「web3×リアル店舗」百貨店が切り拓く次世代マーケティング

NFTとパブリックチェーンで「デジタルとリアルの相互送客」に挑む

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消費者の嗜好が多様化する今、従来のデジタルマーケティングは、大きな転換期を迎えている。この潮流を受け、多くの企業が次世代に向けたより深い顧客理解や新たなエンゲージメント手法を模索し始めている。そうした中、そごう・西武とBIPROGYは、web3を活用した意欲的なブランディング・プロジェクトに挑んだ。より具体的には、NFT(※1)を媒介にした顧客行動分析と、パブリックチェーンを用いた顧客動向のインサイト抽出という2つの実証実験である。舞台となったのは、渋谷の繁華街に位置する西武渋谷店。“リアル店舗”にweb3という最先端技術を重ねることで、どのような可能性が見えてきたのか。そごう・西武側でプロジェクト推進に携わった石川淳之氏をゲストに迎え、BIPROGYの牧野友紀、小谷野圭司が、取り組みの成果と今後の展望を語り合った。

  • ※1NFT:Non-Fungible Tokenの略称。ブロックチェーン上で唯一性を保証されたデジタル資産の総称であり、改ざん困難な記録を通じて所有権や利用履歴を明示できる仕組みを指す

顧客との関係構築にweb3やNFTを活用

――そごう・西武がNFTマーケットプレイスの事業を始めたきっかけを教えてください。

石川日本のアート産業市場は約2186億円規模であり、この中で百貨店は約507億円と大きなシェアを占めています(※2)。今後、デジタル市場が拡大していく流れは明らかで、将来の市場で大きな存在感を示すであろうデジタルアートに着目し、2024年6月にNFTマーケットプレイス「NFT PRODUCED by SEIBU SOGO」をローンチしました。

  • ※2文化庁委託事業による調査レポート「日本のアート産業に関する市場レポート2021」より

また、人口減少などによって新規顧客の獲得コストが増大する中、顧客一人ひとりといかに長期的で良好な関係を築くかも百貨店にとって重要なテーマです。web3やNFTを活用すれば、データに基づく新しいマーケティング手法の確立や、従来とは異なる顧客層へのアプローチが可能になるという期待もあり、このプロジェクトをスタートしました。

写真:石川淳之氏
株式会社そごう・西武
経営企画部 事業開発担当 石川淳之氏

――BIPROGYとの協業はどのように始まったのでしょうか。

石川まずは、NFTマーケットプレイスを立ち上げ、顧客動向や嗜好の変化など売り上げに限らない効果を可視化して将来性を見いだしたいと考え、取り組み始めました。しかし、パブリックチェーン上のデータは膨大な量のため、どこからアプローチすべきか頭を悩ませていました。そこで、データ解析や分析にたけたBIPROGYに協力を求めました。

牧野BIPROGYとしても、「非中央集権的な次世代のインターネット」として期待されるweb3がどの分野で活用できるのかを以前から検討し、金融・証券分野やマーケティング分野との親和性が高いと考えていました。今回の取り組みは、まさに後者に合致します。web3の重要技術であるブロックチェーンは改ざんができない取引記録を残すため、NFTの所在が記録され続けます。このため、販売後も顧客接点を維持できます。さらに、各種NFTの保有状況や取引記録などから企業側が顧客理解を深めることも可能です。

写真:牧野友紀
BIPROGY株式会社
プロダクトマネジメント部 ビジネスデザイン室
TechBiz課 牧野友紀

小谷野web3は自律分散・自己主権を思想に持ち、GAFAの支配を受けず、企業と個人がフラットにつながる基盤技術です。個人的にもweb3の思想に共感し、大きな可能性を感じています。今回のお話をいただいたとき、出会ったばかりの石川さんとも、そんな話で意気投合しました。

写真:小谷野圭司
BIPROGY株式会社
グループマーケティング部 マーケティング戦略室
室長 小谷野圭司

実証実験でNFTが強力な集客・購買動機となることを証明

――西武渋谷店で開催した2つのイベントを通じて実証実験を進めたそうですね。

石川はい。BIPROGYと協議を進める中で、NFTマーケットプレイスを単なる販売チャネルではなく、「オンラインでのお客さまとリアルのお客さまの相互送客のハブにする」という方向性が生まれました。その実証実験として実施したのが、「HELLO SHIBUYA 2024」(「渋谷芸術祭」と連携したポップアップイベント)と、「ME TOKYO SHIBUYA Limited」(テナント兼エンターテイメント施設)への送客ポップアップイベントです。

――まずは、「HELLO SHIBUYA 2024」について教えてください。

石川毎年秋、「渋谷芸術祭」という街全体でアートを体感できるイベントがあります。2024年、この期間に合わせて「HELLO SHIBUYA 2024」というポップアップイベントを西武渋谷店で実施し、イベントでのグッズ購入者へNFTをプレゼントするなど、リアルとデジタルをつなぐイベントを行いました。

実証実験では、「NFT購入者をリアルの店舗に誘導できるか」「店舗での体験がNFTの価値を高めるか」を主な検証対象としました。その結果は、我々の想定以上でした。なんと、ポップアップイベントに出店したNFT発行事業者の中には、NFT購入者の約60%が実際に店舗を訪問したケースもあり、確かな手応えを得ました。

その中でも、インバウンドを含む多くのお客さまが訪れ、活気が溢れたのは盆栽の展示でした。何百万円という高価な盆栽を複数人で所有し、そのことを証明するものがNFTとなっています。「渋谷で自分が所有する盆栽が飾られるなら見に行こう」と思われる方も多かったようで、NFT購入が来店動機につながっていることを実感しました。

――分析はどのように進めたのでしょうか。

牧野購入者のアンケートから回収する「オフチェーンデータ」とパブリックチェーン上から収集する「オンチェーンデータ」を掛け合わせて行いました。

まず、そごう・西武さま側から「オフチェーンデータ」をBIPROGYに提供してもらいます。これは、購入動向やウォレットアドレス(NFT保有者の識別番号)などで、来店した購入者自身がアンケートに記入し、同意の上で提供してもらうデータになります。次に、BIPROGYがパブリックチェーン上に記録される「オンチェーンデータ」から、購入者が保有するすべてのNFTのデータを分析し、その人の嗜好性や行動特性を明らかにしていきます。

図版:そごう・西武さまでの分析フロー。購入者のアンケートから回収する「オフチェーンデータ」とパブリックチェーン上から収集する「オンチェーンデータ」を掛け合わせ、嗜好性や行動特性を分析。

小谷野そごう・西武さまでNFTを購入した人が自分のNFTを別の人に譲渡した場合、譲渡先のNFTの所有状況を知るなどの活用も可能です。つまり、ブロックチェーン上のデータ分析を通じて、多様な形で顧客の変化を知ることもできるわけです。ただし、そこに個人情報は一切含まれず、把握できるのは、NFTの動きとNFTの所有状況から見える「特性」です。

イベント後に分析を実施した結果、NFTを購入したお客さまは、アート、ゲーム、音楽など、異なるカテゴリで複数のNFTを有している可能性が高いと分かりました。特性としては、新しい技術やイノベーションに敏感な人たちです。ここから、そごう・西武さまが新たな顧客層の獲得に成功していると推察できました。

石川概ね成功と言える結果が出たことは良かったのですが、オフチェーンデータの不足という課題も見えました。アンケートの項目数や内容は、購入者の負担を考慮しながら設定していたものの、購入者の特性をより深く知るためには、それなりの量と質が必要だったのです。この気づきを生かして、次のイベントではアンケート設計を見直すことにしました。

NFTの普及にはリアル世界における信頼感が不可欠

――次に、2025年に行った「ME TOKYO SHIBUYA Limited」への送客ポップアップイベントでの取り組みを教えてください。

石川より多くの人にweb3に触れてもらうことを目的として、西武渋谷店で開催したのが本イベントです。具体的には、西武渋谷店A館で買い物をしたお客さまがアプリをダウンロードすると「ME TOKYOクーポン」が入手でき、そのクーポンを同店B館の「ME TOKYO SHIBUYA Limited」というエンターテイメント施設に持っていくと、クレーンゲームが無料プレイでき、さらにNFTがもらえるQRコードを入手できる、というものです。

その際、アンケートも実施しました。設問は、前回の気づきを踏まえて、西武渋谷店への来店回数や来店動機、SNSを見て来てくれた場合はどのSNSを見たのかなど、属性別のカテゴライズがしやすいように設定しました。

「ME TOKYO SHIBUYA Limited」への送客ポップアップイベントの仕組み

実施内容のステップ図。STEP1(A館1階):アプリ(World App)をダウンロードでME TOKYOクーポン×2をプレゼント。特典は「クーポン×2」「アパレル・グッズ販売」。STEP2(A館1階):アプリ認証後、NFTがもらえるQRコードをご案内。特典は「NFT」「アパレル・グッズ販売」。その後、B館地下1階:クーポン回収時にゲーム無料特典とNFTがもらえるQRコードが入手できる。特典は「無料ゲーム・NFT」「LINE会員獲得」。

牧野web3初心者にとっては、NFTを保有するウォレットの作成やNFTの購入は非常にハードルが高いものです。今回のイベントではその点も考慮し、「Webウォレット」という簡易版のウォレットの仕組みも導入してウォレット未所有者でも気軽に参加できる設計にしました。

石川結果としては、予想以上に多くのお客さまがA館で専用アプリをダウンロードし、そのうち約73%に当たるお客さまがB館まで実際に足を運んでくれたことが分かりました。それだけの数のお客さまが関心を持ち、NFTとの接点を持ってくれたことはうれしい結果です。

小谷野NFTを取得した人のウォレットを分析しNFT等の保有状況から、新技術の普及プロセスを示すキャズム理論のタイプを模して分類してみると「Innovator(革新者)」が6%、「Early Adopter(初期採用層)」が6%、「Early Majority(前期追随層)」が32%、そして今回のイベントのメインターゲットと考えていた「Late Majority(後期追随層)」は56%と全体の過半数を超える数字をマークしました。web3やNFTが世の中でほとんど認知されていない中、これは驚くべき数字です。

特に最新技術に積極的でなくNFTを知らないLate Majority層を巻き込めた背景には、「そごう・西武」という信頼ある百貨店ブランドが提供するリアルな場での体験が、NFTを“特別なもの”ではなく“安心して触れられる一般的なもの”として認識させたことがあります。この安心感が、通常なら普及期まで様子を見る層の心理的ハードルを下げ、参加を後押ししたと考えられます。

この成果は、「そごう・西武」という生活者にとって身近で信頼できるブランドが、新しいテクノロジーを日常に溶け込ませる力を持つことを示しています。安心して買い物ができる百貨店が行うリアルイベントだったから、多くの方がNFTに触れることができたのだと思います。新しいテクノロジーとリアルの安心感という組み合わせは、web3が世の中に普及する上で非常に重要な要素だと改めて気づかされました。

web3で実現する、個人と個人、企業と個人がフラットにつながる世界

――これまでの取り組みを振り返りつつ、今後の展望をお聞かせください。

石川リアルな「場」を持つ企業として、web3は大きなチャンスと捉えています。「HELLO SHIBUYA 2024」の開催時、SNSには「地方で活動する作家さんと東京で会えるのがうれしい」と喜ぶコメントがありました。デジタル上のコミュニティーの人たちが、リアルの「場」で集うことを新鮮に感じているのです。百貨店は、こうした新しい顧客体験や価値を提供できると確信しています。今後はNFTに限らず、デジタルとリアルの融合という視点で既存事業の強化にも取り組んでいきたいと考えています。

小谷野web3やNFTが新しいマーケティング手段として有効であることは、今回のプロジェクトを通して検証できました。性別や年齢などの情報は、「こういう傾向がある(だろう)」というバイアスを生じさせることがあります。しかし、NFTの動きや所有状況から見える「特性」から分析するこの手法は、個人主権の時代のマーケティングにはとてもフィットしていると感じます。

ただ、「個人主権」を標榜するweb3が、“単なるマーケティングの手段”で終わってはいけないとも思っています。保有するNFTによって自分が何者なのかを世界にアピールして、コミュニティーからの誘いや仕事のオファーを受けるなど、個人と個人、また企業と個人がフラットにつながれるのが、web3が目指す世界だと私は考えています。これからもそごう・西武さまと共に、こうした世界の実現に向けて何をすべきなのかを引き続き検討していきます。

牧野今回のプロジェクトでは、そごう・西武さまとBIPROGYがweb3で実現する世界を見据えて、同じ目標に向かい、平等な立場でアイデアをぶつけて2つの実証実験を進めていきました。顧客とベンダーではなく、協働するパートナーという関係性があったからこそ、今回のプロジェクトは大きく前進したと感じています。今後の課題はweb3の認知拡大です。そごう・西武さまの他にもパートナーを増やし、普及に向けた活動をいかに広められるかが重要だと考えています。同時に、生成AIを活用したデータ分析の効率化や高品質化も進め、web3のさらなる活用を追求していきます。

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