「日本発のイノベーションが少なくなった」という話をよく耳にする。しかし、イノベーションを起こしている日本企業が存在することも事実だ。イノベーションはどのような企業において、どのような条件の下で促進されるのだろうか。今回は、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』の著者で、早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授の入山章栄氏をゲストに迎え、日本ユニシス社長の平岡昭良がジャーナリストの福島敦子氏とともに、日本企業のイノベーションを促すための戦略、行動などについて語り合った。
3つの「競争の型」と日本企業の競争戦略
福島 さまざまな分野で、日本企業の存在感の低下が指摘されています。優れた戦略を上手に実行している企業がある一方で、うまくいっていないケースも目立ちます。入山先生はかねて「経営学の知識が共有されていない」と語っておられますが、経営学の立場から日本企業の現状をどのように見ておられますか。
早稲田大学大学院経営管理研究科
(ビジネススクール)准教授
入山章栄氏
入山 米国の著名な経営学者であるジェイ・B・バーニーによると、競争には大きく3つのタイプがあります。「IO(Industrial Organization)型」「チェンバレン型」「シュンペーター型」です。IO型は装置産業などで見られる競争の型で、スケールメリットの追求や大胆な差異化が主要なテーマになります。チェンバレン型は現場力を磨くことが、大きな強みになる分野。日本企業が得意とする戦い方です。そして、シュンペーター型は不確実性が高い環境で多く見られ、各プレーヤーは試行錯誤を繰り返しながら新しいサービスやビジネスをつくろうとしています。
福島 最近は、シュンペーター型の競争が行われる分野が増えてきたといえそうですね。
入山 おっしゃる通りです。経営学において、かつてはいったん優位性を確立すると、長期にわたってそのポジションを維持することができるという考え方が主流を占めていました。しかし、統計的に調べてみると、そうしたパターンで勝っている企業は意外に少ないことが分かってきた。米国の場合には数%程度で、強い企業の大半は成長と踊り場のプロセスを繰り返しています。ある取り組みがうまくいったとしても、それは一時的な競争優位でしかなく、すぐに競合企業が追随してきます。強い企業は一時的な競争優位を一定の周期で次々に生み出すことで、結果として長期的な成長を実現しているのです。
シュンペーター型の競争にシフトする
日本ユニシス株式会社 代表取締役社長
平岡昭良
福島 特に最近は踊り場から次の踊り場までの間隔が、短くなっているようです。
入山 日本企業の経営者の多くも、それを実感しているのではないでしょうか。先日、ある自動車メーカーの方に「新しい強みをつくっても、3~4年しか持たないのではないですか」と話したところ、「むしろ、自動車ではせいぜい1~2年だよ」と言われました。
平岡 IT業界はシュンペーター型の代表的な分野と見られがちですが、IT業界といってもかなり広い。当社がこれまで主力としてきたのは、お客様の要求をテクノロジーによって具現化するというソリューションビジネスです。お客様の要求に応じて品質と価格、コストのバランスをいかに取るかという、いわばリスクマネジメント型の事業。現場力を徹底的に磨いてソリューション力強化を追求してきたわけですから、チェンバレン型の競争といえるでしょう。しかし、これからは、お客様自身が確固たる「要求」という答えを出しにくい時代に入り、私たち自らが「答え」を模索していかなければなりません。シュンペーター型市場へのシフトは避けられないと考えています。
福島 シュンペーター型の市場で戦うためには、何がポイントになるとお考えですか。
平岡 入山先生のお話にあったように、試行錯誤が重要なキーワードです。チャレンジを促進し、失敗を許容する文化をいかに定着させるか。それは、リスクマネジメント型のビジネスとは大きく異なります。時間をかけながら、そうしたマインドセットやカルチャーの醸成に努めているところです。
「失敗してもいい」を本気で受け止められるか
入山 大企業に試行錯誤の文化を根づかせるのは容易ではありません。しかし、不可能ではない。私がよく例に挙げるのは、スティーブ・ジョブズの例です。ジョブズがトライしたことの大半は失敗に終わっています。失敗を避けていては、イノベーションは起きません。当たり前のことですが、このようなマインドセットを組織に浸透させるためには、いくつもの困難を乗り越える必要があります。大きな課題の1つは、人事評価でしょう。多くの企業では、成功・失敗によって社員を評価し報酬や昇進が決まります。このような仕組みを維持したままでは、いくらトップが「チャレンジしよう」と言っても社員は本気にならないでしょう。
平岡 人事評価の変革は不可欠だと思います。さらに言えば、多くの企業の経営者は減点方式の仕組みの中で高い評価を受けて昇進し、現在の地位にある人たちです。そうした成功体験を持つ経営者が「失敗してもいい。チャレンジしよう」と言っても、それを本気で受け止めてくれるかどうか。若干の疑問は残ります。
ジャーナリスト
福島敦子氏
福島 平岡社長ご自身は、「社内で一番失敗をしてきたのは自分だ」と公言していますね。
平岡 「成功のKPIは失敗の数」とも言っています。ある意味、開き直りですね(笑)。
入山 具体的にはどのような失敗があったのですか。
平岡 常務時代ですが、数十人の若手を集めて"私塾"を立ち上げました。メンバーには、「私が面白いと思ったものは社内稟議のプロセスを通す」と約束しました。いろいろなアイデアが議論され、いくつものプロジェクトがスタートしたのですが、ほとんどは失敗です。2010年前後だったと思いますが、ファッションショーをやったこともあります。画像認識が進化した現在であれば、モデルの着ている洋服と似たテイストのものをショッピングサイトで探すといった仕掛けも可能ですが、当時はそうした要素技術もなく大失敗に終わりました。ただし、失敗ばかりというわけではありません。事業化され、利益を生み出すようになったプロジェクトもあります。
入山 オーナー系を除けば、平岡社長は日本の大企業経営者の中では非常に珍しいタイプの経営者ですね。平岡社長のようなトップがいれば、現場の社員は存分にチャレンジできるのではないかと思います。
(第2回に続く)
鼎談:イノベーションの条件 記事一覧
>> 第3回 求められる「資質・能力」とは
>> 第2回 今こそ「知の旅」へ出よう
>> 第1回 「失敗が財産」というマインドセット
Profile
- 入山 章栄(いりやま・あきえ)
- 早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 准教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネス・スクール助教授。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。
- 平岡 昭良(ひらおか・あきよし)
- 日本ユニシス株式会社 代表取締役社長
1980年、日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。2002年に執行役員に就任、2005年から3年間CIO(Chief Information Officer)を務めた後、事業部門責任者として最前線の営業・SEの指揮を執る。2011年に代表取締役専務執行役員に就任。2012年よりCMO(Chief Marketing Officer)としてマーケティング機能の強化を図る。2016年4月、代表取締役社長CEO(Chief Executive Officer)/CHO(Chief Health Officer)に就任。
- 福島 敦子(ふくしま・あつこ)
- ジャーナリスト
松江市出身。津田塾大学英文科卒。中部日本放送を経て、1988年独立。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や、週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに700人を超える経営者を取材。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。著書に『愛が企業を繁栄させる』『それでもあきらめない経営』など。