対談:「クルーズトレイン」という新たな価値。

人の心を動かすデザインとものづくりとは。列車と旅の概念を覆した「ななつ星 in 九州」の魅力に迫る。

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2016年は北海道新幹線の開通を皮切りに、鉄道による地域活性化の注目度が高まっています。
今回は、開業以来高い人気を誇るクルーズトレイン「ななつ星in九州」をはじめ、数多くの列車デザインを手がける工業デザイナー水戸岡鋭治氏を迎え、クルーズトレインの魅力やデザインへの思い、地域経済への波及効果などを福島敦子氏が聞きました。

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Profile

水戸岡 鋭治(みとおか・えいじ ) 工業デザイナー
水戸岡 鋭治(みとおか・えいじ )
工業デザイナー

1947年生まれ。1972年にドーンデザイン研究所を設立。JR九州の新幹線「つばめ」や特急「ゆふいんの森」、豪華スイーツ列車「或る列車」などのデザインを手がける。国際的な鉄道デザイン賞「ブルネル賞」や毎日デザイン賞など受賞歴多数。著書に「鉄道デザインの心 世にないものをつくる闘い」。

著作紹介

『鉄道デザインの心』
水戸岡 鋭治 著(日経BP社)
JR九州の超豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」や「或る列車」などの鉄道デザインを手がけた水戸岡氏が、あくまで利用者の立場に立つことを貫きながら、世の中になかった列車や駅を生み出す中でのさまざまな"闘い"を綴る。

職人さんたちの魂に
火がつけられるか。
それができれば100%以上の
仕事をしてくれます。
福島 敦子(ふくしま・あつこ) ジャーナリスト
福島 敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト

松江市出身。津田塾大学英文科卒。中部日本放送を経て、1988年独立。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や、週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに700人を超える経営者を取材。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。著書に「愛が企業を繁栄させる」「それでもあきらめない経営」など。

観光列車は、
目的地までの移動手段でなく
移動そのものを楽しむという
価値を生み出しました。

つくり手が感動する理想の舞台「ななつ星in九州」

福島 九州を周遊する日本初のクルーズトレイン「ななつ星in九州」(以下、ななつ星)は、開業から2年以上経った今も予約の抽選倍率が20倍を超え、リピーター率も20%以上だと伺いました。
ななつ星は豪華な観光列車であり、高価格帯であるにもかかわらず、これだけ多くの人々に支持されている要因はどこにあるとお考えですか。

水戸岡 圧倒的な心地よさだと思います。これまで、ある程度の費用をかけた旅行というと、海外に行こうと考える人が多かったのですが、食や言語、習慣の違いなどで戸惑う部分もあったわけです。
そうした方々が日本でゆったりと過ごし、最上級のサービスを受けることの心地よさに改めて気づいたということではないでしょうか。

福島 しかし、それほど高いレベルの心地よさを生み出すのは、簡単なことではないと思います。

水戸岡 それは、JR九州をはじめとするつくり手の皆が努力を重ねた結果です。ただし、そのためには「努力したい」と思ってもらえるものにしなければなりません。例えば、私たちが描いた図面を職人さんが目にした時に「自分の技を発揮したい」と、職人魂に火がつけられるかどうか。それができれば、100%以上の素晴らしい仕事をしてくれます。

福島 お客様の前に、まずつくり手を感動させるということですか。

水戸岡 乗務員(クルー)たちもまた、完成した車両を見て「こんな素晴らしい"舞台"なら、自分もクルーという"役"を演じたい」と思うわけです。

福島 その思いが、より上質のサービスにつながるのですね。

水戸岡 はい。予約窓口で電話対応をするスタッフは、お客様が実際に乗車する半年前から何度もやりとりし、枕の硬さから料理の好き嫌いまで、きめ細かくご要望を伺います。

福島 半年も前からですか。

水戸岡 乗車当日には、お客様を熟知した担当者が博多でお出迎えするのですが、お客様の中には担当者にプレゼントをもって来られる方もいるほどです。お客様がななつ星という舞台に上がる前から、スタッフとお客様の間で物語が始まっているのです。そして、そこに沿線地域の人々という"観客"が加わります。
それらすべてが融合することで、前例のない列車、前例のない旅が実現したのだと考えています。

福島 理想の舞台を用意することによって携わる人たちのモチベーションが向上し、それぞれの役割を高いレベルで全うする。素晴らしい循環だと思います。

伝統文化は"生き物"進化させてこそ価値がある

福島 次は、ななつ星のデザインについてお聞きしたいと思います。とくにこだわった点を教えていただけますか。

水戸岡 お客様は車内で最長3泊4日を過ごされますので、デザインに関しても心地よさを重視しました。ななつ星には14のゲストルームがあり、すべてがスイートルームです。とはいえ、列車の幅の中にベッドを2台設置しているため広いスペースとはいえないのですが、インテリアの密度をあげることで、狭さを感じさせないクオリティを実現しています。

茶室を想像してみてください。二畳の茶室を狭いという人はいないでしょう。完成度が高いデザインだからです。

福島 たしかにそのとおりですね。
また、ななつ星は木材や石、ガラス、金属をはじめとする天然素材や、陶器や組子、織物といった伝統工芸品など、列車にはあまり使われてこなかったものを数多く使っているとか。これも大きな特長だと思います。

水戸岡 はい。「九州らしさ」を意識し、洗面鉢に有田焼を使いました。人間国宝である陶芸家の十四代酒井田柿右衛門さんの作品です。

福島 ななつ星の写真を拝見すると、伝統を取り込みつつモダンなデザインと調和が図られていてとても素敵ですね。

水戸岡 ありがとうございます。私は、伝統文化は生き物だと考えています。置いたまま、飾ったままにするのではなく、どうリデザインしていくかが重要です。

福島 進化させてこそ存在価値を発揮するということですか。

水戸岡 はい。ななつ星はリピーターのお客様も多いですから、あらゆる点で進化し続けていかなければならない。成功しているように見えるかもしれませんが、常に必死ですよ。

デザイナーの仕事は作品ではなく商品をつくること

福島 水戸岡様の著書を拝読したのですが、「本当に良いものをつくるには、理想を掲げて、仕事を依頼してくれたクライアントに対しても自分の思いをぶつけ、盾突くぐらいでなければならない」という文章が印象的でした。

水戸岡 私は、良いものを生み出すためには、いかにお客様の立場で考えられるかだと思っています。当然、クライアントの要望と反することもあります。盾突かざるを得ない場面も出てくるわけです。

福島 クライアントは受け入れてくれるのですか。

水戸岡 もちろんヒットしなければダメです。だからこそ、全身全霊をかけるわけです。そうして生み出した情熱の塊だから人の心に響くのです。

福島 敦子

福島 なるほど。一般的にデザイナーというと、自分の好きな作品をつくっていると思われがちではないですか。

水戸岡 よく誤解されるのですが、われわれデザイナーはアーティストではありません。デザイナーは、お客様が夢見ていることを色や形や素材に置き換えて商品にする代行業です。商品でなく作品をつくったら失敗しますよ。
さらに、例えば列車であれば車両のデザインだけでなく、食事、サービス、ユニフォーム、広告、宣伝まで、トータルに視野に入れて考えなければいけない。もちろんスケジュールや予算もあります。全体を鳥瞰しつつ、あらゆるところに気を配らなければいけません。

福島 全体をコーディネートして1つの完成された世界を築かれるのですね。

水戸岡 完璧を求めてようやく取れるのが70点。最初から70点をめざしたら30点、40点しか取れませんから。

"点"でなく"線"で地域を潤し移動そのものに価値をもたらす観光列車

福島 現在、東京圏への一極集中が進み地域の経済活力が低下しています。ななつ星が九州全域を元気づけたように、地域活性化には鉄道が大きな役割を担うと思いますが、どのようにお考えですか。

水戸岡 例えば、地域に観光施設を1つつくっても、その施設周辺の"点"しか潤いません。しかし、鉄道は"点"ではなく"線"となり、沿線全域に潤いと元気をもたらすという特長があります。
例えば、時速15キロで走るローカル線の観光列車があればヒットするのではないでしょうか。

福島 そんなにゆっくり走る列車が、地域を元気にするのですか。

水戸岡 ゆっくり走ることに意味があるのです。乗客と地域の人々はお互いの顔を見たり手を振ったりすることができ、コミュニケーションが生まれます。そして乗客からは、街並みはもちろん住宅の中まで見えますよね。すると、沿線の人々は街や住宅を整えるようになるのです。その積み重ねによって美しい街ができれば、人が訪れるようになります。

福島 列車には沿線全域に観光地としての価値を生み出す力があるのですね。また、ななつ星をはじめとする観光列車は、移動手段としてだけでなく移動そのものを楽しむという価値も生み出しましたね。

水戸岡 はい。これまでの寝台列車と異なり、ファミリーやシニアなど幅広いお客様に利用いただいています。
実は、観光列車には家族のコミュニケーションを促す効果もあります。現代の日本では家族同士の会話や団らんが失われつつあるといわれますが、観光列車に乗ると、食事の準備に追われることもなく、皆が顔を合わせてゆっくり話をすることができるからです。

福島 車両の中は非日常の空間ですし、車窓の景色や美味しい食事もあいまって、さぞかし話がはずむでしょうね。

観光立国をめざして訴求すべきは文化・サービスの素晴らしさ

福島 昨年は2,000万人近くの外国人が日本を訪れ、今後も増加する見込みです。こうした状況を好機と捉え、日本が観光立国となるために、何が必要だとお考えですか。

水戸岡 そもそも私は、観光立国という産業を成立させるのは極めて難しいと考えています。その国の人々の意識レベルや自然環境に大きく左右されるからです。その点、日本は優れた民度や自然環境を有していますので、可能性は非常に高い。今後、日本が世界にアピールすべきは、モノだけではなく文化やサービスの素晴らしさだと思っています。

福島 和食やホスピタリティ精神など、まさに日本人が得意とするところです。

水戸岡 工業製品などのモノを売ろうとすると、どうしても他国との競争に巻き込まれてしまいます。一方、文化やサービスは、日本固有の魅力として世界中で喜ばれても競争にはなりません。
サービスが素晴らしく食べ物も美味しい"桃源郷"のイメージを他国の方々からもってもらえれば、日本は観光立国に成りえるでしょう。

水戸岡 鋭治

福島 一方、日本人ならではの繊細な感性や美意識は、観光に不可欠な街づくりにも活かせると思うのですが、景観の統一感や美しさに欠けるなど、あまりうまくいっていないのはなぜでしょうか。

水戸岡 「思っている」だけで言葉にしないからだと思います。言葉や活字で表現し、相手に伝えてこそ「考え」なのです。一人ひとりが考えを伝え、人の意見をよく聞こうとすれば、街も変わっていくはずです。
デザインも同じです。思うだけなら誰にでもできる。それを言葉や形として表すところが技術であり、難しさなのです。

福島 そうした力はどうすれば身につくと思われますか。

水戸岡 対話を重ねることですね。残念ながら、日本人は相手と対話する意識が不足しています。意見が違うところから対話が始まるのに、意見がぶつかると話を終えてしまう。
また、「理解と賛同は違う」ということも認識すべきです。自分の意見が理解されると賛同されたと思いがちですが、理解したうえで対話を重ねた結果、得られるものが賛同なのです。

福島 いま仰られた対話力は、企業や組織にとっても不可欠な要素ですね。

水戸岡 対話する力がないと組織は伸びていきません。もはやリーダーの指示を聞いているだけで成長する時代ではありません。会社とも社会とも、しっかり対話をしていくことが重要です。

福島 人の心を打つデザインも、そして仕事も、対話の積み重ねのなかから生まれていくものなのですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

3つの提言

  1. 関係者のモチベーション向上を促すような環境を用意せよ
  2. 本当に良いものをつくるには徹底的にお客様の立場で考えよ
  3. 自分の思いを言葉にして相手に伝える力を高めよ

対談風景