地球環境問題をはじめ、私たちを取り巻く社会課題は深刻化の一途をたどっている。しかし、コロナ禍を受けてレジリエンスや多様性への関心が一層高まり、SDGsに取り組む企業が増えるなど新しい動きも見え始めている。こうした中、さまざまな社会課題に向き合い、実効的な解決策を模索してきた日本ユニシスグループは「デジタルコモンズ」という概念を提唱。「社会的価値」と「経済的価値」の創出という両輪を回すことで持続可能な社会づくりを目指している。デジタルコモンズに込めた思い、そして未来社会の展望について日本ユニシス株式会社代表取締役社長の平岡昭良に聞いた。
社会課題の解決に向け、企業への期待は大きい
――まず、平岡社長が思い描く「未来社会」の姿についてお聞きします。
世界中で環境問題、気候変動を危惧する声が高まっています。人々の声はやがては現実を変えるでしょう。すでに多くの生活者、そして企業が持続可能な社会づくりへの歩みを始めています。SDGsの達成やESGの観点を加味した事業活動、経営戦略を掲げる企業も増えています。こうした世界規模の動きはさらに加速しつつあり、私たち自身も常に前進していきたい。日本ユニシスグループはデジタルの力を生かして、さまざまなものを「見える化」「見せる化」することで人々や企業の行動変容を促し、持続可能な社会、循環型社会の構築に貢献したいと考えています。
――未来社会において、企業の役割はより重要になるとお考えですか。
政府に任せきりにするようでは、大きな社会課題の解決は望めません。企業はもっとイニシアチブを発揮すべきだと思いますし、それが社会からの期待でもあると感じます。ただし、一企業の力には限界があります。地球規模の課題に向き合うには、業種・業態の垣根を越えて多様な企業やステークホルダーが連携する必要があります。
――そのような未来社会を築くために、日本ユニシスグループはどのような形で貢献できるのでしょうか。
持続可能な循環型社会をつくる上で、デジタルは大きな役割を果たします。デジタルの世界では、社会課題を解決するノウハウや知識の複製や再利用が容易に実現し、活用の幅が大きく広がります。また、遠く離れた人や企業をつなぐ、あるいは多くのものを見える化、見せる化することもできる。こうした社会環境の中で、それまで見えていなかった課題が可視化されれば、人々の意識も変わります。例えば、海洋プラスチックごみの問題が映像やデータで示されると世界各国で脱プラスチックストローの動きが起こりました。この事例をとってみても見える化、見せる化には大きな力があると感じます。さらに、有形・無形を問わず、未稼働または低稼働の資産が見える化できれば、「有効活用したい」と考える人が現れるはずです。日本ユニシスグループは、デジタルの力を生かして見える化、見せる化を推進し、多くの人々と企業や団体をつなぎ合わせる「カタリスト」として新しい価値創造に取り組んでいます(参考「鼎談:『データ・ドリブン・エコノミー時代』に備える企業経営の在り方(後編)」)。その先に見据えるのは、社会課題解決と持続可能な社会づくりです。
――なぜ、社会課題解決に取り組もうと考えるようになったのでしょうか。
創業から60年あまりの歴史を通じて、当社は長くお客さまの経営課題解決にフォーカスし、そのためのサービスやソリューションを磨いてきました。そこからさらに一歩踏み出して、お客さまの課題解決を通じてその先にある社会課題解決に貢献する「ビジネスエコシステム」という概念を掲げました。お客さまやパートナーなどと一緒に社会課題を解決する企業になることが当社の存在意義であると考えたのです。その後、ビジネスエコシステムをさらに発展させ、デジタルの力を生かして地球規模の社会課題解決を目指す「デジタルコモンズ」という概念にたどり着きました。
未稼働・低稼働資産を活用して新たな価値創出に挑む
――デジタルコモンズに対する平岡社長の思い、志についてお聞かせください。
「コモンズの悲劇」という経済学における法則があります。例えば、村人が共有する牧草地があったとします。自分の収入を上げるためにみんなが牛の数を増やせば、牧草地の草は不足してしまいます。それが分かっていたとしても、1人が負担するコストよりも得られる収入のほうが大きいために「われもわれも」と牛の数を増やしてしまう。結果として、共有地が荒廃していく。それがコモンズの悲劇です。このままでは、「地球」というコモンズが悲劇を迎えるのではないか――。そんな危機感があります。今こそ世界中の人々が立ち上がる時だと思います。デジタルの力で人々の行動変容を促し、持続的な成長につながる道を見いだしたい。悲劇ではなく、「コモンズの奇跡」を起こしたいと思っています。
――デジタルコモンズという概念について、その定義を含めて改めて整理していただけますでしょうか。
コモンズは、「コミュニティ」と言い換えることができます。コミュニティの参加者は共有財やサービスを利用するだけでなく、それらを組み合わせて新しい付加価値を創出します。こうした活動の循環を通じて持続可能な社会づくりを推進するのです。世の中には、未稼働・低稼働の資産が多く存在します。デジタルを活用すれば、それらの稼働状況や利用可能かなどの情報を可視化できる。これらを有効活用することでゼロに近い限界費用、つまり新たに発生する費用を最小限に抑えて価値を生み出すことができます。例えば、自家用車の稼働率は低い。この資産をシェアリングの仕組みでつなげば、低いコストで有効利用できるでしょう。その先には、社会課題解決に資するオンデマンド交通システムの構築も視野に入ります。こうした仕組みにより、「社会的価値」と「経済的価値」の両立が可能となると考えています。両輪をバランスよく回すことで、その事業や活動は持続的なものになる。これが、デジタルコモンズの基本的な考え方です。
――未稼働・低稼働の資産は自家用車のほかにもいろいろありそうですね。
太陽光や風力、波の力といった自然の力は巨大ですが、私たちはそのごく一部しか活用していません。その意味では、「低稼働資産」と捉えることができます。自然エネルギー以外の例として身近なところでは、映画館があります。常に映画を上映しているわけではないので、空き時間を企業の研修などに利用することは十分可能だと思います。また、「限界費用がゼロに近い」点に着目すると、コンテンツや知的財産などが典型的でしょう。著作権上の取り扱いに適切に配慮すれば、複製や流通にそれほどコストがかかりません。ゼロに近い限界費用で利用できるのは、すでに誰かが別の目的のためにその費用を負担しているから。世の中には、そうした資産が多く埋もれています。
ビジネスエコシステムからデジタルコモンズへ
――ビジネスエコシステムの発展形としてのデジタルコモンズというお話がありましたが、両者の関係はどのようなものでしょう。
単体の企業では競争優位の実現が難しい時代です。そこで、多様な企業とビジネスエコシステムを構築して新たな価値を創造することでお客さまの課題の解決と、その背後にある社会課題の解決を目指してきました。それは参加企業全体の競争優位にもつながるでしょう。これが、ビジネスエコシステムの考え方です。デジタルコモンズでは、さらに一歩進んで、「社会的価値と経済的価値との両立」という視点と、「デジタルを活用した見える化と見せる化」「シェアリングやマッチング」といった具体的なアプローチが加わりました。そこに、両者の大きな違いがあります。デジタルコモンズの特長として、同時利用が可能でみんなが使えるもの、つまり「排他性が低い資産」の活用という表現もできるでしょう。制限なく、繰り返し利用可能という点も特長の1つです。さらに、企業などが保有する私有財を、自由な意思に基づいて共有財として提供するケースも考えられます。
――デジタルコモンズに多くの人々、企業が参加するためには、社会全体の意識や行動の変化が必要ではないでしょうか。
先ほど脱プラスチックストローに触れましたが、すでに意識や行動の変化が起こりつつあります。課題は、こうした動きをいかに拡大するかということ。環境問題などの社会課題解決の必要性、切迫性は、恐らく誰もが気づいていることです。その機運を捉えて解決につながる新しい価値を提示し、マーケットを創出することが求められています。そこにはビジネスチャンスも埋もれているはずです。このような分野で起業するスタートアップも増えていますし、大企業も動き始めています。
「デジタルコモンズ」を未来社会への道しるべに
――すでに誕生しつつあるデジタルコモンズの具体的事例をお聞かせください。
海洋を漂うごみの問題に取り組む「KAKAXI(かかし)」というスタートアップ企業があります。同社はもともと農地などをセンシングするビジネスを展開し、当社も投資をして一緒に技術の用途などを探ってきました。そのKAKAXIが着目したのが海洋ごみです。人工衛星やドローン、浜辺に設置したセンサーなどを用いて海洋ごみがどのように漂着し、海岸を汚しているのかを見える化する。こうした仕組みを自治体などに提供して、清掃コストの最適化を図るという取り組みです。これにはKAKAXIと志を共にする多くのスタートアップ、NGOなども参画しています。私たちもハンズオンの形で寄り添ってきました。このプロジェクトが、別のスタートアップやNGOなどが産官学連携のもと進めていた海洋ごみ削減を実現するビジネスの社会実装プロジェクトと出会い、共同でごみ情報の収集と活用の研究、実証を進めるに至ったのです。いわゆる“Planned Happenstance Theory”(編注:計画的偶発性理論。ジョン・D・クランボルツ教授らが提唱。キャリアの8割は偶然の出来事により決定されているが、それらに最善に対応することでよりよいキャリアが形成されるとする考え方)の素晴らしい実例です。志を持って行動すれば偶発的な出会いが生まれ、志に近づいていく。そんなプロジェクトを次々に生みだしていきたいと考えています。
――日本ユニシスグループが取り組むその他の事例についても伺います。
まず、エネルギー分野におけるデジタルコモンズについて。当社はこれまでも、エネルギー需給バランスの制御、地産地消などさまざまなチャレンジを重ねてきました。一定の成果を実現してきたのは確かですが、クリーンエネルギーの普及拡大に向けてはまだ不十分です。そこで、環境価値を証明する事業をスタートしました。デジタルを活用し、当社が「これは間違いなくクリーンエネルギーから生まれた電力です」と証明することで、そこに新しい付加価値が生まれます。その環境価値を評価し証明書を求める企業は、少しずつ増えています。もう1つ、医療分野の事例についても紹介しましょう。それは当社を含む民間5社と、日本医師会を中核とする取り組みです。例えば、「医療AIプラットフォーム」は、稼働率の低い医療系知財の流通を促進することで、医療従事者の負荷軽減、患者・国民の健康増進への寄与を目指しています(参考「『AIホスピタル』が引き起こす医療革命(前編) (後編)」)。当社はこのプロジェクトのマネジメントボードの一員であり、統括PMとしての役割も担っています。
ご紹介した事例はいずれもお客さまの経営や事業課題の解決、そして解決したい社会課題に取り組むことでその価値を広く社会にも還元できると考えています。このような取り組みをもっと増やしていきたいと思っていますし、より多くの企業や組織、人びとと共に進めることで、デジタルコモンズの構築、ひいては持続可能な社会づくりが実現できると確信しています。
――デジタルコモンズは現実化しつつあるということが、よく分かりました。最後に、読者へのメッセージをお願いします。
「シエラ・クラブ」という、歴史ある環境保護団体が米国にあります。その初代代表を務めたデビッド・ブラウワーさんが語った「There is no business to be done on a dead planet.」という言葉を、私はよく引用します。「死んだ惑星にビジネスは存続し得ない」という意味です。ビジネス、そして人々の経済活動を将来の長きにわたって存続させるためには、今こそ、私たち一人ひとりが行動を起こさなければなりません。その方向を指し示す1つの道しるべとして、デジタルコモンズを成長させていきたいと考えています。