松本ハイランド農業協同組合は2017年11月、日本ユニシスの提供する「つながるファーマーズ」を活用した実証実験をスタートさせた。農産物の直売所の天井にIoTカメラを設置、生産者はスマートフォンのアプリなどを使ってその画像をいつでも見られる。生産者は簡単に売れ行きを確認できるので、タイムリーな補充が可能になる。品ぞろえが充実すれば、消費者にとって魅力的な店づくりにもつながる。
アプリを使って店内画像を確認
生産者はタイムリーな補充が可能に
農業分野においても、IoTやAIの潮流は徐々に広がろうとしている。事例の1つを、松本ハイランド農業協同組合(以下、JA松本ハイランド)に見ることができる。
JA松本ハイランドの組合員は3万人余りで、長野県の松本市を中心に2市5村をカバーしている。農産物売上の1割近くを占める直売所でのサービス強化に向けて、IoTやAIの活用を始めた。日本ユニシスの支援によって開発された直売所販売支援サービスは、「つながるファーマーズ」と呼ばれる。実証実験の舞台になったのが、JA松本ハイランドが運営する直売所「ファーマーズガーデンやまがた」(長野県東筑摩郡山形村)だ。
まず、店内の天井に5台のIoTカメラを設置。これにより、生産者はスマートフォンのアプリなどを使って、ほぼリアルタイムの画像を見ることができる。生産者はこれまで、自分が出荷した野菜などの売れ行きを確かめるためだけに直売所を訪れることもあった。「つながるファーマーズ」を使えば、そうした手間は不要だ。また、店内でのプライバシーにも配慮した。IoTカメラがとらえた来店客の姿は、AI技術によって除去される仕組みである。
「つながるファーマーズによって生産者の負荷を軽減することができます。一方、農産物のタイムリーな補充ができるようになれば、新鮮な農産物が常に店頭にあることで消費者にとっての魅力向上にもつながるでしょう。生産者と消費者、両方にとってのメリットが期待できます」とJA松本ハイランドの営農部販売促進課長でファーマーズガーデン統括を務める小原太郎氏は話す。
増加する直売所間の競争激化
生産者が魅力を感じる店づくりが重要
ここで、直売所を取り巻く環境変化を説明しよう。最近は直売所が増えたことで、直売所間の競争は激化しつつある。もちろん、近隣のスーパーマーケットなどとの競争もある。
「消費者に選んでもらうためには、新鮮で質のよい農産物を豊富にそろえなければなりません。そのためには、地域の生産者からも選んで出荷してもらえる直売所づくりが重要です」(小原氏)
農家は出荷先の直売所を自由に選択できる。JA松本ハイランドの組合員であっても、別のJAの直売所、あるいは道の駅などを選ぶ生産者もいるだろう。生産者にとっての魅力づくりは、それぞれの直売所にとって大きな課題である。
JA松本ハイランドが着目したのは、直売所への出荷に伴う生産者の負荷である。現状では、POSシステムのデータを基に、各生産者に販売状況をメールで伝える仕組みがある。ただ、数時間の間隔があくため、一度に多く売れたりすると品切れを起こしてしまう。それが心配な生産者は、前述したように、わざわざ売れ行きを見に来店することになる。
つながるファーマーズを使えば、好きなときにいつでも店内の様子を確認できる。動体除去の画像処理に数分~5分程度のタイムラグが発生するが、ほとんどリアルタイムの画像といえるだろう。
AI技術を使えば、さらに高度なことも可能だ。例えば、地域の名産である長芋がなくなれば、IoTカメラが撮影した画像を処理して、当該生産者に売り切れ通知を送信することもできるだろう。長芋生産者は多い。店内の長芋が売り切れれば、生産者全員にメールが届くことになる。
ただ、高度なAI技術を使わなくても、画像情報だけでできることも多い。小原氏は「もし売り切れたときには、『長芋完売、助けて!』と紙に書いて売場に置けば、きっと誰かが補充してくれるでしょう」という。
成果を確認した上で他店での展開も
今後は他システムとの連携も視野に
「つながるファーマーズ」アプリでは、店舗内カメラを選択して、
任意の売り場の売れ行き状況を確認することができる
今回のプロジェクトについて、JA松本ハイランドと日本ユニシスとの話し合いが始まったのは2017年5月。その後、JA松本ハイランドおよび生産者組織の直売部会で検討が進められ、正式に決定されたのが同年10月である。10月のうちにIoTカメラの設置などが行われ、11月にはファーマーズガーデンやまがたでの実証実験がスタートした。
素早いサービスの立ち上げには、日本ユニシスにおける経験やノウハウの蓄積が寄与している。例えば、プライバシーに配慮する動体除去技術は、観光客など人の流れを可視化する「倉敷美観地区人流NOW」(岡山県倉敷市)にも適用されている。
今回の実証実験を評価して十分な効果が認められれば、JA松本ハイランドは「つながるファーマーズ」を他の直売所にも展開する予定だ。また、システムをさらに発展させる方向も考えられる。先に述べたAIの高度化だけではなく、例えば、時間帯ごとの人の流れと商品の販売額を関連づけたり、生産者だけでなく消費者に画像を公開して販売促進につなげたり、店内レイアウトの最適化などにも役立てることができるだろう。
新しい時代に対応する魅力的な直売所づくり、さらにはJA松本ハイランドにおける業務やシステムの改善に向けて、小原氏は今後の活動に期待を寄せている。