2倍速で本が読める! 「読書アシスト」が知的な豊かさを育てる

文字あるところすべてに広がるビジネス展開の可能性

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特別な訓練をせずとも2倍速で文章が読める――。速読をサポートするユニークな技術「読書アシスト」は、2012年に大日本印刷(以下、DNP)によって研究、開発された。読書スピードの向上に関するエビデンスはもちろん、ヒューマンインターフェース研究としての論文にも裏付けされた注目すべき技術である。本技術の商用化に向けて、BIPROGYはDNPと共に本格的な取り組みを進めており、2022年4月には、本技術を活用した初の書籍『2倍速で読めて、忘れない 速読日本史』も発売され、話題を呼んでいる。活字離れが社会的な課題として認知される中、読書アシストは今後の社会にどのようなインパクトを与えるのだろうか。書籍著者である金谷俊一郎氏(大手予備校 人気日本史講師/歴史コメンテーター)、編集を担当した内田克弥氏(ワニブックス 新書編集部編集長)を招き、BIPROGYの下村剛士と田中文美が語り合った。

ヘッドライン

通常の2倍速で読める!「読書アシスト」を活用した初の書籍誕生

――「読書アシスト」を活用した初の書籍『2倍速で読めて、忘れない 速読日本史(以下、速読日本史)』が2022年4月に発売されました。まず、技術誕生の背景についてお聞きします。

下村もともとは、DNPにおけるヒューマンインターフェース研究の中から生まれた技術です。文字列などを工夫することで、訓練なしに速読ができるというユニークな技術です。日本人の1分間の平均読書速度は400~600文字といわれていますが、読書アシストを用いることで1分間に約1000文字の速さで読むことができます。本技術を用いた文章を読むスピードの向上にはエビデンスもあり、研究成果も論文として発表されています。技術自体は2012年に誕生し、DNP内でも商用化が検討されていた頃、DNPとBIPROGYの社員が参加するワークショップがありました。そこで当社メンバーがこの技術に興味を抱き、社内に情報を持ち帰ったのが本取り組みにおける出発点となり、2019年、BIPROGY内で商用化を視野に入れた取り組みが本格的にスタートしました。

写真:下村剛士
BIPROGY株式会社
プロダクトサービス第二本部 クリエイティブデザイン二部
二室長/ビジネスプロデューサー 下村剛士

――その後3年ほどで技術を用いた書籍が出版されました。それまではどのような取り組みがあったのでしょうか。

下村例えば、著作権が消滅した作品を集めたネット上のライブラリー「青空文庫」に収録されている小説などに技術を適用して無料公開し、読者の反応を探りました。「いつか読んでみたいと思っていた作品が、読書アシストのおかげで読破できた」など、評判は上々でした。読書アシストで少しずつ読める作品を増やす中でワニブックスの内田さんからお声掛けいただきました。

内田2020年7月に発表されたニュースリリースを読んで、読書アシストについて初めて知りました。特別な訓練なしでも読むスピードがアップする点に興味を持ち、DNPさん経由でBIPROGYさんを紹介してもらいました。「普段、本をあまり読まないけれど2倍速なら読んでみよう」という人は多いはず。大きな可能性を感じました。

写真:内田克弥氏
株式会社ワニブックス
新書編集部 編集長 内田克弥氏

下村当社は普段、出版社とのお付き合いはそれほどありません。しかし、読書アシストの普及を目指すためには、出版社との関係構築は必須。そこで、徐々にネットワークを広げ、内田さんのような理解者を増やしました。2021年10月には、ワニブックスさんをはじめ複数の出版社と協力して、読書アシストの試し読みコンテンツを一般公開しました。30冊弱の書籍について、ポイントになる部分を試し読みできるものです。有名作家や一流アスリートの本などが対象で、4カ月間無償で公開しました。

読書アシストとは

図:読書アシストとは
「読書アシスト」技術は、人間が文章を読む際の視点移動に着目し、無駄なく視点移動を行うように文章を表記することで自然とスムーズな読書を可能にしている。

飛ばし読みや斜め読みではなく「すべて」を読んで理解できる

――数年間のトライアルを経て『速読日本史』が誕生します。その経緯についてお聞かせください。

内田速読のメリットを生かすなら、歴史は最適なジャンルの1つでしょう。『速読日本史』は受験生だけを狙うよりも、学び直しを目的とした社会人を含めた幅広い読者を想定しています。日本史を楽しく伝えられる著者に書いてもらいたいと考え、金谷先生にお願いしました。

金谷確かに、昨今は学生のみにとどまらず、「歴史を学び直したい」という社会人の学習ニーズも感じます。ただ、社会人向けの学び直しの歴史本というと、最近は面白エピソードが満載でなければ売れない傾向があるようです。しかし、脱線ばかりでは本筋の歴史が頭に入りにくくなってしまいがち。この点、読書アシストなら脱線は不要だと感じました。技術を用いることで、読者を飽きさせずに歴史の流れを適切に伝えることができるのではないか、と思ったのです。

写真:金谷俊一郎氏
東進ハイスクール 日本史講師/歴史コメンテーター
金谷俊一郎氏

内田金谷先生と事前に相談したのは、年号と出来事を中心とした構成ではなく、人物の物語を中心に据えることです。それにより、面白くて読みやすくなったと思います。

金谷人物を軸にした記述のほうが楽しく読めますし、頭にも入りやすい。戦前の教科書はその傾向が強かったのですが、戦後の教科書は出来事を順番に並べて「何年に何がありました」というスタイルが一般的になりました。これでは、無味乾燥で面白くないと思っています。私は、この歴史の記述形式が歴史嫌いを増やしている一因なのではないかと懸念していたのです。

――この企画には、金谷先生は最初から関心を持たれたのですか。

金谷実は、最初に「速読」と聞いたときは断ろうと思ったのです(笑)。というのも、速読メソッドの多くは、「飛ばし読み」「斜め読み」だからです。もちろん、そうした読み方が適している場面もあります。ただ、著者としてはやはり、すべてをきちんと読んで理解してもらいたい。そのため、当初は「速読」という言葉にネガティブなイメージを持っていました。ですが、読書アシストの説明を聞いて、飛ばし読みではなく「すべてをきちんと頭に入れながら」速読できることが分かりました。とても感動しました。歴史の学び直しだけでなく、学習参考書などにも最適ではないでしょうか。

田中ぜひ、読書アシストを学習参考書などの分野にも広げていきたいと思っています。金谷先生にもその太鼓判を押していただき、大変心強いです。

写真:田中文美
BIPROGY株式会社
サービスイノベーション事業部
ビジネス四部第一営業所第二グループ 主任 田中文美

次々にページをめくる気持ちよさが読書の成功体験に

金谷私は歴史コメンテーターとしての活動とともに、予備校講師もしています。録画してオンデマンドで提供する授業が増えたのですが、それを1.5倍~2倍速で視聴する生徒も多いようです。「そのほうが頭に入りやすい」という声を聞くこともあります。

内田私自身も含め、動画コンテンツではそういった視聴者が増えていますね。限られた時間により多くの情報を得たいというのは、コンテンツが渋滞する現代において多くの人に共通するニーズでしょう。訓練なしに速読できるメリットは非常に大きいと思います。

田中私は今、保育園に通う二児を育てています。子供たちはよくYouTubeを見ていますが、その姿を見ると「活字に抵抗感を持つのではないか」と心配になったりします。若者の活字離れがよく話題になりますが、読書アシストが読書習慣へのステップになればうれしいですね。

内田出版社にとっても、活字離れは切実な課題です。これまでも「超訳」や「あらすじ本」などの試みを通じて活字離れの動きにあらがってきました。これらは、アプローチできなかった読者層に作品を届けることができた一方で、少なからず、作品が持つ「行間」や「余白」をそいでしまう側面がありました。読書アシストは、これらとは別の角度から活字好きを増やす可能性があると感じます。サクサク読めるので、次々にページをめくる気持ちよさがあります。これまで1冊を読破できず挫折していた人にとっては、読書の成功体験となるでしょう。これは紙ならではのよさだと思います。もっとも、文字がぎっしり詰まったレイアウトではないので、紙の書籍が厚くなるのも確かです。でも、もし厚い本が嫌なら電子書籍を選ぶこともできる。『速読日本史』にはKindle版があるのもメリットですね。

下村内田さんをはじめとする出版社の方々と話をする中で、私たちにもさまざまな学びがありました。本が厚くなると紙や印刷の費用が増えることはある程度は想像していましたが、加えて、倉庫の保管料や輸送費といったコストの増加にもつながることを学びました。その点では、厚さというデメリットが生じない電子出版の世界においても、これからもっとチャレンジしていきたいですね。

金谷例えば、タブレットにダウンロードした電子書籍を、ボタン1つで速読モードにできれば面白いですね。多くの人に喜ばれると思いますよ。

下村実は、それに似た試みをしています。Google Chromeのブラウザ拡張機能を期間限定で無償公開(2021年12月~2022年2月)し、ボタン1つで読書アシストを使えるようにしたのです。期間中に約4000のダウンロードがあり、公開終了時にはアンケートを実施しました。アンケート回答に際して、お礼の品はなかったにもかかわらず、多くのユーザーがアンケートに答えてくれました。とても好評で、私たちとしても自信を持つことができました。機能や使い勝手などの面ではすでに一定のレベルに達していると考えており、今はビジネスモデルについても検討している段階です。

田中読書アシストのWebサイトへの展開には大きな可能性があると思っています。そのための戦略づくりを進めているところです。

サイネージ広告など文字あるところすべてに技術活用の可能性がある

――読書アシストの可能性はさらに広がりそうですね。今後の展望についてお聞かせください。

金谷私が期待するのは、今回『速読日本史』で取り組んだようなコンテンツが増えることです。生徒や学生向けはもちろんですが、やはり社会人の学び直しのニーズは大きいと思います。例えば、これまで活字を敬遠してきた人たちが読書アシストを使って古典や教養を身に付ければ、日本社会全体の知的レベルを底上げすることができ、人々が一層文化的な豊かさを得ることにもつながります。そんな未来を期待したいですね。

写真:『2倍速で読めて、忘れない 速読日本史(以下、速読日本史)』表紙

内田同感です。加えて、広告分野への展開も面白いと思います。例えば、駅のコンコースなどに並んでいるサイネージ広告です。広告主はキャッチコピーだけでなく、ボディーコピーも読んでもらいたいはずです。しかし、歩行者が目を向けてもキャッチコピーくらいしか読めない。歩くスピードのほうが読み終えるスピードよりも速いからです。2倍速で読めれば、ボディーコピーも読んでもらえるかもしれませんね。

下村広告における可能性は感じています。見た目のインパクトもありますし、内容をより深く伝えることができる。実は2021年7月にはデジタルサイネージ広告での実証実験も行っています。今後は、広告会社とのコラボレーションも検討したいと考えています。また、広告に限らず、多様なビジネスシーンで本技術が活用可能ではないかと考えています。ビジネスパーソンなら、レポートや資料、マニュアルを速読したいはずです。読書アシストが適した分野は多いでしょう。チャットボットのような文字のインターフェースと組み合わせるアプローチもあるかもしれません。やや大げさな言い方かもしれませんが、文字あるところすべてにおいて、読書アシストが介在する可能性があると思っています。

田中BIPROGY社内の事例ですが、eラーニングで使用する説明資料に、読書アシストを活用しています。こうした事例を社内でも増やしながら、外部への提供の可能性を探っていきたいですね。また、当社が提供している既存ソリューションとの組み合わせも考えられるでしょう。

下村当社は長年、お客さまのシステムの設計・開発・運用などをビジネスの主軸に据えてきました。そうしたビジネスは今も重要ですが、これからは自社開発のプロダクトや新サービスなども強化していく方針です。その際、外部パートナーとの連携が大きなカギを握っています。出版社や広告会社はもちろん、多様な専門性を持つ方々と一緒に、読書アシストを軸にしたビジネスを創造し広げていきたいと考えています。まずは金谷先生、内田さんにご協力いただいた『速読日本史』を通じて、読書アシストの良さをより多くの方に体感していただけたらうれしいです。

  • 本取材は「ACT+BASE@丸の内」にて実施いたしました。
  • 「読書アシスト」は2024年3月にサービス終了しました。

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