東京大学・斎藤幸平氏が語る「コモンの再生とテクノ封建制の回避」とは

一人ひとりが想像力を取り戻し、“脱成長”発想で新たな豊かさを目指す

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2024年6月に開催された「BIPROGY FORUM 2024」。1日目は、50万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』で知られる東京大学大学院総合文化研究科准教授 斎藤幸平氏が特別講演を行った。「気候変動と格差問題は絡み合いながら、悪化の方向に向かっているかもしれない」と斎藤氏は警鐘を鳴らす。世界が直面する複合的な危機に対して、私たちはどう向き合えるのだろうか。解決のヒントを斎藤氏の提言から考察していきたい。

ヘッドライン

「複合危機」と資本主義の限界から未来をどう見据えるか

地球全体で気候変動が深刻化し、世界を見渡せば戦争・紛争が相次いでいる。エネルギーや食糧供給に及ぼすリスクの増大と共に人々の経済格差もさらなる拡大の様相を呈している。こうした状況を、斎藤氏は「複合危機」と呼ぶ。

写真:斎藤幸平氏
東京大学大学院
総合文化研究科 准教授 斎藤幸平氏

「気候変動と経済格差は複雑に絡み合う問題です。世界の豊かな人々のトップ1%が排出するCO2は人類全体の16%で、貧しいほうから数えて66%の人々が排出するCO2と同程度。ですが、食糧高騰や洪水、山火事などの影響を受けるのはもっぱら後者です。富裕層が排出する大量のCO2、その帰結としての気候変動の悪影響を最も悲惨な形で引き受けているのは、気候変動にほとんど責任のない人たちです」

もちろん、世界がこうした問題に取り組んでいないわけではない。気候変動や格差に対する問題意識は確実に高まっている。国際機関や各国政府、非政府組織、企業などがSDGsを掲げてその活動を強化している。しかし、十分な効果が得られたとは言えないだろう。

「SDGsの理念そのものには反対しませんが、企業や消費者が『いいことをしている』満足感を得るためだけの活動になっている場合もあります。だとすれば、SDGsはこれまで通りの生活を続けるための“免罪符”にすぎず、問題をさらに長期化・悪化させることにもなりかねません」。さらにこう強調する。「CO2を減らそうとして、生物多様性がやせ細ることもあります。貧困や人権問題を引き起こすこともあるでしょう。さまざまな問題が複雑に絡み合っています。SDGsだけでは解決しない難しい問題です」。

魔法のような解決方法やソリューションはない。ただ、少しでも希望を持てる方向を見いだすことはできるのではないか――。斎藤氏は、資本主義そのものの限界を見据え、その先を展望する。

「私自身、この先の未来に待ち受けるのは『テクノ封建制』か『脱成長コミュニズム』の二択しかないと思っています。この2つを比べれば、後者のほうがマシではないでしょうか」。以下では、斎藤氏の考察を踏まえて、それぞれの考え方のポイントを見ていこう。

巨大テック企業による「テクノ封建制」と新たな社会構造の必要性

元ギリシャ財務大臣ヤニス・バルファキス氏が近年刊行した書籍『Technofeudalism』(テクノ封建制、未邦訳)で、テックジャイアントが資本主義を崩壊へと導くと主張している。バルファキス氏の議論を解説しつつ、斎藤氏はこう説明する。

「例えば、巨大テック企業は高度化し続けるテクノロジーを駆使し、世界中のユーザーを自らの“領地”に囲い込みます。そして、一般ユーザーは大企業のサービスを利用することで“小作農”のように、個人情報をタダで提供させられています。そして、巨大テック企業は、収集された膨大なデータをもとに広告などの手段を用いてより大きな利益を得ていきます」

テクノ封建制の危機 講演の様子

環境破壊の点でも、巨大テック企業はネガティブな影響を与えているという。それらが提供・使用するデータセンターやクラウドサービスは大量の電力を消費するからだ。こうした中で、巨大テック企業への規制の動きが注目されている。

その一例として、2024年6月、欧州委員会はアップルに対して、「デジタル市場法に同社が違反している」との暫定的な認定を与えた。アップルが進めてきたユーザー囲い込み型の経済圏モデルを欧州委は慎重な姿勢で注視していると見てよいだろう。また、EUは個人情報の扱いに関するルールづくりでも先行している。だが、こうした政策だけでは十分ではないと斎藤氏は考えている。

「資本主義の枠組み自体を見直す取り組みと一緒に、日々私たちが何気なく使っているデジタルプラットフォームを“いかに開かれたものにするか”という問題を考える必要があります。いわば、『プラットフォーム社会主義』と表現できるでしょう」

経済成長のみに捉われない、新たな「豊かさ」への道筋

こうした論点を踏まえ、斎藤氏は資本主義の見直しによるテクノ封建制の拒否と、脱成長コミュニズムへの転換が必要と考えている。

では、脱成長コミュニズムとはどのようなものか――。「脱成長コミュニズムはある意味、理念にすぎません。多分に抽象的でもあります。その具体的なアプローチは分野によって異なるでしょう。ポイントは、『想像力を取り戻すこと』」と話し、こう続ける。

「経済成長のみを重視するのではなく、『別の豊かさを再建する道を探しましょう』ということです。テクノロジーもこの文脈で考える必要があります。資本主義のもとで開発されるテクノロジーは、結局はもうけるためのもの。その点で、異なる観点からのアプローチが必要です。先ほどプラットフォーム社会主義という表現をしました。より具体的には、金銭的な豊かさではない“別の豊かさ”を目指すということです。例えば、教育や医療、ジェンダー平等など、私たちが生きる中で大切な『皆のための共有財(コモン)』を確立・再生していく。そのために必要なテクノロジーを、私たちは想像できるはずです」

脱成長コミュニズムの潤沢さ 講演の様子

考え方のポイントとなる“脱成長“とは、近代的なパラダイムの限界や制約を受け入れた上で社会の豊かさを探るアプローチである。斎藤氏はこう説明する。

「現在の思考の延長ではなく、環境的制約によってこれ以上成長できないとすれば、『これまでの想像とは違う未来』を受け入れた上で、逆算して『今何をすべきか』を考える。例えば、電気で部屋を照らすのではなく、ロウソクの良さを見直してみる。あるいは、クルマではなく自転車に乗るよう心掛ける。小さな発想の転換から脱成長思考にシフトし、私たちは別の豊かさを探るイノベーションを目指すこともできるでしょう。同時に、テクノロジーだけでは社会は変わりません。社会そのものを変えるために、何が必要かを考える必要があります。一人ひとりが社会のあり方を見つめ直す行動へのコミットが重要です」

自然破壊に対する街頭デモの様子
斎藤氏自身はさまざまな形で社会的なムーブメントに参画している。今後、こうした市民活動が大きな力を持つためには広範な人びとのコミットメントが求められると強調する(資料:斎藤幸平氏)

「私たちは、時代を生きる『共事者』として、常に学び続けるべきです。そして、より良い社会を目指し、今を変えるために勇気を持って一歩踏み出さねばなりません。しかし、今の日本の大部分がそうであるように、皆が『沈黙する社会』では、声を上げることが難しいでしょう。こうしたムードを打破するためにも、私も一人の共事者として声を上げ続けたいと考えています。大切なことは、未来を想像し、確かな一歩を踏み出すことです」

  • 記事の内容は登壇者の見解であり、BIPROGYグループの見解を示すものではありません

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