「ウェルビーイング(Well-being)」とは、身体的にも精神的にも、そして社会的にも良好な状態を意味するが、その漠然とした定義では研究の方向性を定めるのは難しい。日本ユニシス総合技術研究所では、ウェルビーイングに具体的なイメージをもたらす多面的モデル「PERMA(パーマ)」をベースにITは何ができるかを追求している。
ウェルビーイングの多面的モデル
「PERMA(パーマ)」とは
SDGsと共に注目を集める「ウェルビーイング(Well-being)」。これは身体的にも精神的にも、そして社会的にも良好な状態を指し、幸福や充実した人生とも言われている。超高齢化社会を迎えるにあたり、日本ユニシスはITによって心身をサポートすることでウェルビーイングを実現すべく、一人ひとりの生き方を広げる新しい社会の創出に向けた研究に取り組んでいる。
日本ユニシス株式会社総合技術研究所上席研究員の宮村佳典によると、ウェルビーイングに類似した指標のデータは実はかなり以前から集められてきたという。「Subjective Well-being(主観的幸福感)」という指標がそれで、国際的なデータベースである「World Database of Happiness」において、日本の1958年から2013年までの主観的幸福感を見ることができる。
実際、1958年の日本を振り返ってみると、さまざまな問題が垣間見えてくる。「低所得」「短命・感染症」「男女不平等」などだ。では、それから60年以上を経た2019年の日本はどうだろうか。所得は増加し、寿命は大幅に延び、そして、不完全ながら女性の社会進出も進んでいる。だが、これによって日本の主観的幸福感は上がったと言えるのだろうか。「残念ながら、ほとんど変わっていません」と宮村は言うが、おそらく多くの方々が同じ感想を持つのではないだろうか。
まさに、そこにウェルビーイングの難しさがある。「World Database of Happinessの他国データでも、一定以上のGDPを超えるとGDP上昇では主観的幸福感が上がらない傾向が見られます」と宮村は語る。結局のところ、「身体的にも精神的にも、そして社会的にも良好な状態」といった漠然とした言い方では何をすればよいかよく分からない。
そこで宮村が引き合いに出すのが、ポジティブ心理学の研究者であるマーティン・セリグマン博士が著書『Flourish』において2011年に提唱した「PERMA(パーマ)」である。「Positive Emotion」「Engagement」「Relationship」「Meaning」「Achievement or Accomplishment」の5つの領域の頭文字を取ったウェルビーイングの多面的モデルだ。
「Positive Emotion」は喜び、興味、満足など人のポジティブな感情を表す。「Engagement」は何かをすることに夢中になり、没頭している状態である。「Relationship」は他者とよい関係、信頼関係が築けていること。「Meaning」は自分の行動や生活に意味や意義があること。例えば社会や宗教、政党、家族などに貢献していることによって得られる幸福感や満足感もこれに含まれる。そして「Achievement or Accomplishment」は何かを成し遂げた、あるいは完了したことによる達成である。
では、このPERMAを通じたウェルビーイング実現のためにITは何ができるだろうか。「私たち総合技術研究所で取り組んでいるさまざまな研究の中に、その答えの一部がある、と考えています」と宮村は語る。
一人ひとりの生き方が広がる社会
2030年までのビジョン
詳しい内容はここでは紹介しきれないのだが、日本ユニシス総合研究所では「ポジティブな感情を保つための身体管理を行うには?」「どうすれば発想しやすくなるだろう?」「ITがヒトの感情を理解し、人間関係を良くできないか?」「言葉で伝えたいことは? 伝わる言葉とは?」など、さまざまな“問い”をフックとした研究に取り組んでいるという。
そうした中から宮村が、「ウェルビーイングのためにITができること」として示すのが、次のような課題解決の方向性だ。
1つ目は「心身の把握と助言」。常に前向きな気持ちを抱けるように疼痛や疲労感、集中力低下などの原因となる身体状態を把握し改善する仕組みでPositive Emotionを支える。
2つ目は「没頭できる環境」。個々が夢中になることを見つける手助けと共に、没頭できるような環境の整備によってEngagement体験を容易にする。
3つ目は「感情の測定と伝達」。他者と分かり合うための気づきが得られるように人の個性や心理、感情を予測することでRelationshipを促進する。
4つ目は「コミュニティ探索」。人生の意味や意義を得るために、ともに成長できるようなコミュニティを見つけることができる場づくりによりMeaningを支援する。
5つ目は「場や機会の増大」。達成感を分かち合える環境を構築し、AchievementやAccomplishmentを得られる場や機会を増大する。
「このような研究を今後も進めることで、PERMAを通じたウェルビーイング実現の支援が可能になると考えています」と宮村は強調する。これによって実現するのが、「一人ひとりの生き方が広がる社会」であり、その未来社会の2030年までのビジョンを描いている。
「2030年には、それまでに開発された技術と集積されたデータが超高精度なマッチング技術を生み出すと予想しています。年齢、性別、人種、学歴などのラベルを超えたマッチングが行われ、就職や結婚はもちろんのこと、街おこしやボランティア活動、民間教育などでも最適な人同士、人と社会の組み合わせが見つかり、社会貢献を通じたMeaningや自己の定めた目標の達成を通じたAchievementの獲得につながるでしょう」と宮村は語る。
現時点では多分に“願望”が含まれているが、決して夢物語ではない。多くの人々が力を合わせることで、「一人ひとりの生き方が広がる社会」は必ず実現に向かっていく。