鼎談:イノベーションの条件――「不確実性の時代」を生き抜く(2)

第2回 今こそ「知の旅」へ出よう

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「日本発のイノベーションが少なくなった」という話をよく耳にする。しかし、イノベーションを起こしている日本企業が存在することも事実だ。イノベーションはどのような企業において、どのような条件の下で促進されるのだろうか。今回は、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』の著者で、早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授の入山章栄氏をゲストに迎え、日本ユニシス社長の平岡昭良がジャーナリストの福島敦子氏とともに、日本企業のイノベーションを促すための戦略、行動などについて語り合った。

チャレンジを促進する人事制度

ジャーナリスト 福島敦子

ジャーナリスト
福島敦子氏

福島 前回、人事評価に関するお話がありました。チャレンジを後押しする仕組みづくりという観点で、日本ユニシスはどのような取り組みを進めていますか。

平岡 8年ほど前に始めた私塾を、3年前に会社の制度の中に組み込みました。私塾の卒業生も増えましたし、新規事業に取り組みたいという社員も増えました。徐々に、試行錯誤をサポートしようという雰囲気も出てきたように思います。また、人事評価の見直しも行い、「チャレンジしているかどうか」を人事考課に取り入れ、上司の評価項目としても、「部下にチャレンジさせているか」を問うています。加えて、「週に1度、通常業務以外のことに3時間連続で取り組みなさい」というルールもつくりました。管理職レベルでは「新しい時代のマネジメント」を議論するなど、社内のさまざまなレベルでワイガヤを促進しています。

福島 私塾発の新規事業やワイガヤは大切なことだと思いますが、いつそれが成果をもたらすのか分かりません。市場からのプレッシャーに向き合う経営者としては、短期的な成果を求められる場面も多いと思います。そのあたりの兼ね合い、バランスのようなものを、平岡社長はどのようにお考えですか。

平岡 社内に対しては、よく「遊べ」と言っています。つまり、目の前の仕事に関係ないことに、もっと目を向けようということ。そんなメッセージを発信するようになってから、営業部門はリスクの高い案件をムリして取りに行こうとしなくなりました。結果として、大規模な赤字案件がなくなり、業績にも好影響を与えています。

入山 とても面白いお話ですね。以前は目の前の営業目標をクリアしたい、人事評価などの面でリスクを取りたくないという気持ちが、結果としてもっと大きな別のリスクを取らせていたといえるかもしれません。

知の探索と知の深化を両立させる

日本ユニシス株式会社 代表取締役社長 平岡昭良

日本ユニシス株式会社 代表取締役社長
平岡昭良

平岡 外部環境の変化も、チャレンジを後押ししています。以前は相当の初期投資を覚悟しなければできなかったことが、PoC(概念実証)レベルなら、桁違いに少ない費用で試せるようになりました。リーンスタートアップという言葉がよく聞かれるようになり、お客様やパートナーの側にもそうしたチャレンジに乗ってみようという雰囲気が出てきました。

入山 確かに「ウチでもリーンスタートアップを」と言っている企業は少なくありません。ただ、「チャレンジしろ」と言われてチャレンジした結果、失敗したら罵声を浴びせられるというのもよくあるパターンです。失敗を許容する文化がなければ、リーンスタートアップは掛け声だけで終わるでしょう。リーンスタートアップと組織文化、あるいは人事評価をセットでとらえている点で、日本ユニシスのアプローチは有効だと思います。

福島 イノベーションの条件として、入山先生は知の探索と知の深化を両立させる「両利きの経営」を提唱しておられます。これについて、解説していただけませんでしょうか。

入山 イノベーションの第一歩は、新しい組み合わせです。大野耐一(トヨタ自動車工業元副社長)さんの有名なエピソードがあります。大野さんは米国のスーパーマーケットを参考にして、その情報の流れやオペレーションを自動車製造に応用できないかと発想し、トヨタ生産方式を生み出したといわれています。スーパーと自動車のライン、まったく関係のないものを組み合わせることでイノベーションが生まれました。

問題は、何と何を組み合わせるかです。認知能力には限界があるので、人間はどうしても目の前のものを組み合わせて深掘りする傾向があります。これが知の深化ですが、深掘りするだけでは早晩イノベーションは尽きてしまいます。そこで、意識して遠くを見る必要があります。これが知の探索です。これらを高い次元でバランスさせること、それが両利きの経営です。

組織の壁を壊してつくり替える

早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 准教授 入山章栄氏

早稲田大学大学院経営管理研究科
(ビジネススクール) 准教授
入山章栄氏

福島 遠くを見るというのは、異分野や異業種などから学ぶということですか。

入山 日本ユニシスの例で言えば、IT企業がファッションショー連動型テレビ通販をやってみる。これが、遠くを見るということです。結果的には失敗したかもしれませんが、その過程で必ず何かを学んでいるはずです。

平岡 失敗例ばかりでなく、遠くを見て着想し軌道に乗った事例も紹介しましょう。その1つが、EV(電気自動車)普及の課題といわれる充電スタンドです。IT企業にとって充電スタンドはまったくの異分野ですが、ITが重要な役割を担い得る分野でもあります。私たちは充電スタンドをネットワークでつなぎ、スタンドの場所や空き状況を可視化し、予約や決済までを可能にするプラットフォームを構築しました。この仕組みはカーシェアやオフィスシェアなど、さまざまな分野に応用することが可能です。いわば、シェアリングエコノミーのプラットフォームとしての成長が視野に入ってくる。ワイガヤの中から、こうした成果が徐々に生まれています。

福島 充電スタンドのネットワークを実現するためには、多様なパートナーとの協業が必要だと思います。日本ユニシスは「ビジネスエコシステム」というコンセプトを打ち出していますが、充電スタンドの事例も一種のビジネスエコシステムですね。

平岡 その通りです。お客様の課題、あるいは社会課題を解決する上で、業界の壁を乗り越えた発想が求められる。今後、そのような場面がますます増えるでしょう。ただ、斬新なビジネスエコシステムの発想が簡単に出てくるとは思えません。社員には異業種やスタートアップの人たちとの交流を促す一方で、最初は妄想レベルで新しいことを企んでみようと呼びかけています。

組織構造にも手を入れました。従来はインダストリーごとの組織だったのですが、異なるインダストリーが混在する組織につくり替えたのです。例えば、金融と流通を担当するグループが、今では1つのビジネスユニットに同居しています。

福島 組織改編の狙いを、もう少し説明していただけますか。

平岡 今では主として金融機関が担っている決済サービスは、今後、流通業でも広く行われるようになってきています。とすれば、流通業の営業担当者は、もっと金融のことを学ぶべきでしょう。他の業界でも、同じようなことが起こりえます。業界の壁を取り払うことで、新しいアイデアやイノベーションの芽が育つことを期待しています。
(第3回に続く)

鼎談:イノベーションの条件 記事一覧

>> 第3回 求められる「資質・能力」とは
>> 第2回 今こそ「知の旅」へ出よう
>> 第1回 「失敗が財産」というマインドセット

Profile

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入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 准教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネス・スクール助教授。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。
平岡 昭良(ひらおか・あきよし)
日本ユニシス株式会社 代表取締役社長
1980年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。2002年に執行役員に就任、2005年から3年間CIO(Chief Information Officer)を務めた後、事業部門責任者として最前線の営業・SEの指揮を執る。2011年に代表取締役専務執行役員に就任。2012年よりCMO(Chief Marketing Officer)としてマーケティング機能の強化を図る。2016年4月、代表取締役社長CEO(Chief Executive Officer)/CHO(Chief Health Officer)に就任。
福島 敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト
松江市出身。津田塾大学英文科卒。中部日本放送を経て、1988年独立。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や、週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに700人を超える経営者を取材。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。著書に『愛が企業を繁栄させる』『それでもあきらめない経営』など。