多くのIT企業の創業地として知られる米国シリコンバレーでは、テクノロジーで人々の生活を変えようと志すスタートアップが次々と産声を上げている。今回は、シリコンバレーをはじめ世界のスタートアップ事情を日本に紹介するメディア『TECHBLITZ(旧:The SV Startups 100)』を運営するIshin USA, Inc. CEO 丸山広大氏をゲストに迎え、「シリコンバレーのスタートアップとどう向き合うべきか」をテーマに、2019年4月に日本ユニシスの海外リサーチ拠点であるNUL System Services Corporation(NSSC)代表取締役社長に就任した皆川和花と日本ユニシス取締役常務執行役員CMOで経団連スタートアップ委員会企画部会長を務める齊藤昇が語り合った。(以下、敬称略)
ビジネス上の関係構築は“GIVE“があってこそ
齊藤 本日はありがとうございます。さて、早速ですが、「北米のスタートアップは日本を見ていない」と聞きますが、米国で取材活動を続けられている丸山さんから見てどんな印象をお持ちでしょうか。
丸山 確かに、日本市場を第一のターゲットにしているスタートアップは“いない”と言ってよいかも知れません。北米での戦いがあり、次に欧州、その次にアジアと続きます。そのアジアの中で日本市場は存在感があるという程度です。ただ、4~5年前に比べると、日本企業の存在感は急速に大きくなっています。ソフトウェアだけでは解決できない領域が広がり、日本がもともと強みとする製造業などの産業が存在感を増している点も理由の1つです。
皆川 シリコンバレーに来てまず感じたのは、こちらは「GIVE&TAKE」がビジネスの前提にあることです。しかも、何かを求めるならGIVEが先です。日本人は「話を聞かせてほしい」とTAKEを期待しがちで、その見返りとしてのGIVEがないことが多い。ここに文化の大きな違いがあると感じています。
丸山 確かに、日本企業がスタートアップと付き合う時には、文化の違いを認識する必要がありますね。GIVEを先にするというスタンス、意思決定のスピードの速さ、コミュニケーションのスタイルなど、価値観のセットを変えることが重要です。一方、会社経営からの目線では、「目的とビジョン」の明確化が必要です。つまり、スタートアップに期待すること、実現したい姿を明確にしないと、スタートアップ側としてもどう付き合ったらよいのか分かりません。実は日本企業の場合、この部分が明確でないケースが多い。シリコンバレーに拠点を持つべきか、ベンチャーキャピタルに投資すべきなのかといった戦術レベルの話ではなく、企業が何を目的に、どのようなビジョンやミッションを持つのかを明確にする姿勢が重要です。
齊藤 なるほど。日本ユニシスグループでは「ネオバンク」「デジタルアクセラレーション」「スマートタウン」「アセットガーディアン」という4つの注力領域を設定して、お客さまに少し先の未来のビジョンをお伝えしていますが、これをもっと明確にして伝えていく必要がありますね。
丸山 その通りです。そうは言っても「IoTでよさそうなスタートアップを教えてほしい」という依頼を受けることもあります。この場合には、できる限り有望と思われるスタートアップを紹介するようにしています。
皆川 NSSCでは、メディアとして取材した中から要望に合ったスタートアップを紹介してくれるIshin USAのサービスを、こちらに赴任してすぐに活用し始めました。日本ユニシスが出資をしているScrum Venturesや、NSSCが参画しているVC/アクセラレーターのPlug And Playからも、シード・シリーズA投資ラウンド(※)のスタートアップ情報を入手できますが、日本進出に関心の高い、ビジネス面で安定しつつあるシリーズB投資ラウンド以降のスタートアップの情報を効率よく入手するために、Ishin USAとパートナーシップを組んでいます。
齊藤 北米の動向からは多くの気付きが得られます。NSSCはこれまで日本ユニシスグループのリサーチ機関として活動をしてきましたが、今後はお客さまと共に情報探索を行う活動を強化していくことを期待しています。
皆川 パートナーシップを通して、さまざまなお客さまの要望に応えられる体制構築とともに、日本ユニシスグループのビジョンを、海外の状況を加味したうえでお客さまに直接お届けしていきたいと思っています。例えば、教育Tech分野でユニコーン企業に成長しているオンライン教育のCourseraは、「誰でも質の高い授業を受けられるようにしたい」というビジョンで始まったサービスです。しかし、大学間の格差を広げて学生たちのエリート意識を高める結果を生み出したとも指摘されています。こうした実情を踏まえつつ、日本と海外の文化の違いを理解したうえで情報配信を行うサービスを、来春には開始すべく準備をしています。どうぞご期待ください。
※「投資ラウンド」は投資家向けにスタートアップがどのような事業段階にあるかを示した用語。「シード」は事業初期段階にあるスタートアップを指し、「シリーズA」は事業を本格化させる段階を指している。その後、企業の成長段階に応じて「シリーズB」「シリーズC」などが続く。
「課題解決の実現がクール」という風土
齊藤 日本のスタートアップのファウンダーと話をすると、社会課題に対して強い課題感を持っていると感じますが、北米のスタートアップも状況は同じでしょうか。
丸山 人々の生活を変えるアイデアを生み出し実現できた人がクールだとされています。しかも、多少実現性が低くてもそのビジョンやポテンシャルに賭けようという“ちょっとクレイジーなエンジェルインベスター”がいるのもこの地域の特徴です。起業家と投資家層の厚さに加えて、「世界を変えることがクールだ」という文化そのものがシリコンバレーの気風と表現できます。その意味で、北米でもシリコンバレーはかなり特殊な地域です。もともと一獲千金を狙うゴールドラッシュの街ですからね、当然かもしれません(笑)。
皆川 ここには世界中から資金も人も集まります。だからこそ多くのアイデアが生まれ、大きく育っていくのでしょうね。社会課題の解決を目指すときに、シリコンバレーで得られるアイデアの多くは非常に参考になると思います。一方で、シリコンバレーはご指摘の通り少し特殊な地域なので、この地域だけを見ていてよいのかという課題も残ります。
齊藤 ところで、私が代表を務めるキャナルベンチャーズは、日本ユニシスグループのコーポレートベンチャーキャピタルとして日本と北米以外にインドや欧州にも投資をしていますが、シリコンバレー以外のスタートアップが活発な地域についてはどう見ればよいのでしょうか。
丸山 技術面やエコシステムの強さでは北米が圧倒的ですが、小国ながらも輸出産業を前提に考えていて要素技術に強いイスラエルは、日本企業にとって組みやすい相手と言えるでしょう。インドも成長が目覚ましい国ですが、多くの人口を抱えるインドを主戦場としているので、インドに進出したい日本企業がその足掛かりとしてスタートアップと提携するのであればよいと思います。
皆川 クリーンエネルギーなどのSDGs的な視点を考慮すると、スタートアップ育成に力を入れている東欧やドイツの動きも追いかけるべきでしょう。特にドイツは日本と親和性が高いと思います。
まずはシリコンバレーの文化に直接触れる
丸山 北米に拠点を持つべきかどうかは会社の戦略次第です。しかし、たとえ出張という形であったとしてもシリコンバレーに来て、こちらの文化や気風に直接触れることをお勧めします。ただ、目的のない表敬訪問はこちらでは嫌がられます。そこで当社では年に一度スタンフォード大学でサミット(Sillicon Valley - New Japan Summit)を開催して、手軽にシリコンバレーの文化に触れられる機会を提供しています。1日目はこちらで活躍されている方の同時通訳付きのセッションで、2日目は日本進出に関心の高いスタートアップによるピッチと商談会です。
皆川 日本の感覚からすると、こちらのカンファレンスの費用は高いと感じると思いますが、一度に多くの情報を得ることができる機会はなかなかないですし、うまく使えばコスト効率が良いと言えるでしょう。Ishin USAのサミットもお得感があると思います(笑)。NSSCとしてはユニシス研究会の海外スタディツアー以外にも、こうした機会にお客さまに渡米していただいて、直接ディスカッションして皆さまのお役に立ちたいと考えています。
齊藤 このようなイベントをきっかけに、お客さまと当社の社員が社会課題についてディスカッションできるとよいですね。ただ、まだ国内でも既存企業側がスタートアップにとって魅力ある存在になりきれていないのが実情です。既存企業とスタートアップの連携を促進するために新設されたのが、経団連のスタートアップ委員会で、今回、私はその委員会の企画部会長という役職を任されました。10月1日には初の会合「Keidanren Innovation Crossing(KIX)」を開催し、企業側のメンバーを役員に限定して、スタートアップとのハイレベルなネットワーキングを行いました。今後もそういう形で既存企業とスタートアップとの連携にドライブをかけていきたいと思っています。求められているのはスタートアップと既存企業がそれぞれの強みを尊重しながら、フェアなコラボレーションを社会実装することです。スタートアップ委員会の活動を通して、既存企業の役員レベルの意識を変えていき、さらに日本企業がグローバルに注目されるような魅力ある存在になっていければ理想的です。
Profile
- 丸山 広大(まるやま こうだい)
- Isihn USA, Inc. CEO
2008年、株式会社幕末(現・イシン株式会社)入社。2012年に執行役員 制作部部長 兼 管理部部長を経て、2015年よりIshin USA, Inc. CEOに就任。現在は、イシン株式会社の取締役も兼務。
- 皆川 和花(みながわ わか)
- NUL System Services Corporation CEO&President
1997年、日本ユニシス入社。システムエンジニアとしてミドルウェア開発に従事後、コンサルタントに転身。その後、テレビ通販事業立ち上げ、運営責任者を経験。日本ユニシスグループ社長業務秘書として広報活動に従事後、2019年4月、現職に就任。
- 齊藤 昇(さいとう のぼる)
- 日本ユニシス株式会社 取締役常務執行役員 CMO
兼 キャナルベンチャーズ株式会社 代表取締役 CEO
1986年、バロース(現・日本ユニシス)入社。アパレル営業所長や流通事業部長、ビジネスサービス事業部長などを歴任し、異業種企業との協働により数々の新規事業を立ち上げ、2013年に執行役員に就任。2016年から取締役常務執行役員 CMOを務める。キャナルベンチャーズ設立に際し、2017年から同社代表取締役CEOを兼務。
NUL System Services Corporation(NSSC)について
NUL System Services Corporation(NSSC)は、シリコンバレーを中心に、新情報技術の収集と事業機会発掘を行う日本ユニシスグループの海外リサーチ拠点です。2006年にシリコンバレーオフィスを開設して以来、北米を中心とした各種パートナーと連携し、日本ユニシスグループに対して情報発信を行っています。