マネーツリーは2012年に日本で創業したFintechスタートアップである。共同創業者の1人、マーク・マクダッド氏は同社の金融インフラプラットフォーム「MT LINK」の事業部長兼常務取締役で、Fintech協会理事も務めている。日本ユニシス ビジネスプラットフォーム推進部長の稲葉啓輔がマクダッド氏を訪ね、日本におけるFintech、そして地域金融機関の現在と未来を語り合った。
個人の金融情報を共有して すべてのステークホルダーに価値を提供
稲葉 日本ユニシスは金融機関向けに様々なサービスを提供しています。その中で、私たちの属するビジネスプラットフォーム推進部は、地方銀行向けの勘定系システム「BankVision」を担当しています。スピーディーかつローコスト、フレキシブルな変化を支えるオープン系のシステムで、すでに10行が導入。金融サービスのプラットフォームとして、BankVisionを活用していただいています。こうしたお客様と接する中で、Fintechがしばしば話題になります。マネーツリーは日本発のFintech企業として知られますが、まず会社の成り立ち、ビジネスの概要をお聞きします。
マネーツリー 常務取締役
Fintech協会 理事
マーク・マクダッド氏
マクダッド マネーツリーは2012年生まれのFintechスタートアップです。当初は銀行口座やクレジットカード、電子マネーなどの収支残高を一括管理する個人向けのアプリを提供していましたが、いろいろな企業から「こんなことはできませんか」とお問い合わせを受けるようになりました。そこで、個人事業主や中小企業にもサービス対象を拡大。2015年に提供を始めた「MT LINK」は銀行や会計ソフトウェア、不動産賃貸管理、経費精算などのサービスを提供する事業者と提携し、業界横断的な金融インフラプラットフォームとして成長しています。
稲葉 具体的には、どのような価値を実現しているのですか。
マクダッド クラウドを使った最先端のアカウントアグリゲーションテクノロジーを提供します。これにより、国内で約2,600社を超える銀行口座、クレジットカード、電子マネー、証券、ポイントの取引明細、更に最近追加された確定拠出年金、住宅ローン、生命保険データなどを1つに集積し、様々なシステムと連携ができます。マネーツリーは「MT LINK」により、BtoB領域でも独自の価値を実現しています。
稲葉 今後の可能性としては、どのようなことをお考えでしょうか。
マクダッド 分かりやすい例として、クレジットカードの審査について説明しましょう。入会審査に当たって、通常、ユーザーは手間のかかる書類を作成します。一方、クレジットカード会社は、勤務先に電話をかけて在籍しているかどうかを確認したりしています。お互いに、かなりの時間とコストがかかります。当社はユーザーの承認を得た上で、銀行口座などのデータを確認し、勤務先や年収などの情報をクレジットカード会社に伝えます。数カ月分の収支データだけで、審査用の高品質な情報を得ることができます。クレジットカード会社からは料金をいただきますが、従来の審査プロセスの大幅な効率化が可能です。ユーザーを含めて、すべてのステークホルダーにメリットのある仕組みです。もっとも、こうした金融情報の共有という概念は、今も定着しているとは言えません。勝負はこれからです。
Fintechを活用してコスト削減、 ビジネスエリアの拡大を目指す
日本ユニシス
ファイナンシャル第三事業部
ビジネスプラットフォーム推進部長
稲葉啓輔
稲葉 マネーツリーをはじめ、Fintech分野では次々にスタートアップが登場しています。日本の金融機関は興味を持ってウォッチしていると思いますが、こうした既存プレイヤーの動きについてはどのように見ていますか。
マクダッド 関心は高まっていますが、実際のビジネスの中でどのように活用するかという議論になると、消極的な姿勢が目立つように思います。
稲葉 規制当局からは、API公開やデータ共有を通じたオープンイノベーションを後押しするメッセージが聞こえてきます。ただ、金融機関との間には認識のギャップがあるかもしれません。また、金融機関の中でも、温度差がありそうです。
マクダッド 当局が変わりつつあると私も感じますが、その変化が金融業界の中で十分に伝わっていないとも感じています。本格的な実行フェーズへの移行は、しばらく先のことかもしれません。しかし、それほど多くの時間はかけられないはずです。従来型のビジネスモデルに固執していては、顧客は新しいプレイヤーの便利なサービスに流れてしまうかもしれません。今のうちにFintech企業との連携を進め、サービスの拡充を進める必要があると思います。
稲葉 当社のお客様を見ても、API公開、Fintech連携に積極的な銀行もあれば、慎重な銀行もあります。ただ、例えばAPI公開に関していうと、現状では投資するだけのメリットを見いだしにくいという声を聞くことが多いですね。これらの取り組みが本格化するためには、何がきっかけになり得るとお考えですか。
マクダッド やはり、金融機関にとってのメリットが明確な事例がまだ少ないという面があると思います。これはFintech協会としても課題と感じており、ユースケースを示せるように、検討しているところです。APIは活用の仕方によってはコスト削減も可能だと思います。例えば、API連携により口座の属性情報を自動更新できれば、それだけでも事務効率がアップします。これは小さな例ですが、諸々の既存業務についてFintechで効率化できる余地は大きいはずです。
稲葉 一方、将来に向けた成長ドライバーとしてFintechを位置づける金融機関もあります。地元以外の地域、全国を視野に入れた事業展開を考えている地方銀行もあります。個人顧客を対象にする場合、非対面のチャネルが欠かせません。スマホアプリなどを使えば、そのチャネルを確保することができます。
マクダッド 地方銀行のほとんどは、地元にゆかりのある行名を名乗っています。その名称が、他地域での個人向けビジネスを難しくしている面もあるでしょう。ただ、最近は地域金融機関の経営統合を通じて、地域性を持たない行名に変更するケースが目立ちます。そこには、ビジネスの飛躍を期した行名変更という意図もあるかもしれません。
稲葉 例えば、持株会社を設置して、その下に従来からの事業とデジタルバンキングを並列に置くといったやり方も考えられるでしょう。ただ、バンキングのシステムを同じグループ内で単純に複数持つのはコスト負担が大きいので、デジタルバンキングにはもう少し軽い仕組みを検討するなど、何らかの工夫は必要だと思います。
金融オープンイノベーションの一つのかたち「デパート銀行」 既存プレイヤーの姿勢に変化
稲葉 金融機関にとっては、勘定系をはじめとする既存システムが、環境変化への対応を難しくしている面もあります。当社のお客様の多くもこのような課題認識を持ち、自ら変化しやすい環境づくりに向けてBankVisionを導入しました。既存システムの課題については、どのような見方をしていますか。
マクダッド スパゲティ状のシステム構造が運用コストを高めるとともに、変化のスピードを遅くさせています。銀行のサービスの種類が増えたことにより、システムはより複雑化しました。しかし、利用頻度の高いシステムは、その中のごく一部でしょう。たまにしか使われないシステムのために複雑性が増しているのです。しかも、どのシステムにも非常に高いサービスレベルが求められます。このようなコストアップ要因を、改めて見直す必要があるように思います。
稲葉 小さいながらも、見直しの動きは始まっているのではないですか。
マクダッド 私もそう思います。最近、当社と提携する銀行の場合、その銀行のアプリ内で提供するサービスにマネーツリーのマークが入るようになりました。以前であれば、考えられないことです。というのは、銀行のアプリとして提供する以上、マネーツリーから購入するなりして、自分たちのソフトウェアとして提供するという考え方が数年前までは一般的だったからです。その場合、ソフトウェアの中身を行内で検証するので、多大な時間とコストがかかります。このやり方ではスピードが遅くなるからでしょう、最近は当社名を表に出した形での、アプリケーション連携によるサービスが増え始めています。
稲葉 金融におけるオープンイノベーションですね。将来的には、金融機関はどのような方向に進化するとお考えですか。
マクダッド 私はよく「デパート銀行」という言い方をします。デパートに並んでいる商品の多くはデパートが自社でつくったものではなく、アパレルや食品メーカーなどが開発・製造したもの。しかし、顧客はデパートのブランドを信用し、「この店なら間違いない」と考えて買物をしています。同じようなモデルが、金融サービスでもあり得るのではないか。既存金融機関には長年培った信用や顧客基盤、チャネルなどの資産があります。その資産を活用して、Fintech企業に「場」を提供すれば、多様なサービスが生まれるはず。顧客がその場を訪れれば、ニーズに合致した利便性の高いサービスに出会えることでしょう。
稲葉 金融サービスのエコシステムにおいて、既存金融機関は中核的な役割を担うことができるということですね。本日は、どうもありがとうございました。
企業プロフィール
マネーツリー株式会社が提供するMT LINK
https://link.moneytree.jp/
MT LINKのサービス概要資料
https://link.moneytree.jp/mtlink_overview_dl