ニューノーマル時代に加速する「人と組織」のパラダイムシフト

変化の時代では自己選択や多様性が、大きなエネルギーを生む力になる

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今春、新型コロナウイルス感染症防止対策の一環として多くの企業が長期のテレワークを経験するなど、従来「できるはずがない」と思われたことが、不意に訪れた大きな社会変化の中で実現された。この経験を糧に、「当たり前」と考えられていた組織構造を変革し、新しい時代にふさわしい組織に移行する企業も増えるのではないか。この中で注目されるのが、「ティール組織」だ。ベストセラー書籍『ティール組織』(英治出版、2018年)の解説者として一躍注目を集め、多種多様な企業・団体にアドバイスを行う東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授の嘉村賢州氏をお招きし、日本ユニシス代表取締役社長の平岡昭良、ジャーナリストの福島敦子氏が「人と組織」について語り合った。(以下、敬称略)

*本記事は2020年6月にリモート取材したものです。

新型コロナウイルスがもたらした
社会、ビジネスへのインパクト

福島 新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の影響は社会のあらゆる面に及んでいます。日本ユニシスグループは、これらに対しどのように向き合っているのでしょうか。

平岡 東京オリンピック・パラリンピックは延期されましたが、実は、その準備として3年ほど前からテレワークのトライアルを実施していました。年に1度、数週間の期間を定めてテレワークを実行するものです。この中で試行錯誤しつつテレワークに慣れてきました。開始当初は、朝9時に社員が一斉にパソコンを起動するのでネットワークが混み合いレスポンスが遅れることもありましたが、小さな改善を積み重ねながら進めてきました。このため今春からのテレワークシフトはスムーズでした。4~5月の出社率は15%以下。6月からは少し基準を緩めましたが、出社率は20%強にとどまっています。当面は、テレワークを主体にビジネス活動を継続していきたいと考えています。

福島 今回、多くの企業でもテレワークを経験しました。従来の常識を揺さぶる効果もあったように思います。その変化について、平岡社長はどのようにお感じになっていますか。

平岡 人々の心理に大きなインパクトを与えたと思います。まず、新型コロナ対策を通じて、政治や社会課題への意識が高まったと感じます。仕事や働き方の面でも、パラダイムシフトが進みつつあると感じます。一例ですが、当社の本社1階にある喫茶店では、月に1度「モーニングチャレンジ」と称して有望なスタートアップ企業の紹介などを行っています。このイベントをオンライン化したところ、東京だけでなく全国から多くの社員が参加するようになり、初回はリアル開催の3.5倍、2回目ではさらに増え4倍の参加者数となっています。上司と直接会う機会が少なくなったからでしょうか、「なぜこの仕事をするのか」「目的は何か」まで突き詰めて考え、主体的に行動する社員が増えました。

「できないと思っていたことができた」
という貴重な経験

福島 嘉村先生はさまざまな経営者にアドバイスをする機会も多いと思いますが、新型コロナ感染症が日本企業に与えた影響をどのように捉えていますか。

写真:東京工業大学 リーダーシップ教育院 特任准教授 嘉村賢州氏(1)
東京工業大学リーダーシップ教育院
特任准教授 嘉村賢州氏

嘉村 突然訪れた大きな環境変化に対して、企業対応は二極化しています。「こういうときこそ強いリーダーの迅速な意思決定が重要」と考える企業と「一人ひとりが判断して行動していくべき」と考える企業の2つです。また、組織状態と組織に所属する個々人の特性に注目すると、こちらも大きく2つの類型に分けられるように思います。「平時から余裕のない組織、1つのビジネスモデルに依存している組織」では、突発的な事態を受けてパニックになったり、自己中心的な思考に陥ったりしている場合が多い。他責の雰囲気も強くなりがちです。一方、「平時から、現場サイドが自ら判断可能な状態を醸成している組織」や「分散されたビジネスモデルを持ち、気兼ねなく提案できる企業文化・風土を培ってきた組織」では、変化をチャンスに変えようというマインドが強まり、思いやりのある行動が促進されているように見えます。

新型コロナ禍によって二極化する企業対応
画像:新型コロナ禍によって二極化する企業対応
資料:嘉村賢州氏

福島 ご自身が代表理事を務めるNPO法人「home's vi(ホームズビー)」では、どのような変化がありましたか。

写真:ジャーナリスト 福島敦子氏
ジャーナリスト
福島敦子氏

嘉村 ワークショップのファシリテーションなどが多い仕事なので、事業には大きな影響があります。しかし、メンバーは焦らず、余裕のできた時間を大切に過ごしています。「自分たちは何者なのか」「本当にやりたいことは何か」といった本質的なテーマに向き合い、語り合うよい機会になったと思います。

平岡 多くの人たちにとって、改めて自分の仕事を見直す契機になったはずです。長期間のテレワークは、「できないと思っていたことができた」という貴重な経験にもなりました。テレワーク期間中、私は社内に向けて「無意識に、自分の『当たり前』で線引きしていませんか」というメッセージを送りました。固定観念や従来の「当たり前」、あるいは従来型の組織構造を問い直し、新しい価値創造に向けた取り組みを加速するチャンスだと思っています。

写真:日本ユニシス株式会社 平岡昭良
日本ユニシス株式会社
代表取締役社長 平岡昭良

嘉村 私は、新型コロナ対応の中で時代の転換・変化のスピードが速まり、新しい時代の扉が開きつつあると感じます。時代に即応した日本ユニシスさんの姿勢は素晴らしいと思います。

「自己選択」と「多様性」の持つエネルギーが
有機的な変化を促進する

福島 嘉村先生が解説を書かれた『ティール組織』(フレデリック・ラルー著)は日本でもベストセラーとなりました。新しい時代の組織の在り方を示し、ビジネスパーソンの間でも高く評価されています。

嘉村 フレデリックがこの本を書くにあたって、最初から仮説を持っていたわけではありません。ただ、コンサルティング経験などを通じ、経営者も社員も幸せそうではない会社を多く見て「人間がもっと幸せになれる組織形態があるはず」と思ったのが出発点です。そこで、彼はビジネス分野だけでなく行政や教育などさまざまな分野の歴史を調べ、世界中の仲間に「常識を打ち壊すような経営をしている企業を教えてほしい」と頼み、それらを訪ねて回りました。すると、幅広い業界において「人が輝き、顧客からも圧倒的に支持される企業群」が見つかりました。これらの特徴を整理し、共通点をまとめて生まれたのが「ティール組織」という概念です。

画像:リモート取材の一幕(1)
リモート取材の一幕(2020年6月)

福島 一般には、階層のない組織、と理解している方が多いのではないかと思います。

嘉村 確かに、「階層やルールのない組織」と捉えがちですが、「生命体のような組織」といったほうがより正確です。「混ぜこぜ」「循環」といった生命体の特徴は、ティール組織に共通するもの。例えば、私が先日訪問したベルリンの学校では、難民や障害者などを含め、さまざまな年齢層の生徒が一緒に学んでいました。生徒は自分の意志で教科を選び学んでいくスタイルで、一斉授業はほとんどありません。同時に「プロジェクトベースドラーニング(※)」が学びの多くの時間を占めています。また農業分野においては、大規模農場で単一の作物を生産する従来の方法ではなく、多様な野菜を混ぜこぜに栽培し、農薬や水を与えずとも相当量の収穫を得られる農法が注目されています。同様に生命体のような特性を備えた企業は増えつつあります。

※ 生徒が自律的な問題解決・意志決定・情報探索などを実践しながら課題解決を目指す学習方法のこと。

平岡 嘉村先生がご紹介してくださった学校の例で、面白いと思ったのは「自己選択力」です。それぞれの生徒が学びたいことを選び、それが学校全体の多様性を高める。農業の例でも、多様性がキーワードですね。「多様性をいかに調和させ、価値創造につなげるか」は、ビジネスでも重要なテーマ。当社も多様性を高める工夫を重ねてきました。例えば、社員が毎週3時間通常業務を離れて、自由にテーマを選びリサーチやアイデアづくりなどを行う「T3(Time to Think)」活動です。自分の“Want(~したい)”に沿ったテーマに取り組むので、楽しいし、ワクワク感を得やすい。また、T3活動に限らず、社員に対しては「“Must(~せねばならない)”の仕事に向き合うだけでなく、“Want”の仕事を見つけてほしい」とのメッセージを発信しています。今回のテレワーク環境の中でも、社員一人ひとりが主体性を持って多様なバックグラウンドを持つ仲間と部門横断的につながり、“Want”に沿ったテーマを追求する姿が目立ちます。自己選択や多様性が、大きなエネルギーを生む力になることを実感しています。

ティール組織が備える
「自主経営」「全体性」「存在目的」

福島 先ほど話題となりましたが、「生命体のような組織」が、ビジネスとしても大きな成果を上げている点は興味深いですね。ティール組織について、もう少しご説明いただけますでしょうか。

嘉村 ティール組織に共通する特徴は、「自主経営(Self-management)」「全体性(Wholeness)」「存在目的(Evolutionary purpose)」の3つです。1つ目の自主経営は、優秀かつ自律的な人材で構成される組織と誤解されがちですが、そうではなく、「一人ひとりに決定権がある組織」のことです。承認プロセスや会議などで合意形成を図るのではなく、助言プロセスに基づいて個々人が決定します。次々と前向きな決定が行われ、行動に移す社員たちが全体として調和しているのは、組織基盤に信頼関係があるからです。次に、2つ目の「全体性」について。多くの会社員は月曜日の朝に何かしらの役割という「仮面」をつけ、一種の「武装」をして出勤しているのではないでしょうか。「なぜリラックスして楽しく仕事ができないのか」とフレデリックは考えました。たどり着いたのが、全体性です。社員が本来の価値にフォーカスし「この顧客に価値を届けることがうれしい」と思えば、月曜日の朝をワクワクした気分で迎えられるはずです。このような気持ちをもたらすのが全体性。「仮面をつけるのではなく、弱い部分を含めて自分自身を互いにさらけ出し、何でも言い合えるような組織」であれば本来の価値づくりに集中することができます。

福島 弱みを見せて仕事をすることには不安があります。人はどのような環境において、2つ目の特徴である全体性を獲得できるのでしょうか。

嘉村 弱みをさらけ出しても、ミスをしても、攻撃されないような「安心感」や「周囲への信頼感」が不可欠です。こうした環境をつくるためのアプローチの1つは、リーダーが自ら弱みを見せること。例えば、「ここまで考えたんだけど、何か足りない気がする」とメンバーに助言を求める。それはリーダーの謙虚さを示す行為であり、メンバーにとっては「信頼されている」という気持ちにもつながります。そして、ティール組織の特徴の3つ目が、「存在目的」です。ほとんどのティール組織は、5年とか10年の長期計画を持っていません。未来を見ていないのではなく、数十年先を見据えつつ、「今」感じていることを共有し、素早く行動に移しています。行動結果は、すぐにシェアして次の行動に役立てる。一連の思考と行動を繰り返す中で、組織目的そのものも進化・変化していく。そして、結果として「自分たちはこのために仕事をしていたのだ」と思えるような何か、つまり存在目的にたどり着く。ティール組織が目指しているのは、そのような、しなやかな組織の在り方です。

写真:東京工業大学 リーダーシップ教育院 特任准教授 嘉村賢州氏(2)

階層構造の存在しない「ホラクラシー組織」の
タスクフォースが始動

平岡 私たちも、数年前からティール組織について研究してきました。『ティール組織』を読んで共感する部分は多いのですが、実現に向けたハードルは高いと感じています。しかし、新しい価値を生み出すためにも、組織の進化を促す取り組みやしなやかさの確保は重要な視点です。そこで、タスクフォースを立ち上げ、上司・部下といった階層構造のない「ホラクラシー組織」に挑戦しています。

嘉村 私が代表を務めるNPO法人「home's vi(ホームズビー)」では、ティール組織だけでなく、ホラクラシー組織の研究も行っています。前向きなチャレンジについて聞くのは、とてもうれしいことです。

平岡 このチームには、「社会課題の解決と企業としての経済的価値が両立するか試してほしい」と伝えています。社内公募で集まったメンバーは3日間のオンライン合宿を実施し、信頼関係の重要性などさまざまな気づきを得ることができました。現在では、トップマネジメントの役割を分解し、各メンバーが分担するなどの挑戦も始めています。「ティール組織はハードルが高い」と言いましたが、4月以降テレワークを続ける中では面白いことが起きました。上司・部下の関係やピラミッド型組織が揺さぶられた結果、社内のあちこちで仲間が集まり、助言し合いながら「新型コロナ対策として何かできないか」「社会課題解決に向けて新しいアプローチがあり得るのでは」といったアイデア出しや具体的行動への落とし込みを議論するようになったのです。部門の壁を越え、信頼と共感をベースにしたチームが社内のあちこちで立ち上がってきた。その先に、ティール組織があるのかもしれないと感じています。

嘉村 素晴らしい動きですね。私も勇気をもらったような気がします。

画像:リモート取材の一幕(2)
リモート取材の一幕(2020年6月)

人の可能性を信じて進化し続ける
「最強の組織」への挑戦

福島 テレワークを機に、現場を中心にダイナミックな動きが加速しているようですね。ただ、全体のマネジメントは難しくなる気もします。そこで嘉村先生にお尋ねしたいのですが、ティール組織における経営トップの役割とはどのようなものでしょうか。

嘉村 ティール組織におけるCEOの役割は、従来型組織のそれとはまったく異なります。大きく3つの役割があると思います。第1に「ティール組織という器を守る」こと。組織内では小さなトラブルを機に、ルールが増えることがよくあります。ガチガチのルールで縛ると、ティール組織は動かなくなります。平岡社長の話の中にも、信頼や“Want”というキーワードがありましたが、同様にティール組織では「自分たちはルールではなく、信頼関係と“Want”をベースに仕事をしているんだよね」と発信するのがCEOの役割です。第2に、「自ら体現する」ということです。先ほども触れた「弱さを見せる」というのもこれにあたります。自分よりも現場のほうが顧客をよく知っていると思うから、あるいは現場を信頼しているからこそ、「これ、どう思う」と相談することができる。CEO自ら助言プロセスを活用する姿勢は、組織全体に好影響を与えます。第3に、企業存在の「ソース(源)」という役割として、または存在目的とつながってメッセージを発信する」ことです。ソースというのは、企業の在り方や存在目的に照らして、「何となく、これは違う」と感じ取ったり、古いやり方に戻ろうとしたりしたときに「こちらの方向に向かうべき」と指し示す力です。CEO本人がその役割を担うことが多いのですが、ごくたまにCEOとソースが別の人が担うこともあります。

平岡 3つのアドバイス、それぞれに感じるものがあります。ティール組織という言葉を意識する前から、経営者として会社全体をイノベーションの方向にシフトさせようとしてきました。当然、試行錯誤はつきものです。従来のやり方から外れていたり、失敗したりすると、社内で批判の声が上がることもある。そうした声から、チームのメンバーを守るのが自分の役割だと思ってきました。

福島 弱みを見せるといえば、平岡社長は常々「日本ユニシスで一番失敗してきたのは自分」とおっしゃっていますね。

平岡 ええ。弱みを見せているのか、強がりを言っているだけなのか分かりませんが(笑)。嘉村先生のおっしゃる「ソース」に関していうと、そうありたいと思っています。テレワーク環境ということもあり、最近はお客さまを訪問する機会が少なくなりました。また、役員や現場が自律的・主体的に行動してくれるので、将来ビジョンや新しい組織の在り方を考える時間が増えました。現在も学識者と意見交換しながら、将来ビジョンや新しい組織の在り方についての論文作成も進めています。

福島 ソースとしての発信力にも磨きがかかりそうですね。平岡社長から以前、「制度や仕組みで変わる組織より、社員の意識で変わる組織のほうが強い」という話を聞いたことがあります。そこには、ティール組織と通底するものを感じます。

平岡 その意識の前には、「志」や「熱意」「解決したい社会課題」「創りたい世の中」があります。そうした思いが個々人の意識を変え、やがては組織を変えていきます。そんな意識を持った社員が増えれば、人の可能性を信じて進化し続ける「最強の組織」となれるでしょう。それがティール組織なのかもしれません。

嘉村 素晴らしいですね。日本ユニシスさんの動きに今後も注目しています。

福島 日本ではまだ実践例の少ないティール組織ですが、この議論を通じて具体的にイメージすることができたと思います。お二人とも、本日はどうもありがとうございました。

Profile

嘉村 賢州(かむら・けんしゅう)
東京工業大学リーダーシップ教育院 特任准教授
1981年、兵庫県明石市生まれ。京都大学農学部卒業後、IT企業で営業職を経験。2008年に組織づくりや街づくりの調査研究を行うNPO法人「場とつながりラボhome's vi(ホームズビー)」(京都市)を立ち上げる。京都市未来まちづくり100人委員会 元運営事務局長。集団から大規模組織まで、人が集うときに生まれる対立・しがらみを化学反応に変えるための知恵を研究・実践。ファシリテーターとして年に100回以上のワークショップを行う。2015年に1年間、仕事を休み世界を旅する中で新しい組織論の概念「ティール組織」と出合い、今に至る。最近では自律的な組織進化を支援する可視化&対話促進ツール「Team Journey Supporter」を株式会社ガイアックス、英治出版株式会社と共同開発。2020年初夏にサービスをローンチした。
平岡 昭良(ひらおか・あきよし)
日本ユニシス株式会社 代表取締役社長
1980年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。2002年に執行役員に就任、2005年から3年間CIO(Chief Information Officer)を務めた後、事業部門責任者として最前線の営業・SEの指揮を執る。2011年に代表取締役専務執行役員に就任。2012年よりCMO(Chief Marketing Officer)としてマーケティング機能の強化を図る。2016年4月、代表取締役社長CEO(Chief Executive Officer)/CHO(Chief Health Officer)に就任。
福島 敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト
中部日本放送を経て、1988年独立。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や、週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに700人を超える経営者を取材。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。農林水産省林政審議会、文部科学省の有識者会議の委員など、公職も務める。著書に『愛が企業を繁栄させる』『それでもあきらめない経営』など。

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