近未来の権利発行・移転のカギを握る「セキュリティー・トークン基盤サービス」

「キマチケ」の技術を生かし、金融だけでなく非金融分野も視野に展開

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日本ユニシスは、2022年春ごろの「セキュリティー・トークン基盤サービス」提供に向けた試行錯誤を重ね、大詰めに差し掛かっている。「セキュリティー・トークン(ST)」とは、ブロックチェーン技術を応用したデジタルの有価証券のことだ。同サービスは、ブロックチェーン上で権利発行や移転を行う基盤をサービスとして提供し、発行体と投資家をつなぐものとして期待されている。STを巡っては国内でも法整備が進み、市場が拡大しつつあることから同サービスは金融分野のみならず、将来的には非金融分野への展開も視野に入れている。開発に当たっては、電子チケット流通サービス「Kimaticke(キマチケ)」で培われたブロックチェーン技術が応用された。今回は、「キマチケ」はもちろん、ブロックチェーンの在り方に精通する藤井靖史氏(福島県西会津町CDO/内閣官房 情報通信技術総合戦略室 オープンデータ伝道師)をゲストに迎え、STをキーワードに近未来の権利発行・移転の姿を日本ユニシス担当者と共に考察する。

高まりつつある「セキュリティー・トークン」への関心

社会的なニーズの高まりやブロックチェーン技術などの進展を背景に、今、デジタル化された有価証券「セキュリティー・トークン(ST)」が注目されている。国内でも社債や不動産の証券化といった分野で、すでにSTの活用が始まっている。日本ユニシス ファイナンシャル第一事業部 営業一部の日高健次郎はこう語る。

写真:日高健次郎
日本ユニシス株式会社
ファイナンシャル第一事業部 営業一部
日高健次郎

「有価証券のデジタル化には多くのメリットがあります。まず、24時間365日の取引や即時決済が可能で、これらは既存の主要取引にはない特長です。取引に伴う権利者名簿や債券原簿の更新、配当や支払いなどの一連の業務をデジタルで完結・自動化できるので低コストかつスムーズなお金の流れを実現します。小口化も容易なので小額投資にも適しています。個人による投資促進や流動性向上にも役立ちますし、企業にとっては新たな資金調達手段になります」

市場動向を反映してか、中央省庁も関心を高めており、2020年5月の改正金融商品取引法でSTに法的な位置づけが与えられた。大手金融機関によるST市場設立など、関連事業への参入を表明する企業も相次いでいる。日本ユニシスは2021年6月、ブロックチェーン技術を用いた「セキュリティー・トークン基盤サービス」の提供を来春に開始すると発表した。STの発行体と投資家をつなぎ、安全な取引・保管・管理などを行うための基盤サービスである。

「昨今、暗号資産(仮想通貨)などの分野で、なりすましなどの被害が報告されています。こうした課題に対応した上で、金融機関でも活用できる強固なセキュリティーを備えたST基盤づくりを進めています。カギとなるのは、『マルチシグニチャー(複数署名)による認証』と『コールドウォレット』です」(日高)

2人以上の署名を必要とするマルチシグニチャーの採用によってセキュリティーを強化しつつ、オフライン環境でSTを管理するコールドウォレットが今回の基盤づくりには用いられている。

オンライン状態で管理するホットウォレットであれば、数秒で取引を完了できるなどの利便性が得られるが、コールドウォレットを用いた取引では数分~数十分程度の時間がかかることもある。利便性はやや低下するものの、強固なセキュリティーを維持できる。

「STのウォレットにおける利便性とセキュリティーには、トレードオフの側面があります。コールドウォレットで数分程度かかったとしても、即時と見なされる分野もあります。例えば、従来は安全性を担保しつつ、担当者による確認や上席による承認といった業務の流れで数日かかっていた取引がSTとコールドウォレットの仕組みによって数分で完了すれば、そのメリットは大きいといえるでしょう」と、金融ビジネスサービス第一本部 ビジネスサービス三部の杉江陽一は説明する。

写真:杉江陽一
日本ユニシス株式会社
金融ビジネスサービス第一本部 ビジネスサービス三部
杉江陽一

「セキュリティー・トークン基盤サービス」の概要

図: 「セキュリティー・トークン基盤サービス」の概要
電子チケット流通サービス「Kimaticke(キマチケ)」で培われた技術を利用したSTを、ブロックチェーン(イーサリアム)上での統一的規格(ERC-20)に準拠。ここに署名用秘密鍵(Wallet)を組み合わせることで安全な取引・保管・管理を実現する

電子チケット流通を支える「キマチケ」がきっかけ

ST基盤サービスが生まれたきっかけは、日本ユニシスが提供する電子チケット流通サービス「Kimaticke(キマチケ)」での経験である(参考「喜多方市で始まった日本初のブロックチェーンによる電子チケット「キマ☆チケ」実証実験」)。

店舗はキマチケを用いて商品・サービスの電子チケット、無料クーポンなどを自由に発行することができる。それを入手したユーザーは、自分で使うだけでなく、誰かにプレゼントすることも可能で、複数店舗が協力して組み合わせチケットを提供し、相互の送客や地域活性化につなげられる。

2018年に福島県喜多方市で実証実験を行ったキマチケは、後に商用サービスとして展開され、福井県では数十万ユーザーに利用されるなど実績を積み重ねている。キマチケにおいても、電子チケットの耐改ざん性を高めるブロックチェーン技術が重要な役割を果たしている。

写真:藤井靖史氏
福島県西会津町CDO
内閣官房 情報通信技術総合戦略室 オープンデータ伝道師
藤井靖史氏

ST基盤サービスが担うのは、「権利の安全な管理・移転である」。こう考えると、応用に向けた裾野は広い。福島県会津若松市にある会津大学で教壇に立った後、現在は同県西会津町のCDO(最高デジタル責任者)を務める藤井靖史氏はこう語る。

「自治体への寄付を行うとき、現状では暗号資産(仮想通貨)は受け付けてもらえません。もちろん、法制度の整備が必要ですが、権利移転の仕組みが整備されることで、将来的にはそれも可能になるのではないでしょうか。自治体が魅力的な取り組みを発信すれば、ふるさと納税のように世界中から寄付を集めることができるでしょう。キマチケは権利移転を支える基盤ですが、その経験をきっかけにSTの基盤が生まれ、さらに多様な権利へと適用領域が広がる。そんな未来が楽しみです」

藤井氏は会津大学准教授の職にあったとき、キマチケ開発の主要メンバーの1人として参加している。喜多方市での実証実験は会津大学、地元企業、日本ユニシスのコラボレーションで行われた。

「キマチケは、体験または入手する権利をやりとりするサービス。権利を発行、管理、流通させるという観点では、証券も同じです。当社は長年にわたって、金融機関における多くの市場系・証券系業務システムの開発・運用をサポートしてきました。そうしたノウハウがST基盤にも生かされています」と杉江は話す。

キマチケから着想を得て、ST基盤サービスの検討が始まった。当然ながら、キマチケとSTとでは、業務要件が異なる。日本ユニシスは一般社団法人日本STO協会が公開している「電子記録移転権利等の発行市場を担う基幹システムのガイドライン」などに基づいて、ST基盤の開発を進めている。プラットフォームサービス本部 サービス技術二部 の濱直人はこう説明する。

写真:濱直人
日本ユニシス株式会社
プラットフォームサービス本部 サービス技術二部
濱直人

「どのような機能が必要かを慎重に検討しました。例えば、強制移転機能や移転制限機能などは、STならではの特徴的な機能でしょう。こうした機能について1つ1つ検討し、必要なものについては開発に取り掛かっています」

ブロックチェーンのさらなる進化に向けて

「ST基盤サービスによって、まずはSTの領域で新たな市場を創造する。その先には、例えば株主優待の権利をNFT(非代替性トークン)としてやりとりするといったことが考えられます。優待の権利が不正にコピーされるようなことがないよう、真正性を担保した上で、特定の人だけに権利を付与あるいは移転し、その証跡が残るような仕組みが必要です。STと優待の権利は、同一基盤上でサービスを提供するのが合理的でしょう」(日高)

NFTはデジタルのアート、音楽などといったデジタル資産の所有を証明するとともに、固有の価値を持つデジタル資産を指している。ブロックチェーン技術を用いたNFTはさまざまな分野に広がっており、その市場は急拡大している。日高はこう続ける。

「将来的には金融商品だけでなく、非金融商品も扱いたいと考えています。例えば、特許です。通常、特許は発明とそれにまつわるさまざまな権利を守るためのものですが、その特許の使用権をST化すれば使ってもらうことが主目的になります。さらに、モノにひも付いたNFTへの展開も考えられるでしょう。例えば、ウイスキーなどの樽の所有権をST化して提供するサービスはすでに欧米では提供されています」

STやNFTを現物とつなぐ際、課題になるのが入力部分だ。藤井氏は「以前、ダイヤモンドの証明書をブロックチェーンで管理しようという動きがありました。しかし、入力時に改ざんがあれば意味がありません。人間が介在するプロセスの正確性をいかに担保するか。そこが、モノの管理における大きな壁です」と付言する。言い換えれば、この課題を突破できれば、STやNFTの市場はさらに拡大することになる。濱もまた、この課題に向き合っている開発者の1人である。他にも、ブロックチェーンのさらなる進化に向けた技術的な課題は少なくないが、今ホットなテーマの1つが「相互運用性」と濱は指摘する。

「すでに多種多様な暗号資産(仮想通貨)が存在し、キマチケのような権利をやりとりするサービスも生まれ始めています。それぞれのサービスは別々に動いていて、現状ではそれらをつなぐ仕組みがありません。相互運用性を確保できれば、STやNFTの適用領域や市場はもっと広がるはずです」

濱の言葉を受けて、藤井氏は「例えばインターネットは世界中で生まれたさまざまな仕組みやコンテンツがつながることで、大きなパワーを生み出しました。ブロックチェーンもつながることで威力が増大します。ブロックチェーンの発展において、相互運用性は極めて重要」と続ける。ST基盤サービスは、現在2022年春のリリースに向けて、着々と開発が進められている。現在は実証実験実施に向けた準備中だ。「金融・非金融を問わず、私たちは幅広いお客さまと共にDXに向けた取り組みを進めています。ST基盤サービスは、そうしたデジタル分野での挑戦の1つ。ブロックチェーン関係の取り組みも積極的に発信し、お客さまの課題に適合するテーマを掘り起こしていきたい」と杉江は意気込みを語る。その思いを受けて、藤井氏はST基盤サービスへの期待をこう話す。

「お金や権利が地域で循環し、日々の営みの中で地域が活性化して人々の暮らしがより良くなる。それがキマチケの目指す世界と感じます。キマチケに着想を得て生まれるST基盤サービスには、そういう考え方が引き継がれていることでしょう。地域や生活者視点を生かしつつ成長してほしいと思います」

その期待を受け止めた日本ユニシスの3人。ST基盤サービスの未来を思い描きつつ、社会課題解決に資する新しいアイデアを温めている。

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