誰もが信じて疑わなかった“大企業神話”がいとも簡単に崩れてしまう現在、スタートアップの発展にこそ日本の未来があります。そこで求められるのが、エコシステムを通じて既存企業と多様なスタートアップが連携し合い、活力を発揮するイノベーションの実現です。気鋭の若手官僚としてスタートアップの支援策を主導する経済産業省中小企業庁の津脇慈子氏、日本ユニシスがCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)事業の新会社として設立したキャナルベンチャーズの代表取締役CEO、齊藤昇が語り合いました。
Profile
津脇 慈子(つわき・よしこ)
経済産業省 中小企業庁 経営支援部 経営支援課 課長補佐(企画調整担当)
2004年、東京大学法学部卒業。同年に経済産業省入省、通商政策局通商機構部に着任。2006年、資源エネルギー庁長官官房総合政策課、2008年、経済産業政策局産業組織課を歴任。2010年から米コロンビア大学、英ケンブリッジ大学に留学。2012年に金融庁監督局保険課へ出向。2014年に大臣官房政策審議室、2015年に経済産業省商務情報政策局情報通信機器課課長補佐(総括)を経て、現職。
齊藤 昇(さいとう・のぼる)
キャナルベンチャーズ株式会社 代表取締役 CEO
1986年、日本ユニシス入社。アパレル営業所長や流通事業部長、ビジネスサービス事業部長などを歴任し、異業種企業との協働により数々の新規事業を立ち上げ、2013年に執行役員に就任。2016年から取締役常務執行役員 CMOを務め、オープンイノベーション推進組織の管掌役員として現在に至る。キャナルベンチャーズ設立に際し、2017年から同社代表取締役CEOを兼務。
スタートアップの発展は日本経済の行方を占う試金石
齊藤 本日はよろしくお願いいたします。経済産業省の官僚としてオープンイノベーションによる日本のIoTを推進してきた津脇さんですが、先ごろ中小企業庁に異動されたとのこと。現在はどのような政策を担当されているのでしょうか。
津脇 私の所属する経営支援部は、スタートアップを含む中小企業の経営支援政策を担当しています。人手不足が深刻化し、生産性も伸び悩む中、IT化を含めた抜本的生産性向上、事業承継・再編・統合などによる新陳代謝の促進や、働き方改革などに重点をおいて、日本を支えている中小企業の発展にどのような支援体制や環境整備が必要かといったことを日々考えています。
齊藤 一口に中小企業と言っても、町工場や工務店など伝統的な中小企業と現代風のスタートアップでは、ビジネススタイルやマインドもずいぶん違うように思います。そのあたりの区別はしていないのですか。
津脇 もちろん、企業規模や経営状況、成長フェーズなどによって、その経営課題や必要な支援策は異なると思いますが、昔ながらの中小企業もスタートアップも、次代の日本経済を担っていく存在という意味で等しく重要だと思っています。
齊藤 スタートアップと中小企業が発展してこそ日本の未来があると。
津脇 そう思います。これまで多くの日本人が信じて疑わなかった“大企業神話”も、今ではあっさり崩壊してしまうような時代です。会社の規模が大きければ安泰で、グローバル競争でも勝てるというわけではありません。不確実な将来に向けて、大企業であっても小さな単位でのスピーディーなイノベーションが求められますし、スタートアップや中小企業をどう活かしていくかが、今後の日本経済の行方を占う試金石になると考えています。その意味でもキャナルベンチャーズをはじめとするCVCの取り組みには、期待しています。
齊藤 ありがとうございます。おっしゃる通り不確実な時代の変化にスピード感をもって事業を行っていくために、異業種企業、スタートアップが連携していくことの重要性が高まっています。スタートアップと既存企業が共にスピード感をもってイノベーティブな事業を行ううえで、併走し加速できるよう私たちもキャナルベンチャーズを立ち上げました。
イノベーションには絶対的な当事者意識が欠かせない
齊藤 これからのスタートアップにとって、最も大事なものは何だと思われますか。
津脇 最近、特に重要だと感じているのが「絶対的な当事者意識」です。多くの企業において、我々官庁も同じですが、自分のセクション内での責任は持つけれど、他のセクションのやることには口を出さない、出せないという“壁”が少なからず存在します。どこか人ごとで、誰も全体を見ていません。そういった中で、顧客のニーズは何か、世の中で本当に必要とされているものが何かといったことが分かるはずがなく、意思決定のスピードも遅くなってしまいます。だからこそイノベーションには絶対的な当事者意識が欠かせないと痛感しているところです。
齊藤 津脇さんのおっしゃる当事者意識の本質を捉えると、企業にとって大事なものは最終的にやはり「人」に行き着いていくのですね。
津脇 そうですね。既存企業とスタートアップとの連携においても「人」が軸になるのではないかと思いますが、キャナルベンチャーズではどんなことに留意されているのでしょうか。
齊藤 一番大切にしていることは、一緒に汗をかいて事業を共に起こしていくことです。その上で日本ユニシスグループが持つさまざまなアセットを利用し、イノベーションを加速していきます。一方的にオープンイノベーションを謳ったとしても、それはあくまでも企業側の見方にすぎません。企業が持つアセットに対し、スタートアップの皆さまにどれだけ魅力を感じていただけるかが重要です。
津脇 そこは、私たち官としても、しっかり考えていかなければならない視点です。中小企業庁では、個別企業のマッチングなどの人材確保支援や生産性向上に向けたIT化、設備投資に対する助成などの支援、働き方改革を後押しする制度づくりなど、さまざまな支援を行っています。一方で、こうした従来型の個別企業支援政策だけで課題を解決できるとも思いません。古くからある中小企業であれ、新進気鋭のスタートアップであれ、優れた人材が自然に集まってくるのは、自社の魅力をしっかり認識し、そのビジョンを分かりやすく発信できている会社であるような気がします。また、そういう会社ほどダイバーシティ(人材の多様性)をうまく活かし、結果として働き方改革も実践できています。今後、そういう企業をもっと増やし、伸ばしていくための仕組みをつくっていくには、“面的”な支援策が必要なのではないかと個人的には考えています。いずれにせよ、意味のある政策づくりには、実態を理解する、「一緒に汗をかく」という視点が極めて重要だなと思います。
裾野の広いスタートアップを支えるエコシステムの形成
齊藤 面的な広がりを持った連携基盤こそ、私たちCVCも官庁と一体となって尽力していかなければならないミッションであると痛感しています。キャナルベンチャーズが具体的に貢献できるのは何かというと、やはり既存企業との連携部分です。日本ユニシスグループは長年にわたり大手企業の基幹系システムの保守・運用に携わっており、各産業のプレーヤーが持つデータを預かる立場にもあります。そうしたデータをAPI経由でセキュアに開放してスタートアップ事業との連携を進めるなど、キャナルベンチャーズが「橋渡し役」を担っていきたいと考えています。スタートアップとのスピード感をもった連携の下、さらに日本ユニシスグループのお客さま・パートナーと共にPOCを行い、消費者に対して新たなサービスを次々に提供できる環境を整えていきます。
津脇 オープンなITシステムや企業間のデータ連携が広がれば、日本のスタートアップや中小企業、さらには日本経済全体の底上げにつながると思います。
齊藤 私たちがやりたいのは、まさにそれです。もちろん日本ユニシスグループだけですべてのITサービスを独占的に提供したいと考えているわけではありません。スタートアップを含めた多くの企業が開発したソリューションが相互に活用できる、そんなエコシステムを築きたいのです。一例として日本ユニシスでは、金融機関をはじめとする各事業体向けのオープンAPI公開基盤として「Resonatex(レゾナテックス)」というサービスの提供を昨秋から開始しました。キャナルベンチャーズとしても金融機関とFintech分野のスタートアップ事業者および異業種との水平協働を触発することでイノベーションを加速させ、金融機関のビジネスモデル変革を支援していきます。
津脇 そうした民間主導による多大な貢献には経済産業省としても感謝しています。国家百年の計と言いますが、次の日本の柱となるこうした土台づくりを進めていかなければなりませんし、その主役であるスタートアップや中小企業を共に盛り上げていければ幸いです。
齊藤 官民の連携によって既存企業とスタートアップが共にイノベーションを創出しやすい環境を整え、日本のスタートアップに大きなムーブメントを起こすことができれば、私たちにとってそれ以上の喜びはありません。本日は有意義なお話をありがとうございました。