀の間では、『勘定系システムとその基盤をフルアウトソーシング』する潮流がありました。当行もその方向を検討していましたが、将来に向けた内製化の充実などの側面も考慮しつつ方針を転換しました。そこで勘定系システムは自行開発、基盤などの運用をBIPROGYに委託することになりました。もしフルアウトソーシングしていれば、行内のIT技術者は大幅に減っていたでしょう。内製化に向けた地力もつかなかった。方針を転換したことで一定数のエンジニアが維持され、その後のシステム開発をけん引する人材として育ちました」(代永氏)
26以上のシステムを独自開発。他行への外販実績も
10年以上前からIT開発の地力を着実に高めてきた山梨中央銀行だが、2010年代後半にはその取り組みが加速する。代永氏はこう説明する。
「節目は、2017年に採用した営業店窓口業務支援システム『SmileBranch(スマイルブランチ)』です。その狙いはお客さまの利便性向上やセールス機会の創出、受付業務の効率化などです。このシステムは十八銀行さま(現十八親和銀行、本店・長崎市)とBIPROGYが共同開発したものです。導入に際して十八銀行さまにも相談したところ、技術移転を快諾していただきました。そこで、山梨中央銀行の技術者3人を3カ月間、同行に派遣してノウハウを習得することができました」
SmileBranchにより、顧客はタブレット端末のタッチ入力で各種申し込みができるようになったという。紙の書類なら氏名や住所などを何度も記入する必要があるが、デジタル化されれば顧客の記入の手間は大幅に軽減される。また、顧客との対話型セールスが促進され、提案活動の質が向上。受付事務の効率化などにより、営業人員を付加価値の高い業務にシフトすることが可能になった。こうした経験を経て、山梨中央銀行の内製開発の能力は大きく向上した。さらに、AWSに関するスキルアップにも取り組んできたと代永氏は続ける。
「さらなる開発力獲得のため『AWSでの基盤構築の能力を高める必要がある』との経営判断から、2018年に当行から1人をBIPROGYに派遣しました。1年間の出向です。BIPROGYで学んだ担当者は、現在、当行のクラウド基盤活用におけるコアメンバーとして活躍しています」
現在、内製で開発したシステムは26もあるという。代表例として「コールセンター・受電集中システム」を紹介しよう。その仕組みはこうだ。従来、コールセンターシステムは既製のパッケージ製品を利用していたが、AWSを活用し自行にて開発を行った。これにより開発のスピードアップおよびコスト削減に大きく寄与した。また、コールセンター基盤を活用し、営業店がお客さまから直接受けていた電話照会を本部に集中化することで、営業店の業務効率は大きく向上した。
代永氏は「当初は外部ベンダーへの委託を考えていましたが、部内で業務所管部あてのプレゼン資料とデモシステムを作成し提案したところ、『外部ベンダーと遜色ない』との評価を得て、実際に内製しました。いくつかのシステムについては、他の金融機関からの問い合わせも多く、外販実績も数多く積み上げることができており、新たな収益源に育ちつつあります」と話す。
顧客企業のDXを支援し、地域のDXに貢献する
今、金融業界ではリアル店舗を縮小し、非対面のダイレクトチャネルを拡充する動きが進行中だ。山梨中央銀行も同様の方向に向かっている。「近年では銀行の窓口に訪れるよりは、スマホアプリなどで一元的にサービスを享受したいとのニーズが増加しています。こうしたお客さまの利便性なども考慮し、山梨中央銀行でも各種の取り組みを進めています」と代永氏。こうした中で、重要な意味を持つのが2023年4月にリリースした「山梨中銀アプリ」というスマホアプリだ。このアプリはわずか1年で8万ダウンロードに達し、現在も順調にユーザーを増やしている。若者層だけでなく、幅広い年代の顧客が利用しているという。
「BankVision on Azure への移行に先立ち、BIPROGYのオープンAPI公開基盤『Resonatex』をMicrosoft Azure上に構築しました。Resonatexとの連携によってAPIを外部に公開し、さまざまなFinTechサービスなどとつなぐ運用が実現できるほか、同じシステム上で動く勘定系システムとの連携も容易です。お客さまはアプリを使って残高照会や振込などの機能を使うことができます。先ほど、“新たな展開”として触れたのはこれらの動きについてです」と代永氏。
ここにも、山梨中央銀行の先進性を垣間見ることができる。「次に、どんなシステムを内製開発するか。現場からは多くのアイデアが寄せられており、順次開発に取り掛かっているところです。今後も、新システムが次々に登場する予定です」と代永氏は話す。その際にも、システム間連携を担うResonatexは大きな役割を担うことが期待されるだろう。
新たなシステムが誕生し、紙のプロセスが次々にデジタル化される中、山梨中央銀行で日々生成されるデータ量も増えている。こうしたデータを「いかに活用するか」は大きなテーマだ。データドリブン経営を目指して、同行は数年前から準備してきたという。
「2021年に『データ利活用ワーキンググループ』という部門横断のチームをつくり、システム統括部も当初から参画しています。さまざまな取り組みを進めていますが、その一例として、今検討しているのがクラウド上のデータレイク(※4)です。勘定系システムなどMicrosoft Azure上のデータをAWS上のデータレイクに蓄積し、エビデンスベースの意思決定やマーケティングに生かしたいと考えています」
- ※4データレイク:多様なソースから得た構造化/非構造化データなどを一元的に格納できるシステムのことを指す
山梨中央銀行は自行のDXだけでなく、地域のDXにも意欲的だ。ICTコンサルティングのチームが地域の企業のDXを支援し、さらには地域全体のDXを後押しする。「勘定系システムのクラウドリフトは一例ですが、『私たちもリスクをとってDXにチャレンジしています。だから、みなさんも一緒にデジタルを活用しませんか――』。そんなお客さまへのメッセージに、より説得力を持たせるためにも、DXへの取り組みをさらに強化していきたいと考えています」と代永氏。こう続ける。「地域あっての地銀です。地域のパワーアップに向けて、できる限り貢献していきたいですね」。同時に、これらを支える自行のデジタル人材育成にもより注力していくという(参考:地方銀行の未来を担う「データ活用人材」を発掘せよ!)。
こうした同行の挑戦に、BIPROGYは今後とも伴走し続けていく。「顧客接点をはじめさまざまな領域で、山梨中央銀行の置かれた環境に適した提案と質の高いサービス提供を心掛けています」と藤吉。近藤は「時代の変化が激しい中で、戦略的に重要な領域も変化しますし、環境変化を見極めながら、最適な提案でご支援していきたいと思います」と話す。
山梨中央銀行とBIPROGYのパートナーシップをベースに、これからどんな新サービスが生まれるだろうか。地銀業界のDXの最先端を走る同行の挑戦に他の金融機関の関係者も注目しているに違いない。