日本ユニシスが「Rinza」を発表したのは2016年11月のことだ。ただ、当初はその位置づけをAI関連の技術体系としたことから本質が伝わりづらい場面もあった。そこで2018年度はRinzaが指すところを、日本ユニシスグループにおける「データ活用支援/AIの統一ブランド」と改めて定義。「社会課題にデータとAIの活用で挑む」という明確なビジョンを掲げたRinzaの第2章が始動した。
Rinza第2章が始動
2016年11月の発表時からRinzaは、「経済再生・財政健全化」「地域の活性化」「国民生活の安全・安心の確保」など、我が国が抱えるさまざまな課題に挑み、解決や改善の礎となることを目指してきた。そうした中で策定されたのが、「新サービスの創出」「コアビジネスの高度化」「オフィスワークの変革」「安心・安全な社会づくり」という4つの重点テーマである。
ただ、どれ1つを取っても簡単なものはない。そもそも「この要件(仕様)を満たせば及第点とする」と言えるようなゴールさえも明らかではない。日本ユニシス 新技術サービス本部 サービス販売企画部 AI企画室長の森隆大朗は、「特定の技術やソリューションに基づいた従来型のシステムエンジニアリングのアプローチでは、これらの課題解決に近づくことは困難です。お客さまに寄り添って課題を俯瞰し、多様な技術を複合的に駆使することでこれまでなかった新たな洞察(気づき)を得ながら、目指すべき答えそのものを一緒になって探していく取り組みが求められます。そのために、お客さまと一緒に社会課題に挑むというビジョンをRinzaに込める必要があると考えました」と語る。
そうしたうえで求められるのがデータ活用やAI技術適用におけるサービスデザインアプローチであり、これを推進していくことがRinza第2章というわけだ。お客さまごとの課題に密着したナレッジエンジニアリングを展開する一方、そのプロセスで活用可能なさまざまな要素技術やデータセットおよび学習モデルを「Rinzaサービス」としてデザインし、社会課題の解決という目標に向けて、広く横展開していくというのが日本ユニシスの基本戦略だ。
フィールドでのAI展開で求められるリアリティ
「日本社会が直面する課題に挑む」というRinzaのミッションからデータ活用やAIの実践を見たとき、そのアプローチは大きく次の3つに分かれる。
第1は、Rinzaサービスを提案、適用するアプローチ。Rinzaサービスは、汎用性のある応用領域のために選定した個別のAI技術の組み合わせとデータセット、学習モデルから構成される。いわゆるサービス商品として展開するものであり、知的エージェントサービス RinzaTalk®などがこれにあたる。(図:Rinzaサービスのフレームワーク)
第2は、汎用アルゴリズムを利用した個別課題へのアプローチ。機械学習(マシンラーニング)や深層学習(ディープラーニング)の多様なアルゴリズム、あるいはルールベースを適材適所で組み合わせてサービスを提供するもので、顧客の個別課題を解決するのに適している。
第3は、個別課題の解決のために新しい機械学習アルゴリズムを開発するアプローチ。機械学習や深層学習のアルゴリズム自体を新たに開発するもので、既知の手法では対応できない課題を解く。AIそのものがまだ進化の途中にあり、日本ユニシスとしても基礎研究領域で新しいアルゴリズムの開発にあたっているが、多くの場合はビジネスエコシステムを通じてさまざまなベンチャーから優れたテクノロジーを調達する。
日本ユニシス
製造システム本部
エンジニアリングシステム二部
一室 エバンジェリスト(AI)
武井宏将
日本ユニシスのフィールドにおいて、上記のうちの「汎用アルゴリズムを利用したアプローチ」に関するビジネスを牽引しているのが、製造システム本部 エンジニアリングシステム二部 一室に所属するエバンジェリスト(AI)、武井宏将だ。
そこにはどんな思いがあるのだろうか。長年にわたり製造業のシステム構築に携わり、AIブームが到来する以前から画像処理や物体認識/検出などで機械学習や深層学習の技術を活用してきた武井は、このように語る。
「機械学習や深層学習は非常に大きな可能性を持った技術で、これにより過去には無理だった多くの課題を解くことが可能となりました。ただし、機械学習や深層学習はどんなケースでも使える万能薬ではありません。要求内容によってはルールベースなど他の手法を利用したほうが効率的なケースや、そもそも機械学習や深層学習を使わないほうがよいケースもあります。また、一口に機械学習や深層学習といってもそこには多種多様なアルゴリズムが存在するため、それぞれの特性を正しく理解したうえで、適切な手法を選択できる見識を持つことが必要です」
昨今、AIと並んで「シンギュラリティ(技術的特異点)」というキーワードが注目されている。そこでは2045年に人類の英知を超える人工超知能(ASI:Artificial Super Intelligence)が出現し、またその前段階として2030年までに汎用人工知能(AGI:Artificial General Intelligence)が実用化すると予想されている。だが決して誤解してはならないのは、これらの技術を今すぐ入手できるわけではないことだ。しっかりした時間軸を持ってAIを捉えなくてはならない。現在のAIはまだ特定の目的にしか対応できない「弱いAI」(SPMI:Special Purpose Machine Intelligence)である。したがって機械学習や深層学習を実務に役立つレベルまで“賢く”するためにはアルゴリズムだけではなく育て方も非常に重要となる。これが現在のAIのリアリティなのだ。
「学習に必要なデータは十分にそろっているのか。足りないとすれば、どこからどんなデータを調達することが可能なのか。有益な学習データを準備するために大変な労力を伴うケースがよくあります。こうした学習データの収集・統合・活用の仕組みも含めて、課題解決の道具立てを行う必要があるのです。言い換えれば、そうした現実を直視した役割を担っていくことが、お客さまのフィールドでAIを展開していくナレッジエンジニアに求められる素養であり使命となります」と武井は強調する。
「未来を構想する力」と「現実解を組み立てる力」
両輪でRinzaは発展していく
リアリティを持ったAIを適用することで、すでにさまざまな社会課題を解決するシステムが具現化しつつある。
株式会社日本海コンサルタント様と共同研究開発に取り組む「AI技術を活用した橋梁の劣化要因・健全性判定支援システム」もその1つだ。
全国には約70万の橋梁が存在するといわれるが、その多くで老朽化が進み、点検に膨大な労力とコストが発生している。また、その作業にあたる専門技術者の人材不足が特に地方で深刻化している。そうした専門技術者が現場で目視によって行っていた劣化判断をAIが支援または代替し、労力を軽減するのである。加えて過去データに基づいた学習を重ねることで、これまで個人差のあった劣化・健全性判定の精度を向上することができる。
この事例を含むさまざまな経験を通じて武井は、今後のAIを次のように見据える。
「深層学習の登場により、比較的構造が単純なデータについては生データから高い精度で学習できるようになりました。特に画像や文章、音声に関する処理はここ数年で急速に精度が向上しており、今後も生データから学習できるアルゴリズムはお客さまのフィールドで効果的な活用が進むと考えられます」
そのうえで武井は将来に向けて、次の3つの技術に注目する。
(1)データ収集の技術
ビジネス現場では、学習データの収集がボトルネックとなるケースが多々ある。学習データ収集の技術やツールの整備は、機械学習や深層学習の適用を広げるうえで重要となる。
(2)少量学習データから学習する技術
学習データ収集のボトルネックの課題に対して、一部分のみにタグ付けされた学習データから学習する技術(半教師あり学習)や学習結果を他の領域で再利用する技術(転移学習)が重要となる。
(3)深層学習の適用領域の広がり
構造が比較的単純なデータ(画像/文章/音声)で深層学習の効果が実証されたが、より複雑なデータ(グラフ/点群/メッシュ)に対しても深層学習を適用できる技術を確立することが必要となる。
さまざまな社会課題を解決するためには、AIそのものの技術進化を捉えて「未来を構想する力」が求められ、一方でAIをフィールドに適用するためには「今できることを見極めて現実解を組み立てる力」が求められる。日本ユニシスのRinzaはこの2つの力を同時に備えることで、さらなる拡大と発展を目指す。