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「女性の働きやすさと健康への向き合い方」の理想って? ~日本と台湾の違いから考える~
台湾在住ライター・近藤弥生子さん×働く女性のためのデジタルサードプレイス「marbleMe」
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近年、月経に伴う身体的・心理的不良や更年期症状など、女性特有の健康課題が働く女性にとって深刻な問題であることが表面化され始めた。BIPROGYは、そんな働く女性たちを支えるためのデジタルサードプレイス「marbleMe」を提供している。今回は、台湾在住のノンフィクションライターとして、女性の働きやすさなどをテーマに情報発信を行う近藤弥生子氏を迎え(取材当日はオンライン参加)、marbleMeの担当者2人が鼎談。台湾は、女性のトップリーダーが国を率いるなどアジア各国の中でも女性の社会進出先進国としての地位を確立しつつある。こうした背景を踏まえつつ、台湾における女性の働き方や生き方、そして健康課題への向き合い方を参考として、女性がより自分らしく生きられる社会の実現に向けたヒントを探っていきたい。
働く女性が互いに悩みを相談し合えるデジタルサードプレイス「marbleMe」
丹波皆さま、本日はどうぞよろしくお願いいたします。BIPROGYで「marbleMe」を担当している丹波です。marbleMeは、世代、職種、業界の垣根を越えた、働く女性同士がつながるコミュニティサービスです。

戦略企画部 事業開発第一センター コミュニティビジネスプロジェクト
丹波早雪
松本丹波と同じくmarbleMeの担当をしているファミワンの松本です。今回は、台湾の女性の働きやすさの秘訣を切り口の1つにしながら、女性がより自分らしく生きられる社会の実現に向けたヒントを深掘りしていければと考えています。まずは改めて、近藤さんが台湾でお仕事をされるようになった背景について伺えますか?

経営企画部 / アドバイザー
松本彩乃 氏
近藤私は東京の出版社で勤務後、結婚した相手の駐在に同行する形で2011年2月、30歳で台湾へ移住しました。現地のデジタルマーケティング企業に勤務し、その後離婚。およそ6年間のシングルマザー経験を経て、台湾人と子連れ再婚し、独立、次男を出産しました。前デジタル大臣のオードリー・タン氏へのインタビューがコロナ禍で注目され、オードリー氏関連の書籍を日本と台湾で4冊出版しました。台湾の文化や暮らしに関するエッセイや、台湾式EQ(Emotional Intelligence Quotient:心の知能指数)についての書籍も執筆しています。

(台湾よりオンラインで参加)
台湾にも当てはまりますが、地方では近くに悩みや価値観を共有できる人が少ないという状況に置かれている方もいるかと思います。そのような方にとって、marbleMeのようなオンライン上でつながりができるサービスは、孤立を防ぐ意味でも大切だと思います。
松本テーマ別のチャットやオンライン上の座談会、ライブ配信イベントなど、さまざまなサービスを用意していますが、誰かの悩みに対して、過去の経験を語り合ったり、励まし合ったりと、対話を通して自助関係ができており、元気をもらえたとの声もいただいています。
近藤日々言葉を交わし合えるサードプレイスがあるのは、本当に心強いですよね。私は音声配信プラットフォームで有料会員向けのコミュニティを設けていて、オープンチャットでのやり取りや、オフ会を催しています。そこでは、普段なかなかできない自己開示、例えば過去のつらい経験、夫婦関係の悩みなど深い話ができるんですよね。marbleMeは、企業が運営していることで安心感や信頼感もありますね。
「marbleMe」のシステム画面(例)

2023年の10月にサービスが始まり、医療アプローチだけでは解決できない、女性特有の健康課題やライフプランに関する悩みの言語化、解決につながる行動変容を「対話」でサポートしている
自分が健やかでいてこそ仕事ができ、家族や友人をも幸せにできる
丹波日本はまだまだヘルスリテラシーが低調な傾向にあり、marbleMeの普及などを通じてその向上を図っていければと考えています。台湾は日本に比べてヘルスリテラシーが高いと聞いていますが、どのような理由があると思われますか。
近藤私が日々関わる台湾人のヘルスリテラシーは本当に高いと感じます。その背景には、主体性の高さがあると思います。例えば、日本に比べて特に若者の投票率が高いように「自分たちの社会は、自分たちで決める」という考えが根付いています。そして、この意識はヘルスリテラシーにも通じているように思います。「自分を一番大切にできるのは自分」というメンタリティを、台湾の人たちは持っているのです。だから、仕事や会社よりも、自分の健康が優先されるべきものだと考えています。
丹波日本では、「自分を犠牲にして働くのが当たり前」という風潮がまだ存在している部分もありますね。
近藤台湾だと、例えば採用したばかりのスタッフでも、出社初日に生理休暇を取っても何も思われませんし、家族の看病のために休むのも普通のことです。自分自身が健やかでこそ仕事ができ、そして家族や友人を幸せにできる。この考えの背景の1つには、「中医学(東洋医学)」の影響があると考えられます。中医学では、心身のバランスを重視し、病気の予防に力を入れます。例えば、食生活に気を配る、内臓を疲れさせないなど、健康を意識した生活習慣が浸透しています。月経ケアや産後ケアの重要性についても、ジェンダーに関係なく社会全体に広く認識されています。
松本台湾は2022年のジェンダーギャップ指数で世界35位と当時116位の日本を大きくリードしており、学ぶべき点が多いように思います。また、日本ではジェンダー意識に関して世代間ギャップも大きいという声が多いのですが、台湾でもそうした世代間の差は存在するのでしょうか?
近藤私個人の意見ですが、台湾にもアップデートされていないジェンダー観の人はいます。そこには年長者を敬う儒教の考え方も強く影響していると思います。そうした中でも多様性のある社会が実現できているのは、EQの高さ、つまり「心の知能指数」の高さゆえだと思います。日本では、男性と女性、年長者と若者など、異なる立場の人々が対立構造になりやすい傾向があります。しかし、台湾では、各々の意見や立場を否定することなく認め合い、共存していく意識が高いのです。これには歴史的な背景もあるでしょう。また、政府や企業の意思決定層に女性の割合が増えていることも関係があると考えます。
松本台湾では「クオータ制(議席の一定数を女性に割り当てる)」の導入により、女性議員数が4割を超え、男性議員の質も上がったとニュースで拝見しました。このクオータ制のように、台湾にあって日本にないジェンダーギャップ解消のための良い仕組みはありますか?
近藤公務員が関わるプロジェクトの男女比率をチェックする機関が効果的だったとオードリー・タン氏もおっしゃっています。海外訪問や学術会議、さらには幼稚園から大学の先生まで男女比率を提出しなければならず、そのデータがオープンにされているので市民も見ることができます。これによりジェンダー比率が社会に与える影響力を公務員が認識し、意識改革の促進につながりました。
松本なるほど。世代間のギャップを埋めるような仕組みもあるのでしょうか。
近藤地方自治体から中央政府まで、あらゆる組織が「リバースメンター制度」を導入しています。若手が自身の専門分野に関して年長者に助言する制度なのですが、成人年齢が引き下げられたのもこの制度から出てきた提案でした。
また、政府が運営する、「Join」というオンラインプラットフォームでは、選挙権を持たない18歳以下の若者や、私のように台湾で暮らしている外国人でもメールアドレスと台湾の電話番号さえあれば政策に対する意見を投稿できます。投稿意見に対して60日以内に5000人以上の賛同が集まれば、政府の担当者は何かしらの回答をすることになっています。実際、高校生の呼びかけでタピオカ店ではプラスチック製のストローやカップの使用が禁止され、脱プラスチックが前進するなどの成果も出ています。

松本台湾の若者は、投票率の高さも含めて日本と比べて社会問題や政治に意欲的な印象を受けます。
近藤日本では、声をあげても聞いてもらえない、自分の力では社会は変わらないと感じる若者も多いのかもしれません。台湾の場合、リバースメンター制度では若者が自分にも影響力があるという実感につながっていますし、「Join」の例のように1つの意見から社会が変わっています。このように、若者が成功体験を積み重ねていることが、日本との違いだと思います。
女性の働きやすさのカギは「人は人、自分は自分」という価値観
丹波台湾は女性の社会進出率も高いですよね。ご自身が実際に働いていて、日本にいたときと違うことや働きやすさを感じるのはどのような点ですか。
近藤私がシングルマザーとして台湾で働くことを選んだのは、家庭でも職場でも、女性だからとの理由で役割を押し付けられないからでした。お茶くみから力仕事まで、どんな仕事であってもジェンダーに関係なく得意な人がやればいい、という考え方が浸透しています。また、台湾では家事などをアウトソースすることが肯定的に捉えられています。例えば、子どもを預けて夫婦でデートに行くことも一般的です。
こうした考え方の背景には、台湾の人々が持つ「人は人、自分は自分」の価値観があります。彼らは「バウンダリー(自分と他人との境界線)」がはっきりしていて、他人が自分とは考え方の異なる発言や行動をしても、それはその人の考えであって、自分の考えを尊重してもらうように、他者の考えもその人のものとして受け止めることができています。
丹波「人は人、自分は自分」の価値観、とても素敵ですね。少し話は戻りますが、台湾では女性の健康課題の中でも、特にどういった問題に関心が高いでしょうか?
近藤まず、知っていただきたいのが「産後ケア」です。台湾では中医学の考えから、出産を「体質を整える大きなチャンス」と捉えています。そのため、産後ケアセンターが充実しており、手厚いケアを受けることができます。産後1週間は漢方茶で体のデトックスを行い、2週目からは栄養たっぷりの食事をとるといった感じで産後ケア食が組み立てられています。その間、生まれたての子どもはずっと預かってもらえて心身の休息が取れます。台湾の女性が年齢を重ねても元気な理由の1つにこの産後ケアがあると思います。
私自身も台湾で出産してこの産後ケアを受け、冷え性が改善されました。印象的だったのは、「産後はしっかり休むのがあなたの仕事だよ」という言葉です。日本では、産後もすぐに家事や育児に追われる女性が多いですが、台湾では産後の休息を重要視し、周りのサポート体制も整っています。
丹波とても素晴らしいですね。産後ケアの他、「月経ケア」も大事なものだと認識されていると最初にお話されましたがいかがでしょうか。
近藤月経の際には、体を温めることはもちろん、出産同様「身体を整える機会」として老廃物も一緒に排出する漢方をとることが多いですね。こうした漢方はコンビニでも手軽に購入できるほど、台湾の女性たちにとって身近なものとなっています。
また、生理に関する社会的認識を底上げする観点では、2022年に20代の若者たちが立ち上げたNPO団体によってオープンした「月経博物館」は日本のメディアからも注目されていますね。生理の構造や生理用品の展示の他、「生理の貧困」や「生理の偏見」「生理の不平等」などの社会問題にも取り組んでいます。幅広い世代が訪れていて、来場者の約4割が男性というのも特筆すべきポイントです。さらに、前館長も男性。「彼女の生理がつらそうだから、もっと理解したい」と大学生の頃に訪れたことがきっかけだったんですよ。
台湾では、女性はもちろん男性も月経ケアへの意識が高いように感じます。「生理中に体を冷やすのはご法度」の意識は男女共通で、職場でも生理で辛そうな女性がいると男性がブランケットを持ってきてくれたり、逆に、生理中にキンキンに冷えたビールを飲んでいる私を見てぎょっとしている人がいたり(笑)。私の夫も、私に生理がくると鍋にたっぷりのぜんざいを作ってくれます。
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(上)オープンな印象を受ける外観。
(中)1階は月経について学べるギャラリーになっている。
(下)月経用品の展示エリア。親子連れも訪れやすい場づくりがされている。
(写真提供:小紅帽 WITH RED)
丹波確かに日本と比べて、生理に対する男性の理解がはるかに社会に浸透していますね。
近藤日本の男性は、生理について関心はあるけれど、「話すチャンスがない」「つらいなら助けてあげたいけど、声をかけることで嫌がられないか心配」といった気持ちの人もいると思います。男女で対立構造にはせず、理解しようとしてくれる男性に対して、惜しみなく教えて話し合っていくことが大切だと考えます。
丹波生理に対してもオープンに話せる環境がつくられていて、改めてヘルスリテラシーの高さを感じました。日本では、生理痛で休みたいと思っても言い出しにくい現状があり、marbleMeでも、「そもそも使っていいか分からない」など生理休暇の取得に悩む女性たちの声が多いんです。
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近藤実は、世界で初めて生理休暇を導入したのは日本だと、月経博物館の創設者の方から伺いました。取得率は低いようですが、日本でこのテーマに真剣に取り組んだ人がいた事実は希望になりますよね。しかし、周りに気を使って休みが取れない現状を変えるためにも、自分のことを後回しにしてギリギリまで働かなくてもいいような仕組みを、企業側が考える必要もあるのではないでしょうか。
松本そうなんですね。日本では、「一生懸命働くこと」が美徳とされる風潮が残っている部分もありますが、日本が世界で初めて生理休暇を導入したことを知って、きっかけさえあれば社会のムードが一気に変わる可能性を秘めていると感じました。
丹波ロールモデルが一人でも増えれば、「自分も使おう」と思える人が増えていくはずなので、まずは自分が率先して生理休暇を取得することで、周りの人にも「使ってもいいんだ」と思える環境をつくっていきたいです。
marbleMeを通じて自分らしく生きられる社会の実現に貢献したい
丹波marbleMe内で交わされている悩みを見ていると、バウンダリーという概念やヘルスリテラシーの重要性に気付いていない人も少なくありません。だからこそ、marbleMeが積極的に情報発信を行い、このプラットフォームを行動変容や意識の向上につなげていける場所にしていきたいと思いました。また、サービス立ち上げ時から、社会全体がジェンダーや性別役割分業にとらわれず、自分らしく生きられる社会の実現に貢献したいとの思いを抱いており、引き続き尽力していきたいです。
松本今回のお話を通して、「I'm OK, You're OK.」の考え方、つまり相互肯定の大切さを改めて実感し、対立ではなく対話、周りを頼っていいことなど、今回教えていただいたことをより多くの方々に広めていきたいと強く感じています。また、今後もmarbleMeを活用いただくことで、ユーザーの皆さんにとって「自分らしさ」を改めて考え直す、大事な時間になればと考えています。そして、「これでいいんだ」と自分に自信を持てる場所をつくり上げていきたいです。
近藤日本で昭和の時代に生まれ育った私は、知らず知らずのうちに「こうすべき」といった固定観念に縛られていたり、「普通はこうだから」と他人と比較して自分を追い込んだりしていました。しかし台湾に来て、人々が自分軸で生き生きとしている姿を見て、私自身の考え方も大きく変わりました。離婚やシングルマザーの経験もしましたが、今はとても幸せ。この価値観を持つことができてよかったと感じています。
台湾には「鑽牛角尖(ジュアンニィゥジィァオジィェン)」ということわざがあります。これは、物事に対してどんどん思い詰めてしまうことを意味し、EQの低い行為とされています。また、現状を変えようとせず、ひたすら我慢して自分を幸せにしないこともEQが低いとされています。
自分を幸せにできるのは自分だけです。外の世界に出ることで見えてくる全く新しい価値観もあると思うのでmarbleMeのようなサードプレイスを見つけて、自分の悩みを相談することは、セルフケアの大きな一助となるはずです。そして、疲れたらぜひ台湾に来て羽を伸ばしてみてください!
