「心を動かす」映像で観光地経営のDXを実現

観光映像プロモーション機構が目指す持続可能なツーリズムの最適解

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パンデミックで大きなダメージを受けた観光産業。現在、アフターコロナに向けた変革への動きも目立ちはじめた。産学連携の「観光映像プロモーション機構」設立はその1つだ。同機構は、観光地にキャパシティー以上の旅行者が訪れる「オーバーツーリズム」の反省なども生かし、世界の潮流を踏まえた上で日本らしさを生かす「あるべき観光」への発展を目指す。キーワードは、観光映像の活用と観光DXの実現。観光映像プロモーション機構代表理事の古山正雄氏(国立大学法人京都工芸繊維大学・前学長)を迎え、和歌山大学観光学部教授の木川剛志氏、大日本印刷の鈴木洋光氏、日本ユニシスの櫻井章博の4人に、描くビジョンや各種の取り組み、日本の観光産業の未来像について聞いた。

地域ビジョンと観光戦略を施策に落とし込む

新型コロナ禍の収束は依然として見通しにくい。しかし、アフターコロナに向けた準備は多様な分野で進められ、観光産業でも次の時代を見据えた活動が活発化している。2021年3月に産学連携で設立された「観光映像プロモーション機構」もその1つだ。同機構には、11の企業・団体が参画。観光映像やデジタルの力に着目し、映像を活用した地域の観光経営支援を図っている。

写真: 古山正雄氏
観光映像プロモーション機構
代表理事 古山正雄氏

同機構の代表理事である古山正雄氏(国立大学法人京都工芸繊維大学・前学長)はこう語る。

「観光映像の最重要ミッションは『心を動かし、人を動かす』ことです。地域の個性を映像化して発信すれば、興味を抱いた旅行者が訪れ経済効果をもたらします。一人ひとりの感動と地域経済を橋渡しする役割を担っている、と表現してもいい。地域の人びとも映像の中から自分たちの個性を再発見するかもしれません。シビックプライドや地域文化、価値観を考えるきっかけにもなるでしょう」

同機構は、「日本国際観光映像祭」の運営協力とともに、持続可能な観光地経営の実現を目的として、国内外の課題抽出と良質な観光映像の制作による観光振興の推進も手掛ける。映像祭の総合ディレクター木川剛志氏(和歌山大学観光学部教授)は、「海外の観光映像祭とも交流しながら、世界の潮流を踏まえて映像表現に求められていることを伝えるのが私たちの役割です(映像祭の第4回は2022年3月に開催予定)。機構の『Sustainable Tourism LABO』でも広く情報発信を行っています」と語る。

写真: 木川剛志氏
和歌山大学 観光学部
教授 木川剛志氏

古山氏が語るように、観光映像には人びとの心を揺さぶり、思考や行動を促す力がある。今、そのパワーを観光産業や地域づくりに生かすための知恵が求められているが、克服すべき課題も少なくない。木川氏は次のように言葉を紡ぐ。

「日本の観光は、まだ受け身の傾向が根強いと感じます。『旅行者のニーズに合わせて都度対応する』姿勢です。そうではなく、自治体の首長や経営者らが『地域をこうしたい』との明瞭なビジョンや戦略を持ち、具体的に観光映像や誘客施策などに落とし込むことが魅力ある地域づくりにつながります。それが本来あるべき姿です。機構としても、映像のみならず、デジタルマーケティングを活用した観光DX実現の支援とともに、さまざまな活動に取り組んでいきたいと考えています」

写真: 鈴木洋光氏
大日本印刷株式会社
ABセンターDX事業開発本部
地域創生事業推進ユニット
ビジネスプロデュースグループ
リーダー 鈴木洋光氏

大日本印刷(以下、DNP)の鈴木洋光氏(観光映像プロモーション機構理事)は、木川氏の言葉に共感を示し、こう分析する。

「現状、『良い映像をつくること』自体が目的化するケースが少なくありません。問われるのは、観光戦略全体を見渡したマーケティングやマネジメントの在り方。観光映像も、『この映像を起点にどこに誘客するのか』『どのように消費を喚起するのか』などを十全に検討する必要があります。併せて、地域住民や事業者に観光振興の意義や思いを伝えることもその役割として期待されます。新型コロナ禍を経て、映像が持つ意味や価値は一層高まりました。観光映像は、観光地の首長がトップセールスせずとも、世界を飛び回り営業活動を補完することが可能です。だからこそ、目的や戦略実現に向けて逆算して観光映像を考える必要があります」

観光映像プロモーション機構体制図

図:観光映像プロモーション機構体制図
観光映像を起点とした観光DX実現に向けて設立された「観光映像プロモーション機構」。
産学連携で設立された同機構には、多様な背景を有する11団体が参画している(2021年12月時点)

「観光映像」を起点に地域をつなぎ
観光地経営の好循環をつくる

観光映像づくりや各種施策を効果的に実施する上で、重要性が高まるのがデータだ。「計測可能なデータの種類や量が圧倒的に増えています。例えば、通信キャリアの提供する人流統計データ、地方公共団体や観光地域づくり法人(DMO:Destination Management Organization)などが運営する観光情報を発信するWebサイトの解析データなどです。これらを利活用し、各種施策の効果を可視化・分析しながら、観光施設や各事業者などの好循環も構築する。これらは地方公共団体や観光振興に携わる団体・企業が単独でできることではありません。さまざまな関係者の共創が必要です」(鈴木氏)

写真: 櫻井章博
日本ユニシス株式会社
公共第二事業部
ビジネス二部 2G
櫻井章博

多様なアクターがビジョンを共有した上で協業する。地域の観光振興に向けて、今後はより効果的なエコシステムづくりが求められるだろう。日本ユニシスの櫻井章博は次のように説明する。

「観光映像を起点に、観光地経営に関する動きを『見える化』して地域活性化や観光振興につなげる。このためには、施設や事業者ごとに分断されたデータを連携させ、シームレスなサイクルを回す必要があります。私たちのOffer Linksは、そのための基盤。例えば、旅行前、旅行中、旅行後といった旅行者の動きをとらえ、注文や利用データの管理などに加えて旅行者の属性や利用シーンに合わせた商品レコメンド機能なども提供しています」

「Offer Links」のサービスイメージ

図:「Offer Links」のサービスイメージ
「Offer Links」は、運輸・観光事業者が自社商材と他社商材をセットで提供するマーケットプレイス機能などを提供し、観光・旅行マーケットのDX化支援を図る

多岐にわたる関係者や機能を関係づけるOffer Links。シームレスなサイクルは、鈴木氏の言う「好循環」と一致する。この他にも、応用方法はさまざまに開かれている。例えば、観光映像とWebサイトやECサイトをつなぐ新しいテクノロジーとの連携だ。一例として、“触れる”インタラクティブ動画技術「TIG(ティグ)」を紹介しよう。2021年夏、与論町(鹿児島県)とDNP、TIG技術を持つパロニムのコラボレーションで実証実験が行われ、観光映像プロモーション機構も協力した。「映像にビールを持つ女性が現れたとき、映像視聴を邪魔しない形でビールのアイコンが表示されます。クリックするとサイト運営者が設定したWebサイトやビール販売のECサイトがブックマークされる仕組みです。動画視聴後に、ユーザーを抵抗感なくサイト誘導することが可能となり、動画から商材といった、より確度の高いコンバージョンも期待できます。これらの循環を通じ、地域産業の活性化に貢献する道も開けるでしょう」(鈴木氏)

Offer Linksや与論町のプロジェクトに見られるように、観光DX実現に向けた動きはすでに実践フェーズにある。この動きを加速するポイントとして、木川氏が注目するのが「指標」の構築だ。「既存の観光映像の効果測定指標として、自治体や広告代理店は動画再生回数やテレビコマーシャルの広告換算費などを用いてきました。しかし、『観光地の目標達成度を評価する指標として適切とはいえないのでは』との認識も広まりつつあります。私たちとしても、『データを利活用した課題解決につながる観光映像の指標策定』に取り組んでいます」と語る。

そして、櫻井はこう続ける。「データの重要性に対する意識は、かなり定着してきたように思います。デジタルマーケティングのプラットフォームを構築した先進自治体もあります。ただ、収集データをうまく生かすことができずに『次の一手』につながらないケースも多い。例えば、『プロモーション期間中に何人の旅行者が来た。予想以上の効果があった』との段階で終わってしまう場合。必要なのは、一歩踏み込んで旅行者の再訪促進や旅行者層を広げるためにどうすればいいのか、といった視点です。データを利活用した指標策定が成熟すれば、より効果的な施策展開につながると期待しています」

櫻井が指摘したように、現在、観光DXを支える多くのツールが登場し、データ収集は以前よりも容易になり始めた。この点を踏まえ、鈴木氏は「各種ツールを用いて戦略策定から計画、施策実行のサイクルを継続的に運用するには、ある程度のリソースが必要。しかし、組織整備や人材面の準備なども不足しているのが実情です。いかに観光DXを持続可能なものとしてサポートしていくのか。この点も機構として、試行錯誤を続けています」と補足する。

テクノロジー活用による
高度な観光地マーケティングの可能性

アフターコロナを見据え、政府は観光産業のリカバリーに向け本腰を入れるものと見られる。やがて、インバウンドも勢いを取り戻すだろう。観光地を抱える自治体の経済復興への期待は大きい。木川氏は次のように語る。

「Go Toトラベル事業をはじめ、観光産業向けに予算措置が講じられるでしょう。リソースを過去のやり方を維持するのみに使うのではなく、変革のために使ってほしい。私も、未来につながる提言を継続的に発信していきます。これまで意思決定が苦手なリーダーの姿を多く見てきました。ここにも課題があります。地域のビジョンや戦略づくりは、改善レベルの話ではありませんし、現場任せでは何も進みません。強い意志に支えられた決断が不可欠であり、これはリーダーにしかできない。同時に、デジタルの利活用やマーケティング、マネジメントなどの能力も高めていく必要があります」

木川氏が指摘したデジタルの利活用について、櫻井が一例として挙げたのは「ダイナミックプライシング」だ。「例えば、デジタルデータを活用しながら観光地の情報や観光時期、個人の好みなどに基づいて『今、ここがお得です』と旅行者におすすめ情報を通知し、旅行を促します。こうすることで、需要と供給バランスの適正化や観光地の混雑度を平準化します。さらに、旅行者の利便性向上だけではなく観光地経営の収益向上にも役立つでしょう。今、デジタルで実現できることは多様ですし、数年後に利用可能と見込まれる技術開発も進んでいます。私たちが貢献できるエリアも広がっています」と櫻井は意欲を見せる。

鈴木氏は、自身が所属するDNPが「DX認定事業者」である点を踏まえて、デジタルマーケティングの進化に言及する。

「今後は、ヒトが動かずとも、いかに『モノ』『コト』『カネ』を動かすかが重要になります。そのカギはDX。DNPは、データなどに裏打ちされた『エビデンスベース』を中心軸に据え、課題を抱える自治体や経営層の施策形成とDX実現に向けた支援を展開しています。取り組みの1つとして、観光映像を起点としたコンバージョン精度向上も確実に図っていきます。また、DNPはデジタルマーケティングの先進企業Kaizen Platformと提携して、高速PDCAによるデジタルマーケティング運用の最適化も支援しています。これらによって、企業は来店や購買データを基礎として適切なタイミングで動画を差し替えて配信することができます。都度実施で終わってしまった『フロー型』のプロモーションから、過去動画を有効活用する『ストック型』のプロモーションにシフトすることも可能です」

もう1つのポイントとして、鈴木氏は、「XR(Extended Reality)」に代表される新技術活用による生活者への体験価値提供と地域における新たなビジネスモデル構築にも期待を寄せる。「現実空間と仮想空間を融合して、実際の地域・施設の価値や機能を拡張するトライアルを実施し、生活者や旅行者に新しい体験を提供しています。また、これらを地域の活性化につなげることもできると考えています」。XR分野の競争は激化しており、技術の発展スピードも速い。2022年3月の日本国際観光映像祭でも、最新のXRを駆使した観光映像を多数見ることができるはずだ。

観光映像には、経済効果だけでは評価しきれない多面的な価値もある。取材の最後、同機構代表理事の古山氏はその思いを語ってくれた。

「観光映像の価値として、教育的意義の側面も見逃せません。観光映像は、学生たちにとっても非常に優れた教材。例えば、心を揺さぶる美しい風景に触れたとき、『旅に出たい』と思うだけではなく、背後には何があるのかと考えます。地域の歴史や文化、経済、法律・景観規制なども風景に影響を与えています。目に映るものの背景から学びを得る。この面でも観光映像は有用です。さらに昨今の教育改革で『文理融合』が提唱される中で、文系、理系の壁を越えて学生たちが観光映像の『制作』に取り組むことも効果が高いでしょう。制作体験は、国際的なコミュニケーション能力の向上や、感性に訴えかけるプレゼンテーション能力の獲得にも寄与します。今回の取り組みは、観光地経営の課題抽出と良質な観光映像を通じた観光振興推進が念頭に置かれていますが、心躍らせる観光映像は知的好奇心を刺激し、気づきを与えてくれます。旅行者としてだけではなく、地域に足を運んで映像制作などに取り組む方々が増えれば、多くの人にとって有益な学びの機会となり、地域貢献にもつながります。観光テクノロジーの社会実装をさらに追及し、観光映像をきっかけとした良好な循環づくりにこれからも取り組んでまいります」

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