「日本版MaaS」への道のり――トライアルから見える未来

地域課題に対応した交通の在り方をデザインする

画像:TOP画像

都市混雑の最適化や地方での交通サービス維持などの課題が指摘される中、IoTやAIを活用して公共交通機関をシームレスに結ぶ「MaaS(Mobility as a Service)」への関心が高まっている。欧米が先行する形で始まったMaaSだが、近年は日本でも本格的な検討・実証が始まりつつある。日本は「課題先進国」と表現されるように少子高齢化に起因する多くの社会課題を抱えている。公共交通機関の利用者減少や慢性的な運転士不足もその1つだ。その課題解決に向けて日本ユニシスは、自動運転を含め多様なステークホルダーと共に研究に取り組んでいる。しかし、プロジェクトを進める中ではコロナ禍という試練も訪れた。今回は「日本版MaaS」実現に向けたフロントラインを知るプロジェクト担当者に、その未来像と実現に向けた思いを聞いた。

Society 5.0の柱として進められる「日本版MaaS」

政府が決定した「未来投資戦略2018-『Society 5.0』『データ駆動型社会』への変革-」では「次世代モビリティ・システムの構築」が大きな柱に位置づけられた。その社会実装の姿が、次世代公共交通サービスなどを実現する「MaaS」である。首相官邸のポータルサイトでは「地域住民や旅行者一人一人の移動ニーズに効率的に対応するためには、AI等により個々人が様々な交通手段の最適な組み合わせを選択できる新たな交通サービス」と定義されている。欧米が先行した感のあるMaaSだが、政府の後押しもあり、「日本版MaaS」の事例も生まれている。新型コロナウイルス感染症の拡大によって人々の行動様式が変化する中で、MaaSへの取り組みも変わっていくと予想されたものの、効率的な移動手段としてのMaaSへの期待は依然として大きい。

国土交通省分類によると、日本版MaaSは地域特性ごとに大きく5つのカテゴリーに分けられる。日常的な混雑を緩和し利便性を向上させる「大都市型」、交通弱者を支援し局所的な混雑を緩和させる「大都市近郊型」、地域交通機関の事業性を改善させながら利便性を向上させる「地方都市型」、事業性の悪化による空白地帯の発生を回避する「地方郊外・過疎地型」、点在する観光・集客スポットをつなぐ「観光地型」だ。

日本ユニシスでは、ニューノーマル時代に配慮した形で公共交通移動を促す「新モビリティサービス」、利用者にメリットのある各種機能を提供する「アプリ」、そして交通事業者などのモビリティデータホルダーとデータ利活用者をつなぐ連携プラットフォームでの「データ利活用」の3点セットで日本版MaaSの実証実験を支援している。こうしたMaaSへの取り組みは、将来的にモビリティを起点としたスマートタウンの実現にもつながる。

モビリティ起点で始めるスマートタウンの全体構想

画像:モビリティ起点で始めるスマートタウンの全体構想
新モビリティサービス、アプリ、データ利活用の3点セットで公共交通と街中を振興し、都市の魅力向上を目指す

移動目的と一体となったキャンペーンで乗客数を増やし、
自動運転のコストを捻出

写真:日本ユニシス株式会社 公共第二事業部 ビジネス二部 中沢亮太
日本ユニシス株式会社
公共第二事業部 ビジネス二部
中沢亮太

日本ユニシスが携わる日本版MaaSの1つが、大津市と京阪バスと共に推進する「持続可能なまちづくり」実現に向けた取り組みだ。この中には、2019年11月から12月にかけて行われた観光地型MaaSアプリ「ことことなび」のトライアルなども含まれている。京阪バスと日本ユニシスは、以前から自動運転にフォーカスして共同で研究に取り組んでいます。この中で、少子高齢化という社会課題に起因する、バス利用者減少やバス運転士不足という事業課題を解決するため、自動運転にフォーカスして共同で研究に取り組んでおり、ここに自動運転バスなどを活用して地域課題解決を目指す大津市と連携する形で2018年6月、3者連携が実現。自動運転バスやMaaS実現に向けた実証実験が加速していった。公共第二事業部 ビジネス二部の中沢亮太は当時をこう語る。

「最初に実施したのは、市内をくまなく歩き回って地域課題を1つ1つ明らかにすることでした。大津市は南北約50㎞に細長く伸びており、大阪や京都に通勤しやすく都市化が進む地域、高齢化が進むオールドニュータウン、過疎化が進む中山間地域などがあり、それぞれが抱える課題は異なります。このため市役所の方々や地域住民に協力していただき、生活パターンや生活圏など丁寧にヒアリングしていきました。これらの積み重ねの中から、生活者の価値観がどこにあるのかを探り、自動運転バスやMaaSとしての在り方を探っていきました」

取り組みの中で留意した点について、中沢は「『どうすればビジネスとして成立するか』も強く意識しました。理想を描いても、採算がとれなければ実証後の効果も期待できず、継続も難しい。高額な自動運転バスを使う新しい公共交通で採算を確保するには1便ごとの乗客数を増やすか、別のやり方で運行費用を賄うしかありません」と話す。

写真:日本ユニシス株式会社 公共ビジネスサービス第一本部 次世代ビジネス開発部 吉越一樹
日本ユニシス株式会社
公共ビジネスサービス第一本部
次世代ビジネス開発部
吉越一樹

乗客を増やすために考えたのが、「移動目的と移動手段が一体となったキャンペーン」という発想だった。「自動運転バスは移動手段です。乗客に移動手段だけでなく、移動目的を与えることが狙いでした」と語るのは、このプロジェクトでシステム面を担当し、「ことことなび」を開発した公共ビジネスサービス 第一本部次世代ビジネス開発部の吉越一樹だ。

2019年11月1日から1カ月間行われた「アプリでオトクに比叡山・びわ湖を旅しよう!」と銘打った「ことことなび」の実証実験では、スマホアプリ上で観光スポットなどの紹介と共に、4タイプの乗車券を販売した。7つの既存交通と大津市内の自動運転シャトルバスが組み合わされ、そこに小売店やホテル、レストラン、カフェなどで利用できるお得なクーポンがセットされた形だ。周遊モデルコースやスタンプラリーの機能も提供した。

実証実験の成果は上々だった。中沢は「目標を大きく上回る人たちがアプリをダウンロードし、その半数以上が乗車券を購入してくれました」と笑顔を見せる。今後の課題としては、クーポン特典をさらに充実させることや他の鉄道会社の参画を促す点にあるという。

公共交通と街中振興を
同時に実現せよ!

写真:日本ユニシス株式会社 スマートタウン戦略本部 事業開発部 宮原洋
日本ユニシス株式会社
スマートタウン戦略本部
事業開発部
宮原洋

一方、「地方都市型MaaS」の実証実験として、日本ユニシスが参画しているのが新潟市のケースだ。「新潟市では、1965年頃をピークにバス利用者の減少傾向が続き、事業採算性が低下しています。さらに自家用車比率が高く少子高齢化と人口流出も進んでいます。しかし、朝夕以外の乗客の少ない時間の路線バスについてオンデマンド提供が実現できれば採算性が向上する可能性もあります。高齢者などにとって公共交通はなくてはならない存在です。こうした観点からも、地域住民の移動手段と街中振興を同時に実現する取り組みとして実証実験が進められています」とスマートタウン戦略本部 事業開発部の宮原洋はその意義を語る。

プロジェクトは、新潟市、新潟交通などと共に推進されている。ここでもクーポンをてこに街中への移動目的・意欲と移動手段の提供をアプリで統合することを目指し、MaaSアプリ「りゅーとなび」が活用された。実証実験は2020年3月1日から市内でも高齢化率の高いしも町地区を中心に行われた。市内全域の路線バス、レンタサイクル、オンデマンドバス1日乗り放題が含まれる1日乗車券に「まちなかクーポン」をセットし、オンデマンドバスは事前予約制(併せて別途運賃払で乗車できる仕組みも導入)で運用された。さらにオンデマンドバスは、利用者の需要に応じてAIが最適な配車ルートを選定し目的地まで運行するという先進的な内容だった。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大がプロジェクト推進の大きな壁となった。宮原は「クーポンに協賛してくれる事業者を集め、満を持してスタートしたのですが、新型コロナの影響で思うような活動ができなかったのが残念です」と悔しさをにじませる。実証開始から2週目に入り、利用実績が増えてきた段階で、コロナ禍の逆風が強くなっていったという。しかし、オンデマンド交通を運行する場合に必要となる「地域公共交通会議」との調整や高齢者が多いエリアではスマートフォンからのアプリのダウンロード数が伸びないといった解決すべき課題も明らかになっていった。

データの利活用で変わる
未来のモビリティサービス

こうした取り組みはまだ始まったばかりだけに、課題は多い。しかし、共通する解決パターンが存在する。ITだからこそ可能になる「データを利活用した改善」だ。吉越は「利用客の乗降情報を集める仕組みができれば交通事業者へのアドバイスや他地域への応用・展開、プロモーションの材料にも活用できます。さらに移動手段の効率化と街中振興に向けた施策を効果的に統合できるようになるでしょう」と展望を語る。

新型コロナウイルスの感染拡大防止という面からもデータが活用できる。宮原は「人の動きを『見える化』することで、密集状況を分散させることも可能でしょう」と話す。例えば、人々が集中する時間・場所についてクーポンを使って分散させるといった取り組みも行うことができる。

MaaSによる効果が今後のトライアルの中でさらに明らかになれば、地域間連携によるコスト削減も可能だろう。「大津市や新潟市の取り組みは、地域交通の在り方を模索する他地域でも賛同してもらえるはずです。効果的な仕組みを共同利用することで社会課題の解決につながるようなサービスにしていきたい」と中沢は展望を語る。MaaSがさらに進化し、IoTやGPS、AIなどと連携すれば、モビリティサービスの未来像も大きく変わってくる。今後の展開が期待される。

関連リンク