データとAIの連携がもたらす次世代のマーケティング変革
「トチカチ」×「RinzaTarget」で顧客の消費行動変容を可視化する
日本ユニシスは、お客さまにおけるICT活用の未来像を「Technology Foresight」と名付けて2009年から継続的に策定し、提供していくべき技術(ICT)の方向性について展望している。本稿はその一環として、データ分析とAI活用を融合させた顧客データ分析サービス「RinzaTarget」(日本ユニシス)と、地域の人流を把握し、時間・性別・年代などの属性を可視化する「トチカチ」(ギックス)の連携がひらく未来像を紹介したい。戦略コンサルティングとデータアナリティクスの専門家により設立されたスタートアップ企業ギックスと日本ユニシスは2018年に提携。両社は、新型コロナ禍によって消費者の価値観や購買行動が大きく変化する中、その行動変容を読み解き、適切な意思決定を行うことが企業の喫緊課題となっていることなどを背景として、2020年にさらなる連携強化を図った。地理的特性にひも付く消費行動変化を可視化するトチカチとRinzaTargetの連携によって期待される点や今後の展開を含め、両社の担当者に話を聞いた。
「コンサルティング×データ分析」に強みを持つ
ギックスとの協業を通じてオープンイノベーションを促進
2020年4月7日、政府は7都府県に対して緊急事態宣言を発出。この直後、日本経済新聞に「人出減少なお限定的」と題する記事が掲載された(日本経済新聞 2020年4月9日)。そこには、東京・丸の内地域で8日午前8時台の人の数が前年の同じ曜日に比べて46%減、というように主要都市中心部の人出が具体的に記されている。この論拠となる数字の作成に一役買ったのがギックスである。同記事には、「データ活用支援を手掛けるギックス(東京・港)がNTTドコモの位置情報を基に分析した滞在人口データによると」と明記されている。その後、人口減少度合を追いかける報道が続いたことは記憶に新しい。
同社は2012年に誕生したコンサルティングカンパニーである。戦略コンサルティングとデータアナリティクスの専門家によって設立され、データに基づいて市場や事業構造を可視化し、ビジネスのキードライバーや収益源などを見いだすという強みを生かして幅広い産業分野の企業に対してサービスを提供している。日本ユニシスとギックスの協業スタートは、2018年12月のこと。両社が相互補完的に協力することで、イノベーションを加速していく点に主眼が置かれた。
ギックスの加部東(かぶと)大悟氏は経緯を次のように説明する。
「数年前から、『データ・ドリブン経営』という言葉がよく使われていますが、私たちは、判断・意思決定における人間の担う役割に注目して『DIDM(Data-Informed Decision-Making)』というコンセプトを掲げています。つまり、『データに基づく適切な判断・意思決定をする』ということです。多様なデータを最適な形で組み合わせてリアルタイムに分析した上で、より深く物事を理解し、適切な判断を行うことがポイントです。日本ユニシスはシステムの開発・運用などで多くの実績があり、幅広い顧客基盤を持っています。現在は以前よりもビジネス環境が複雑になっており、多くの企業にとって予測が難しい時代になりつつありますので、それぞれの強みを生かすことで両社のクライアントに対してこれまで以上の価値提供が可能だと考えました」
日本ユニシスの田崎誠治もギックスとの連携の狙いについてこう語る。
「私たちは、AIを活用したマーケティング分析に関する技術開発に注力し、サービス提供面においても多くの経験と実績があります。協業を通じて私たち自身も成長しながら、ギックスの持つ尖った強みをさらに磨き、より多くのお客さまの課題解決にリーチしていくという意味でも連携によって発揮される相乗効果は大きいと感じています」
2018年にスタートした両社の提携に基づいて、まず人材交流がスタートした。日本ユニシスの社員がギックスの業務に参画し、「コンサルティング×データアナリティクス」のノウハウを習得するというプログラムである。その1期生の1人が河合俊典だ。
「2019年3月から1年の間、ギックスの皆さんと一緒に仕事をしました。『先端技術の知見を得る』ことはもちろんですが、それ以上に『お客さまのビジネス課題を深く理解した上で、データ分析を具体的にビジネスに落とし込んでいくのか』を深く学びました。さらにクレジットカード会社のマーケティングや観光地の来客予測、鉄道の機器メンテナンスといった広範なテーマを題材として、データ分析をいかに応用するのかという実践知を習得することができました」
河合が語るように、ギックスは「技術ありき」「データありき」ではなく、あくまでもビジネス視点に立脚したデータ分析・活用にフォーカスしている。それを支えているのが、ビジネスとデータ分析の両方にまたがる知見を持つ人材の厚みだ。
「AIや機械学習が注目されていますが、『AIを使えば新しい価値創出につながる』わけではありません。お客さまの課題の本質を理解した上で、解決に向けてどのデータを活用するのか、必要な技術は何かを見極める能力が重要です。そのためには、お客さまとのキャッチボールの回数や質を高めていく必要があります」と語るのは、ギックスの堀越豪氏である。
両社の人材交流はすでに3期目。1期ごとに2人、現在までに合計6人がギックスで1年間の実践経験を積んでいる。それはギックスの社員にとっても有意義だという。「特にテクノロジーとその活用について私たちが学ぶことも多い。日本ユニシスは多くの業種・業態の課題解決に知見を有しているので、交流を通じてお互いに刺激し合っていると感じます」と堀越氏は語る。
新型コロナ禍を「追い風」に
特定エリアの時間帯別人口などリアルタイムデータでビジネスを支援
ギックスは2019年12月、「トチカチ」というWebサービスをリリースした。冒頭で触れた2020年4月の日本経済新聞の報道もトチカチの提供情報に基づいたものだ。そのコンセプトは「土地×価値」。特定エリアの場所の価値を可視化するサービスである。NTTドコモの持つモバイル空間統計データ、あるいは天気データなどに基づいて、地図上の500メートル四方のメッシュでエリア内の時間帯ごとの人口、性別、年代などを可視化する。カバーエリアは北海道から沖縄まで全国約8万エリア。ユーザーは任意のエリアについて情報をリアルタイムで取得することができる。
堀越氏はトチカチ開発の経緯をこう振り返る。
「開発期間は2カ月ほどでした。モバイル空間統計データというビッグデータを扱うには、通常のマシンの能力では足りません。それをいかにSaaSに載せるかは、技術的に苦労した部分です。全国展開のサービスなので地域ごとのニーズを考慮する必要もあります。その上で、ビジネスに役立つ形でデータを加工・整理し提供しなければならず、サービス開始までには多くの壁を越える必要がありました」
ハードルはサービス開始後にもあった。新型コロナ禍である。当初は現在のデータから導かれる将来予測値を提示していたが、新型コロナウイルスの感染拡大という大きな環境変化によって予測の意味が失われてしまった。そこで、急遽方針を転換。「将来予測ではなく、コロナ禍の状況を適切に把握できる情報を提供することにしました。それが、『パラレルワールド値』です」と堀越氏は言う。
パラレルワールド値は、「もし新型コロナがなければ各エリアの時間帯別人口などがどうなるか」を示すものだ。それを現在のデータと見比べることで、ビジネスに役立ててもらおうという狙いである。新型コロナ禍を「追い風」にしたこうした工夫も奏功し、トチカチを利用する企業は着実に増えつつある。
「トチカチ」と「RinzaTarget」の融合が生む
きめ細かなデータ利活用サービスの可能性
日本ユニシスとギックスとの関係は一層深まっている。2020年10月、日本ユニシスは同社との販売パートナー契約に基づきトチカチの提供を開始した。トチカチによって平日・休日の時間帯ごとの人流が分かれば、エリア特性を客観的に評価できる。例えば、オフィス街とひとくくりにしても一定数の定住人口があれば消費動向も変化する。企業側はこうした特性を詳細に把握できれば、提供する商品やサービス構成を適切に考えることが可能だ。トチカチのサービス提供に加えて、日本ユニシスの持つアセットとの連携による価値創造も期待されている。
「日本ユニシスはAIを搭載したRinzaTargetを提供しており、顧客データ分析など主にマーケティング分野で活用されています。RinzaTargetとトチカチを連携させることで、分析の質を高め、マーケティング施策などに反映することができます」と田崎。その説明を受けて、加部東氏はこう続ける。
「トチカチが扱っているのは、人の動きや天気などマクロのデータです。一方、企業内には時間帯ごとの売上、顧客の購買履歴といったミクロなデータが蓄積されており、RinzaTargetはそうしたデータの分析で実績があります。ミクロとマクロのデータを掛け合わせて分析することにより、新しい価値が生まれるでしょう」
例えば、ある店舗が売上減に悩んでいたとしよう。原因は商品にあるのか、それとも接客にあるのか。店舗内のデータだけで解答を導くのは容易ではない。トチカチのデータを組み合わせれば、「エリア内のターゲット層の人口が減っている」と分かるかもしれない。ミクロとマクロのデータが補完し合うことで、新しい知見やアイデアを生み出すことができる。
「トチカチが提供するのは客観的なデータなのでいかに活用するかはお客さま次第です。ただ、トチカチを上手に活用しているお客さまがおられる一方で、うまく活用できないまま足踏みしているお客さまもおられ、そこに課題を感じていました。今回、RinzaTargetと組み合わせた形で提供できる環境が整ったことで顧客課題により密着したサービス提供が可能になりました。ギックスにとって、それは非常にうれしいことです」(堀越氏)
企業の悩みや困りごとに寄り添い、データを切り口に解決策を考える。それがギックスの目指すところだ。
「『DIDM』を先ほど説明しましたが、その実践は簡単ではありません。例えば、商店街に店を構える酒屋のご主人なら『明日どの酒が何本売れるのか、何本仕入れたらいいのか。端的にそれが知りたい』というかもしれません。そんなビジネス課題にもきめ細かく向き合いながら、私たちは戦略コンサルティングとデータアナリティクスを武器に企業の成長を支えていきたい。加えて、『VUCA』と表現される環境変化は、昨今の新型コロナ禍によってさらに加速したとも言えます。日本ユニシスとの協業は、そうした時代の中で求められる企業支援の姿となるでしょう」と加部東氏は語る。
「データに基づく意思決定を支援する」スタンスは、日本ユニシスも同じだ。今も、企業内には刻々とデータが蓄積され続けている。ビジネス環境が多様化する中、以前よりも意思決定が難しい時代となりつつある現在、企業にはデータの活用能力が問われている。田崎はその思いをこう話す。
「過去のデータが十分にあれば、質の高いプロモーションのシミュレーションなどもできるでしょう。投資対効果を精度高く予測できれば、実施の有無を判断する材料になります。例えば、トチカチとの連携によって小売業や不動産、商業施設などの企業のマーケティング部門向けにターゲット顧客の選定や店舗運営の最適化を支援することもできると考えています。日本ユニシスとしては意思決定の質を高めるデータ活用の形を、さまざまなシナリオとともにお客さまに提案していきたいと思っています」
河合もまた未来展望をこう話す。
「お客さまのビジネスや社会課題の解決に向けて、これまで以上に貢献していきたいと思います。トチカチとRinzaTargetとの連携によってさらに深いデータ分析が可能になりますが、当社の他のサービスを組み合わせればさらに踏み込んだサポートを提供することも可能です。例えば、スマートキャンペーンにより、生活者へのプロモーション配信などもできるでしょう」
ギックスが持つ経営課題を解決に導くための現状把握・課題検知・解決策導出を可能とするデータ分析ノウハウと日本ユニシスが持つビッグデータ分析やAIなどの技術力、エンタープライズ領域での高いサービス提供力は今後、さらに新しい領域へと踏み込んでいくだろう。両社は共にビジネスを強化するデータ活用のフロンティアをまさに切り拓こうとしている。