米バブソン大と東北大から学ぶアントレプレナーシップ獲得の極意

VUCA時代に必要な起業家的思考と行動法則――BITS2020東北開催

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新型コロナ禍や気候変動など、社会がどのように変化し、未来に何が起こるのか予測することが困難な近年。「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字から、「VUCA」と称されるこの時代を生き抜くために必要な素養は何だろうか。起業教育の名門校・バブソン大学(米国)の山川恭弘准教授と2030年までに100の起業を目指す東北大学の青木孝文理事・副学長を「BITS 2020東北」の基調講演に招き、今必要とされている起業家的思考と行動法則について語り合った。(以下、敬称略)

無我夢中になれる問題を追求することで
世界を変える起業家になれる

写真: 山川恭弘氏
バブソン大学
アントレプレナーシップ准教授
山川恭弘氏

2020年11月18日に開催された日本ユニシス主催のオンラインセミナー「BITS2020東北」。「起業家育成世界No.1 MBAスクールが教える イノベーションを起こすための3つの行動原則」と題し、バブソン大学アントレプレナーシップ准教授 山川恭弘氏(※)による講演がオープニングを飾った。

※ 山川氏は、「CIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター)」のジャパンプレジデント、ベンチャーカフェ東京代表理事も務める。専門領域は起業道・失敗学。経営戦略、国際ビジネスの分野で教鞭をとる他、ビジネスの第一線で活躍を続けている。

バブソン大学は、米国マサチューセッツ州ウェルズリー市にキャンパスを構えるビジネス専門の単科大学。トヨタ自動車代表取締役社長の豊田章男氏やイオン取締役兼代表執行役社長グループCEOの岡田元也氏などが学んだ大学としても知られている。このバブソン大学で世界的に高く評価されているのが「アントレプレナーシップ教育(起業教育)」。学生の約20%が卒業時に起業するという。加えて、「U.S. News & World Report」が発表する全米ビジネススクールランキングのアントレプレナーシップ部門において27年間連続首位を獲得している。

山川氏によれば、同大の教育メソッドのエッセンスはボストン市内に設置されたバブソン大学の広告看板のキャッチコピー「If you could SOLVE ONE WORLD PROBLEM what would it be?(世界中に問題があふれているが、あなたは何を解決したいですか?)」にも見て取れるという。

BITS東北2020資料の一部: 「Problem-Driven Triple Bottom Line」
BITS東北2020の一幕(2020年11月)(1)

山川氏は「『問題を定義すること』が起業教育の出発点です。無我夢中になれる問題を探求し、とことん追求することで、世界を変える起業家になれます」と語る。ここでいう起業教育とは必ずしも実際の起業家を育成することだけを目的としない。本質は、「起業家のように考え、起業家のように行動できる人材を育成する」ことにある。その上でバブソン大学が重視するのが「ET&A(Entrepreneurial Thought & Action)」というメソッドだ。基礎にあるのが「とにかく行動!」「失敗は必然!」「人を巻き込め!」という起業の3原則。学生たちは講義や実習を通じてこのメソッドに繰り返し触れ、学び、積み上げることでアントレプレナーシップを習得していく。

BITS東北2020資料の一部: 「The Method of Enterpreneurial Thought & Action (ET&A)」
BITS東北2020の一幕(2020年11月)(2)

「VUCA時代の特徴は、不確実性の高さと予測不能性です。この時代に対応するには、さまざまなアプローチを試み、失敗を恐れずに効果的な方向転換を図ることが大切です。世界的なユニコーン企業でさえ、起業時とは異なるアイデアで成功を収めています」と語り、アントレプレナーシップを実装するためのポイントについてこう指摘する。

「動きながら学ぶことが重要です。そして、得られた失敗を『最大の学習機会』と捉えることが必要です。バブソン大学ではアントレプレナーシップを学ぶ機会を積極的に提供しています。例えば、『世界を変える』というと大きな話に感じるかもしれません。しかし、自分自身の志や思いを大切にして世界との向き合い方・捉え方を変え、行動することで、社会は確実に変わっていきます」

地域の持続的な経済活性化を図り
高度人材の定着化を促進していく

写真: 青木孝文氏
東北大学
理事・副学長
青木孝文氏

続いて「東北大学の挑戦~地域に根差したイノベーションの新展開~」と題し、東北大学の理事・副学長(企画戦略総括担当、プロポスト)であり東北大学オープンイノベーション戦略機構長を務める青木孝文氏が講演を行った。

現在、東北大学ではポストコロナ時代の未来に向けて、「東北大学コネクテッドユニバーシティ戦略」を推進している。「サイバーとリアルを融合したDXの加速的推進」や「スピーディーでアジャイルな戦略的経営への転換」「ステークホルダー エンゲージメント(共創)の重視」の3つを基本方針として先の読めない大変革時代を先導し、新たな社会価値を創造していくことを目指す。この共創の場となるのが青葉山新キャンパスだ。

「産業界はもちろん、国や自治体、市民、学生、保護者、同窓生など多様なステークホルダーとの関わりを重視した共創の場をつくり、社会課題の解決を図っていきたい。そのために、リアルな共創の場とICT融合のプラットフォームとして青葉山新キャンパスの整備が進んでいます。2023年度の運用開始に向けて次世代放射光施設を建設中で、これと対をなすサイエンスパークも計画中です。世界的に競争力の高い民間企業や研究機関、ベンチャー、自治体関連機関などを大規模集積することで産学官連携を進め、日本最大規模のリサーチコンプレックスを形成します」と展望を語った。また、既存の星稜キャンパスにもライフサイエンス分野におけるオープンイノベーション拠点を開設し、開発体制の強化を確立していく計画だ。

BITS東北2020資料の一部: 「東北大学コネクテッドユニバーシティ戦略」
BITS東北2020の一幕(2020年11月)(3)

アントレプレナーの育成にも力を入れている。「起業家リーダー育成プログラム」や「ジャパンバイオデザイン東北プログラム」「スタートアップ基礎講座」など学生・研究者向けの多彩なプログラムを実施しており、2019年度の受講者数は1323人に上る。同大の既存施策である「ビジネス・インキュベーション・プログラム(BIP)」や東北大学発のベンチャーへ投資する「東北大学ベンチャーパートナーズ」などと連携し、起業文化を醸成することで2030年までに東北大学発ベンチャーを100社創出する目標も掲げる。さらに東北大学は、2020年10月29日に「スタートアップ・ユニバーシティ宣言」を行い、全国的にも先進的なベンチャー創出支援パッケージの創設と広域的な大学発ベンチャーファンドの設立という2つの施策を打ち出した。

「大学は、多様な主体が集まることができる『プラットフォーマー』だと認識しています。こうした施策も講じながら、東北6県に新潟県を加えた地域の持続的な経済活性化を図り、高度人材の定着化を促進していきます」と語り、社会変革の原動力となるスタートアップ創出とアントレプレナー育成を後押ししていく考えを示した。

「ワクワクする未来」への思いが
起業家精神を開花させる

写真: 齊藤 昇
日本ユニシス株式会社
代表取締役専務執行役員
CMO/CSO/CCO
齊藤 昇

バブソン大学と東北大学における起業教育や起業支援の取り組みを踏まえ、講演の最後では、日本ユニシスグループのCMOである齊藤昇をモデレーターに「今必要とされている起業家的思考と行動法則」と題してトークセッションを行った。

まず齊藤は、米国バブソン大学と英国ロンドン大学の起業研究者たちの調査である「GEM(Global Entrepreneurship Monitor)」が2019年に発表した調査結果を提示。この中の「過去2年間で周囲に起業した人がいる」という設問に対し、日本は5人に1人以下で最下位であり、諸外国と比べて日本の起業機会が少ないことを指摘した。

同様の差は研究開発費の国際比較にも表れている。齊藤が示した「科学技術指標2020」の統計によれば、2000年から2018年にかけて韓国は研究開発費を6.2倍、中国は22倍にも増額していることが読み取れる。これに対して日本は1.2倍程度。また、IMD(国際経営開発研究所)が発表する世界競争力ランキングにおいても、日本は過去30年間で1位から30位にポジションを下げてしまっている。

BITS東北2020資料の一部: 「失われた30年を取り戻すために...」
BITS東北2020の一幕(2020年11月)(4)

「この『失われた30年』を取り戻すために今、必要なもの何でしょうか」という齊藤の問いかけに対して、青木氏はこう答える。

「アントレプレナーシップを醸成すべく、私たちもシリコンバレー流の“Fail fast”の考え方に基づいた教育を推進していきたいと考えています。しかし、各種の制約があり容易ではありませんし、企業からの助成も年度をまたいで繰り越せないなどのさまざまなレギュレーションがあります。もう少し自由に活動ができるようになれば、例えばET&Aの方法論を実践するなど、起業教育の在り方は大きく変わると思います」

そして、山川氏はマインドセット転換の必要性を説く。

「例えば、今般のCOVID-19のパンデミックのような予測不能な事態が起こった際に、日本の人材は『誰かが解決してくれるのを待つ』受け身の姿勢になりがちです。そうではなく、『もっと果敢に自分たちに何ができるのか、問題を解決する側に回ること』を考えてほしい。このマインドセットの不足がGEMレポートをはじめとする多くの調査結果にも表れている気がします」

ただし、日本にチャンスがないわけではない。山川氏は一方でこう語る。

「IMD世界競争力ランキングで順位を大きく落としているとはいえ、日本の潜在的な競争力は今でも高いレベルにあると私は思っています。グローバル経済の中で時流に上手に乗れた企業が勢いづき、相対的に存在感が弱くなっているのではないでしょうか。足りないのは世界市場に打って出る起業家精神です。こうした部分が備われば、日本発のベンチャーもかつてないビジネス機会を得て、ユニコーン企業へと成長する可能性を秘めています」

これは既存の多くの企業にとっても力強いアドバイスになるだろう。「伝統的企業の中にもイントレプレナー(企業内起業家)は多くいますし、情熱を持つイノベーターもいます。うまく回っていなかった歯車がいったんかみ合えば、状況はガラリと変わります。日本ユニシスとしても4つの注力領域を定めて挑戦を続ける中で試行錯誤もありましたが、その手応えを感じています。今後も業種や業態の違いを超えた協働による、革新的サービスの創出や起業を支援していきます」と齊藤は意欲を語る。

日本においてさらに起業を活性化するためには、スタートアップの件数自体を増やす必要があるが、青木氏は「手応えは大いにある」と前向きな見解を示す。「東北大学の学生たちは真面目な気質と高い能力を持っており、研究第一で実学に根を下ろしています。そのぶん計り知れない“伸びしろ”があります」と重ねて強調した。これを受けて山川氏はこう続ける。

「日本の学生はモラルも高く優秀です。しかし、失敗したらと思う気持ちがブレーキになっていると感じます。『失敗の指標化』など挑戦を評価する企業も出てきていますが、日本企業においても同様の状況ではないでしょうか。ビジネスや私生活を問わず、多様な意思決定の場面が不確実性の時代では訪れます。その中で、『何が自分をワクワクさせるか』『何をしたら幸せを感じるか』に起点を置くと、行動せずにはいられない。自分自身の使命としてこれらに挑戦し、世界を変えていく。それこそがアントレプレナーシップです。1つ1つの中で社会貢献が実現すれば、理想の未来に近づきます。ぜひ『ワクワクする、情熱をもって取り組めることは何か』に向き合ってみてください」

今後、社会はますます想定不能な世界に入っていくだろう。「そこで生きるのは、問題を発見し解決法を試す力」と山川氏は言葉を重ねる。失敗を恐れていては、イノベーションは起こらない。日本ユニシスでは「ワクワクする未来へ」というビジョンを掲げているが、まさにここに未来を読み解くヒントがありそうだ。

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