シンガポールという“世界の実験場”でデジタルイノベーションの本質を知る

大手企業の“ファーストペンギン”を育むDBICのアクセラレーションプログラム

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大企業のデジタルビジネスイノベーションを支援するために、特定非営利活動法人CeFIL内に設立されたデジタルビジネス・イノベーションセンター(以下、DBIC)は2018年6月から「DBICシンガポールイノベーションプログラム」を実施した。シンガポールに約5カ月間にわたって滞在し、現地のスタートアップと交流しながらイノベーションの創出を目指す。日本ユニシスからも社員2人が参加した。その狙いはどこにあるのだろうか。

イノベーションの創出には没頭できる日々が必要

「デジタル革命が進む中、大手企業が生き残ることは、日本にとって大事なことです。しかし、自らイノベーションを起こすことは非常に難しいと感じています。これではGAFAに太刀打ちできない。彼らは大手企業が本業とする領域にも切り込んできます」と特定非営利活動法人CeFIL理事長/DBIC代表の横塚裕志氏は日本の将来に強い危機感を抱く。

特定非営利活動法人CeFIL 理事長/DBIC代表 横塚裕志氏

危機の背景にあるのは、日本企業における強烈な成功体験だ。それが邪魔をしていて今の危機的な状況もどこか他人事として捉えている。「もはやデジタルは企業戦略そのもの。デジタル変革にチャレンジしないことがリスク。それに気づいてもらいたい」という思いから横塚氏は2016年5月にDBICを設立する。目的は日本の大手企業がイノベーションを起こすための支援をすることだ。

そのDBICが今年新たに打ち出したのが、イノベーションを起こすための「4D」の必要性である。4Dとは、企業戦略や組織をデジタル変革する「Digital Transformation」、生活者視点の価値観に転換する「Design Thinking」、自分の生きる道を自分で見つけ出す「Discover Myself」、そしてひたすらイノベーションに打ち込む「Diving Program」である。

今回実施した「DBICシンガポールイノベーションプログラム」は4つ目のDであるDiving Programを具現化したものだ。横塚氏は「イノベーションを起こすのは個人の力です。一人ひとりの感情や情熱といったマインドが必要です。大手企業の社員は個の力が衰えがちですが、日常から解放することでマインドを取り戻すことができるはずです」と思いの丈を語る。

5カ月にわたって見知らぬ土地に滞在し、ひたすらイノベーションを考え続ける。そこには定例の会議とか事務処理といった“雑事”は存在しない。「イノベーションは毎日集中して考えないと思いつきません」と横塚氏は語る。

スタートアップで活気づく
シンガポールでイノベーション体感の日々を

なぜシンガポールなのか。一言で言うと「イノベーションが体感しやすい場」であるということだろう。シンガポールは国の成り立ちからしてイノベーションを体現してきた。小さな島国でありながら盛んな交易によって発展し、現在は東南アジア経済の中心的存在であり、多くのビジネスチャンスがある。しかも高度に都市化され、治安は安定している。

プログラム活動が行われているDBICシンガポール拠点のコワーキングスペース「thebridge」

「シンガポールには一緒に組んでやれるスタートアップ企業がたくさんあります。しかも、シリコンバレーのようにハードルは高くない。日本の企業から具体的なアイデアを提示すれば、真剣に向き合ってもらえます」と横塚氏はシンガポールを選んだ理由を挙げる。

DBICでは、シンガポール政府のファンドであるテマセクと国営機関として都市開発を担うJTCが運営するシンガポールを代表するエコシステムプレーヤー、アセンダス・シングブリッジとパートナーシップを結び、現地のイノベーション・ネットワークであるエア・メーカーに参加した。参加者はアセンダス・シングブリッジが運営するコワーキングスペース「thebridge」でイノベーションに取り組むことになる。

また、現地でイノベーションファームを経営する三井幹陽氏や世界各国でCIO(最高情報責任者)を歴任し、現在はシンガポール経営大学の教授でもあるパトリック・ツン氏が、DBICシンガポールイノベーションプログラムの運営パートナーとして参画している。彼らの人脈を活用できることも大きなメリットだ。

「1人で5カ月間イノベーションに打ち込めること自体が貴重な経験ですし、現地のスタートアップに対してアイデアを伝えることで、イノベーションプロセスの世界標準を習得できるはずです。例えば、まず何が課題なのかをまとめたプロブレムステートメント(取り組み課題)を明確に打ち出すことが世界の常識ですが、日本ではまだ根付いていません。それを身をもって体験することができます」と横塚氏。

変革には、真っ先に切り込む“ファーストペンギン”が必要になる。このプログラムからどれだけ多くのファーストペンギンが生み出せるのか。真価が問われるところだ。

「トライファースト」こそビジネス創出の源泉

DBICシンガポールイノベーションプログラムは、4月から2カ月でデザインシンキングなどによってアイデアを練り、6月から5カ月間シンガポールに滞在して、現地のスタートアップ企業と交流しながらイノベーションをつくり上げていく。日本の大手企業から10人が参加し、日本ユニシスからも2人が参加した。

その1人である来嶋恵は、入社以来10年以上にわたってイントラネットや文書管理といった情報共有のプロダクトのプロジェクトに関わってきた。「新たにサービスビジネスをつくり出すプロセスを学び、これまでとは違う武器にしたい」という思いから社内公募に応じて、選ばれたという。

そんな来嶋がシンガポールで手がけたのが「コミュニケーションの誤解を減らすサービス」である。テキスト、特にビジネスメールにフォーカスして、感情的になっていたり、失礼な文言が入っていたりするメールの発信を防止する。裏では自然言語処理やテキストアナリティクス、感情分析といったテクノロジーが活用される。

日本ユニシス 製造ビジネスサービス本部 スペシャリスト 来嶋 恵

「こちらに来て一番苦労したのが企画を説明するピッチです。初めての経験でどう構成すればよいのか分からなかったし、人前で話すこと自体に恥ずかしさがありました」と来嶋は話す。どうしたら伝わるのかを考え、ストーリーや表現を練らなければならない。ましてそれを英語で行うのである。大変さは想像に難くない。

ビジネスに対するスタンスにも大いに刺激を受けたようだ。「もともと行動を起こすには時間がかかるタイプ」だという来嶋だが、イノベーションの展示イベントに参加する人たちの取り組む姿勢に感銘したという。

「形にこだわらずに提案していて、まず試せばいいという姿勢なんです。まさにトライファーストを実践しています。そういう挑戦する姿を見ていて、自分もやるしかないという気持ちになりました」(来嶋)

来嶋が手がけるサービスには、海外の企業が提供する感情分析技術や日本ユニシスが提供する社会課題を解決するデータ+AI「Rinza®」の部署の協力が必要になる。「帰国した後も引き続きこのプロジェクトを進めていきたい」と来嶋は意欲を語る。初めて新規事業の開発を経験したという来嶋だからこそ考えられるイノベーションの創出が期待される。

現地企業の自由な発想を日本国内にも取り込みたい

日本ユニシスからのもう1人の参加者の山本恵美は、次世代タクシーシステム「smartaxi®」の企画、営業、運営を担当してきた。今回のプログラムでは、それをさらに発展させた形でのイノベーションを模索している。

日本ユニシス インダストリサービス第三事業部 山本恵美

「実現したいのはラストワンマイルのソリューション。地方ではバスに乗るのに10分以上歩く人たちは珍しくありません。しかも、地方の公共交通機関は赤字で本数はますます減っています。それだけにタクシーのように家の近くまで来てくれて、公共機関並みの料金で利用できる移動手段が必要です。その具体策をシンガポールでつかみたい」と山本は語る。

日本国内では今のところ相乗りは法律的に認められていないが、UberのようなGrabというサービスが普及しているシンガポールでは、さまざまなスタートアップが新しい取り組みに挑戦している。彼らとコラボレーションすることで、次の展開が具体的な姿で視野に入る。

海外ではバス車両を使った相乗りサービスも当たり前のように提供され、利用者からも多くのデータが集まっている。実際に山本はシンガポールで相乗りのサービスを提供しているスタートアップとパートナーシップの協議を進めている。

「日本ではこうした交通手段を使う人と提供する側のマッチングが難しいのが現状です。しかし、アジアでは規制がなく自由にできているだけに、一緒に議論していても面白さが違います。近い将来、日本でも実証実験を行いたい」と山本はシンガポールのスタートアップ企業との協業に前向きだ。

規制が多い日本でなかなかビジネスを拡大できないという悩みを抱えていた山本が、シンガポールの闊達なビジネス事情に刺激されて、イノベーターとしてどんなブレークスルーを見せてくれるのだろうか。

なお2018年10月のDBICシンガポールイノベーションプログラムの成果発表会で、山本は「Best Innovation Award」を、来嶋は「First Penguin Award」をそれぞれ受賞した。2人の今後の活躍に期待したい。

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